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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
最期の冬の話
166/226

数学には必ず答えがある 1

     1


「吸血鬼になるから受験勉強しなくていい、って言うのならわたしと千佳子先生で毎日補習入れますからね」

 榛ちゃん先生にしては厳しめの言葉が飛んできて、僕は思わず頭を掻いた。

「今日は時間通りに行きたかったのに」

「美菜ちゃんにはさっき連絡しておいたので大丈夫ですよ」

 抜かりないぞ榛ちゃん先生。

「またですか、って言ってました」

 そりゃ呆れますよね。

「まあ今日はわたしのお墨付きですし、いくら遅刻しても大丈夫ですからね」

 にっこりと告げる榛ちゃん先生に、僕は思わずため息をつくしかなかった。

 昨日は結局、生徒会室の倉庫整理と弓道体験(なぜか僕もやった)でお見舞いに遅刻してしまったし、今日は補習の予定もなかったから早めに行こうと思ったら、まさかの榛ちゃん先生に掴まった。

「模試が良くても普段の小テストが悪いんです」

 と、赤点を取った現代文の小テスト結果に基づいて。

「今日の榛ちゃん先生なんか怖いですね」

「気のせいです」

「千佳子先生いないからって厳しくしなくて良いんですよ」

「別にそんなんじゃ」

「強がっても疲れちゃいますよ」

「強がってなんか」

「タピオカあげませんよ」

「うーん。未広くん意地悪だなあ」

 さっきまでの自信はどこへやら、泣きそうな顔でこっちを見る榛ちゃん先生を見て、なぜか逆に申し訳なくなってきた。

 そこへ教室のドアからひょっこりと顔を出してきたのは、神宮寺さんだった。

「あ、補習中だったか失礼」

「藍華先生〜」

「何泣かせてるの春日井くん」

「冤罪です」

 目を潤ませている榛ちゃん先生を見て神宮寺さんは目を吊り上げていたけれど、僕は無実だ。勝手に泣いちゃっただけだ。

「それはそうと榛ちゃん先生、探してました。東金先生から電話があって、よろしく頼みますって」

 インフルエンザでダウンしている千佳子先生はようやく電話を出来るくらいに回復したらしい。休み始める日、電話もできない状態で僕にLINEで「インフル」「死にそう」「休む」と3連メッセージを送るくらいにはグロッキーだった。慌てて職員室に報告に行ったっけ。

「千佳子先生、しゃべれるようになったんですね」

「すごく死にそうな声でしたけど」

 神宮寺さんがそう評するに、復帰はもう少しかかりそうな気がした。

「補習、古文でもやってるの?」

「いや、現代文です」

「ふーん」

 神宮寺さんは僕の机の上にある参考書を一瞥して、

「国語は答えがないから嫌い」

 言い切った。

「それは聞き捨てなりません」

 榛ちゃん先生の目の色が変わった。

「文章だなんて作者の思いでどうとでもなる。数学には必ず答えがある。だから数学の方が好き」

「わたしは数学なんて大嫌いです。あんなもん入試にしか必要ないじゃないですか」

「数学をあんなもん呼ばわりとは良い度胸ですね」

 ゴングが鳴って文系対理系の戦いが繰り広げられてられようとしていた。しばらくあーだこーだの言い合いが続いた後、

「だいたい、藍華先生は助けてあげないんですか、未広くんのこと」

 何がどうなったのか知らないけれど、いつの間にか僕の話になっていた。

「私は関わらないよ、ただ見ているだけ。良い方にも悪い方にも。群像劇を見るようにね」

「偽善者みたいですね」

「そうかもね。でも榛ちゃん先生みたいに、私も何もできないから」

 そう語る神宮寺さんは、少しだけ悔しそうに見えた。 

「私だったら、今すぐあなたたちを吸血鬼にすることくらい容易いこと。なのにそれをしない。それが答え」

 それ以上は言わない、と言いたげに、神宮寺さんは目を伏せた。

「……ごめんなさい」

「こちらこそ言い過ぎました。何か奢ります」

「タピオカがいいです」

「噂通り、タピオカの魔女」

「なんかグレードアップしてる!」

 前は魔術師だったっけ。

「タピオカだって元は植物なんだよね。それがあんなにモチモチになるんだから不思議だよね」

 確かなんか鯖みたいな名前をしたものが原材料だとは聞いたことある。

「キャッサバ、っていうんですよ。でも確かにあの草からあんな美味しいものが……って」

 榛ちゃん先生は突然声のボリュームを上げた。

「それです!」

 どうやら何かを閃いたようで、スマホで誰かに電話をかけてはじめていた。

「もしもし城見くん、勾玉のことなんですけど! タピオカです!」

 きっと電話口の向こうの城見先生は僕たち以上のはてなマークを浮かべているに違いない。

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