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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
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水も滴るいい女になってもらうよ 2

     2


「降ってきそうですね」

 キッチンで大根を切っていた牧穂さんが不意につぶやいた。

「吸血鬼って雨の気配も感じられるんですか」

「まさか。さっき窓を開けたら雨の匂いがしたもので」

 僕もそうしてみると、確かに独特な土のような匂いがした。

「雪にならなきゃいいですけどね」

「たくさん降れば休校ですよ」

「それは魅力的かも」

「まったく、未広さんは仕方ないんですから」

 牧穂さんは呆れ気味にふんわりと笑った。今日の夕食当番は牧穂さんだ。どうやら肉じゃがと大根の味噌汁を作っているらしい。手際よく2つの料理を作っていく牧穂さんにはもう驚かなくなった。

「後は味噌汁だけですから、もう少し待っていてくださいね」

 振り向いて僕に声をかけた後、味噌汁の鍋と向き合う牧穂さん。隣の鍋からは甘辛い香りが漂ってくる。どうしよう、絶対にあの肉じゃが美味しい。喉を鳴らしながら、リビングのソファーに腰掛ける。

 ちらりと牧穂さんをうかがう。学校の制服にピンク色のエプロンをつけた彼女は口には出さないけれどとてもお似合いだった。

 すっかりとこんな感じに慣れてしまったけれど、これじゃあまるで。

「まるで?」

「いや、何でもないです」

 心の声が聞こえていたらしい。というかいつの間に隣にいたんですか。

「未広さんに私みたいなおばさんはもったいないですよ」

「アラサーじゃないから大丈夫だと」

「あらあら。でもいつかみんなアラサーになるんですよ」

 自分はそうなることがないですけど、と牧穂さんは付け加える。

「そんな暗い顔しないでください。肉じゃがおいしくなくなります」

 自分が永遠に年を取らない存在だからか、牧穂さんは年齢の話を別に不快に思わない。それはわかっているんだけど、一応女性の前だしなるだけ年齢の話は避けている。

「むしろいつまでも賞味期限が切れなくて女の子的にはうらやましがられる展開だと思いますよ」

 牧穂さんは自分の状況をあまりネガティブに捉えることがないと思った。吸血鬼になっているこの状況をむしろ楽しもうとしている。

 なんだかんだ、女子高生としての生活は満喫している。うちに居候しているときの家事も楽しんでいる。

「私を助けてくれた時点で、未広さんは信頼できる人だと思いましたから」

 血液を供給しただけでそう言われるのもなんだかなあとは思うけど、

「よし、大根もいい具合ですし、もうすぐ夕食が揃うので準備をお願いします」

 あとは人を止めて味噌を入れるだけみたいだったので、食卓の準備を始めようとしたその時だった。

「ん?」

「お客さんですか」

 呼び鈴が鳴る音がして、僕たちは玄関の方向を振り返った。こんな時間に誰だろう。宅配便を頼んだ覚えも出前を頼んだ覚えもない。催促するようにもう一度呼び鈴が鳴ったので、聴こえないだろうけど、はーい、と返事をして、玄関へと向かうことにした。

「こんばんはー、って美菜ちゃんどうしたのそんなにずぶ濡れで!」

 玄関先に顔を出したのは学校の制服姿の美菜ちゃんだった。頭からつま先までびっしょりの。

「……途中で雨に降られちゃったんです」

 やられちゃいました、と苦笑いを浮かべる美菜ちゃんをどうしていいかわからなくて、とりあえず我が家へと案内する言葉を発した。

「とりあえず上がって、とりあえずシャワー浴びてお風呂入って、姉さんのなら着替えあるから貸すから!」

「すみません、ありがとうございます」

 透けた制服のブラウスとその下着から必死に目を逸らしつつ、美菜ちゃんを我が家へと促す。美菜ちゃんもそれが分かっているのか、腕で胸を隠しながら、少し顔を赤らめながらお礼を言った。なんともまあ美菜ちゃんにとってはアンラッキーだけど僕にとってはラッキーであって、なんて言葉に出したら殴られるようなことを考えていたら、

「ちょっと失礼するよ」

 美菜ちゃんの陰からのそっと誰かが現れた。

「栄恵?」

 主は栄恵だった。靴を脱いで、あっけにとられている僕の横をすり抜けてずかずかと居間の方へと歩いていく。栄恵がうちに来るのっていつ以来だっけ、とか考えていたらふと嫌な予感がした。居間には今。って。


「……待って牧穂さん隠れてない!」

「……牧穂さん?」


 怪訝そうな声を上げる美菜ちゃんを放って栄恵の後を追ったが時すでに遅かった。すでに2人が感動の対面を果たしているところだった。

「あら、栄恵さんこんばんは」

 ちょうど味噌汁の味見をしていたらしい牧穂さんは狼狽えることなく栄恵に挨拶をしていた。そんな呑気にしている場合ではないと思う。味噌汁の味付けが上手くいったのか、満面の笑顔だけど。

 そんな牧穂さんとは対照的にいきなり上がり込んできた女子2人はそろって僕を睨みつけている。特に美菜ちゃんの眼光は鋭い。

 微妙な雰囲気を美菜ちゃんの小さなくしゃみが打ち破る。

「……とりあえず、シャワー」

「……はい、先輩」

 相変わらず恥ずかしそうにしている美菜ちゃんが浴室の方へと消えていったと同時に、まるで氷雪のような栄恵の声が突き刺さってきた。

「というわけで未広、説明」

 こうして一から十まですべてをお話ししなければいけない事態になった。


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