皆まで言わない 四
四
「七山ちゃん何やってるのこんなところで」
「ブランコで肉まん食べてる人に言われたくないんですが」
未広先輩の家まであと少し、というところにある公園を通りかかったら、わたしの言葉通りにブランコに乗りながら肉まんを頬張って満足げにしていた神宮寺先生に掴まった。
「春日井くんのお見舞いかな?」
「なぜ即バレましたか」
「さっき冴里さんに会って聞いたから」
未広先輩の家からの帰り道でもあるのでそりゃそうか、と思いつつ、隣のブランコに腰掛けて、神宮寺さんを睨んでみる。
「信じてもらえないかもですけど、私が何かしたわけではないですからね」
神宮寺先生はわたしが言いそうなことを、あらかじめそう断った。
「むしろ冴里さんに肉まん奢ってもらったんですから」
頬を緩めながらもう一口肉まんを頬張る神宮寺先生。めちゃくちゃ幸せそう。 もしかしたら先輩たちに何かしたのかと思いきや、この顔は本当に知らない顔みたいだ。
敵か味方かはわからないけど吸血鬼なこの先生は、わたしが入院している間に赴任してきた。でも、吸血鬼のお偉いさんのお付きの人なんですから、きっと敵だとは思いますが。
「前から気になってたんですけど」
「何?」
「あなたは未広先輩をたすけてくれるんですか?」
わたしは確か、牧穂さんが初めて吸血鬼だと知った時も同じ質問をした気がする。
「私の手では春日井くんを吸血鬼にはしないよ。ただそれだけ」
私の、ってことは、総裁の行動を止めたりしてくれるわけじゃないことだった。
「だったら敵です」
「春日井くんを助けないから?」
「そうです」
「でも、危害も加えないんですよ?」
「何もしないのは罪です」
「それは七山ちゃんもじゃない?」
「出来るんだったらそうしてますよわたしだって!」
反射的に強い声が出てしまったわたしにも、神宮寺先生は平然としていた。
「それが出来るんだったら、入院なんてしません」
付け加えたわたしの言葉は、萎んでいく。気持ちのやり場がなくなって、虚空を見上げながら小さくつぶやく。
「……わたしはいつまで知らないふりをしてたらいいんでしょうか」
「あと一週間」
「それまで黙ってろって言うんですか!」
思わず今度はわたしはブランコから立ち上がって、神宮寺先生に食って掛かった。それでも神宮寺さんはびくともせずしなかった。冷静な彼女と目が合って、わたしはなんで怒ってるんだろう、と冷静にさせられるほどだった。
「それほどあの子のことが好きなんだね」
もう抗弁しても仕方ないと思ったので、静かに頷いた。
「七山ちゃんが怒ったのも恋してるのも、初めて見た」
「わたしだって怒るし恋しますよ、人間ですし」
「吸血鬼だってそうするよ」
神宮寺先生は、ポツリと抑揚のない声で被せてきた。
「いえ、別にそう言うつもりじゃ……」
「ねえ七山ちゃん。七山ちゃんは、吸血鬼のことをどう思います?」
「なんですか、やぶからぼーに」
「聴かせて」
真っ直ぐな表情だったので、わたしも正直に答えた。
「血を吸って、目が赤青で、訳のわからない魔法が使えて。それ以外はなにも人間と変わらない存在だと思います」
「そっか」
短く相槌を打って、神宮寺先生は悲しげな表情を見せた。
「……もっと早くあなたみたいな人に。いや、一番最初に出会えていれば、こんなことにはなっていなかったもしれませんね」
自嘲気味に言うその言葉には、後悔がたくさん詰まっている気がした。
「こんなことって」
「秘密。人にも吸血鬼にも一つや二つや三つや四つ、秘密ってあるもんだよ」
「神宮寺先生は秘密ばかりな気がします」
「私は謎多き吸血鬼のキャラだから」
「不気味ですね」
「不思議と言ってほしいな」
「どっちもです」
「七山ちゃんには秘密ないの?」
「わたしの秘密は。あってないようなものです」
「恋心は知ってるもんね、春日井くん」
「……肉まん奢ってもらいますよ?」
そう睨みを効かせると、神宮寺先生は残りの肉まんを口に押し込んで食べ切って、ブランコから立ち上がって着地して、振り向いた。
「――だったら、七山ちゃんも春日井くんに言えない秘密をつくっちゃえばいい」
神宮寺先生は、初めて不敵な笑みを浮かべた。
本当にこの人は何を考えているのか、何を目的にわたしたちと接触しているのか。それがわからないからこそ、彼女の笑みは怖いほどでもあった。狙いはなんだろうと考えていたら、ラインの通知が鳴った。わたしのやつだ。
メッセージが来たらしく、スマホを見る。未広先輩からだった。
スライドさせてメッセージを開けてみて、
わたしはスマホを落とした。
「あら、画面割れちゃう」
「……未広先輩が吸血鬼になっちゃうのって、今日なんですか?」
「え、いや、流石に私にもそんな能力はないから違うと思うけど」
この人は知らない。即座にそう判断して、わたしは駆け出していた。
「ちょっと七山ちゃん!?」
息が切れそうだ。でもそれでも走る。
果たしてわたしは間に合っているのか。もう遅いのか。わからない。けれど走る。大好きな人のために走る。
なんでわたしはこの寒い中走っているんだろう。そんなの決まってる。
――ただ、未広先輩のためだ。
人の家なのに、鐘を鳴らして加えてドアを思い切り叩く。
出てきたのはエミール先輩だった。
「おおミナ、遅かった」
「……未広先輩は」
「多分静かだからスリーピン」
「未広先輩は!」
近所迷惑にもなりかねないような大声が出ても、わたしは気にすることなくエミール先輩に問いかけ続けた。





