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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
秋の話
110/226

春日井くんは私を助けてくれる? 1

     1


「あれ、会長は?」

「牧野先生に呼ばれて職員室でお仕事中」

 生徒会に提出する書類を出しに生徒会室に行ったら、そこにいたのは美濃部さんだけだった。

「水口に出す書類だったら私が預かるよ」

「ありがとう」

 書類を受け取って眺めた美濃部さんは、それを自分の机に置く。

「これどっちかっていうと私が必要だった書類だから、こっちのほうがありがたかった」

 新聞書いててすっかり忘れていた予算に関する書類だった。本当だったら部長が出しに来るんだけど、美菜ちゃんが千佳子先生に掴まってしまったので代わりに。

「遅れてごめんね」

「いやいや、まだ出してない部活もいるし」

 うちの部が最後じゃなくてよかった。

 じゃあね、と去ろうと踵を返すと、背中に美濃部さんの声がかかった。

「春日井くん、もう帰っちゃう?」

「どうして?」

「一人で寂しかったから付き合ってよ」

「雑務でも手伝わせるつもり?」

「雑務じゃなくて雑談」

 こっちこっち、と手招いてくるので、僕はおとなしく美濃部さんの隣の副会長席に腰掛けた。

「今までありがとね」

 いきなり飛んできたそんな言葉に、思わず美濃部さんを見てしまう。

「なに、その別れの挨拶みたいなのは」

「もう生徒会も終わりだしね。春日井くんと会う機会も減るかなって思って」

「新聞部に来れば会えるよ」

「引退しないの?」

「部室で勉強できるし」

「私もそうしようかな」

「僕は別にいいけど、美菜ちゃんがなんて言うか」

「まだ怒ってる?」

「怒ってる」

「嫌われたなあ」

 美濃部さんを助けたくないというほどには怒り心頭である。

「私の目の黒いうちに打ち解けたかったんだけど」

「今後の美濃部さん次第だと思うよそれは」

「そうだね。そうできればいいね」

 美濃部さんは寂しげに目を細めながら笑って、パソコンの画面へと目を移す。

「こんな時間までお仕事?」

 もう夕暮れだ。大半の生徒は帰ってしまっている。

「引継書作り。少しでもスムーズに引き継げないと後輩がかわいそうでしょ」

 そう言って美濃部さんはカタカタとキーボードを叩く。そろそろ生徒会役員の改選時期だ。栄恵体制も終焉を迎えて、新しい生徒会になる。3年生の役員たちは引退の準備を着々と進めているようだった。

「て言っても、まだ後輩見つかってないんだけど」

「立候補する人まだいないんだ」

「なんか全体的に人気なくてね。みやびは副会長になるって言ってるし会長候補も会計候補も今のところいなくて」

 美濃部さんがぼやく。

「みやびには会長になって欲しかったんだけど、どうしても本人がやらないっていうし」

「でもなんか気持ちはわかる気はする」

「下手に偉くなりたくないってやつ?」

「そうそう」

 副会長くらいの権力がちょうどいいっていうのは気持ちがわかる。

「まあ、みやびがそう言うなら実力行使で臨むつもりもないし、他に見つかってくれればいいけど」

 美濃部さんから実力行使だなんて言葉が聞こえてきて、少し身構えた。けれど。も、みやびちゃんを語る美濃部さんからは全然警戒心を覚えなかった。

『美濃部ちゃんを敵だと思わないでね』

 真夏先輩から言いつけられた言葉を反芻する。目の前でみやびちゃんの話をする美濃部さんは、とてもみやびちゃんを狙ってるようには見えないし、何なら吸血鬼にも見えない。

 僕自身は、この美濃部さんを見て彼女を敵だとは思えない。でも、それを明らかにする勇気もない。だから、あくまで他愛もない話として聴いてみる。

「みやびちゃんのことどう思ってるの?」

「なにいきなり。うーん、食べちゃいたいくらいに可愛い後輩」

 美濃部さん怖いって。

「冗談冗談。煮たり焼いたり食べたりしないって」

 冗談には見えないくらい面妖に笑う美濃部さんは少し吸血鬼に見えた。

「大丈夫、後輩は大切にって真夏先輩にも言われてたし」

「その割にはうちの美菜ちゃんをひどい目に合わせたような」

「ごめんごめん」

 相変わらずそこには悪気がなさそうな感じだ。美菜ちゃんとの和解は遠そうだ。

「その新聞」

 ふと、美濃部さんの机の上に置いてある新聞に気が付いた。美濃部さんの目の前にあったのは、僕たちが昔書いた新聞だった。真夏先輩が一面に載っている、例のやつ。ああこれ、と呟いて、美濃部さんはそれを大事そうにさすった。

「私が一番尊敬する先輩が一面なんだもん、そりゃ捨てられないよ」

 美濃部さんは目を細めて想いを馳せているようだった。尊敬する先輩。そんな先輩を吸血鬼にした時の気分はどう言うものだったんだろう。邪推してしまう僕がもどかしい。

「元気でやってるといいなあ、真夏先輩」

「元気だよ」

「まるで会ってきたみたいなセリフだね」

 しまった、つい口が滑ってしまった。

「きっと真夏先輩だったら元気に決まってる」

「うん、そうだね」

 そうだといいね、と付け加えた言葉は心もとなくて。

「真夏先輩はさ、私が助けてくださいって言ったら必ず助けてくれる人だった。お人好し。おせっかいでお人好しで。でも、だからこそみんなに慕われる」

 何かを振り切るように叩いたキーボードの音が止んだ。

「春日井くんはさ」

 僕の名前の後に続く言葉に少し詰まった美濃部さんは、それでも言葉を紡いだ。

「もし私が助けて欲しいって言ったら、春日井くんは助けてくれる?」

 その言葉は本気なのか冗談なのかわからないけれど、僕は当然のように答えた。

「もちろん」

 即答にも動じることなく、美濃部さんは小さく笑って言った。

「そっか、ありがとう」

 でもその言葉と感謝の言葉は、どこか本気のように思えたのは僕の気のせいだったのだろうか。

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