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「メイ、生きてるか」
「元気ですよ兄様。見ての通りです」
「ならいい。いや、よくないか。とりあえずハイボールを頼む」
金髪碧眼おうぢ様もかくやな美丈夫がハイボールってなんか複雑だなぁ。いや別にいいんだけど。酒に貴賤はないぜ!
私が仕込んだんだからウィスキーはまだ若い。だからハイボールでいろいろ「誤魔化した」わけだが意外とファンは多い。まぁウィスキーってそれだけでおいしく呑めるまで訓練必要な酒ともいうしね。はい、レモン絞ってどうぞ。
今日のお通しはアップルパイ。某黄色いM文字んトコの半分くらいのサイズでね。
偶然だけど兄様の好きなものだ。こっちだとパイって基本しょっぱいのだったりキッシュみたいなオープン系ばっかだったので甘いのが珍しかったらしい。サレってやつだね。その中でも兄様のお気に入りが生のリンゴとキャラメル煮にしたリンゴ両方が入ったこのパイだ。嗅ぎつけたんじゃねぇだろうな。いや、まさか。
「わたしなんかやらかしたですかね?」
「いいや。前帝陛下からのウチ宛にパスタとやらのレシピ代が入ったから渡しにきただけだ」
「あー」
いらないっていったはずだけどなー?そんな金渡すくらいならセイフティネットをだな。底辺になったら助けるじゃなくって雇用を増やせっての。
「うどんとはちがうのか?」
「うん」
実家ではそういえばうどんつくったなー。
どう考えても貴族が食べるもんじゃないし箸がいるからうちの中だけのブームで終わったメニューのひとつだ。パスタはほら、みためでごまかしきくじゃない。すすんなきゃならないわけでもないから形もいろいろ。むしろパスタすっかり忘れててフォークだけ開発した?自分がわけわからない。スープ用にショートパスタも教えたし。そういえばアレは元々市民の食べ物だったけどハマッた王様がその位を引っ張り上げた食材の一つだ。うどんはあんまりそういうの聞かない。あれ?でも献上品とかあったような?とりあえずうなぎとか寿司とかがそーだな向こうだと。
「やれやれ。おまえには隠し玉がいくつあることやら」
「その隠し玉かどーかわかんないのが申し訳ない」
こういう場合どうしたらいい?やこんなのがあるんだが何かアイディアはないか。そういう話なら進めようもあるんだが使えるかどうかすらわからない知識はそこにあって初めて問題点をみつけられるのだから仕方がない。
「ふむ。まぁ今はどの道酒の流通だけで手一杯だしな」
「おてすーかけまーす」
「かまわないからアップルパイもう一切れくれ」
「欲望に正直だった。かしこまりました」
気遣いとしてはありがたいけどね。
バニラ、はないからミルクアイス添えてあげ――やめとこ。他の客の分がなくなるわ。
ぷっぷく兄様の需要も少なかろう。
「店はどうだ」
「相変わらずだよ。バカみたいに混むことはないけど、適度にお客さんがきてくれてる」
この国ではみんながこの日に休みましょー的なルールはない。三日に一度の休みを適度に取る人もいれば半年働き通し後半年遊ぶなんていう風に過ごす人もいる。
ちなみに我がサチBARは適度にお休みをいただいています。
まぁ酒の仕込みなんぞしてるんだから休みなんて形ばっかりだけど。
「バカみたいに混んだら困るだろう」
「困るねぇ」
このバカみたい、は商売繁盛という意味ではない。
お貴族様ってのはーー本当に腹が立つことに「一席=一店」で考える人が多いのだ。
安全面だったり警護だったりこだわり?だったりと主張はいろいろであるが、いうまでもなくこんな子細店舗では迷惑千万というわけである。
じじぃ様とて一人なのに。
金払いの問題ではない。私の店としてのプライドははっきりと「酒を呑んでもらうこと」と決まっているのに優雅にちびちび一杯飲んで金貨一枚上から目線で渡されても不愉快しか覚えない。さらにじじぃ様への懐柔目的の来店なんて目も当てられない。
貴族連中がこの店をどれくらい把握してるかまではわからないが(別に隠してるわけじゃないし)後ろ盾がはっきりしてる分、攻め倦ねいてるとみるべきところだろう。
ありがたくない分、こう時々兄様が牽制目的で来店してくれている、というわけだ。
アップルパイの日ばかりきてる気がするのは気のせいだ。SNSで宣伝してるわけでもなし(そもそもない)気まぐれで焼いてるし。
まぁよっぽどバカをしないスパイくらいならふつうに客としてお迎えするんだけどね。
「あぁそうだ。メイ、キッシュを頼む」
「時間かかりますよ」
「かまわん。その分持ち帰りで頼む。例のパスタ工場でてんやわんやになっている父様たちへのみやげだ」
「ほむ。そうなるとホールかな」
若干おまえのせいだというニュアンスをまるっと無視して自家製冷凍パイ生地を氷室から引っ張り出す。解凍している間にフィリングを作ろう。父様にってんだったらキノコとトマトかな。ブランデーで風味もつけて、チーズも混ぜて厚めだな。
「で、兄様はその間サボる立派な口実がある、と。もう一杯飲みます?」
「そうだな、頼む」
否定せんのかい。まぁいいけどさ。
「相変わらず手際がいいな」
「そりゃ一人で切り盛りしてますからね。あ、フィリング余るな。兄様オムレツでも食べます?」
「食う」
かぶりつき気味にいわれるとちょっと嬉しい。おいしいってことだもんね。カロリーすごいだろうけど。
パイ生地を型に詰めて重石を乗せ、少し高めの筒上にしてオーブンでから焼き。
余った卵使ってオムレツだ。具が重量あるのでふわふわにはしない。オムレツを兄様に出して一息着いたところで焼けたパイにフィリングを入れて今度はじっくり焼き倒す。
その間に3杯目ですね、おまち。と出したところで来客だ。
この時間だと飲み屋街から流れてきた人かな?と思いながらいらっしゃいませといった途端、店内のライトに照らされて鎧ではありえない反射が目の隅を灼くのに気づく。
「おおかた貴族の俺が入ったことで金があるとみたか」
ぼそりとつぶやく兄様は確かに一見して貴族とわかる格好だ。派手というわけではないがそもそもで素材が違う。っていうかあんたのせーかよ!
「単独の貴族なぞ素人考えでいえばカモだろうさ」
そういいながらも入り口に目線を一つ投げるだけの兄様。
途端に起動する魔法は電撃のソレだ。人の意識を奪い後かたづけが楽だというトラップ魔法である。あんなん何時仕掛けてたのか。
結局脅迫的なせりふ一ついわせてもらえないまま、雷撃で意識を失ったのはいかにも底辺冒険者といった風情のおっさんだ。見覚えはない。
「さて。巡回騎士を呼んでこないとな」
向こうでいう警邏担当のお巡りさんみたいなものである。
ドワーフ職人街は確かに貴重なものが多いが(主に材料的な意味で)素人にその価値がわかるわけがない。その分夜はゴーストタウン(その割にどこからかは金属をたたく音なんかが響いてくるおまけつき)であるこの区画は警邏のルートもないわけじゃないがだいぶ甘い。連れて行かないとならないのは確かだ。
しかし受ける側が下っ端すぎれば兄様ほどの地位を持つ人間が一人でふらふらしてたら不条理にクビになりかねない。それはいくらなんでもかわいそうである。
「そのまま転がせておいて大丈夫です兄様。店の終わりにひっぱっていきますよ」
まぁ私の居住区はここの二階なんだけど交番こと詰め所まではそんなに大変じゃない。
おんなひとりがー、とかいう話もあるかもしれないが、道に氷敷き詰めて滑らせればそんな労力にもならないのだと兄様も知っている。
「そうか?まぁどうせ二日は起きなかろうが」
思った以上に凶悪な威力ぶち込まれてた!
「そんなもんですか」
「そんなもんさ。メイ、おかわり」
「うぃーっす」
ほんと好きですね。お、そろそろキッシュも焼き上がるかな。
「あぁそうだ。せっかくだからキッシュをもう一枚」
「えぇ今からで―ーって。サボりたいんでしょう兄様」
このタイミングでいうことじゃない。最初から2枚とでもいえばよかったんだ。
目をそらしながら美形が素知らぬ顔をする。いくら美形でも身内ではときめかないなこれ。
「なんのことかな」
いやこんな時間まで仕事ってのは同情するけど終わんないんじゃないのかなー
次期辺境伯がそんなんで大丈夫、なのかなぁ?
まぁいいや。文句言われるのは兄様だけだし。
甘いもの=女性子どもって概念はあんまないです




