数学には必ず答えがある 2
2
「ヨモギグラス」
「タイ料理に入ってそうな名前ですね」
「それはレモングラスですかね」
トムヤムクンとかに入ってそうなイメージ、わかる。
「もしパクチーみたいだったらお友達にはなれません」
それもすごくわかる。
「タイ料理の話じゃないよ、勾玉の話」
横道に逸れそうだった僕と榛ちゃん先生の軌道を修正しつつ、城見先生は語り始めた。
「勾玉づくりにどうしても足りない素材が一つだけあって、それがなんなのか日向さんのおかげでようやくわかりました。お手柄でした」
「それはなによりです」
「それで、あの」
「はい」
「ご褒美にデートしてください」
いきなり何を言い出すのか城見先生。
「いいですよ」
いいのか榛ちゃん先生。
「誘うの遅すぎですよ」
榛ちゃん先生は叱るように城見先生に行って、ふんわりと笑った。これは付き合った後の力関係が分かる。
「それで、そのヨモギなんちゃらはどこにあるんですか」
「ここの裏山です」
「やっぱり」
「浮かない顔だね」
「珠倉山は苦手なんですよ」
吸血鬼もどきになってるから耐性はついているとはいえ、金縛りを食らうかもしれない山にずかずか入っていくのは、やっぱり気が進まない。
「でも、前のはすんなり作れたのに今回はどうしてクマまでつくって」
「前の時に器にした勾玉には、ヨモギグラスが既に含まれていたんだよ。その時わからなかったのは勾玉同士の精製方法だったから」
努力は尽くしてるんだけどね、ごめん、と苦笑いする城見先生の目の下にはクマが出来ていた。
吸血鬼の書物に乗っていた勾玉精製方法を知ったのがエミールの飲んだ勾玉の話。今回の精製元の勾玉には、そもそもヨモギグラスという草の成分が含まれていないらしかった。
「でも、ほこらから持ってきてくれた奴にしかヨモギグラス成分は入ってなくて、部室から持ってきてくれたやつには含まれていなかったんだよ」
同じ勾玉のように見えて、配合されているものは微妙に違うらしかった。
「とにかく、珠倉山でその草を見つけてくればいいんですね」
「そうだね。それを取ってきてもらった上で、未広くんが『どうしても』って言うなら、僕が研究する」
「なんでそんな注釈付きなんですか」
「だって未広くんはエミールに勾玉を譲ったから」
そう言われてしまうと、閉口せざるを得ない。
「ただでさえ精製するのが難しいものをこの短時間で。かつ戻る気もない人のためにって言われても」
城見先生のボヤキは確かに理にかなっていた。この研究所では勾玉の研究を長い間進めてきているけれど、未だに確かな勾玉は精製できていない。エミールを救ったのはオリジナルの勾玉だ。レプリカの勾玉では、改善は見られても救われたもどきはまだいないのだ。
「もしそう簡単に出来てるんだったら、ぼくは誰も吸血鬼になんかしていないさ」
自分の研究が生かされていないことに、悔しさをにじませているようだった。同時にそんな事実を如実に表している証拠だった。
そんな僕たちの様子を横目に、不在の詩音さんに変わってお茶を淹れてくれていたが榛ちゃん先生は、お茶の横にそっとそっとマドレーヌを置いた。
「そんなに意地悪しないでください、城見くん」
「気持ちは山々だけど、でもこれは大事なことだよ」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
だよね、と首をかしげる榛ちゃん先生に、僕は黙ってうなずいた。
「そっか」
城見先生は短く言って、一口お茶を飲んだ。そんな彼に、僕は言った。
「それに、城見先生ならできると信じてます」
「どうしてそう言い切れるのかな」
「あなたが高津先生の教え子だからです」
早代さんの一番の教え子だったら、絶対にできるはず。どんなに時間がかかったとしても、だからこそ僕はそう信じてやまない。
そんな僕を見据えて、城見先生は問いかけた。
「一つだけ聞きます。未広くんは人間に戻りたいのかな?」
幾度も問いかけられた問いかけ。ずっとあやふやで形にしてこなかった気持ち。こんなにも僕のために身を削ってくれている人がいる。気にかけてくれている人がいる。わかってくれる人もいるし、怒ってくれる人もいる。泣いてくれる人もいる。改めてそう考えると、僕の気持ちは自然と定まってきた。
肯定の意味を込めて一度頷くと、城見先生は口角を上げた。
「保証はないから宛にしすぎないでくださいね。前も言った通り、ぼくは高津教授からすべてを教わったわけじゃないし、ぼくはどう頑張ったってレプリカしか創れない」
でも。
「僕たちの研究を信じてください」
そう言って、城見先生はお茶を飲み干した。
「で、誰と行けばいいんですか」
「未広くんが選んでいいよ。よりどりみどりだよ」
「10分くらい考えさせてください」
候補はたくさんいたので、じっくりと相棒くらい選ばせてもらうことにした。





