いいわけないと思うよ 2
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「それで、改めてどこまで進んでいるんだ?」
「何一つとして」
「……東金先生が怒るのもわかる気がする」
昼休み、僕はまたもや生徒会室に呼び出されて、新旧生徒会長に挟まれて追及されていた。お題はもちろん、僕の吸血鬼もどき問題である。
「あと2週間しかないんですよ、わかってるんですか」
そう迫る影森ちゃんの言う通り、あとそれしか時間は残されていなかった。それなのに、僕はまだ人間に戻れていなかった。
「わかってるけど、勾玉がもう少しかかるって」
以前エミールが飲んだ「人間に戻れる勾玉」はもうなくて、レプリカではあるけれど効果的な勾玉をつくるのに、城見先生が奔走してくれている。
「新聞部の部費増やして調査協力、というわけにもいきませんし」
「僕はやろうとしたぞ」
「職権乱用していた人がここに」
というか迂回献金だよそれ。
「名目上は新聞部に対するものだ。部員がどう使おうと基本問題はない」
「でもお金増やしたところでどうにもならないんじゃないかなあ」
「他人事のように言ってないでくださいよ」
僕がどこか他人事のようにこのことを見てしまっていることを、影森ちゃんの言葉であらためて思い知る。
「それに、美菜にも早く言ってあげないと。また心労でぶっ倒れちゃいます」
「話してもぶっ倒れるかもしれないけど」
「未広先輩が悪いんですから、責任取ってくださいね」
どう責任を取ったものだろうか。
「あと話してないのは広美さんと美菜だけだな」
「姉さんはもう知ってる。バレちゃった」
実の家族とは鋭いもので、いきなり「未広、吸血鬼になるの?」と聴いてきたから恐ろしいものだ。
「もしもの時は一緒にねー、なんて冗談ぽく言ってた」
「シャレにならないと思うんですけど」
「広美さんだったら本気で言いそうだ」
「……マジでシャレにならない」
まったくこの姉弟は、という風な顔をしている影森ちゃん。
「一番大事なこと聴きます。未広先輩はどうしたいんですか?」
影森ちゃんと栄恵が揃ってこちらを見る。さっき他人事のように、と評された僕の答え。それは。
「本音は、行く先に令奈がいるんなら、いいかな、とも思ってる」
呆れる2人の表情は想像できていたけれど、意外にも栄恵は理解の言葉をかけてくれた。
「いや、未広にとっての初恋の相手だ。それもわからなくもない。もしかしたらボクも負けてしまうかもしれない。例えば行先に未広がいるのなら」
「未広先輩が好きだからですか?」
「ああ」
「恋愛感情で?」
「ああ」
「さすが美菜のライバル」
「君は美菜の親友だから、敵のようなものだ」
「私が恋敵みたいな言い方しないでくださいな」
私は違いますとは言わなかったものの、恋愛対象じゃないと匂わせている影森ちゃん。もしそうだったら美菜ちゃんと大喧嘩になる未来しか見えない。
「でも、少なくともあなたを好いてくれている女の子たちがいるんです。簡単にあきらめないでください」
「あきらめてなんか」
「それでいいって、見えちゃうんです」
「そうだよ、いいわけないと思うよ」
「千佳子先生……っていたっ」
いきなり会話に参加していた千佳子先生は、どこから持ってきたのかわからない数学教師が使うような大きな三角定規の角っこで僕の頭を叩いた。
「どっから持ってきたんだ千佳子先生」
「あっ、これ数学の竹森先生からのお使いの途中だったから」
えいっ、ともう一発食らわせてくる。今のは完全に叩かれ損だ。
「先生もね、割と怒ってるんだよ」
栄恵の隣に腰掛けて、机の上においてあるシュークリームに手を伸ばして、もしゃもしゃと食べ始める。影森ちゃんのお土産だ。
「うん、おいしい。ってそうじゃなくって。未広ちゃんが黙って吸血鬼になることを許すほど私たちは優しくないからね」
千佳子先生はきっぱりと言い切った。
「栄恵ちゃんも言っちゃえばいいと思うな。らしくもない」
千佳子先生の言葉に、栄恵は拳にぐっと力を込めて何かをこらえている。
「足掻き切ってから受け入れろ、って栄恵ちゃんなら言うよね?」
自分のセリフを言われてしまった栄恵は、ばつの悪そうな顔で僕のほうを見る。
要するにこの人たちは「あきらめるな」と僕に言っている。当事者以上に、この事態を受け入れていないみたいだ。
もちろん僕だって、このまま吸血鬼になってしまってもよいとは思っていない。けれど、なることを受け入れてしまっている。どうしてか。改めて問いかけてみると、令奈の存在がある。けれど、それは言い訳に過ぎないのかもしれない。
「生徒会長も」
「はい」
「自分の選挙何とかする前に自分のこと何とかしろって言ってあげればいいのに」
結構辛らつな言葉だったけれど、おっしゃる通りです。
「未広ちゃん」
「はい」
「いいわけないんだよ、ぜんぜん」
千佳子先生は僕を睨むように見据えて、でも優しく言った。
「こんなにも未広ちゃんの味方でありたいって人がいっぱいいることは忘れないでね」





