水も滴るいい女になってもらうよ 1
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「いらっしゃいませー、って栄恵先輩ですか」
「お疲れ美菜」
「さっきまで未広先輩と牧穂先輩がいたんですよ。入れ違いでしたね」
「そうか」
合点が行かないような顔をして、栄恵先輩はさっきまで2人が座っていたテーブルに腰掛けて、わたしがほうじ茶を置くよりも先に注文をした。
「ほうじ茶クリームあんみつで」
「はーい」
マスターに注文を伝えると、不意に栄恵先輩が訊いてきた。
「最近おかしいと思わないか? 未広」
わたしは黙って頷いて見せる。その疑問はわたしも感じていたことだった。
「妙に2人でいることが多いというか」
「そうなんだよ」
「転校生の案内役って千佳子先生から指名されているにしても、おかしいです」
あんみつより先に運ばれてきたほうじ茶を一口飲んで、栄恵先輩は顔をしかめた。って、それわたしのお仕事。って、あれ?
ほうじ茶はテーブルにもう一つあった。運んできたあやめさんは微笑を浮かべて、ひらりとスカートを翻してカウンターへと消えていった。ガールズトークしていいよ、っていう合図らしいので、わたしは頭を下げて栄恵先輩の前に座る。
「このまま未広を取られてもいいと思うか」
「さすがに別にそこまで牧穂先輩は」
「でも心配だろう」
畳みかけられて思わず黙ってしまった。ほうじ茶の水面に目を落とすと、すこししょんぼりとした自分の眉が映る。
だいたい、未広先輩を取られたって別に。別に……
その後の言葉が続かないあたり、わたしの心は未広先輩になびいているらしい。
「今は君の方が一緒にいる時間は長い。ボクの好敵手としては申し分ないと思っているんだけど」
改めて明け透けに言われると何も言い返せない。この先輩は応援しているんだかけん制しているんだかわからない。未広先輩が好きなことだけは伝わってくるけど。
「それに、ボク以上に心配している」
「そりゃ、2人でいることが多くなって心配ですし少し妬いてます。けれど、牧穂さんは恋愛感情とかを持っているわけじゃないと思います」
イチャイチャしたりベタベタしているわけじゃないけれど、どこか距離が近い。どこか一緒にいる機会が多い。それがわたしの心をざわつかせているのは事実だった。
「男女とはわからない。一緒にいる時間が長ければ、もしかしたら好き合ってしまうかもしれない。美菜みたいに」
「だから、わたしは別に」
「可愛い。ボクが男の子だったら絶対掴まえるんだけど」
「何言ってるんですかもう、甘いものの食べ過ぎです」
からかうように笑う栄恵先輩はどこか上機嫌だ。褒められて嬉しくないわけじゃないけれど、照れる。
「はーい、お待たせいたしました」
そんなわたしたちの前に、ほうじ茶クリームあんみつと抹茶ミルクタピオカが置かれる。
「あれ、あやめさんわたし頼んでない」
「甘いものも必要でしょ?」
しれっと自分の分のお汁粉も机に置いて、わたしの隣に腰掛ける。ガールズトークを聞いているだけでは満足できなかったみたい。でも、あやめさんはこういうところで本当に優しい。
「多分恋愛事情は抜きにしても、未広ちゃんと牧穂ちゃんは何かを隠してる。でも好きで秘密にしてるわけじゃないし、2人とも悪い子じゃないから、しっかりとするところはしっかりすると思うよ」
「そんなの」
「わかってるわよねえ、2人なら」
あやめさんは笑みを絶やさない。未広先輩のことを心の底では信じているからこそ、笑っていられるんだろうと思う。わたしたちだって、未広先輩を信じていないわけじゃない。あやめさんの言う通り、秘密にする理由があるのかもしれない。
「まあ、吐いたら吐いたで私も怒りますけどね。短い付き合いじゃないんだから」
頬を膨らませながら、みょーんとお汁粉のお餅を伸ばすあやめさん。
「それに牧穂ちゃんも、嘘をつきたくてついている人じゃないと思うなあ」
これにはわたしも栄恵先輩も思わずうなずく。転校して来たばっかりで付き合いは短いし「取られてもいいのか」なんて物騒なことを言っているけど、新聞部で一緒に過ごして、バイトをしているわたしのところに遊びに来る牧穂先輩は、無垢な人だと思っている。
そういう思いがせめぎ合って黙り込んでしまったわたしたちに、あっけらかんと提案した。
「それでもそんなに気になるなら、未広ちゃんのおうちに行ってみれば?」
わたしたちは2人してポカーンとしてしまった。顔文字のあの表情が似合うくらいに。
「ほら、ちょっと家庭訪問、的な感じで。私もちょっと気になってるのよね~。だから代わりに聴いてきてもらえれば」
わたしたちは人柱ですか。
「それじゃあ一緒に行ってみるか」
「わたしも行くんですか」
「美菜も気になるだろう?」
そんな質問の仕方をされると、首を横に振ることはできない。
「でも未広先輩変なところで鋭いから、ばれちゃいませんか?」
「大丈夫。今策は練った」
栄恵先輩はわたしの方に向き直って意味深に笑った。
「ちょっと美菜には水も滴るいい女になってもらうよ」





