やっと名前で呼んでくれたね 1
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「千佳子先生が落ち込んでたのはそーいうわけか」
納得気に頷きながら、蕎麦を啜る博人。
「そりゃ死んだ親友が目の前に現れれば動揺もするよ」
僕はその対面でうどんを啜った。ものすごく気持ちはわかる。しかも、相手は親友としてではなくあくまで他人として振る舞う。どちらにもつらい展開だった。
「気が付いてることに気が付いてると思うけどな、千佳子先生」
だからこそどうして、って気持ちもあるんだろう。僕の場合は最初から未広ちゃんって呼んでくれて、僕もあくまで高津令奈として接することができた。けれど、千佳子先生は目の前の親友を他人として、しかも自分の教え子として接しなければいけない。
「名前も違えば呼び方も違う。けれど、姿や声はあの子と同じ。きっとめっちゃ混乱してるぞ千佳子先生」
「そりゃあんなに上の空のわけだね」
僕は昨日、牧穂さんと千佳子先生から詳しいことは聞かなかった。
『——見えちゃうんだよ。牧穂ちゃんが、その子にさ』
『わたしの大切な、本当に大切な親友でした』
2人から聞いたのは、そこまでだった。
当の2人は今日休みだ。千佳子先生は休んだ方がいいですよとは言ったものの、本当に学校を休むとは思わなかったけど。
ため息をつきながら、僕たちはお互い麺を啜る。
「渋い顔をしながら麺を啜る男子2人。シュールにもほどがあるぞ」
お盆にカツカレーを載せて隣の席に置いたのは、栄恵だった。
「千佳子先生の話」
「未広に話して気が緩んだんだろう」
「僕のせいみたいに言う」
「でも、人に自分の抱えている悩みを話すことは良いことだ。信頼の証だぞ」
「でも、LINEも既読にならないし」
「でもにでもで返すな。きっと寝てるんだろう」
栄恵は隣の席に腰掛けて、カツカレーを食べ始めた。
「ずっと気を張っていたから、たまには休ませてあげるのが一番だ」
栄恵なりに心配しているのが言葉の調子から伝わってくる。
「まあ、未広が引き金になったのも事実だけど」
「あまりにもひどかったから、つい」
「まったく、牧穂も千佳子先生も色々と抱えすぎだ。もっと生徒会長を頼っていいんだぞ」
「といってもまだ就任1か月でしょ」
「肩書は味方する」
そう胸を張って、栄恵はカツカレーを食べ進める。
引き金になった、か。でもあのまま自販機で千佳子先生を掴まえておかないと、消えてしまいそうだったから。別の引き金につながらなくてよかったと思う。それがまさか牧穂さんにつながるとは思っていなかったけど。
「千佳子先生の家ってどこだっけ」
「行くつもりか」
「まさか牧穂を一緒に連れていくわけじゃないだろうね」
そのどっちも正解で思わず黙る。ふと、お見舞いに行こうという考えが頭をもたげていた。あとはついでに牧穂さんを連れて行って事実確認。
「荒療治すぎる。ただでさえどっちも傷心状態だ」
「今の牧穂ちゃん連れて行ったら大惨事になると思うぞ、高確率で」
たしかに、回復しているとはいえ混乱状態の牧穂さんを連れて行っても、何も解決しない気はする。手っ取り早い気もしたけれど、遠回りになってしまうかもしれない。牧穂さんにも千佳子先生にも心の準備ができていないし。
「確か千佳子先生の家は、大田急線沿いだったはずだ。どこの駅かまでは覚えていないが」
「確か東京方面の電車に乗れば大丈夫なはず」
なんだかんだ言って、お見舞いに行くこと自体は賛成してくれているような2人。未広なら大丈夫だろう、と思ってくれているのかもしれない。
「ただし、本当に牧穂は連れて行くな。この問題に首を突っ込むのはいいけれど、最後に向き合うのは2人なんだから」
栄恵はそう釘を刺して、カツカレーの最後のひと口を食べた。
「千佳子ちゃんを抱きしめに行くんだったら教えてあげてもいいよ」
まったくもう本当に揃いも揃って年上の女性は。
職員室に行って相談したのは数学で僕たちの副担任である嶋萌果先生だった。千佳子ちゃん、と言っているが千佳子先生の後輩である。
「まったく、これだからいつまで経っても結婚できないんだぞ」
「セクハラです」
僕の言いたいことを口にしてくれたのは佐竹先生だ。ちなみにフルネームは佐竹公俊。日本史世界史の教師でサッカー部の顧問で、隣のクラスの担任だ。
「まったく最近の世の中は」
「受け取り側の意識でどうにでもなるの。佐竹先生だから許しちゃうけど」
「それも受け取り側の意識ですか」
「未広ちゃんだったら許さないかな~」
「そもそも僕はセクハラになりうること言わないでしょう」
「わからないよ~、男の子だもんね」
「そうだな」
同意を求められた佐竹先生はサラッと頷く。2人とも何だかんだ仲いいんだから。佐竹先生妻帯者だけど。可愛い先生2人に囲まれてうらやましい。
なんて世間話をしつつ、2人は千佳子先生の家を教えてくれた。そして、2人してこんな言葉を添えた。
「ともかく、住所教えるから様子見てきてね、未広ちゃん」
「俺たちも心配してる、ってことだ」





