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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
冬の話
12/226

すっかり普通の女子高生ですね 3

     3


 牧穂さんが転校(便宜的にそう呼ぶ)してきて、もう1週間経った。

 僕の護衛、とはその名の通りなんだろうけれど、護衛する案件が起きていないから、ただ単に転校生と一緒に過ごす放課後、という風になっているだけだった。

 とりあえずクラスで談笑したり、新聞部で一緒に過ごしたり、時々お茶でもしたり、海で黄昏たり、なんていかにも高校生の青春をただ過ごしているだけ。クラスにも溶け込んで、すっかり人気者だ。この日常には吸血鬼のきの字も現れない。

 何も起きないことはいいことですよ、なんて牧穂さんは笑うのだけれど、それだったら彼女が僕のところに来た根本が揺らいできている気がする。もっとも、牧穂さんと過ごすのが嫌なわけではないんだけど。

 目下の心配事は、クラスメイトとか美菜ちゃんに吸血鬼と云う存在を隠し切れなくなりそうで怖いということだ。直ちにバレても問題なくたって、記憶操作のうんたらかんたらがあったって、さすがに気を引き締めておかないとマズいことはわかっている。というか隠しておいて何だけど、栄恵たちにバレたら間違いなく叱られる。

 もっとも、今目の前で取材をしている新聞部の生徒が吸血鬼だとは栄恵も想像していないに違いないけれど。実はバレる要素がない。外見からは何もわからないから。結局とっておきの「一度死んでいる」ってことも外面からは知りようがない。

 それに、牧穂さんが吸血鬼をわからないということは、吸血鬼も牧穂さんを吸血鬼として認識できないということだ。敵がいたとしても、こっちを敵として見ることができなければ話は進まない。牧穂さんとは別の能力、例えば、吸血鬼を吸血鬼として認識する能力を持っていれば話は別だけど。

 しかしながら、波風立たない現状を少し楽しいと思いながら、牧穂さんとの日々を過ごしていた。


「あら、お二人さんいらっしゃい」

 放課後。一軒のお店の暖簾をくぐると、紫の和服を着たべっぴんさんが僕たちをお出迎えしてくれた。

「すっかり牧穂ちゃんも気に入ってくれて嬉しいわ」

 僕の隣にいる牧穂さんを見て、さらに彼女は笑顔を綻ばせた。そしてその様子を見て、カウンター席の奥にいたワイシャツ姿のおじさんが、こっちに向かって声をかけた。

「おう未広、今日も牧穂ちゃん連れてきてくれたのか」

「牧穂さんすっかりお気に入りですから」

「今日もお邪魔します、マスター」

 牧穂さんがぺこりと頭を下げると、マスターと呼ばれたおじさんはサムズアップで応えた。

 涼み亭。今牧穂さんが取材している「南柄高校生(うちの高校)おすすめのスイーツ」で断トツの1位を獲得する勢いのこのお店は、学校の近くにある喫茶店というか甘味処だ。今日もうちの生徒たちを含めて繁盛していた。

 マスターの名取義治なとり よしはるさんと奥さんの名取あやめさん。この夫婦は二人三脚で今日も甘味を提供してくれている。

「今日はどうしましょうかねえ」

 テーブルに腰掛けるなりメニューを開いて目を輝かせている牧穂さんは、完全に女子高生だった。

「すっかり普通の女子高生ですね」

「甘いものを前にすると若返るって誰かが言ってました」

 その誰かはポジティブだなあ、と思いながら、少し同意する。甘いものに目を輝かせている女の子は何処か輝いているというかぶっちゃけ可愛い。栄恵がそのお手本のような存在だけれどうーん、どうしようかなー、と首をかしげる牧穂さんの姿も例に漏れない。

 僕もメニューを眺め始めると、隣にスッと和服の女の子がやってきた。あやめさんとは違う人だ。見覚えのある、というか僕が知っている人だった。

「いらっしゃいませ、ご注文はいかがされますか」

「美菜ちゃん」

「いらっしゃいませ先輩方。意外と来るの遅かったですね」

「ちょっと記事まとめてから来たから」

「すっかりやる気ですね。牧穂先輩がいい刺激を与えている気がします」

 美菜ちゃんは2人分のほうじ茶を僕たちの前に置いた。美菜ちゃんは涼み亭でバイトをしている。時にキッチンに入ることもあるらしい。いつも新聞部で見ている制服とは違って、今日はお店の制服姿だ。甘味処兼和喫茶店らしく、紫を基調としたスカートが長めの和服。正直めっちゃ似合っているっていうのは日々思っているんだけど、口にすると恥ずかしいから言ってはいない。

「どうしました、牧穂先輩」

 小首をかしげる美菜ちゃん。急に真面目な顔をした牧穂さんは、クエスチョンを浮かべた。

「和服姿の美菜さん、前から思っているんですけどお持ち帰りできないんですか」

「できません」

「そこをなんとかです」

「ダメったらダメです。未広先輩に毒されてませんか」

 なんで僕のせいになるんだよ。

「未広さんを通してならオッケーとか」

「事務所を通したってお断りします」

 アイドルじゃないんですから、って呟きつつ、

「真面目な話、牧穂先輩はほうじ茶と抹茶どっちにしますか」

「うーん、気分的にはどっちも捨てがたいんですよねえ。あ、でもこの紅茶あんみつもそろそろ挑戦したいと思ってたんですよね、うーん」

 目移りするとはこのことだ。あんみつだけでもアレンジ含めて10種類を超える。

「未広先輩は」

「僕はお汁粉ください」

「はい、お餅の方ですね」

 悩み倒している牧穂さんをよそに僕は注文を告げる。白玉とお餅があるんだけど、僕はいつもお餅の方を選んでいる。あのみょーんとした感じが好きなんだ。

「決めました。紅茶あんみつで」

「はーい、かしこまりました」

 美菜ちゃんは2人分の注文をマスターに告げた後、パタパタとこっちに戻ってくる。

「どうしたの」

「ちょっと聴きたいことがあるんですけど」

 少し頬を膨らませながら、こっそりと僕に耳打ちしてきた。

「最近2人で来ること多くないですか?」

 嫉妬ですね、みたいな表情を見せている牧穂さん。これは言葉にしなくともわかる。

「転校生のエスコート役だからそう見えるんじゃ」

「それにしたって」

 まだ文句を言いたげな美菜ちゃんに別のテーブルから注文の声がかかり、美菜ちゃんはスカートを翻して、そっちへと向かった。そんな様子を見て牧穂さんは尋ねてきた。

「未広さん未広さん」

「牧穂さん的にはどうなんですか?」

「私的には焼き餅を焼く美菜さんが可愛すぎてどうしてもお持ち帰りしたいのですが、というのは置いておいて。積極的には言わないものですけれど、私としては協力者が多い方がいいというか」

「でも……」

「巻き込みたくないですか?」

「うん」

「美菜さんだったら大丈夫だと思うから言ってるんですよ」

「うーん」

「煮え切らないと、いつかチャンスを逃しますよ」

 色んな意味が込められていることを理解しつつ、引き続きうーんとうなる。

「ちょっと保留で」

「女の子は甘いものに弱いだけじゃないんですよ」

「牧穂さんも?」

「……それは私が女の子じゃないとでもいうんですか? 美菜さん、ほうじ茶あんみつ追加で!」

「違うって! というか本当にもう一個食べるんですか! 太りますよ!」

「女子の前でそんなこと言ってやらないでくださいな!」

 最後まで煮え切らずに、僕たちは涼み亭を後にした。ちなみに僕はお汁粉を食べて、牧穂さんは本当に紅茶あんみつとほうじ茶あんみつ2つを平らげて、お互いに顔をとろけさせていた。

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