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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
秋の話
106/226

原文ママでお願いします 2

     2


「バックナンバー開いてどうしたの」

「会長の最後の挨拶を見てました」

 翌日の昼休み。部室に来てくれとのことだったので購買でパンを買ってから向かうと、美菜ちゃんが一人で頬杖を突きながら南柄新聞のバックナンバーを机に広げていた。

「一面で特集したんですっけ」

「グラビア付きで」

「ああ、吉岡先輩喜んでましたね」

 ちょうど一年近く前くらいの記事だった。一面で真夏先輩の記事を組むと言ったら、謙遜しながら喜んでいたっけ。

「退任する生徒会長がこんなにも特集されるなんて吉岡先輩くらいでしょう」

「本当に色々貢献してくれたからね」

 新聞部の存続は別として、学食や購買の改善や校則の緩和、部活動環境の整備など1年の間に様々なことを実現しようと動いてくれた。もはや伝説に近い所業だったから、僕たちもそれに見合う記事を書いたまでだけど。

「そんな会長が吸血鬼だとはつゆしらず」

「それもある意味また伝説だよね」

「そんな伝説は要らないですよ、もう」

 美菜ちゃんがぼやく。

「何か手掛かりがあるかなあ、って思って調べてたんですが、改めて吉岡先輩のすごさに気が付かされただけでした」

 収穫なし、といった具合で美菜ちゃんは背伸びをした。僕は美菜ちゃんの前の席に腰を下ろして、パンの入った袋を机に置く。

「先輩、パン買ってきたんですか」

「今日の購買はまた一段と戦争だった」

 先生からの雑用やらをかいくぐって戦場に飛び込んで、今日はコロッケパンとメロンパンを獲得してきた。

「わたしのためにありがとうございます」

「僕のお昼抜きにするつもりですか」

 何を言うか、と思わずパンの袋を掴んだ僕の前に、美菜ちゃんは風呂敷に包まれた四角い箱を差し出してきた。

「これは」

「一応手作りです。その、えーと、広美先輩のお弁当のお礼です」

 なんと美菜ちゃん手作りのお弁当のようだった。

「はい」

 美菜ちゃんが押し付けるようにして手渡してきたので慌てて受け取る。

「これ、いいの?」

「ここには未広先輩以外に食べてくれる人いないんですからどうぞ」

 有無も言わさぬ調子で、テーブルの上にあるパンの袋をスッと掴んで持っていく美菜ちゃん。

 風呂敷の紐を解いてお弁当箱を開けてみると、色とりどりのおかずたちに出迎えられた。栄養バランスも良く考えられていそうで、綺麗だった。

 早く食べろと言わんばかりの視線を感じて、とりあえずピーマンの肉詰めを食べてみる。ピーマンの苦みと肉の味が相まって口の中に広がった。

「美味しい」

「よかったです」

 その口調はどこか安心したかのようで、笑顔がこぼれていた。

「さあ、どんどん食べてください」

 その後も美菜ちゃんのお弁当に舌鼓を打ちながら、あっという間に完食してしまった。

「ごちそうさまでした」

「はい、おそまつさまでした」

「さすが料理部」

「伊達に料理つくってませんからね。まあ、お弁当は初めてでしたが」

「普段つくらないの?」

「わたしよりお母さんがつくりたがりなので。いつも甘えちゃってます」

 いかにもつくってそうなイメージがあったけど、案外そうらしい。

「でもこれなら誰に出したって大丈夫だよ」

「ありがとうございます。またつくってきてもいいですか」

「大歓迎」

「また毒見してもらいますからね」

 そう言いつつ、美菜ちゃんは軽くガッツポーズをしたように見えた。


 お昼を食べ終わったので、僕も真夏先輩の記事に目を落としてみる。生徒会長席をバックに笑顔の真夏会長の写真の脇には『みなさん、こんにちは』から始まる会長からの最後の挨拶が記されていた。


 みなさん、こんにちは。生徒会長

の吉岡真夏です。生徒会長として延

べ1年間ありがとうございました。

 ちゃんと職責を果たせていたか、

やばいことをしていなかったか、な

んだか心配ですが、しっかりお仕事

をこなせていたならば、光栄です。

 たくさんのことを、生徒の皆にた

すけてもらって、私は幸せでした。

けっして皆のことは忘れません。見

てくださったすべての人へ。


「こんな人が会長辞めたとたんに消えますか?」

「それは僕も思ってる」

「吸血鬼に消されたんじゃ」

「そんな物騒な」

「でも、あまりにも不自然すぎます。転校が生徒会長引き継いだ翌日だなんて」

 当時はあまりにも突然だなあ、とかしか思わなかったけど、真夏先輩が吸血鬼だという事実を加味してみると、物騒だとは言いつつそういう可能性もあるんじゃないかと思っていたりする。

「どこの学校に行ったかも知らないって言うのも。記憶魔法でもかけてるんじゃないですか」

「だれ一人知らなくて不思議に思わないっていうのも確かに不思議だね」

「吉岡先輩が消えざるを得なかった理由が何かあるはずです」

 生徒想いの生徒会長が任期切れした瞬間に姿を消した。正直生死すら不明な現状だけれど、吸血鬼だということならどこかで生き永らえているはずだ。


「んー、目が痛くなってきました」

 ずっと字面を眺めていたからか目が疲れてきたらしく、美菜ちゃんは目薬を差して目をぱちぱちとさせる。

「なんとか尻尾掴めませんかね、うーん」

 美菜ちゃんはメロンパンをかじって、ため息交じりに唸る。そしてもう一度紙面に目を向けた美菜ちゃんは、やがて固まって、呟いた。

「み」

「み?」

「美濃部先輩」

「ん?」

 美濃部さんが来たのかと思って部室の入り口の方を見てみるけど、誰もいなかった。美菜ちゃんは穴が開くほど、新聞の一面を見つめている。

「未広先輩。吉岡先輩はすごい人ですね」

 いきなり美菜ちゃんが真夏先輩のことを褒め始めて、僕は困惑する。

「どうしたの藪から棒に」

「先輩は気が付きませんか。自分がそういうことを過去にやっているのに」

 意味が分からなかった。僕がやったことがある? 何を。

 美菜ちゃんはそれ以上何も言わず、じっと記事を見つめている。この記事に何かあるのか。何度も何度も見つめてみたけれど、文字が浮き上がってくるわけでもなく。ん? 浮き上がる?


 僕は、ふと、真夏先輩に取材をした時のことを思い出していた。

「一面私でー、っていうのは光栄だな」

 取材を申し込むと、ニコニコとしていた。

「あ、最後の会長挨拶のレイアウトはどんな感じ?」

 ふとそう聞いてきたので、僕はノートパソコンごとレイアウトを真夏先輩に見せたのだった。先輩はうーん、とうなりながら、やがて合点がいったたようで、よし、っと呟いた。

「わかった。このレイアウト通りに原稿書いて渡すね。ただし、原文ママでお願いします」

 思えばこの時点で、真夏先輩は僕たちに助けを求めていたんだ。


 でもそれは、気が付いたとしても大抵の人には意味が分からない。僕たちじゃなきゃ意味が分からない。しかも吸血鬼を知った僕たちでなければ。美濃部さんのことを知った僕たちでなければ。

 もし何も知らなかったら? その言葉の意味は伝わらない。

 きっと誰かが気が付いてくれる。彼女はそんな宛てもない一縷の望みを僕たちの新聞記事に託してどこかに消えてしまった。

 何を伝えたかった? 何を訴えたかった? 今の僕たちならわかる。言葉のその先の意味が分かる。


 訥々と、僕はその言葉を口に出していた。


 ——みのべちゃんをたすけて


 僕はスマホを片手に取っていた。用件だけ伝えて、電話越しなのに深々と頭を下げた。

「もしもし詩音さんですか。大至急、吉岡真夏さんを探して会わせてください。お願いします」


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