ドーピングでもなければ、恋仲になれないかもしれません 3
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「美菜に会いに来たんですけど、不在ですね」
「今日は料理部の方に行っちゃった」
「そうですか」
「紅茶でも飲む?」
「お構いなく」
と言いながら、影森ちゃんはパイプ椅子にちょこんと腰を下ろした。
「美菜ちゃんに買ってきたバタークッキーの余りがあるから食べていって」
「お構いなく」
と言いながら、影森ちゃんの口角がすごく緩んだ。
「ちょっと待っててね」
「お構いなく」
と言いながら、すごく機嫌の良さそうな影森ちゃんだった。
「昨日はありがとうね」
「私、お手柄でしたね」
「真に受けすぎるなとか言ってたような」
「バタークッキーどころじゃ済まない名推理だったかと」
神宮寺さんがかけた鍵かというのはともかく、ヨモギグラスを封じていた鍵を開けたのは我が高校の生徒会長印だった。おかげさまでヨモギグラスを取り出すことが出来て、今城見先生は絶賛勾玉錬成中。ありがたい限り。
見事推論がだいたい当たった生徒会長はドヤっとしていたので、本当にクッキーの他に何かあげたい気分でもある。
「追加報酬のお望みは」
そう言ってみると、影森ちゃんはおどけずふざけず、淡々と言った。
「あとは未広先輩が美菜に洗いざらい告白すれば、それで万事丸く収まるかと」
「人間に戻ったら、かな」
「先輩は『吸血鬼になる』というドーピングでもなければ、恋仲になれないかもしれません」
真顔で要は意気地なしと言われている。影森ちゃんはそのまま真面目な顔を崩さずに続ける。
「先輩はそれでいいかもしれません。でも、美菜は違います。言われないのは、寂しいと思いますよ」
まるで美菜ちゃんならそうするだろうという表情で影森ちゃんがポツリとつぶやいたものだから、嫌でも説得力はあった。
僕があえて言わずとも、もう僕が吸血鬼になってしまうことを美菜ちゃんは知っている。人間に戻れる見込みが立ったんだから、もう戻ってから『実はこうだったんだよ』って言った方が平和に終わる気がする。
「美菜の知らない未広先輩の秘密を私は知っている。あるいは知っていた。共有していた。でも、わたしはそれを知らない。共有できなかった。それはすごく美菜にとって、寂しくて辛くて、そして悲しいことだと思います」
でも、影森ちゃんのその言葉を聞いて、やっぱり言わないことへの罪悪感は募っていく。美菜ちゃんを悲しませるな。影森ちゃんがそう常々思っているからこその言葉だということも、痛感できた。
「……それは、わかっているんですけどね」
なぜか地面を見つめながら、僕が言うべきセリフを、消え入りそうな声で影森ちゃんが言った。このまま僕のことを諭しにくるのかと思ったから、少し面食らった。そして次の瞬間にはいつもの影森ちゃんのモードとトーンで、ひょんなことと言わんばかりに僕に質問を投げかけた。
「ところで未広先輩は、好きな人いるんですか?」
「……今の流れだったら聞かずともわかるくせに」
「私もいますよ」
「さすが恋する乙女」
「一度も未広先輩にそう言ったことはないはずですが」
「乙女はみんなそういうものかと」
「教えてあげましょうか、特別に」
「報酬は?」
「私の気が晴れます」
珍しく見返りを交渉材料に求めない影森ちゃんに、僕は首を傾げて見せた。
「こういうのは適度に誰かに話しておくほうがいいんです。爆発してしまう前に」
いわゆるガス抜きをしておかないと、と言うのはどの世界にも言える話だけれど、恋心もそんなものなんんだろうか。
そんなものなのかなあ、と聞き返そうとして、影森ちゃんとふと目が合った。口元に笑みを浮かべながらも、彼女はその目をふいと逸らした。なぜかその頬はほんのりと赤く染まっている。
「……影森ちゃん?」
僕の呼びかけにも、彼女は笑みを絶やさないだけだった。そして次の瞬間に、
「……未広先輩も早く言わないと、こういうことになっちゃうかもですよ」
その言葉とともに、僕の視界は影森ちゃんで埋め尽くされた。
なんだ。
今僕は。
――影森ちゃんにキスされたのか?
困惑している僕に向き直った影森ちゃんは、次の言葉を紡ごうと息を吸った。
未広は鈍感だ、とよくみんなに言われる。
お人よしで鈍感だなんて、ある意味罪な人間かもしれない。
でもそんな鈍感な僕でも、これは気が付く。
これから吐き出されようとしている言葉がなにかくらい、
「私、未広先輩のことが好きです。大好きです」
わかっていた。この生徒会長が今ここで何を言うのかぐらい、鈍感な僕でもわかっていたはずなのに、いざ目の当たりにすると、耐性はない。
困惑するばかりの僕に頭を下げた影森ちゃんは踵を返して、疾風のように駆けていった。





