千佳子先生が、元気ないんです 2
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「大学の時に親友が死んだんだ」
千佳子先生から飛び出してきたのは、予想以上に重たい話だった。
「未広ちゃんと同じように、昨日までいつも一緒にいた人がいきなりいなくなっちゃったんだ」
「自殺、ですか」
「ううん。特に遺書とかは見つからなかったから、本当に偶然の事故だった。あの子は一人で山に登って滑って落ちて死んじゃった。あれからもう何年も経ったのに、ダメだなあ私」
自嘲気味に笑って見せながら、鼻を啜る千佳子先生。
「なんて、部室でする話じゃないよね」
次の瞬間には、必死にいつもの笑顔を作ろうとする。
話してはくれませんか、という僕の問いに「未広ちゃんに弱みを見せたくない」といまさら抜かした教師に「いまさら何言ってるんですか、この教師は」と僕は言ってから今に至る。さすがに寒いよね、って事で新聞部の部室に来ている。
「今日は美菜ちゃんもバイトですし、牧穂さんはバタンキューですから、栄恵とか博人とか北砂さん以外は遊びに来ません」
北砂さんというのは料理部の部長だ。北砂冴里。折を見ては新聞部に遊びに来る去年のクラスメイト。今年はクラスが違ってしまって、ひどく悔しがっていた。栄恵は生徒会の仕事があるって言ってたし、博人は校庭で元気にボールを蹴っていた。
「やだ私、心の準備が出来てないよ」
「襲わないっての」
「私そんなに魅力ないかな」
「そーいう問題じゃないんです」
「そーいうときは嘘でも押し倒したくなるとか言うんだよ」
まったくどいつもこいつも年上の女性はまったく。だから独身なんです、なんて言ったらただでさえ萎んでいるのに、さらにしばらく口聴いてもらえらなさそうなのでやめておく。
「で、どこまで話したかな」
「親友が山から落ちて死んでしまった、って話」
「そうそう、まあそれ以上の話はないんだけどね」
「それを思い出したから落ち込んでたんですか?」
「ううん。片時も忘れることはなかったよ。それしか遺された人にはできないから。もちろん、令奈ちゃんの時は特に。も、私は担任だから、私がしっかりしなきゃ未広ちゃんたちが困るからね」
人が死ぬことに対して僕よりもつらかったはずなのに。それ以上に苦しい当事者に対して、この教師は僕よりも強く笑って見せた。令奈が死んだとき、担任だった千佳子先生はとにかく走り回った。担任であって部活の顧問であって、それ以前に教師であって。悲しくても悔しくてもやることはある。僕がショックで立ち直れない間もずっと。あまつさえ、そんな僕を励ましてくれさえもした。ありがとうございます、という言葉では片付けられない。
「でも、長年それを積み重ねていったからなのか知らないけれど、私、とうとうおかしくなっちゃったんだ」
また、自嘲気味に笑う千佳子先生。いや、自嘲気味というか少し壊れかかった笑顔といったほうがいいのかな。
「死んだ人のことを忘れられないのも思い出すのも全然おかしくなんてないじゃないですか」
僕がそう証明してもいい。忘れたつもりなのに、どこかで頭をもたげてくる。結局残されたものは一生そういうものを背負っていく。だから全然おかしくなんてないんだけど、千佳子先生は黙って首を横に振る。
「僕だって」
「いや、おかしいんだよ」
強い口調で千佳子先生が僕の言葉を遮ってまで反論する。でもそれは僕に釈明するというよりか、自分に言い聞かせるような言葉だった。千佳子先生は首を振って、ポツリとこぼした。
「——見えちゃうんだよ。牧穂ちゃんが、その子にさ」





