話してくれないと口聴いてあげませんよ 1
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「真夏先輩が、吸血鬼、か」
翠ちゃんからの話の翌日の放課後、二人きりの生徒会室で栄恵が不意につぶやいた。
「まだ信じられない?」
「ああ」
栄恵は生返事をする。十分に整理したはずなんだろうけど、僕と違って今の状況を受け入れきれていないようだった。
「成城が二重人格だっていうのはわかった。でも」
「真夏先輩が吸血鬼だとは信じられない」
僕が栄恵の言葉を代弁すると、栄恵はかぶりを振った。
吉岡真夏は、栄恵の前の生徒会長だ。一言で評するととてもいい人だ。新聞部が今あるのも真夏先輩のおかげである。
人に惹かれ、人からも惹かれ、誰からも信頼のおける生徒会長だった。
「別に吸血鬼であることは悪いことじゃない。でも、とてもそうは見えなかった。大丈夫、少し驚いているだけだ」
僕に言うよりかは自分に言い聞かせるかのようだった。栄恵もいつも尊敬の眼差しで見ていたし、そんな人が吸血鬼だったなんて知ったからには、さすがの栄恵も動揺を隠せていない。
「幸い、真夏先輩は誰かの血を吸うことはなかったわけだ。真夏先輩自身がそうされたのかもしれないことは否定できないが」
生徒会の伝統に従うのであれば、真夏先輩自身が吸血鬼じゃなかった場合、生徒会の一代前の吸血鬼が真夏先輩をそうしたことだろう。
「真夏先輩は美濃部さんがいたから悩む必要がなかった。それは幸せだったのかもしれないけどね」
言った後に、それは本当に幸せなことなんだろうか、と自問自答する。
「先輩のことだから、伝統すらどうにかしようと思っていたのかもしれない」
「真夏先輩らしい」
それは推測だけれど、廃部寸前になっていた新聞部を救おうと尽力してくれた真夏先輩のことだから、伝統自体をなくそうと考えていても不思議ではなかった。
「どこ行ったんだろうね、先輩」
「聴きたいのは山々だが、ボクにすら居場所を教えずに消えてしまったからな」
「連絡先も?」
「現在使われておりません、だ」
あれもこれも、今となっては本人に聞くしかない話だけれど、実は真夏先輩は生徒会長の任期が終わってからどこかへ行ってしまい、居処がわからない。
「生徒を見捨てるような人ではないから、自分から消えたんじゃないかもしれないと信じたい」
「消された、とか」
「伝統も受け継いだんだ。消されるいわれがない」
縁起でもないことだったけど、吸血鬼界の裏側でもしかしたら何かが起こってたのかもしれない。その辺は、ちょっと詩音さん辺りに聴いてみるかな。
「その辺は吸血鬼に詳しい方々に聴いてみるとして。真夏先輩から何かメッセージが遺されていないか、ボクも少し生徒会室を探ってみるよ」
栄恵がそう提案する。生徒会日誌とかに何かがあるかもしれない。
「ありがとう。ところで、城崎さんは大丈夫?」
「今のところは問題ない。警戒はしておくけれど」
「美濃部さんも?」
「同じく。特に目立った行動はない」
ほぼ毎日顔を合わせる中で、特に気になることはないらしい。何も起きなければそれでいいんだけれど。いや。
「何も起きなくてもそれはそれでよくないのか」
「何かが起きれば城崎が。何も起きなければ美濃部が危ない」
どちらをも救うことは難しい命題だった。でも、どっちも救いたかった。
「だったら伝統について調べて、その大元から断とう」
「上手くいく方法を見つける。成城と美濃部、それに真夏先輩のためにも」
栄恵はやる気満々だった。正直難しい命題だと思った。けれど、昨日の翠さんの顔を見ていると、何とかしなきゃという気持ちが強まっていた。
決意を新たにしていると、スマホの着信音が鳴った。栄恵のじゃなくて僕のだ。スマホの画面に表示されている名前を確認して、通話モードに切り替える。
『あ、先輩お疲れ様です』
電話口から元気いっぱいな声が聴こえてきた。鮫ちゃんだった。
「どうしたの」
『ごめんなさい、今日もそっち行けなさそうです』
「了解」
『寂しいでしょうけど、優勝カップ取っていくんで待っててくださいね』
「はーい」
言うだけ言って、電話は切れてしまった。
「誰からだ?」
「鮫ちゃんから。今日も部活出られない、って連絡」
「そう言えば鮫川は最近見ないな」
「弓道部が忙しいんだって。大きな大会があるからって」
「そうか。そう言えば美濃部も弓道部だったな」
合点が言ったような表情を見せる栄恵は、何やら考え込んでいた。
「後輩スパイに使おうとか思ってる?」
「……未広にしては鋭いな」
「鮫ちゃん巻き込んじゃダメ」
吸血鬼のことを知っているとはいえ、そういつもいつも巻き込んではダメな気がする。
「使えるものは使ったほうが」
「やめなさい」
僕は栄恵をそうたしなめるのだった。





