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普通の高校生とヴァンパイアの四季  作者: 湯西川川治
秋の話
102/226

話してくれないと口聴いてあげませんよ 2

      2


「弓香先輩ですか? 特に問題なく矢を放ってますよ」

 ほら、と顔を向けた先には矢を的に必中させている美濃部さんがいた。特に変わったことはないという鮫川記者からの情報だった。

 栄恵にはああ言っておきながら、やっぱり気になってしまって弓道場を訪れていたのだ。

 美濃部さんは他の部員に混じって、そつなく矢を打っていた。その様子に異変も何もなく、いつもの美濃部さんだった。一つだけ違うところがあると言えば、首筋のガーゼくらいだった。

「別に調子悪いってことはないですし、具合が悪いってこともないし」

 それどころか悪い憑き物がないくらいに絶好調らしく、今度の大会では優勝候補らしい。

「受験勉強しなくていいのー? って聴いたら大丈夫っていうから放っておいてるんです。もっと勉強すれば上行けるのに、私は良いんだよー、って言うし」

 本人は弓道で推薦取るって言ってたし、腕前を見ると現実味がありそうだったので、特に不思議な点もなかった。

「にしても先輩が弓道部に来るなんて」

「たまには鮫ちゃんの顔が見たくなって」

「それは嬉しい限りですけど。先輩何探ってるんですか」

 さっそく感づかれてる。

「なにも」

「今更隠すことないでしょ」

「ノーコメント」

 あいまいに答えた僕に、鮫ちゃんは思いついたように言った。

「……まさか美濃部先輩が吸血鬼と云うわけじゃ」

「そのまさかなんだけど」

 ご名答。

 うそでしょ適当に言っただけなのに、と鮫ちゃんは頭を抱える。

「なんで!」

「僕が訊きたい」

 どうもこうしてこんなことになっているのかは僕の方が説明を求めたいくらいだった。

「あの弓道美少女が吸血鬼だなんて話になったら号外ですよ!」

「声が大きい」

 どこで誰が聴いているかわからないからあまり大声でそんな話を。

「あ、春日井くん来てたんだ」

 ほら、気が付かれちゃった。

「鮫ちゃんの取材?」

「そんなところ」

 取り繕うと、美濃部さんは意味深に笑った。事情を知っているから意味深に見えてしまうだけなのかもしれないけれど。

「私の取材もしてほしいな。今度は優勝するんだから」

「あ、優勝は私ですよ!」

「はいはい、その余裕もいつまで続くやら」

 弓を持ちながら近づいてきた美濃部さんは余裕綽々で鮫ちゃんを撫でる。本来だったら弓道部を引退して受験勉強に専念する時期なんだけど、美濃部さんは弓道部に残ってこうやって毎日矢を打ち込んでいるらしい。生徒会との掛け持ちだから大変だなあ。僕にはできない。

「取材受けてる暇があったら1本でも多く数打ってきなさい」

「絶対先輩に勝つんだから!」

 鮫ちゃんは士気を上げて弓道場へと向かっていった。美濃部さんが吸血鬼って情報は後でゆっくり話直した方がいいな。

「口癖みたいに言うんだよ、私に勝つって。受けて立ちますとも」

 こうやって後輩の士気を上げる姿を見て、しっかり先輩やってるんだなあと感心する。あまり部活での美濃部さんを見たことなかったからなおさらだ。

 美濃部さんは弓を置き場に戻して、置いてあったスポーツドリンクを一気飲みした。ぷはー、とまるでおじさんのような擬音を発して、空のペットボトルをくずかごに放り込んで、僕に笑いかけた。

「そういえば春日井くん、おとといはありがとうね」

「おととい?」

「倒れてた私を助けてくれた」

「ああ……とりあえず無事でよかった」

 美濃部さんの中ではそういう話になっているらしい。話を合わせておく。

「暗い教室で何してたんだろうね、私」

「……覚えてないの?」

「うん、生徒会が終わって生徒会室の鍵を閉めたところまでは覚えているんだけれど、それ以降はさっぱり」

 僕を警戒して嘘を言っているようには見えないし、本当なのか。

「気が付いたら保健室にいて、千佳子先生が泣きそうな顔で私のこと見てるからビックリしちゃった」

「いや、そりゃだって首から血を流して倒れてたんだから誰だってそうなるって」

「だよね。吸血鬼に2回もやられちゃうなんて、私なんかフェロモンでも出してるのかな」

「持ちたくないフェロモンだね」

 逆に僕がそういうものを持っているんじゃないかと思うくらいだ。こんなにも吸血鬼に出会っているわけだし。

「春日井くんも心配してくれた?」

「そりゃそうだって」

「ならよかった」

 翠ちゃんが消えた後のことは実際うろ覚えなんだけど、きっとあたふたしていたに違いないだろう。

「私が怪我しても心配してくれる人が一人でもいるって嬉しいことだよ」

 美濃部さんは本当に嬉しそうな顔をして、もう一度僕に笑いかけた。

「人でも吸血鬼でもいいから、そういう存在は大事にすること。そうじゃなきゃ、死んでも死にきれないからね」


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