あなたがわたしを助けてくれるんですか 一
一
「未広が美濃部に攫われた?」
スマホを耳に当てていた栄恵先輩がそう叫んでいて、わたしは思わず頭を抱えた。恐れていたことが起きてしまった。
「……ありがとう、エミール」
エミール先輩に短くお礼を言って電話を切るなり、栄恵先輩はしゃがみこんで頭を抱えた。
「……全然大丈夫じゃないじゃないですか」
わたしはため息交じりにひとりごちる。本当は一緒に美濃部先輩の取材をするはずだったのに、わたしが先生に呼ばれてしまって、未広先輩が一人で弓道部に行ったのだった。
結局、進路の話で牧野先生と大揉めして、帰ってきたら未広先輩が誘拐されて、といった感じで踏んだり蹴ったりなのです。
「私に嘘までついて新聞部に行かせたのはそういうことか」
春日井くんが呼んでいたよ、という美濃部先輩の狂言に騙されて新聞部におびき寄せられた鮫ちゃんは、してやられたという顔をしていた。
「でもなんで未広先輩を攫うんでしょう」
そういえばなんでだろう。鮫ちゃんがそう言って、思わずそう思った。
「未広先輩を攫ってわたしかみやびをおびき寄せるつもりでしょうか」
「んー、むしろ逆だと思うんだけど」
鮫ちゃんの言う通り。人質にするならわたしかみやびにすればいいだけの話。ここは吸血鬼にされたくなければ言うことを聴けー、って未広先輩たちに迫るところだ。なのにどうして未広先輩を攫うんだろう。
「ただ単に身代金寄こせーとか」
「お金より血の方を求められそうですね」
多分今必要なのはお金よりもわたしたちの血だ。お金だったら、バイト代くらい叩けば何とか。
「犯行声明あるまで待機してた方がいいかなあ」
「いや、探しに行きましょうよ」
呑気なこと言っている場合じゃないですって。
「一人で行かせてしまった責任はわたしにもありますし」
やっぱり一緒についていけばよかった。おとといも一緒にお見舞いに行ったのに。
「とにかく探しに行きましょう。そう遠くには行っていないはずです……栄恵先輩は立ち上がって、未広先輩助けに行きましょう。生徒会長でしょう」
がっくりと項垂れる栄恵先輩を抱き起こして、とりあえず部室を出ることにした。全くこの生徒会長は。未広先輩のことになるとこれなんですから。
「といっても、何も手掛かりがありません」
「弓香先輩のことだから弓道場か生徒会室かだとは思いますけどね」
意外と行動範囲は狭そうなのは救いだけど。
「何なら生徒会室の書庫にでも閉じ込めてるんじゃないですか」
「あそこの鍵は生徒会長しか持っていないから違う」
栄恵先輩はポケットからじゃらりと音を立てて鍵を取り出した。多分家の鍵やら自転車の鍵と一緒になってるキーホルダーだ。
「うーん、じゃあやっぱり弓道場かな」
「的の後ろに隠してたりしたら承知しませんよ」
撃つつもりですか未広先輩を。
「あ、ちなみに未広先輩のスマホにかけたら出てくれちゃったりしませんかねえ」
「まさかそんな」
「試しにかけてみましょう」
鮫ちゃんがスマホを取り出して、先輩のLINEに電話をかけてみる。きっとスマホも取り上げられているかもしれないから出るわけがな……
「もしもし、鮫ちゃん?」
出た。
「ちょっと未広先輩いったいどこにいるんですか!」
鮫ちゃんからスマホを取り上げて、持ち主よりも先に声を荒らげる。
「いや、ちょっと捕まっちゃって」
「ちょっとじゃないですよね、だからあれほど大丈夫ですかって言ったのに」
「ごめんって」
苦笑いしてそうな顔が目に浮かんでくるようだった。
「それで、今どこにいるんです?」
「それは言えない」
「誰に攫われたんですか?」
「それも言えない」
「なんで!」
「言うと流石に殺されちゃうかもしれないから」
その言葉に一瞬ひるんだ。未広先輩が好んで嘘を言うわけもないし、そんな物騒なブラックワードを簡単に口にするわけもない。本当に誘拐されてるんだ。
「ごめん、そろそろ切らなきゃ」
「ちょっと、未広先輩! 先輩!」
わたしの叫びもむなしく、電話は切れる。人のスマホだというのに、持つ手に力がこもる。
「……栄恵先輩。鮫ちゃん。わたしはさすがに怒りましたよ?」
美濃部先輩を少しでも許そうと思ったわたしが愚かだった。
許せない。
やっぱり許さない。
「美濃部先輩とっ捕まえますよ!」
未広先輩を助け出して美濃部先輩にみっちりお説教を食らわせてやろうという確固たる意志と決意を持って、わたしたち一行は歩き出した。





