表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
最期の冬の話
202/226

それでよかったじゃないですか 1

     1


「僕は、やはり人間でありたいんです」

 親玉に最初に言った言葉はそれだった。やっと言えたじゃないか、とみんなに怒られそうな感じだったけれど、少なくとも早代さんとお付きで後ろにちょこんと立っている神宮寺さんには当てはまらないから、はっきりと言った。

 そんな眼前の吸血鬼たちは表情を崩さず、ただ僕の言葉に頷いた。そして「それで?」と次の言葉を促しているようだった。

「吸血鬼になったって、人間界で生活する分には良いのかもしれません。けれど、僕は人間です。これからも人間として生きていきたいんです」

「なぜ?」

「人間界の世界で葛藤して悩む吸血鬼の姿を、何人も見てきたからです」

 そのうちの一人である神宮寺さんは、僕が視線を向けても微動だにしなかった。

 牧穂さんから始まった吸血鬼との出会いは、もう何人になるか覚えていない。けれど、みんながみんな、葛藤していた。それは、僕の大好きだった人も然り。

「そして、そんな人たちが『僕は人間として生きろ』って言うからです」

 僕がもどきになって「吸血鬼になっていい」と言った人は誰もいない。みんな、怒ってくれたし動いてくれた。そんな人たちのために、易々とこの命を捧げるのは割に合わない。って、どうして最後の最期に思い募るかな。遅すぎるよ。

 へえー、って言う顔を見せただけで、早代さんは何も言わなかった。神宮寺さんも同じだった。何を言っても響かないかもしれない。けれど、最期に抗えることと言ったらこれくらいしかなかった。

「こちらからもいいですか?」

「どうぞ」

 今度はこちらから質問を振ってみると、早代さんはあっけなく了承した。

「どうして早代さんは僕を吸血鬼にしたいんですか?」

 ずっとわからなかったこと。本当だったら大学の研究室に突撃して吐き出させなければならなかったことを、最後の最期になって問いただしてみる。

「私が令奈の母親だから。早代さんはそう言いました。だったら令奈のためですか?」

「違うわ」

 被せ気味に少し強くなった語気に、僕より先に神宮寺さんの瞼がぴくっと動いた。これは動揺していると言うことなのだろうか。

「だったら、僕は何のために妥協してきたんですか」

 今度は質問と言うよりかは、愚痴に近いものだった。

「令奈のために、と言うわけじゃないんなら、僕はどうして……僕でなければならない理由がないのなら、僕である必要はないと思います」

 本当にこれをもっと前にやらなければいけなかったのにサボってしまったから因果応報なのだけれど、神宮寺さんがくれたチャンスだ、無駄にしたくなかった。でも、令奈のためにと信じていた僕は、今その答えを聞いて徒労感と絶望感を味わっている。

「あなたを足がかりに、人間界に進もうと思って」

 そして重ねて飛んできた早代さんの答えは、申し訳ないけど、どこか素っ頓狂に聞こえて、さらに心に突き刺さった。

「あなたを人質にして人間界に交渉を申し込んで、いずれは支配する。だからあなたはそのための駒よ」

 言い放つ早代さんに、相変わらず肯定も否定もしない神宮寺さん。

「……そんな理由でですか?」

 僕は足元から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、言葉を絞り出す。

「だから未広ちゃんは、吸血鬼にならなきゃいけないのよ」

 そう結論づけて、早代さんは僕を強い眼光で見据えた。ここらで話はおしまいらしい。次にどんな力を使ってくるのだろうか、いかにせよ丸腰で防ぎようもない恰好だし、ボロボロな状態なんだけれど、とりあえず可能な範囲で身構える。

 そんな僕に向けられたのは拳銃だった。秋に美濃部さんが持っていたものと同じ形状だった。中身もおそらく同じだと思う。撃たれるのか、僕も。

「私たち吸血鬼も結局は武器に頼る。なぜだと思う? それは人間と同じだからよ。私たちに人を殺せる特別な力がないから」

 吸血して人間の寿命を縮めることはそれに当たらないのか、と言うツッコミを飲み込んで、早代さんの話に引き続き耳を傾ける。

「それなのに人間は、人間と違うという理由で吸血鬼を排した」

 人類史でそんなことが起きたと言うことは、千佳子先生の日本史の授業では聴いたことがない。彼女が生きていたのは、どの時代のことだろう。僕たちが想像もできないほどの昔かも知れない。それとも、見えないところの小コミュニティでの話なのかもしれない。

 でも、彼女が人間のことを許していないことはわかった。

 僕の足元に拳銃が投げられた。早代さんはまるでお茶菓子を出す時のような笑顔を見せて、それを繰り返した。僕の足元には、2つの黒い拳銃が鎮座していた。

「どちらかに鉛弾が入っているわ。もしあなたがそれで私を撃てれば、私はこれをあなたに授ける」

 早代さんが今度手に持っていたのは、翡翠色に光る何かだった。勾玉だ。もどきを人間に戻すことができる勾玉。神宮寺さんに目を向ける。彼女は一回だけ小さく頷いた。とりあえずやれと言うことか。

 黒光りしている銃を手に取ると、ずっしりと重みが加わって、地面に手を持っていかれそうになった。翠ちゃんは何の気になしにぶっ放していていたけれど、重くて。というかこれどっから仕入れてきたんだ本当に。本格的なやつだぞ。

 そして、やっとの思いで手に馴染んだそれの先を神宮寺さんに向けてみた。彼女は観念したように両手を挙げた。冗談です。

 今度こそだ早代さんに向けて、あとは撃つだけだ。なんて単純なことは済まない。これから人を撃つんだぞ、僕は。もしかしたら命を奪うかもしれないんだぞ。でも、撃たなきゃ助かる可能性もなくなる。

 僕の葛藤を、急かすことなく吸血鬼2人は構えている。このまま僕が動かなければ、そのまま時が過ぎて僕が吸血鬼になるだけだから。

 引き金に指をかける。水鉄砲のように軽くなくて、力を込めなければ動かない。

 でも僕は、今日だけは、人間として生き続けるために撃つんだぞ。その意気込みの勢いで、

 

 僕は撃った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ