先輩のバカ 三
三
結局めぼしいところを探しても、未広先輩は見つからなかった。
柏崎先輩と千佳子先生のいる教室で聴いてみても、今日は補習に来てないとのことで、宛が外れまくったわたしは、最後ひとつだけ探していない場所に来ていたけれど、そこも外れだった。
「……どこいっちゃったんですか、もう」
最初に未広先輩と出会った桜の木の下。やっぱり未広先輩はいなかった。この季節だと葉っぱも散っていて、もう一度咲く春を待っている。
ここ以外だと、もう探しようがない。
お手上げです、とベンチに座り込む。わたしが入学した時はなかったこのベンチ。誰が置いたかわからないけど、桜を眺めるにはベストポジションだった。
初めて先輩と会った時は、お互い立ったまま桜を見上げていた。来年の春は、一緒に見られるかな。卒業式までに桜が咲けばの話だけど。ああでも、先輩だったらきっと遊びに来てくれる。ここの桜好きですし、一度見なきゃ卒業できないはず。
そうだと、いいな。
なんで確定系で物事を言えないのか。本当だったら、わたしが今言った通りに物事は進んで、この寒い日々も終わって、また春が来る。
でも。
でも、未広先輩は、もう一度この桜を見ることができるのか。
『僕も、もうすぐそっちの世界に行くから』
先輩が、そんなことを言うから悪いんです。
美濃部先輩と翠先輩の一件があった秋のあの日、保健室の外から聞いた未広先輩の言葉が、ずっと頭の奥底に残っている。
それはつまり、どういうことか。翻訳者を呼ばなくともわかる。
――未広先輩は、吸血鬼になってしまう。
どうして未広先輩が、とか、そんなのは割とどうでもいい。吸血鬼の話に関わってきた身としては、大方予想はついてしまう。
だけど由々しき問題は。
どうしてわたしにそのことを話してくれないのか。
わたしだって、新聞部の一員で、未広先輩とずっと一緒にいた。柏崎先輩や栄恵先輩には負けるけれど、鮫ちゃんよりも、エミール先輩よりも、長く先輩と一緒に新聞部にいた。
それに、わたしがお慕いしているただ一人の先輩だ。
そんな彼が死んで、吸血鬼になってしまう。その事実をなぜ人から聞かなければならないんだろう。なんで、そんな大事なことを言ってくれないんだろう。
思わせぶりなこととか軽口は言うのに、なんで告白とか秘密とかはなかなか言ってくれないんだろうあの先輩は。
美菜ちゃんに迷惑と心配かけたくないから、って未広先輩は言うと思う。でもそれでも、話してくれれば意地でもわたしは先輩を助けるし、寄り添う。それくらい、たやすいことなのに。
わたしは信頼されてないのか。わたしのことを信じて、好きだって言うのは思い上がりか。全部虚像だったのか。
そんなの、嫌だ。
このままだと、わたしの大好きな先輩は何も言わずに、わたしの前から姿を消して吸血鬼になってしまうかもしれない。
そんなの、ひどいですよ。
ふと、ポケットの中のスマホが震えた。画面を見ると、LINEの通知だった。クラスメイトのお祝い。あと椎香の分の未読があるだけ。
わたしが未広先輩に送ったメッセージはまだ既読になっていない。意を決して電話してみる。何度もコールをしてみるけれど、繋がらなかった。
もしかしたら先輩はもう。
嫌だ。そんなの嫌だ。
わたしに何も言わずに?
勝手に悩んで、勝手にそのまま受け入れて、吸血鬼になっちゃう?
そんなの、絶対にやだ。
わたしは思わず駆け出していた。宛てもなく、途方もなく。生徒がこっちを振り向こうが、何人の先生たちから注意されても、足を止められなかった。
新聞部の部室に到着して、思い切りドアを開けると、
「美菜ちゃん、お誕生日おめでとう!」
わたしを待っていたのは、未広先輩だった。
彼は満面の笑みで、わたしが帰ってくるのを待っていたようだった。わたしは思わず固まってしまって、何も反応がないと見るや未広先輩は慌てはじめた。
「えーと、美菜ちゃん今日誕生日だよね。LINEでおめでとうって送ったらありがとうって返してくれたし、あれ?」
もしかして日にち間違ってた? とか言わんばかりの未広先輩の慌てようにいつもなら笑うところだけれど、気が付いたら未広先輩の胸に飛び込んで顔をうずめていた。
「ちょ、ちょっと美菜ちゃんどうしたの」
「バカ。先輩のバカ……!」
それだけしか言葉にならなくて、ひたすら繰り返す。未広先輩の顔は見えないけれど、とても慌てているのは胸の鼓動でわかる。背中に温かい感触が伝わって、未広先輩が手を回してくれたのがわかった。わたしの涙袋はもっと崩壊していった。
「あー、先輩! 美菜ちゃん泣かせた」
その声に思わず顔を上げると、鮫ちゃんがいた。新聞部と生徒会と料理部、未広先輩の仲間たちが一同に介していた。恥ずかしがる暇もなかったけれど、皆さんに泣き顔を見られてしまった。
やんややんやと新聞部の部室が騒がしくなってくる。いつもの光景に安心しつつ、未広先輩を見ると、申し訳なさそうな表情を見せていた。それを直視できなくて、みんなの前なのにまた彼の胸に顔を預けた。
未広先輩は優しい人です。でも、そんな先輩がこのままわたしの前から姿を消してしまうかもしれない。それが事実なら、それはとても嫌だ。
でも、何も打ち明けてくれないままなのは、もっと嫌だ。





