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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
20/226

あなたはどの面下げて未広先輩の前に現れたんですか 3

     3


 夜の教室に一人きりというのも、なんとも珍しいことで。


 千佳子先生は「遅くならないでね」と一言残して僕たちよりも先に帰っていった。いつもだったら何をするのかとか聴いてくるのに、あっさりと帰ってしまった。やっぱり最近何かおかしい。

 栄恵と博人は、高津邸で焼香を済ませてから、わざわざ学校に帰ってきてくれていた。その間美菜ちゃんと今週号の編集会議をしつつ(今日は火曜日)、日が暮れるのを待った。牧穂さんはクラスメイトやら先生やらに掴まってしまって作戦には参加できないらしい。


 教室の電気は付けずに、デスク電灯をつける。肝試しでもやってるのか、なんて傍から見れば言われるかもしれないけれど、洒落ではなくて吸血鬼じゃなくてお化けのほうが出てきそうな確率は高いと思う。そっちの方がよっぽど害がありそう。

 まあでもおとり捜査とはいえ、今まで牧穂さんがいなくて僕が一人きりの時もなかったわけじゃないし、その時に危険を感じたことはなかったから、わざわざシチュエーションを作ったからと言ってホイホイと吸血鬼が現れるとは思わなかった。

 そうなると、僕を狙っているということ自体が疑わしくなるけれど、牧穂さんが嘘を言うわけもないと信じているし、きっと機が熟すのを待っているんだろうと思うことにした。襲われないことが一番なんだけど。

 とにかく、そんな都合よく吸血鬼が現れるわけ。


「春日井未広さん」


 ……現れてしまった。


 僕の名前を呼んだ女性は、間違いなく吸血鬼だと思った。オーラがあるわけでも目を光らせているわけでも牙を剥いているわけでもない。ただ、こいつが、これから僕を襲おうとしている。その気配だけはひしひしと感じたから。

 睨みつけてみるけれど、暗がりだし、さらに黒いマントに隠された顔からは何も読み取れない。

 距離を詰めてくるわけでもなく、飛び掛かって来ようとしない吸血鬼を少し不思議に思い始めつつ、物怖じせずに僕の要求を伝える。

「とりあえずそのマント取ってください。僕を襲うにせよ、正体を明かすのが筋でしょう」

 吸血鬼は何も答えない。

「狙いは僕ですか?」

 無言。

「あなたは僕の血を吸うんですか?」

 僕の言葉に一向に答えようとしない。でも、僕ににじり寄って来ようというわけでもない。僕に姿を見られたからか。いや、でも襲うなら僕の名前を呼んでわざわざ気が付かせなくたって良い。この吸血鬼の狙いが分からなかった。

 教室の外で物音がした。仲間たちも痺れを切らして今にも出てきそうだ。ええい、やりたくなかったけど仕方がない。

「せめて姿を見せてください」

 机の上のデスク電灯を手に取って吸血鬼の方に向けると、確実に嫌がった様子を見せた。そして、マントに隠された顔を手で覆った。

「栄恵! お願い!」

「吸血鬼、そこまでだ!」

 打ち合わせどおり、教室の電気がパッとついたと思ったら、栄恵と美菜ちゃんが教室になだれ込んできて吸血鬼に体当りする。僕以外に誰もいないと思っていた吸血鬼は虚を突かれて、簡単に床に転がる。

「とうとう吸血鬼の正体を突き止めました!」

 マントを剥がそうとする美菜ちゃんに必死に抵抗する吸血鬼。そんなにも姿を見られたくないか。

「往生際が悪いぞ!」


 僕も加勢する。僕がマントに触れると、不意に抵抗が弱まった。その瞬間を逃さずにマントを掴んで投げ捨てた。

 顔があらわになる。さて、どんな顔をしている……んだろう。いや、違う。


 ——今、自分はどんな顔をしているんだろう。


 こんなことがあってたまるか。

 まさか、そんなはずはない。この状況を説明できるものだったらしてほしい。

 今日は命日だといったってエイプリルフールには季節外れだし、ハロウィンはとっくに終わった。だったらこれは何の冗談だ。


『吸血鬼は一度死んでいるんですよ』


 牧穂さんのその言葉は、目の前の状況を裏付けるのにぴったりの言葉だった。僕が口にして、彼女がそれを認めれば、目の前の状況は証明される。

 僕が口を開かず、誰も口を開かずにいれば、この状況は幻になってくれるんだろうか。

 いやでも。


 おそるおそる口を開いた。


「……令奈なの?」


 僕の言葉にビクっと体を震わせてから、吸血鬼は静かに僕の名前を口にした。


「……未広ちゃん」


 僕を未広ちゃんと呼ぶのは、何人も知っている。でも、この声で僕を未広ちゃんと呼ぶのは、僕は世界中でたった一人しか知らない。そしてその人がもうこの世にいないことも知っている。はずなのに、どうしてその声で僕は未広ちゃんと呼ばれているんだろう。



「未広ちゃん」


 もう一度彼女は僕をそう呼んだ。


 今日が命日で、僕が朝、墓前に手を合わせて弔ってきた、高津令奈。


 なぜいま彼女が目の前にいるんだろう。


 静寂が包むその場を、我に返った栄恵が打ち破った。

「令奈、君は何をして……」

 にじり寄る栄恵よりも先に平手打ちをお見舞いしたのは、美菜ちゃんだった。

「……あなたは」

 声を震わせながら、今まで聞いたことのないような迫力のある声で美菜ちゃんは叫んだ。


「——あなたはどの面下げて未広先輩の前に現れたんですか!」


 令奈は赤くなった頬を抑えながら、呆然と目じりに涙を溜めている美菜ちゃんを見つめていた。僕はそんな2人の対峙を、後ろから呆然と見つめるしかなかった。


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