甘いものの食べ過ぎでおかしくなりましたか? 2
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「どれもこれもファンタジーだなあ」
市立図書館で調べた吸血鬼は、どれもこれもファンタジーな内容ばかりだった。そして、創作物の中で登場しておぼろげながら知っている吸血鬼のそれだった。血を吸うだとか、夜行性だとか、にんにくが嫌いだとか、心臓に杭を打てば死ぬだとか。
こりゃ参考にならない、とぼやきつつ、面白そうな吸血鬼小説を見つけたから1冊借りていくことにした。多分本当に参考にならない。
吸血鬼というものは、人々の創作の産物だと思う。だから人によって解釈は違うし、正解はない。例えばにんにくの話。何冊か読んだ本の中では、にんにくが苦手という説もあれば、そんなことはないという説もあった。それはなぜか。実際に吸血鬼の姿を見た人なんていないから。
栄恵の話を信じないわけじゃない。けれど、吸血鬼なんてこの世にはいなくって、きっと犯人は美菜ちゃんが言った通りそういう性癖をお持ちの人間で、牙のおもちゃかなんか使って噛み付いたんだろう。だから犯人の裏取りをするよりも先に幼なじみの話を信じて、存在するかもわからない吸血鬼の生態を調べている自分はツチノコを追いかける記者と同じなんじゃないのかな、って少し自嘲気味にすら思う。
でも、幼なじみがこだわる『吸血鬼』っていう存在がどこか引っ掛かっていないわけじゃない。だからこそ図書館に来てこうして調べているわけだけど。
「あーもう、吸血鬼って何なんだいったい」
集中力が切れて机に突っ伏す。新聞記事にするわけでもないのに安請け合いしてしまったのは外でもない僕だから、何かしらの答えを栄恵のところに持っていきたいんだけれど、何日かかることか。その間に第二の被害者が出ちゃったら本末転倒だよなあ、なんて思いながら、閉館時間も迫っているので今日は帰ることにした。
図書館から出ると、午前中から降り続いていた雪はまだ止んでいなかった。今日止まないんだっけ。電車やバスを使うわけではないから別に降っていても問題ないんだけれど、転んで怪我とかしないように注意しよう。ビニール傘を広げて、帰路を急ぐことにした。残りは明日栄恵の持っている『吸血鬼の所業』を読ませてもらうことになっているので、今日調べたことと組み合わせて考察してみることにする。
犯人については先生たちも独自に調査をしているらしいから、あまり表立って聴くのもアレなのでこっそりと生徒たちに聴きこみでもすることにする。
ただでさえ週刊の締め切り迫ってるんですからね、と美菜ちゃんには釘を刺されたんだけれども、今週号の新聞は彼女が書いてくれるってことになったので僕はこの案件に専念することにしたのだった。出来る後輩を持ってよかったと思う。
帰路も中盤に差し掛かったころ、今日から家に帰っても誰もいないことを思い出した。両親は海外赴任中で、昨日まで一緒に暮らしていた姉は大学のプロジェクトとやらでロンドンへ夏まで留学に出かけた。留学費用は大学持ちだそうだからすごい。
というわけで、まずは夕ご飯を考えなきゃいけない。両親がいない間も姉と分担はしていたから、料理を作ることに抵抗はないんだけれど、1人分を作るとなると食材の使用方法やらを考えていかなければならない。買いすぎたって腐らせるだけ。
とりあえず、冷蔵庫にあるもので何か組み合わせて作ればいいか。なんて考えていたら家に着いた。4人家族にはちょうどいいけれど、1人で住むにはちょっと広い。そんな2F建ての一軒家。今日から変わることと言ったらドアの鍵を開けても家の中では1人だということ。ただそれだけのはずだったんだけれど。
――ドアの前に、女性が横たわっていた。
「ちょっと、どうしましたか」
思わずビニール傘を放り投げて、慌てて駆け寄る。冷たい身体を揺さぶっても、起き上がる気配はない。しゃがんで顔を近づけてみると、僅かな息遣いは感じられた。意識はある。血とかは出ていない。119番。いや、事件性があるかもしれないし110番? 電話をかけようとスマホをポケットから取り出すと、彼女の手が僕のその手を掴んだ。
ギョッとして彼女を見ると、微かに空いていた目が合った。その瞳はルビーみたいに赤かった。かと思えば、すぐにサファイアのような瞳に変わって、また赤く変わった。その明滅が引き込まれるように綺麗で、思わず見とれてしまった。
「ポケット」
彼女の言葉に我に返る。思わず自分の制服のポケットを確認するけれど、カギとスマホしか入っていない。どうやら僕のではなくて、彼女のスカートのポケットのようだった。おそるおそる彼女のロングスカートのポケットを確認すると、グニュっとした感触。取り出してみると、鮮やかな赤色に染まった液体が入っているプラスチックのパックだった。まるでそれは。
「それを、私に……飲ませて、ください」
息も絶え絶えながら紡ぎ出された言葉に、僕は慌ててパックと向き合う。よくよく見ると、何も成分表示とか注意書きは書いていないんだけれど、パックの上のところに蓋が付いている。コンビニで売っているゼリー飲料と同じか。なら蓋を開けて。そのまま彼女の口へと持っていく。手で押し出していくと、確実に中の赤い液体は喉の奥へと吸い込まれているようだった。残りが少なくなっていくにつれて、赤と青の明滅を繰り返していた瞳は黒く戻って、弱々しい息も整っていく。
「ありがとう、ございます」
やがて聞こえてきたお礼もはっきりとした声だった。
とりあえず、これで助かったのか。安心しつつへたり込む。雪が積もっているのでお尻が冷たい。初めてまともに彼女のことを見ることができた。年は大学生くらいか。僕や同級生よりも大人びて見えた。
慌てていて気が付かなかったけど、傍らには四角い旅行鞄が置いてあって。まるで家出でもしてきたかのような大荷物だった。
とりあえずこのまま返すのも不安だったから、少し家の中で休んでもらうことにした。どうせ今日から僕しかいないし。いやいや、決して下心があるわけじゃなくて。





