その人に、もう一度会いたいと思いますか? 2
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パッと目を見開くと、暗闇が晴れた。最初に認識したのは同居中の吸血鬼だった。いきなり僕が目を覚ましたからか、わっ、と小さな悲鳴を上げた。
「牧穂さん……?」
「いや、たまたま通りかかったら未広さんがうなされていたので」
玉のような汗をぬぐいながら、相槌を返すのが精いっぱいだった。
「大丈夫です、ここは現実ですから」
とりあえずお水でも持ってきます、と牧穂さんは急いで駆けていった。
久しぶりに令奈の夢を見た。
その瞬間はきっと見ているはずなのに、ぽっかりと記憶の中から消え失せている。それを思い出せるようだったら今頃僕だってここにいないか。
少しずつ意識がはっきりしてきて、僕は疑問を一つ口にする。
「というかなんで牧穂さんが僕の部屋に」
「何言ってるんですか。ここ未広さんの部屋じゃなくてリビングですよ」
辺りを見ると、見慣れた家具が目に映った。
「さすがに男の子の部屋に夜這いするほどの女子ではありません。逆も困りますけど」
夜這いとか今日日聴かないし、というか女の子が口にしてはダメだって。
「それに未広さんにそんな勇気はありません」
笑顔で断言した牧穂さんから渡されたペットボトルの水を少しだけ飲んで、少し心の動揺が落ち着いた。タオルも持ってきてくれたので、額から流れてくる汗を拭きとる。タオルがすぐに湿るほどの大汗だった。
「奇遇です。私も夢に起こされたので水を飲みに来たんです。そしたら未広さんがリビングで寝てるから。寝落ちは気持ちいいですが、しっかりしないと風邪ひきますよ」
布団もかけずに寝てたらしい。さすがに少し寒さを感じた。
「まったく、皆さん揃って風邪でも引いて学校を休んだら寂しいですもん」
「博人と遊んでやってください」
「仕方ないなあ」
少しくだけた調子で、牧穂さんは笑う。けれど、笑えていなかった。僕と同じく無理をしているそれだった。
「……牧穂さんにも、つらい思い出があるんですね」
何を言ってるんですか未広さん、という言葉が続かなかった。話を広げていいのかわからなかったけど、聴いてしまったからには聞かずにはいられなかった。
「出来れば見たくはありませんけれど、夢って不思議ですよね。ふとした時に現れては私たちを苦しめます」
私もください、と僕の手からペットボトルを引っ手繰って、残っていた水を飲み干す。
「間接キスですね」
「ロマンチックな状況なら喜びますけど、私たちはそれよりも落ち着く方が今は大事なんですよ」
確かにそんなことをいちいち気にしているほどに余裕はなかった。まあ、夜長に2人きりでリビングに男女がいるという時点でロマンチックなというかアブノーマルな状況かもしれないけれど。
「私が一度死んだことは説明しましたね」
「はい」
前に聴いたとおりだ。
「その時に遺してきた人のことを夢に見るんです」
牧穂さんから切り出してきて、僕は少し眉をひそめた。
「家族?」
「いや」
「恋人?」
「私は処女を貫いてきたのでそれはありません」
「その割には夜這いやらなんやら」
「忘れてください」
「じゃあ、友達」
「うん……はい」
遠い目で浮かべて想像しているのはきっとその友達のことだろう。
「大切な友人でした」
胸をギュッと掴みながら、牧穂さんは言葉を絞り出して目を落とした。
「私は自殺じゃなくて事故でした。遺された人は未広さんみたいな気持ちを抱え続けているのかもしれない、って、未広さんを見てそう思いました」
——未広さんみたいな気持ち。
僕は牧穂さんに深く僕のことを話したことはない。けれど、彼女は知っているんだろう。なんせ「自殺」という事情を話さなくたって話してくれるんだから。
「私が死んだときにどうだったのか、私がいなくなった後、生き続けていることができているのか。違う形で生き永らえているんです。当時の記憶のそのまんまで。だからそれくらい私も気になるんです」
僕は失った方しか知らない。知る由もない。だから、死後の人が遺してきた人のことをどう思うかなんて、知らないはずだった。だけど、死んだ彼女は遺してきた人のことを心配している。それは紛れもない答えの一つだった。
「それに、夢の中の彼女が時折聞くんです。どこにいるの? って」
まるで泣きそうな顔に変わって、牧穂さんは言葉を紡ぐのをやめた。そして、飲み干したペットボトルに口をつけて、水がもうないことに気が付いて苦笑いを浮かべた。
「そう聞かれたって、答えられるわけがないのに」
その嘆きは、とても寂しく無念そうに聞こえた。僕はなんてフォローしていいのかわからなくて、自分のありのままの気持ちを伝えた。
「でも、答えてくれたら嬉しいと思いますよ。死んだ後も生きているんだったら、僕だったら安心します」
何のフォローにもなってないですね、とまた流れてきた汗を拭く。
「もし死後の世界があってそこで死んだ人が生きているんだったら、牧穂さんみたいにそんな気持ちを抱えているんですかね」
「わかりません。でも少なくとも、私たちが思っているんだから、そう思っていると思います」
人が死んだ後のことは知らない。どこに行くかも、どんな思いでその先に行くかも。こうやって一度死んだ人間の思いを知ることなんて、あり得ない。けれど、その一例に触れて、少し期待をしてしまった。けれど、それは違う、と言い聞かせてきたけど。
「そうだったらいいな」
目の前の人がそういうのだから、期待してしまう。だから、僕は一つ質問をした。
「その人に、もう一度会いたいと思いますか?」
僕がそう聴かれたら、そんなカウンターを食らったら、きっと一撃で倒れてしまうかもしれない。そんな僕の愚問に、牧穂さんは静かに、けれどもはっきりと答える。
「決まってるじゃないですか」
牧穂さんは窓の向こうに目を馳せた。結局、雨の匂いがしていたんだけども雨は降らなかったらしい。
満月を見つめながら、牧穂さんはつぶやいた。
「もう一度会えたら、だなんて。そんな大それたことを思わないなんて思いましたか」
 





