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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
秋の話
116/226

それが私の後悔 3

     3


「残念だったな。美濃部なら弓道部だ」

 美濃部さんが回復したらしいと聴いた放課後、僕と美菜ちゃんはいの一番に生徒会室に行ったけれどまさかの空振りだった。

「約束したのに生徒会室で取材するって」

「まったく自由だなあ、美濃部は」

 感心している場合じゃないぞ生徒会長。

「栄恵先輩からもちょっと言ってください」

「ボクが言っても聞くと思うか?」

 閉口する美菜ちゃんに倣って僕も何も言えなかった。制御できているんだったら苦労していないことだろう。

「今回はいるところがわかっているんだ、いつもよりは楽だろう」

「そりゃそうだけど」

 未だにそこにいてくれるのであれば、だけどね。

「まあ、今日は一日弓道部にいるだろう。急ぐ旅でもなしに、たまには紅茶でも淹れてやろう」

 会長が紅茶を淹れてくれるだなんて、明日は雨か。

「美濃部のその後の話も聴きたいしな」

 なるほど、本題はそっちか。美濃部さんも他の生徒会役員もいないし、密談にはうってつけだ。

「いちおう鍵は閉めておきました」

 美菜ちゃんが要領よく生徒会室の扉に内鍵をかけると、ちょうど栄恵が給湯スペースから帰ってきた。

「お茶菓子も良し」

 栄恵は僕の好きな最中と紅茶を机に並べて、満足げな顔をした。僕たちは応接スペースの椅子に腰かけて、栄恵と向き合う。

「それでは、これから第40回吸血鬼対策会議を始める」

「議長!」

「なんだ? 美菜」

「なんで40回なんですか」

「我が校が創立40周年だからだ」

「40年前から吸血鬼いるんですか」

「もしかしたら、歴代の生徒たちもこうやって会議をしていたかもしれないだろう」

 それだったら創立以来吸血鬼に悩まされてるということになるけど、案外早代さんより前に吸血鬼がいるかもしれないことは否定できない。総裁とは言え、早代さんが吸血鬼の祖だとは言ってないんだから。

「それで、美菜はあれから大丈夫なのか」

「大丈夫だったらここにいません。先輩たちのおかげで今のところ真人間でいられてます」

 あの夜から、美菜ちゃんが美濃部さんに襲われたことは今のところない。僕たちも警戒を強めているからか、僕に正体を知られているからか、強硬手段に出るのは諦めたらしい。

「でもよくよく考えてみれば、わたしが襲われても全然おかしくないんですよ」

「どうして?」

「みやびさんである必要がないからです。わたしでも誰でもいいんです。目的を達成するんなら」

 言われてみれば、それは確かにそうだった。みやびちゃんでなくとも、吸血鬼であり生徒会の一員であれば、事足りる。

「みやびさんはただ目的に限りなく近いからターゲットなだけで、ちょうど良い存在がいればそっちでもいいんです」

 美菜ちゃんは言う。

「それでもまさか本当に襲われるとは思ってなかったですけど」

「でも、美菜ちゃんを吸血鬼にするだなんて、表の美濃部さんは考えつかない。考えついたとしても、否定する」

 通常の美濃部さんならそんなことしないと、そう信じてる。

「だから裏の美濃部先輩の暴走なんです。表の先輩がさすがにそこまでしないってことは、文化祭の恨みがあってもわかってますから」

 それはそれ、これはこれ、と美菜ちゃんはつぶやいた。

「多分、表裏どっちの美濃部先輩もおおいに焦ってます」

 普段の彼女

の言葉にも行動にも表情にもそれは見えないけれど、内心は確実に焦っている。

「だから見境なしになった。僕が一緒にいるときに美菜ちゃんを襲うだなんて、通常の美濃部さんならやらないよ。それに、美菜ちゃんを襲うことのリスクは高いと思う。だってこっちには吸血鬼がついてるから」

 いざとなればそれなりの吸血鬼の幹部を召喚することも出来るし、下手に動けばカウンターを食らうことはおそらく織り込み済みだろう。だからこそ裏の美濃部さんもうかつな行動をするはずがないはずだ。

「あのときの裏美濃部さんは、邪魔しないで、って言った。あれは敵意よりも焦りだと思う。もろもろと分かっているのに、行動に出ざるを得なかった」

「ということは、タイムリミットは生徒会選挙より早いかもしれないな」

 今の美濃部さんだったら、風邪で寝込んでいた期間があるとはいえ、すぐにどういう行動に出てもおかしくない。

「早く何とかしないと」

「しかし何とかすると言っても、ボクたちに出来ることはみやびと美菜を護ることだけだ。美濃部自身のことはどう対処するんだ」

 栄恵の言う通りだった。具体的な対策案は何もない。取り巻く事情を聴いているだけだ。そうこうしているうちに事が起こってしまった。

「幕張さんに相談してみたらどうだ?」

「最近幕張さん出張が多くて、なかなか掴まらないんだ。詩音さんとも連絡が取れないし」

 携帯番号にかけても電波の届かない場所に、で一体どこにいるのやらわからなかった。詩音さんと一緒に甘味を楽しみたい、っていうわけじゃないんだけど、吸血鬼界とのパイプ役なだけに地味に痛い。

「だったらもう美濃部先輩を屈服させるしかないですね」

「言い方」

「どっちにしたって本人の口から吐いてもらったうえで解決した方が早いかと」

「裏美濃部さんと戦いたくない」

「まったく先輩は弱虫なんですから」

 そりゃ美菜ちゃんだったら冷酷な裏美濃部さんと戦えるだけの冷酷さを秘めているだろうけどさ。

「ともかく、このままだと美濃部は幸せになれない。策を考えよう」

 栄恵がとりあえず取りまとめて、紅茶を一口飲んだ。

「そう言えば今日みやびちゃんは?」

「生徒会の仕事で席を外している。しばらく帰ってこないと思う」

「それで会長は悠々と生徒会室でお茶ですか」

「決裁が溜まってるんだ」

 確かに未決の箱には書類が山積みになっていた。

「新生徒会長に全部引き継ぎたい気分だ」

「立候補者もいないくせに」

「そういうなら美菜が立候補したらどうだ」

「わたしは新聞部の部長くらいがちょうどいいんです」

 にべもないなあ、と栄恵は首を振って、今度は最中を口に頬張った。ちょうどその時、誰かのスマホの着信音が鳴った。

「おっと、ボクか」

 ポケットからスマホを取り出して画面を見た栄恵は一瞬怪訝そうな顔をしてから、画面をタップした」

「美濃部?」

『お疲れー、水口』

 電話口の相手は美濃部さんのようだった。僕と美菜ちゃんは思わず顔を見合わせた。スピーカーにしてもらって、栄恵のスマホを注視する。

「どうしたんだ?」

『いやー、今屋上の片づけをしてるんだけどさ、昔の文集がたくさん出てきて。重要文化財として保存すべきかどうか相談』

「生徒会室か図書室、司書室に保管する場所があれば検討する。とりあえず持ち帰ってきてくれ」

 即断だった。一応生徒会長やってるんだなあ、と失礼ながら思う。

『りょーかい』

「そういえば美濃部、今日新聞部の取材」

『ごめん、すっかり忘れてた』

「未広と美菜が生徒会室でむくれてるぞ」

『行けたら行く!』

 絶対来ないやつだそれ。

『ごめん春日井くん美菜ちゃん!』

 そう言い残して電話が切れた。何だったんだ。

「……ほんっとうに自由ですね美濃部先輩」

 呆れを通り越した向こうの世界の言葉で、美菜ちゃんがぼやく。

「あれでも仕事はしっかりやるから憎めない」

「文化祭のときはわたしに押し付けたくせに」

「それはそれ、これはこれだ」

 ふるふると震えている美菜ちゃんに僕の分の最中を渡して必死になだめ、苦笑いしつつ紅茶を一口飲む。美味しいアールグレイだった。

「でもなんで屋上の片づけなんて」

「生徒会が間借りしているスペースがあって、そこの整理を今皆でやってるんだ。もちろんボクだってやってるぞ。輪番制なんだ」

「だから今日は美濃部さんが」

「いや、美濃部は今日部活だからと言っていたが」

 確かに弓道部にいるっていう話だった。途端に違和感を覚えた。じゃあどうして進んで屋上に向かったんだろう?

「……栄恵先輩、みやびさんはどこに?」

 美菜ちゃんの低い声に、ハッとした。

「だから生徒会の仕事で屋上に……」

 最後まで言い切る前に、栄恵の顔が真っ白になっていく。

「未広先輩」

「行こう」

 美菜ちゃんと一緒に生徒会室を駆け出した。廊下を走るなという教師の声が聞こえてきた気がしたけど、次から守ることにして屋上へと全速力で向かう。

思い切り屋上のドアを開けると、女子が一人、制服のスカートをたなびかせながら佇んでいた。

「みやびちゃん!」「みやびさん!」

「へ? あれ、先輩たちどうしたんですか?」

 みやびちゃんは息を切らしている僕たちのことをほうけた顔で見ていた。

「みやびちゃん、どこかおかしいところない?」

「はい、至って普通です」

「誰かに襲われたとかもないですか?」

「いえ、弓香先輩が手伝いに来てくれたくらいです」

 首に傷もないし、襲われたことはないらしい。安心した僕たちは思わず床にへたり込む。

「ちょっと二人とも大丈夫ですか、水飲みます?」

 慌ててみやびちゃんが持ってきたペットボトルの水を、僕たちは一気飲みして大きく息を吐いた。

 その日はどっと疲れて取材どころじゃなかったので、美濃部さんを掴まえるのは明日に回すことにした。

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