私の望む、最高の結果 5
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「……ぼくは、生きてるのか」
銃撃が収まって、ぼくはその場に生きていることを感じて、倒れた身体を起こした。直接銃弾が当たったわけじゃないらしく、痛みはガラスが刺さった額だけだった。額を手のひらで拭うと、ドロっとした赤いものがまとわりついてきた。
「今だったら吸血鬼も飲み放題なんだけどね、血液」
そんなことを呟きながら、僕は白煙で覆われた研究室を這いつくばりながら、あたりの様子を見回してみる。翡翠色の勾玉は粉々に割れて転がっていて、僕は思わず天を仰いだ。
ぼくは無事でも、勾玉は無事じゃなかった。
あれだけ徹夜したのに、とかは割とどうでもいい。未広くんを助ける術が一つ消えてしまったことが、本当に悔しかった。また一からやり直しと言っても、時間も素材も残されていない。しかもこの研究室の再建も込みで。詰みだ。
いきなりかつての恩師に襲撃を受けるとは思わなかった。何の防衛準備もできていないにもかかわらずあれはひどい。
とりあえず結構な銃撃にも関わらず命からがらも助かったので、未広くんと日向さんと椎香ちゃんにはメッセージを送っておく。きっとパニックになっているだろうから、無事だということはとりあえず伝えておくことにした。
続けてメッセージを送ろうとしたら、何かがこすれる音が聴こえて、煙幕の向こうにまだ誰かいることに気が付いた。
総裁まだいたか、と身構えていたら、不意に煙幕が晴れた。立っていたのは僕の恩師で吸血鬼界の総裁、高津早代……じゃなくて、別の女性だった。知らない顔だった。
「あなたは」
「高津早代の側近です」
万事休すかな。諦めて手を上げるぼくに、彼女は告げた。
「その手を下ろしてください」
「……投降も許さないんですか、厳しいなあ」
未広くんを助ける前に、ぼくが死ぬとは。
しかも、高津先生じゃなくてそのお供に殺されるとは。そうされるんだったら親玉の方がよかったなあ。
「私はあなたたちを殺しません。吸血鬼にもしませんので」
冷酷な言葉をかけられると思っていたから、ぼくは拍子抜けして言葉の主を見上げた。その瞳は、睨むようなそれではなく、憎しみも悲しみもない、ただ透明なそれだった。
「仕留めないんですか、ぼくを」
「言葉の通りです」
「総裁にとって、ぼくは厄介な存在のはず」
「総裁がそう思っていても、私はそう思わないので」
彼女は事務的な口調で続ける。つまり今の言い分だと、彼女は高津先生とは別の意思を持って動いているってこと?
「そもそも、あの方はこのことを知らないんですし、手を下せようがないんですが」
ぼくのちょっとした予想は、続けざまの言葉で裏打ちされた気がした。高津先生の声が聞こえたはずなのに、彼女はそれを知らないという。
つまりそれはこの側近女史が高津先生に記憶魔法をかけたか、あるいは。
「じゃあ君が」
肯定も否定もせず、側近女史は話を続ける。
「春日井未広が吸血鬼になる予定の日まで、私の指定する場所に隠れていてください。衣食住は保証します。手足を縛ったりもしません。ただ、必ず勾玉を完成させてください。決して春日井未広の一味に見つかってはいけません」
女史の提示してきた条件は、想像のはるか上を行くくらいに超えてきた。
「側近なのに、どうして」
彼女は僕の質問には答えず、半ば被せるように告げる。
「いいから、言うことを聴いてください。それが私の望む、最高の結果になるんですから」
つべこべ言わずに聞け、と言わんばかりに、女史は少し怒った調子で言った。
「いいですか。私はあなたたちを決して吸血鬼にはしません」
それだけは忘れないでください、と付け加えて、側近女史は一枚のメモを渡してきた。そこには、地図が描いてあって、ある四角のところに、赤丸が付いていた。
「ここに行けと」
「家主には話を通してあります。身の安全が確保されていることは伝えて大丈夫です。あと、勾玉はもうダメだということは、伝えておいてください」
残念そうなそぶりを全く見せず、側近女史はそう嘯いた。





