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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
18/226

あなたはどの面下げて未広先輩の前に現れたんですか 1

     1


 呼び鈴を押そうとする人差し指が震えていた。

 腕を下ろして思わずため息をつく。こうしてどれだけ時間が経ったんだろう。一軒家の前で固まっている男子高校生。これじゃ不審者だ。

 ——やっぱり帰ろう。

 そう思って振り返ると、藍色の着物を着た女性と目が合った。僕も知っているこの家の主だった。

その女性は来訪者が春日井未広だとわかるなり顔を緩ませて、にこやかに笑いかけた。

「久しぶりね、未広くん」

「どうも……早代さよさん」

「寒かったでしょ、お入りなさい」

「……いや、おいとまします」

「令奈に会いに来てくれたんでしょう?」

 頭を下げて立ち去ろうとする僕の背中に、早代さんの言葉がのしかかる。今日という日にこの家に来る理由を家主が分かっていないわけじゃないか。僕は観念して振り返った。


 畳が敷かれた居間に通されて、とりあえずテーブルの前に座る。すると、早代さんが突然テーブルの下から急須と湯のみを取り出して、手馴れた動きでお茶を淹れていく。

「粗茶ですが」

「おかまいなく」

 手際の良さに面食らいながらも、僕はお茶を一口啜る。香りが口一杯に広がって、思わず頬が緩む。

「元気にしてた?」

「はい、特に病気もなく」

 よかった、と早代さんは言って自分も静かにお茶を啜った。湯飲みを置いてから、訪れる沈黙。聞こえるのは庭の草木が揺れる音と鳥のさえずり。

「やっと来てくれた」

「夢にまで観ちゃ、来ないわけにはいかないですよ」

「夢?」

「令奈の夢を見たんです」

「命日が近かったからかしら」

「ずっと顔も見に来ないからかもしれません」

「なら、是非会ってあげて」

 何ら変わらない笑顔で早代さんは促してくれた。

 隣の部屋に続くふすまを開けると、立派な仏壇が一番に見えた。ゆっくりと近づいて、跪く。

 飾られた写真の笑顔に心が締め付けられる。うちの高校の制服を着ているところを見ると、高校1年生の時に撮った写真のようだった。


 ——高津令奈(たかつ れいな)


 僕の同級生で、僕の好きだった人で、そして、もうこの世にはいない人。


 線香を焚き、目を閉じて手を合わせる。

 ごめん、一度も会いに来なくて。

 自死を選ぶ理由は人それぞれだ。けれど、なぜ令奈が死を選ばなければいけなかったのか。死人に口なしとはよく言ったものだけど、まさにそのことわざの通りだった。遺書も日記もなにもない。遺された言葉もない。彼女は、ただ、自分の誕生日に屋上から身を投げた。それ以上のことは何もわからない。


 お通夜にもお葬式にも行けなかった。彼女を供養したのは、今日が初めてだ。でも、想像以上に動揺しないというか、心がざわつかない。彼女の最期を見た瞬間を記憶の奥底に閉じ込めているからかな。でも、だったらどうして夢に出てくるんだよ。

「きっと、少しは時が解決してくれたのよ」

 目を閉じて考えに耽っていた僕に、早代さんの声がかかる。

「そうだといいんですけどね」

「だって、こうやって会いに来れたんだから」

 居間に戻ると、テーブルのお茶の隣に最中が置いてあった。思わずにやけてしまう。そんな僕を見て、早代さんもにっこりする。

「最中大好物だものね」

「相変わらず」

「その最中美味しいのよ。未広ちゃんが来るかもと持って買っておいたの」

 よかった、と安心した顔を見せる早代さん。

「来なかったら私が食べちゃってた」

 食べてみると本当に美味しかった。一年会っていない娘の友達の大好物を心得ているとは、そして、確証もない来訪のもてなしを用意しているとは、さすが高津早代さんだ。ちなみに若々しく見えるんけど、れっきとした令奈のお母さんだ。20代といっても過言ではないくらいの童顔で、どことなく令奈に似ている、ってそりゃそうだ、お母さんだから。

「今度このお店に取材に行ってみたらどうかしら。店主のおばあちゃん喜ぶわよ」

「校内新聞に載せたらおばあちゃん大変になっちゃうかも」

「あら、その時は私が手伝いに行くわよ。元新聞部の娘のお母さんですからね」

 高津令奈はその言葉の通り、元新聞部の数少ない部員だった。中学で知り合って、そのまま亡くなるまでクラスも部活も一緒だった。この家、もとい高津家にも年中遊びに行った。なのでこのお母さんの対応なのである。


 そんな仲の良かった娘の弔いをなぜしなかったのかといわれれば閉口するけど。


 でも早代さんは、今日ここに来た僕を一度も責めようとしない。敢えてどうしてそうしないのか、と聞くのは野暮だ。今日来てくれたからそれでいいよ、と思ってくれているのかは知らないけど。でも最中を用意してくれているくらいだから、それが答えなのかもしれないけれど。

「最近新聞部は何か取材をしているの?」

「はい、吸血鬼のこととか」

 その言葉は自然と口を突いた。やばい。お茶と最中で解れているとはいえ、世間話でする話じゃない。秘密を打ち明けたからかハードルが下がってる。

「きゅうけつき? あの血を吸うってやつかしら」

「はい」

 大真面目に頷いた僕を不思議そうに見た早代さんは、

「ごめんね未広ちゃん、相当苦労かけちゃったのね」

 静かに目の前に生姜湯を置いた。これはいたわられてる。

「そんな反応ですよね、やっぱり」

 その生姜湯を一口飲むと、体中がポカポカ温まった。

「でも本当にいたら少しお話してみたいわ」

 次の瞬間、早代さんは期待に目を輝かせていた。

「僕は遠慮しておきますよ」

「今度見つけたらとっ捕まえてきてね」

 とっ捕まえてるどころか一緒に住んでるんですが、なんてこの世が終わっても言えない。

「でも……吸血鬼も、淋しいんじゃないかしらね」

 笑っていた早代さんは一瞬目を落とし、すぐに外に目を向けながら呟いた。

「淋しい?」

「そう。だから、人間と話したかったり、遊びたかったりするんじゃないかしら。吸血って言うのは建前で」

 吸血が建前な吸血鬼って、そんな特殊な種がいるんだろうか。と考えて、案外身近にいるなという言葉を飲み込む。

「どんな動物にも喜怒哀楽のサインはある。そのサインを見逃さないことが、私たち人間の役目。よ。だから、今度吸血鬼に会ったら優しくしてあげなさい」

 十分すぎるほどに優しく居所まで提供しているから、きっといいことがあるに違いない。


 のんびりとそんな話をしていたら、あっという間にお昼になってしまった。

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