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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
22/226

千佳子先生が、元気ないんです 1

     1


「うん、わかったから置いておいてね」

 今日が期限の進路希望調査を担任のところに持っていくと、力のない声でそう指示された。

「千佳子先生、まだ調子悪いんですか」

「ごめんね。まだちょっとダメみたい」

 謝るその言葉にも力がこもっていなくて、僕の方が拍子抜けしてしまう。

「おーい春日井、何したんだよ」

「その台詞そっくりそのままお返しします」

 隣の席にいた隣のクラスの担任の佐竹先生からの茶々を受け流す。とはいえ、佐竹先生もすごく心配なんだろう。最近、ことあるごとに東金先生はどうした、と聞いてくるし。

 最近とみに元気がない千佳子先生の不調は続いていた。教壇に立つ先生は毎日無理をして笑顔を作っているようにしか見えない。

「2人分、置いておきます」

「誰の分かな」

「僕と牧穂さん」

「……牧穂ちゃん、大丈夫かな」

 大丈夫じゃないです、とは口が裂けても言えない。

「ちょっと休めば大丈夫、って言ってましたし、きっと大丈夫」

「そっか」

 それ以上の言葉が続かず、千佳子先生は虚空を見上げる。

「ごめんね、ちょっと外出て頭冷やしてくる」

 やがて僕たちに謝ってから心もとない足取りで職員室を出ていった。そんな千佳子先生の姿を見て、残された男二人のため息が重なった。

「おーい春日井」

「わかりません」

 もう一度嘆く佐竹先生に白旗を上げつつ、千佳子先生が消えていったドアの方を見る。カレンダーが貼ってあった。12月。最近吸血鬼のことを調べたりしていたからか、もう月が替わっていることに今更気が付いた。

 そういえば、千佳子先生の調子が悪くなったのはいつからだろう、と思い返す。正確な時期は覚えていないけど、確か転校生を紹介するってところで元気がなくなって……って、あれ。

 ある事実に気が付いた。それが関係あることなのかはわからないけれど、一つの契機になりうるかとは思った。


 ——牧穂さんが転校して来た時期と重なるんだ。


 だったらまさか、千佳子先生も吸血鬼に関係している?

 千佳子先生には吸血鬼のことは黙っていた。さすがに新聞部の顧問とはいっても教師にそんなことを言えるわけがない。増してや生徒が一人襲われている案件があるのに、下手に吸血鬼なんて言えるわけがない。それこそ真実でも新聞部のたわごとと思われても仕方ないし。

 でも、バッチリと当てはまる。

 偶然なのか必然なのか勘繰りたくなったけれど、牧穂さんは昨日のことがあって学校を休んでいるし、千佳子先生はあの有様だ。


 牧穂さんが令奈の血を吸った。


 どっちのことを信じるか、っていうのは僕にはできない。なぜなら、どっちも信じるに値する人だから。令奈が嘘を言うとは思えないし、牧穂さんが自分から進んで禁忌を犯すとは思えない。

 吸血鬼のことを上辺でしかわかっていないだけなのかもしれないけれど、一緒に過ごしてきて牧穂さんがそういう吸血鬼ではないことはわかっていたから。

 だからこそ真相がわからないことがもどかしい。

 とはいえ、牧穂さんは何とか昨日は混乱する中で必死になだめて寝かせて、令奈は栄恵の制止を振り切ってどこかへ消えてしまった。あれから実は牧穂さんは目を覚ましていない。令奈ももちろん見つかっていない。当事者不在じゃどうしようもない。

 というわけで何とも前に進めない一日を過ごしているわけで、美菜ちゃんも今日はバイトだから部活をやるにもやれず。八方塞がりとはこのことだった。


 佐竹先生に挨拶をしてから職員室を出て自販機コーナーへと向かった。とりあえずコーヒーでも飲んで切り替えよう。たまにはブラックでも飲んでみようかなあ、なんて自販機コーナーの入り口にたどり着くと、自販機の前に千佳子先生がいた。


 そう、ただ、“いた”。


 飲み物を選んでいるわけでもなく、ただ佇んで虚空を見上げる姿に、一瞬ドキッとした。僕は一瞬頭をもたげた想像を必死にかき消して、先生の元に歩いていって、肩を叩いた。

「わ、びっくりした」

 慌てて振り返った千佳子先生は、その主が僕だとわかると、驚きの表情を安心のそれに変えた。

「未広ちゃんもコーヒー?」

「はい、ちょっとすっきりしなかったから」

「私と同じだね」

 相変わらず無理して笑う千佳子先生をこれ以上見ていられなくて、2本分のコインを自販機に入れて、2本分のコーヒーを買った。そのうちの1本を千佳子先生に手渡すと、先生は目を丸くしたあと、さすがに僕の気持ちを察したのか少し目を逸らしてからそれを受け取った。

「未広ちゃんが奢ってくれるなんて」

「これで今度の試験に加点ください」

「加えるのは砂糖だけで充分なんだよ」

 ありがと、と付け加えて千佳子先生は微笑んだ。フワッとした会話だし、教師と生徒の会話じゃないかもしれないけど、久しぶりに千佳子先生が「笑った」気がして、それに僕は安心した。

「寒いね」

「また雪が降りそう」

「たくさん降ったら休校だよ」

「先生は休みになるんですか」

「休みじゃなくても休むよ。年次有給休暇、っていうものがあるんだよ。消化できてないけどね」

「少し休んだ方がいいと思います」

「未広ちゃんにそう思われるなんて、まだまだ私も教師として成長の余地があるってものだね」

「それは誉めてるんですか?」

「うん、べた褒めだよ」

「それはどうもです」

 微糖の缶コーヒーを久しぶりに飲んだけれど、結構甘いんだなあ。千佳子先生は一口飲んで、その甘さと温かさにほっこりとした表情を見せていた。この表情も、久しぶりに見た。いつも笑顔を綻ばせている先生を苦しめているものはなんなんだろう。

「何かあったんですか」

 話の流れで自然に問いかけてみると、すぐに答えは返ってこなかった。言い淀む千佳子先生にもう一度視線を向けてみると、彼女はひと口コーヒーを飲んでから、観念した子どものように肩をすくめた。


「うん、何かあった」


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