serve8(前)
「めーちゃーん、もーいっぱぁーい」
「はいはい、どーぞ」
素知らぬ顔で彼女には白茶を出す。氷でじっくりと出したとっておきであるが酔っぱらいの彼女がそんな繊細な味を理解できる筈もない。もしかしたら酒精がないことすらわかっていないかもしれなかった。
彼女はグリムヒルド。このドワーフ街において刺繍職人をしている人だ。
その技術と腕は確かなのだが、彼女の本意かと言えば少し違うのが皮肉と言えばそうだろう。
彼女は本当なら魔術師になりたかった人だ。
三十すぎてなんちゃら、の方ではない。アレは男性だしね。女性は妖精らしいよ。
純粋に冒険者としての魔術師である。魔力だけならばそれなりに高かったのもある。
が、いざ魔法を使うとなると仲間潰しの異名を背負うことになってしまった。そのなんだ、殺したり致命傷てわけではないんだけどね。トラウマ抱えさせるには十分なことをやらかしたのだ。お察しの通り。彼女はノーコンだった。
そんな彼女は冒険者ギルドでいわゆる大規模討伐に当たるスタンピードなど以外の依頼を受けられなくなった。受けられなくなるとメシも食えなくなる。さてどうしたものかという時に、持て余す魔力を買った人がいる。現在の彼女の師匠であり親方だ。
魔力を込めた裁縫はそれだけで守護の力を持ち場合によっては魔器機よりも凡庸性がある。たとえば携帯コンロは魔器機よりも魔導刺繍の方がずっと軽くて運ぶに便利だ。故障も少ない。メンテナンスも楽。
しかし如何せん作り手が少ない。需要と供給のバランスが崩れているとなれば、そう。忙しくわけだ。稼ぎもいいけど。
結果どうなるか。
彼女が密かにしようとしている魔法の練習の時間が減る。時間どころか魔力切れでそもそもできない。まぁそんだけまじめにがんばっているという風に考えることもできるかもしれないが。
「うっぅ、おさけおいしい」
「はいはい、適当に食べてね。胃が荒れちゃうから」
本日のお通しであるタマネギの甘酢漬けはすでに空だ。
魔力と体力が切れている身体は予想以上にアルコールに飲まれているからこりゃぁ昼も抜かしたなと判断して勝手に次ぎのつまみを出す。干しぶどうと木の実類を軽く炒ってクリームチーズと混ぜたチーズ寄せ?みたいな。一見すると白和えっぽいな。
クラッカーかバケットを添えても良かった気がするが多分別々に食べそうだからいいか。実際スプーンで舐めるように食べ出した。
「んーまーいー」
「そりゃよかった」
こってりねっとり後引くうまさだと思うよ?
「めーちゃんはおさけもごはんもすごいのいいなぁー」
「関連してますからね」
「わたしまほーかんれんはおなじなのにねーじょーずにできないのー」
まぁ目の前のことに全力捧げちゃうからなぁ。本意とか不本意とかは別で。
「ししゅーねー、すきだよー。きれーなものすきー」
「はい」
「でもねー、ぶわーってどかーんも好きなのー」
なにげに細かな魔法興味ないって風に聞こえるんですけど。まさかのボマーかこの人。サイコパ系さんか。単純に派手なの好きなのかもしれないけど。
「私もグリムヒルドさんの刺繍好きですよ」
一瞬刺繍と魔法が対極かと思うところもあったが、思えば彼女の作品は派手というか華やかなのだ。彼女の好きな「ぶわー」が入っているような。
基本の陣さえ安定しているなら装飾は特に決まっておらず職人のスキルに一任されるのだと聞いた。
実際貴族が気に入ってじゃんじゃか注文をよこすらしい。つまり私が危惧した姿が目の前の彼女だ。同情の一つもしようというものである。
「ありがとうねぇ」
貴族で重宝がられる魔導刺繍は例えば振動に反応して光を散らすリボンとか、毒に反応するテーブルクロスとか防御陣の組み込まれたレースカーテンとかピンキリだが、普段冒険者が使うような安定したスカーフサイズのものじゃないだけで大変だろう。
スカーフっていえばハンカチが四角形になったのってマリーアントワネットが旦那のルイ十六世に頼んだからだったっけか。
「いえいえ。知っていてほしかっただけですよ」
とまぁ管巻いてる彼女がちびちび木の実チーズを胃に収めているところに次の来客があった。いらっしゃいませと声を上げると、ちょっと挙動不審な兄ちゃんが入ってきた。
文官かお役人か。力仕事なぞついぞしたことがなさそうなひょろっと君である。
「あの、こちらに魔導刺繍のグリムヒルド様がいらっしゃると聞いたのですが」
「はぁ?確かに彼女はうちの常連さんですが」
そういいながら私は水魔法でとっさに彼女を隠す。光魔法ばかりが屈折を操るのではないのだ。薄暗い店ではカウンター奥一つくらいごまかしても案外気づかない。初めてのお客?だしね。
グリムヒルドさんも相手の出方がわからないからかおとなしくしていた。彼女は雇われ従業員だ。別の店でのんびりしているところを名指しされることがいかに異常かくらいわかっている。
「いらっしゃらない?」
入ってきた直後人がいたようにはみえたかもしれないが、今はその視界に映らない。見間違えかと自信はなかろう。
「みての通りですが。お仕事の依頼でしたら工房ーーはさすがにもうしまってますかね。明日改めていらした方がいいと思いますよ」
常識わきまえろゴラァとにっこり笑うと相手はしどろもどろになった。
ちらりと彼女をみる。この人知ってる?知らない。様子を見る。
「あの、確かに仕事の依頼、なのかな?工房にはよらせていただきました。そこでこちらにいるのではないかと」
「お急ぎで?」
「はい。彼女の刺繍が暗殺に利用された可能性があります」
「はぁ?!」
私と彼女の声が同時に挙がった。
ただ幸い、あまりにシンクロしてたせいでめがね君は気づかなかったようだ。いやそこじゃない。
「暗殺に使えるような刺繍なんぞ……あー、毒反応のテーブルクロス?」
「いえ、そこまで詳しく部外者の方にお話するわけには」
殆どあてずっぽうで一番効率の良さそうな手段を口にすると露骨に目をそらせるめがね君。あーた答え言ってるようなものじゃないの。
「豪華美麗な刺繍が裏目にでて、本来の陣を解れさせても気づかなかったとかそんなとこかな?」
「関係者で?」
このファンタジー世界でミステリーはできるのかと必死に頭ひねった時代があっただけです。因みにこれ昔どっかで話てドン引きされたんだよねーーまさかなぁ?
「でもそしたら彼女関係なくないです?」
「刺繍の原型を確認したかったのです。それには当事者が一番だろうと、その上司が」
理屈はわかるがなんか複雑そうな顔をしてるな。
「それこそ図案なら工房にありそうだけど」
「上司、グリムヒルドさんのファンなんです。ソレ言ったら工房の親方が是非にと」
「職権乱用!」
怖い。殺人事件?未遂?わかんないけど他人の不幸出汁にしてなにやってんだいい大人共が。
「いらっしゃらないなら仕方ないです。適当にいって工房で図案をお借りして帰ります」
思うに彼はいわゆる科学捜査研究所的なとこの所員だろうか。
「お力になれず申し訳ないです。まぁせっかくなんで夜食にでもどうぞ」
「へ?あ、すいません??」
なんか彼も被害者っぽい感じに同情してスライスしたバケットにバターと例の木の実クリームチーズを挟んだだけのシンプルなサンドイッチを2切れ渡す。ラップ代わりは芭蕉系植物の葉っぱだ。こういう使い方が一般的で意外とどこの家庭でも常備してたり場所があれば植えていたりする。
同時に手みやげという行動はさっさと帰れのニュアンスだ。いわゆるぶぶづけたべなはれ、である。あぁああ氷茶漬け食べたい!
「じゃぁ失礼します。なんか押し掛けただけなのにすいませんっ」
「おきになさらずー」
ここで支払いをしたらまたややこしくなると察したのだろう。
もしかしたら彼女がいることを理解したのかもしれない。実に大人のやりとりだなとか思春期みたいなことを思いつつ(そういや思春期か私)彼が去ったところで魔法を解除する。
「物騒なことかんがえるのねー、めーちゃん」
開口一番の彼女の感想はそれだった。
考えたけど実行はしてないので許してほしいところだ。
「自覚はあるけどどーするんです?グリムヒルドさん」
「どーしようもないわー。売った時点で商品以上の意味はないものー」
ドライなのは縫い物が「本命」じゃないからだろうか、それとももっと単純に感性の違いだろうか。実際私も出荷した後の酒がどう扱われても考えるだけで疲れるだけな気がしてるので考えてない。
それにしても奇異な巡り合わせだなと思ったところでふと思う。
毒が混ぜられたのって、「どれ」だったんだろう――と。
3話の半分なのに前後編




