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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
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ここは禁煙です 2

     2


「ここは禁煙です」

 美菜ちゃんが笑顔で叱りつけると、幕張さんは苦笑いして携帯灰皿で煙草の火を消した。

「最近は厳しくなったものだなあ」

「昔は違ったんですか」

「昔は普通に吹かしても何とも言われなかった」

「受動喫煙まっしぐら」

 煙が舞うところで和スイーツは食べたくないなあ。

「お客さんごめんなさいねえ、このご時世ですから。もしどうしても吸いたければこれ持って外でどうぞ」

 義治さんが銀色の灰皿を渡す。一応そういうお客さんに対しての用意はできているらしい。

「お気遣いどうも。でも今日は結構だ。その代わりこの店の一番の自信作を頼む」

「かしこまりました。あやめー、あんみつ一丁!」

 はーい、と清らかな声がテラス席から聴こえてきた。

 学校の校門で煙草を吹かしていた怪しいおっさんの名前は幕張稲城まくはり いなぎ。そして、

「吸血鬼、ですか」

「ああ。牧穂くんと同じ地区に所属している」

 吸血鬼だった。地区というのは、吸血の居住区域みたいなものらしい。

「吸血鬼の世界は東西南北に分かれていて、方角ごとに地区が設けられています。前者がこの世界で言う都道府県で、後者が市区町村みたいなものです」

 牧穂さんが分かりやすい注釈を入れてくれたおかげで、だいたい分かった。

「じゃあ幕張さんは市長さんって感じですね」

「進捗の報告がなかったから心配して出てきたんだ」

「面目ありません」

 どうやら牧穂さんは上への連絡を怠っていたらしい。

「まあ、それだけここでの生活に溶け込んでいるのであればそれは結構だが」

「私の親友がいたっていう点は、あとでちょっと話を聞かせてくださいね」

「その点については反省している」

 ズイっと問い詰められる牧穂さんに慌てている幕張さんの様子だと、幕張さんも千佳子先生がいたことは知らなかったらしい。

「とりあえずここの甘味は地区長持ちで」

「わかったわかった。持ちでも餅でもどんとこいだ」

 どこか落ち着いて話ができる場所ということで幕張さんを涼み亭に案内して、今に至る。もちろん涼み亭も禁煙であり、さっそく面倒くさい店員に睨まれてしまったようだけど。

「未広先輩、今面倒くさいって言いました?」

「言ってないよ」


「それで、地区長はどうして人間界へ。私が連絡を怠っただけじゃ腰を上げませんよね」

「地区長っていうのはやめてくれって言っただろう。まあ、俺が人間界に煙草を吸いに来るだけの用事があるってことだ」

 伝達だけでは済まない何かがあったからここにきたらしい。

「春日井未広君、君が狙われていて、君を護りに牧穂がここに来ている。それはわかっているな」

「はい」

「君を狙う吸血鬼の名は、高津令奈。それも」

「はい」

「高津令奈の所属している地区長から請願が来た。意地でも彼女を止めろと」

 幼なじみの生き血を吸って吸血鬼にする。『生きている人間を吸血鬼にする行為』は吸血鬼界で禁じられている、というのは牧穂さんから聞いた。やっぱり、吸血鬼界ですら疑問を抱く人がいるってことだ。

「決裁権限は地区長にあるはずです。その地区長自身がそれを取り消すんだったら問題ないはずではないですか」

「彼女は実際に決裁をしていない。決裁は前地区長がしている。地区長権限でやろうにも、取り消し措置にはもう一度決裁が必要だがそれが通らない」

 小難しい法律論とかはわからないけど、とにかく令奈に課されたことを取り消すこと自体は相当に難易度が高いらしい。ハンコが必要とか書類がそろわないとかまるでお役所仕事のようなことを話しつつ、牧穂さんは不意に幕張さんに訊いた。

「最初から、高津さんが未広さんを狙っていることを説明してくれれば。現地だけじゃなくて決裁のこともご協力できたのに」

「君にそこまでやらせるわけにはいかない。それをやるのは俺の仕事だ」

「でも、そこまで分かっててなんで隠してたんですか」

 そう、幕張さんは僕を狙っている吸血鬼が怜奈だということをわかっていて敢えて牧穂さんに言っていなかったらしい。

「色々と不都合があったんだ。特に牧穂に」

「……私に不都合?」

「君に事実を話すことになると、君は真実を知ることになる。俺としてはそれを避けたかった。遅かれ早かれ、そうなることはわかっていたのだが」

 申し訳なさそうに幕張さんは頭を掻く。その先を告げていいものか、うーん、と悩んでいたけれど、やがて決心がついたのか、牧穂さんに問いかけた。

「牧穂くん、君は誰かの血を吸って吸血鬼にした。違うか?」

 牧穂さんの血の気が引いていく。

「その様子だと、もう知っているようだな」

「いえ、記憶がないんですが、本人から、聴かされました」

「本人から。いやそれはまた

 また、うーん、と唸って、ほうじ茶を啜る。やがて、低い口調で幕張さんは言った。

「君は、君たちは事実を知りたいか? それが君たちにとって残酷な真実だとしても、受け入れるだけの余裕はあるか」

 複数形なのは、僕にも関係があるという証拠だった。僕を含めるということはつまり。

「どうなんだ?」

 重ねて問われた僕たちは、揃って頷いた。

「わかった」

 それに呼応して、幕張さんは真実を淡々と告げた。


「——高津令奈を吸血鬼にしたのは、湯西川牧穂。君なんだ」


 牧穂さんはただ一度頷いて、視線をテーブルに落とした。改めて真実を口にされると、重いものだなと思った。

「マスター、やっぱり灰皿をもらおうか」

 一通り話し終えた幕張さんは、もうすぐあんみつ出来ますから早めに帰ってきてくださいね、という義治さんの言葉に頷きつつ、灰皿を持って店の外へと消えていった。

 残された牧穂さんは、堰を切ったように泣き出した。


「今だけは泣かせてください。本当に、今だけですから」

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