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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
最期の冬の話
208/226

わたしの血、吸いますか? 2

     2


 結果的に言えば、私は殺されずに済んだ。

 春日井未広との約束を果たしたからだ。

 正確に言えば、エミール・アップルフェルドを吸血鬼にしてしまったので本来であればそうされて然るべきなのだが、春日井くんは許してくれそうだ。銃口を自分の頭に向けたら飛びかかってきそうだし。


 そうして、彼の物語はひとまず終わりを告げた。

 閑話休題を経て最後の冬の群像劇はいかがだっただろうか。皆が望むような結末になっただろうか。


 ――え、私が望む結末だったのかって?


 それを見届けることができて、私は嬉しいのだろうかわからないので、その答えは出ない。この感情をなんと表現すればいいのだろう。虚無ではないが、積極的に喜びなどの感情はない。本来なら主を失って悲しむべきなのだろうけれど、その感情も見出せない。

 ただ抱えているのは、感情というよりかは事実に対する雑感だ。

 春日井くんが側近にならなかったのは残念だと感じていると言うこと。優等生である湯西川牧穂が同じ役割を果たすことを祈るばかりだ。

 吸血鬼の主が死んでしまった事実に変わりはないと言うこと。このままクーデターもなければ、次の総裁には私が就任するだろう。新執行部の人選やらなんやら、帰ったら仕事は山積みだ。私も優等生の温泉旅行についていけばよかったかもしれない。大臣を決める総理大臣はこんな気持ちなのかもしれない。

 それともう一つ、大きな「こと」としては……

「藍華」

 背中越しに聞き覚えのある男性の声が聞こえてきて、思わず振り返った。馴染みの顔が確認できて一瞬緩みそうになった頬を、私は必死に引き締めた。

「幕張さん」

「ご苦労だったな」

 私が彼の名前を呼ぶと、彼は労うような口調で応じた。

「私は何も」

「裏で糸引いてたのは知っている」

 煙に巻こうとする私に対して、幕張さんはズバッと告げた。この人には、隠し事はできない。私は誤魔化すように微笑した。

「何がやりたいのかはわからなかったが」

「暴走していたのかもしれませんね」

 客観的に表現するならば、今回の一件は私の暴走だ。主を殺めるつもりはなかった、とは言わないけれど、そこまでする必要なかったのではと言われれば閉口せざるを得ない。総裁秘書の見てくれからすれば、考えられない所業だ。

「やりすぎと言われればそうかもしれません」

 冷静に省みる私を幕張さんは責めひとつせず、淡々と空に向かって告げた。

「結果的に良い結末に落ち着いたなら、それはそれで良かったんじゃないか」

 冬の夜空を見上げて目を細める幕張さんに、倣って私もそうした。

「優しいですね、珍しく」

「珍しくは余計だ」

「ふふっ。珍しくないから今こうしているんですもんね」

 悪戯っぽく笑うと、幕張さんはなんとも言えないような顔をして、頭を掻いた。

「……タバコ、吸っていいか」

「奥さんも娘さんもいないんですし、どうして断る必要が」

「それもそうだな。しかし、君こそどうしてだ?」

 結局誰もがその疑問に行き着くのだと言うことは想定済み。

「後悔したくなかったので」

 さっき優等生に格好つけた言葉とは違う言葉を口にする。これも十分格好つけているとは思うけど、いわゆる大きな「こと」であって、偽りない私の本音だった。

「私が後悔するときは、あなた以外の人をこの手で吸血鬼にした時です」

 そう付け加えると、幕張さんは口許を緩めて、私の頭に手を乗せた。

 久しぶりに少しだけ、涙腺が緩みそうになって、私は強がるように一度だけ首を横に振った。


「だって私が吸血鬼にするのは、もうあなた一人で充分ですから」

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