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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
最期の冬の話
172/226

ほんの些細なこと 3

     3


「元気そうでよかったです、千佳子」

「うーん、そうでもないんだけどね」

「金曜日までずっとインフルでぶっ倒れてたんです」

「あら」

「ほんとに天に召されるかと思ったよ」

「死んだあとは私が吸血鬼にしてあげるから安心してください」

「そういう問題じゃないと思うんだ!」

 牧穂さん吸血鬼の目になってる。牧穂さんが千佳子先生のことを好きなのはよくわかったけど道連れにしないで。

 日曜日だというのに学校に行くと、千佳子先生がいた。インフルの影響か、さすがにちょっとやつれていた。なんで日曜日にいるのって聞いてみたら、

「社会人にはね、病み上がりに頑張らなきゃいけない時があるんだよ」

 と死んだ魚のような目をしていたので、大人って大変だなあ、もうちょっと高校生で居たいなあ、と心から思った。

「ところでなんでこっちに来たの?」

「未広さんの事情をまるっと聴いたので、幕張さんを説き伏せて来ました。未広さんの一大事に黙っていられるわけなかったので」

 些細なこと、とはつまり僕の一大事だったわけで。時間は持ち合わせていますから、というか完全にこっちに全力かけるつもりだったのだ。

「未広さんが困っているなら私は助けます。私が困っていたら未広さんが助けてくれますから」

「まるで主と眷属みたいだね」

「これが本当の吸血鬼ってやつですよ」

 牧穂さんはドヤ顔をしているけれど、どっちが眷属だかわからない。もしかした牧穂さんが眷属かもしれない。

「菜穂子が眷属だったら、未広ちゃん命令できるね」

「畏れ多いです」

「いいんだよー、あんなことやこんなこと命令しちゃって」

 あんなことやそんなこと……

「……未広さんが私をそんないやらしい目で見るの初めてで困ってます」

「気のせいです」

 一瞬頭をもたげた想像を必死にかき消した。

「まあそれはさておき、わざわざ菜穂子がこっちにきたってことは何か秘策が」

「ありませんよ?」

 あまりにもサラッと断定した口調に、千佳子先生は面食らった。

「何か手がかりが」

「ないですよ?」

「菜穂子でもなんとかならないくらいなんだ」

「吸血鬼もどきを人間に戻すのって至難の業なんですよ」

 牧穂さんは大仰にため息をついた。だからこそ、倫理的な面も加えて吸血鬼界では禁止されているのかもしれない。でもそもそも吸血鬼っていう時点で倫理観は怪しいけれど。

「ともかく、勾玉の存在は興味深いです。そっちは未広さんたちにお任せします。私は別のアプローチを。こっちはこっちで動いているので、そっちはそっちで動いてください」

「了解です」

「はーい」

「千佳子はまず体調回復に努めること」

「……はーい」

 にこりと睨む牧穂さんに、千佳子先生は肩をすくめた。保健室の先生に怒られた生徒みたいだった。

「そういえば詩音ちゃんの情報ですと、こっちに吸血鬼がいるとか」

「うちの学校の教師に擬態してます」

「神宮寺愛華ちゃん。まだ会ったことないんだよ」

 その名前に心当たりがあるらしく、牧穂さんが的を射たようにハッとした顔をした。

「ああ、藍華さんですか。同い年だから生徒役で来ればよかったんですよ」

「牧穂さんお知り合いなんですか」

「昔ちょっと色々ありまして。彼女が出世する前ですけど」

 今は総裁の側近だけど、彼女にも下積み時代があったんだなあ。

「というかなぜ総裁の付き人がこっちに」

「それは牧穂さんが知らないのなら僕にもわかりません」

 その口ぶりだと、幕張さんとかもおそらく知らなかったので聞いていないということだろう。

「藍華ちゃん、お偉いさんなの?」

「早代さんの一番近くにいる人です」

「未広ちゃん良く狙われないね」

「すごく不思議」

 本当に今もどきでいられるのは奇跡なんじゃないかとも思う。

「でも敵?」

「いや」

「じゃあ味方?」

「いや」

「どっちなのか」

「こっちが聞きたいです」

 僕たちに危害を加えるつもりはないけれど、守ってくれるかといえばそうでもない。結局こっちの世界に何しに来たんだというのは本人の言葉だけでは確証が得られれなかった。

「でも良く新聞部に遊びに来てくれるくらいにはなったので、人間を目の敵にしているとかはないと思います」

「藍華さんは親人間派ですから、大丈夫だと思いますよ」

「そんなに人間が好きなようにも見えないですが」

 そう言いつつ、クラスメイトや新聞部員と話している様子を見ると、その認識は間違っているのかな、とふと思った。

「あっ」

 千佳子先生は何かを思いついたのか、ビシッと手を挙げた。

「勾玉のやつ。案外、藍華ちゃんのハンコとかだったりして。そーさい秘書? だし」

 千佳子先生のアイデアに牧穂さんが神妙な顔をして考え込んでいたので、もしかしたらその可能性もあるかもしれない。

「藍華ちゃんに聞いてみようよ」

「うーん」

「親睦を深めているなら、未広さんが聞いて見るのがいいと思います」

「菜穂子、少し不機嫌そうだね」

「気のせいです」

 嫉妬嫉妬〜、と歌うように言った千佳子先生の頭に牧穂さんのチョップが炸裂して、友達同士の喧嘩というか戯れが始まった。僕はそっと見守りつつ、千佳子先生の案について考えた。神宮寺さんなら知ってても黙っていると思うし、自然な流れでカマをかけてみようかな。

「未広ちゃん、ラインだよ」

 いつの間にか仲直りをしていてにこにこしていた千佳子先生から突っ込まれて、我に帰った。スマホを見てみる。

「美菜ちゃんからだ」

 七山美菜、という文字が画面に出てきて、スワイプしてメッセージを確認する。

「美菜ちゃん、明日退院だって!」

 僕がちょうど文を読み終わったところで、千佳子先生が顔を綻ばせて嬉しそうに声を上げた。

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