表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
最期の冬の話
159/226

数学は得意だから何とかなる 1

     1


「あの、神宮寺さんですよね」

「はい、神宮寺ですが」

 思ったより再会が早くて、思わず呆けながら彼女の名前を呼んでしまった。

「知らない女の子がいるー、って顔してるねえ」

 あやめさんと七瀬先輩は僕の反応を見て、二人してにこにこしている。実は初対面ではないんだけど。

「こちら神宮寺藍華ちゃん。美菜ちゃんの代わりに短期のバイトで入ってくれたのよ」

 笑顔であやめさんに紹介された神宮寺さんは、口元を緩めて軽く会釈をした。

『またすぐに会えると思いますので、今日はこの辺で』

 昨日の夜、神宮寺藍香はそう言い残して立ち去っていった。

 吸血鬼、高津早代の側近。彼女は自分をそう称した。吸血鬼になろうかという時に、親玉の側近がいったい何をしに来たっていうんだろうか。そんなことを考える余裕もなく邂逅が終わって、翌日になった。

 今日は土曜日なので、美菜ちゃんのお見舞いに涼み亭で何か買って行こうと思って寄ったらこれだった。

 神宮寺さんはたぶん怪訝そうな顔をしている僕のことを特に気にせず、いちお客にそうするように、僕を席まで促した。

「ご注文をお願いします」

「えーと、抹茶クリームあんみつで」

「かしこまりました」

 深々と頭を下げて、神宮寺さんはマスターに注文を伝えに裏へと消えていった。

「美菜ちゃんの代わりだけど、ずっといてくれてもいいかなあって」

 評判は良いらしい。しっかりと戦力になっているらしいということは、あやめさんがにこにこなのがその証拠だった。

「美菜ちゃんいなくて痛いなあ、と思ってたら思わぬ戦力だよ」

 七瀬先輩にとっても頼れる後輩になっているようだった。

「なんなんだあの人は」

 いきなり現れて早代さんの側近だと言ったかと思えば、涼み亭のアルバイトをやっている。

 というか早代さんの側近ということは、吸血鬼なのか?

 その辺を確認する前にすぐに消えてしまったのでそれも確認してなかった。

 本当になんなんだ。

 考え事をやめて目を開けたら、びっくりした。目の前の席に神宮寺さんが座っていて、それぞれの目の前にあんみつとぜんざいが置いてあったからだ。

「声をかけても反応しないので置いておきました」

 神宮寺さんはそれだけ言って、目の前のぜんざいのレンゲを取った。

「あなたもとりあえず食べたらどうですか、抹茶クリームあんみつ」

 アイスが溶けちゃう。彼女はそう付け加えて、またぜんざいに向き合った。

「えーと、どうして僕の前で」

「七瀬さんが来てくれて、休憩に入れるようなので」

 僕の疑問に答えて、いただきます、と手を合わせてぜんざいを食べ始めた神宮寺さん。口角が上がっていた。その姿に思わず喉が鳴ったので、僕もとりあえずあんみつを食べることにした。

 しばらくそれぞれ無言で、しかし表情をとろけさせながら甘味に向き合う時間が続いて、あんみつをもう少しで食べ終わるというところで、神宮寺さんが水を向けてきた。

「聴きたいことは?」

「富士山くらいあります」

「一つだけで」

「吸血鬼なんですか?」

「はい」

 あっさりとチャンスが終わってしまった。

「もう一押し」

「特別よ」

 武士の情けみたいな感じで神宮寺さんはもう一つ打ち明けた。

「とりあえずこっちに住むことにしました」

「宛はあるんですか」

「どうとでもなります」

 どうなのか、というのはあまり深く聴きたくなかったので突っ込まなかった。でもこの人たちは身分証とか住民票とかどうしてるんだろうなあ、っていう疑問を抱くのは野暮なのだろうか。

「また転校生、みたいな話じゃないですよね」

「何言ってるんですか。こう見えて私、大学生なんですが」

「大学生」

「……今私の胸を見て言いましたね。侮辱罪です」

「いや、大学生がみんな胸大きいというわけではないし」

「今度私の胸のことを口にしたら、あなたはその期限を待たずに吸血鬼となります」

「怖いこと言う吸血鬼だなあ」

「優しいと思うんですけど、十分」

「というか何しに来たんですか」

「七山美菜を吸血鬼にするため」

 よどみなく、低い声で言いのけた神宮寺さんを僕は思わずにらみつけた。

「なんていったらあなたは私を殺すもんね。もう死んでるんですが」

 神宮寺さんは僕の眼光も気にせず、いたずらを怒られたかのように肩をすくめた。吸血鬼はこの手の吸血鬼ジョークが好きだなあ。

「安心してください、そんなことしません。私はラインからは外れていますので、どの地区にも属しませんし利しません。いわゆるフリーマンです」

「じゃあ、何で僕の元に」

「品定め、なんて言ったら」

 獲物を狩るような眼を見せて、神宮寺さんはつぶやいた。

「大丈夫です。あなたの周りの人間を吸血鬼にしないと誓います」

 周りの、ということは、僕は含まれていないのか、彼女は定かにしなかった。

 そんなわけで、最後まで色々とはっきりしないまま、僕はあんみつを食べ終えてから涼み亭を後にして、美菜ちゃんのお見舞いに行って、土日が終わった。

 結局、神宮寺藍華が高津早代の側近の吸血鬼だということ、そして特に害はない存在だろうということしかわからなくて、肝心の「何をしに人間界に住むことにしたのか」ということはどこかあいまいなままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ