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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
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甘いものの食べ過ぎでおかしくなりましたか? 1

     1


「吸血鬼に襲われた?」

 僕は思わずおうむ返しした。目の前に座っている僕の幼なじみから、聞き慣れないワードが飛び出してきたからだ。

「そう、吸血鬼だ」

 言葉の主である彼女は、もう一度その言葉を繰り返して、隣に座る女子生徒のうなじを指差した。視線でそれを追ってみると、白いうなじには2つの赤い斑点のような傷があった。

「恥ずかしいからそんなにじっと見ないで」

 当の女子生徒は、そう呟きながら傷口を手で隠す。思わず見つめすぎていたらしい。ごめん、と謝りつつ、もう一度幼なじみに問いかけてみる。

「これが吸血鬼の仕業?」

「そう」

 どうやら何度訊き返しても答えが変わることはないらしい。真剣な様子の幼なじみを無下にすることもできず、僕はうーん、と頭を抱えて白い天井を見上げた。


 校舎の外ではしんしんと雪が降り続いていた。そんなある冬の日の放課後、僕が部長をやっている新聞部に持ち込まれた話は、いささか穏やかではなかった。

 昨日の放課後。さっきうなじを見せてもらった女子生徒もとい生徒会会計の美濃部弓香みのべ ゆみかさんが何者かに襲われたらしい。手掛かりはうなじに残された2つの赤い斑点のような傷だけだった。

 それが吸血鬼の仕業だというのが、幼なじみで生徒会長の水口栄恵みずぐち さかえが言うことだった。

 どうして僕のところに相談に来たのかというと、僕が栄恵の幼なじみで、新聞部の部長だからだ。先生たちが進めている調査とは別に、新聞部で犯人つまり吸血鬼のことを調査してほしいということだった。

「ツチノコとかじゃあるまいしなあ」

 吸血鬼だなんて、市井で売られている週刊誌の見出しとか、そういうレベルだ。なんて、校内新聞を書いている身分の僕が言っていいのかどうかはわからないんだけど。

「美濃部さんは吸血鬼を見たの?」

「誰かに噛みつかれて、ってところまでは覚えているんだけど、そのあと気を失っちゃって直接見たわけじゃないんだ」

 噛みつかれたということは事実らしいけれど、それが吸血鬼だとは断定しなかった。

「起きた時に少しフラッとしたから血を吸われたっていう感覚になったのかもしれないけれど、そうとも言い切れないし」

 口ぶりからして、どうやら美濃部さんは吸血鬼を信じていないみたいだった。栄恵が『噛みつかれたこと』と『首の傷』を繋げ合わせて、吸血鬼という存在を勝手に連想しているだけらしい。確かに傷の付けられ方はよく物語で出てくるドラキュラとかの牙だと考えればつじつまが合うのかもしれないけれど。

 かもしれない、というのは僕たちが実際に吸血鬼をこの目で見たことがないからだ。僕が勝手に想像する吸血鬼は、八重歯が鋭い牙を持っていて、人間の血を吸う生き物。それ以上でもそれ以下でもない。もちろん実際にいるなんて思っていない。小説とか物語の世界の話だ。

 何をどうして栄恵はそういう考えに至っているのかはわからないけど、そう簡単に空想上の生物の存在を肯定することも難しい。かといって、幼なじみの言葉を信じたくないわけでもない。そう思うのは、栄恵は僕に嘘をついたことがないから。

「あれ、栄恵先輩たちこんにちは」

 引き続きどうしたものかと思っていると、頼れる後輩女子が帰ってきた。

「美菜ちゃん、ちょっと相談が」

 挨拶もまばらに思わず助け舟を求めたのは、新聞部の後輩である美菜ちゃん――七山美菜ななやま みな――だった。彼女は小首をかしげつつ、僕の隣のパイプ椅子に腰を下ろした。

 ここまでの栄恵たちからの話を掻い摘んで話すと、美菜ちゃんは深くため息をついて、頬杖をついて一言呟いた。

「甘いものの食べ過ぎでおかしくなりましたか?」

 僕と美濃部さんは思わず苦笑いを浮かべた。確かに栄恵は甘いものに目がないとはいえ、あまりにも辛辣な言葉だった。

「美菜、ボクは真面目に話をしているんだ」

 一歩も引かない栄恵に、美菜ちゃんはばつが悪い表情を浮かべつつ言葉を返す。

「吸血鬼なんているわけないじゃないですか」

「あんな傷をつけられるのは吸血鬼しかいない」

「誰かが牙着けて噛みついただけです」

「そんな悪戯をする必要がどこにある? きっと血を求めての行動に違いない」

「そんな性癖の人も世の中にはいるかもしれません」

 ヒートアップしそうな2人を止めに入る。止めてくれるな、っていう表情の美菜ちゃんに目配せしつつ、栄恵に水を向けてみる。

「どうして栄恵はそこまで吸血鬼にこだわるの」

「美濃部の首の傷が『吸血鬼の所業』という文献で読んだものに酷似していたからだ」

「何ですかその本」

「即売会で買った同人誌だ」

 随分とニッチなものを売っていて、良くもそれを買ったもんだ。

「あの赤い2つの斑点が吸血鬼によって付けられたそれってこと?」

「そう。牙で首筋に傷をつけつつ、血液を吸ってエネルギーにして生きる。それが吸血鬼の本性らしい」

 写真だって載っているんだ、明日持ってくる。と息巻く栄恵に僕はまた頭を抱えるしかない。栄恵が嘘を言うはずないっていうのはわかっているし、僕を信じて相談に来てくれているのもわかっているんだけど、やっぱりそう簡単に信じられるものでもなく。

「やっぱり甘いものの食べすぎなんじゃないですか」

「いや、むしろ甘いものが足りてないからじゃないのかな」

「……美濃部、新聞部の部費減らしておいて」

「職権乱用ですよ!」

 弱小部活がこれ以上部費を減らされてたまるか。

「まあまあ2人とも。私の命は無事だったんだし、あまり大事にはしたくないんだけどね。会長一度言い出すと聴かないから」

 ごめん、と美濃部さんは相変わらず苦笑いを浮かべている。吸血鬼を信じていない身だとは思うんだけど、ここは丸く収めたいんだろう。

「生徒会のメンバーが被害に遭っているんだから黙っていられるわけがない。生徒の安全を守る意味でも、真相を解明したいんだ」

 確かに生徒が危険にさらされている状況なら、生徒会長として放ってはおけないだろうし筋は通っている。それに倒れている美濃部さんを見つけたのは外でもない栄恵らしいから、気がかりなのは当然だろう。

 幼なじみの生徒会長らしい一面を見て安心しつつ、聴いてみる。

「真実を解明できる自信はないよ?」

「未広が協力してくれるんだったらそれでいい」

 まったく、この幼なじみは。

「……部費は減らさないね?」

「約束する」

 僕は生徒会の2人に頷いて見せた。

「……まったく、先輩は甘いんですから。仕方ないな」

 美菜ちゃんが小さくため息をつくのが聞こえた。

「美濃部さん、もう少し詳しく話を聞かせて」

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