serve22
ワインの話をしようとおもう。
わかっている。皆まで言うな。あれほど指摘修正常識設定その他諸々くそめんどくさい酒はない。
フランスイタリアチリトルコカルフォルニア地中海ジャパンエトセトラえとせとら。その「分類」を大きく分けようとしても本当に生産地くらいでしか説明できず、伝統守ってるところもあれば新しい味をつねに求めるものもいればほんの一握りの畑でとれたブドウだけが名乗れる種もあるしその歳月もお値段もピンキリどころか天元突破も珍しくない。ついでに抗争も主張もだ。なるほどわけがわからない。一〇〇年前のとかよく飲む気になるよね。聴いたところによるとほとんど水っぽいらしいが。それもそうか。
歴史だけでもその始まりと存在を聖書における創世の時代からと語られ、素っ裸を恥ずかしがって追放されたアダムとイヴの子孫であり「正しき人」ノアが、自作のそれでよっぱらっては露出かまして息子に恥ずかしがられる原因となるかの酒である。
ちなみに酔ったら脱ぐのは熱くなるからだ。
寒冷地が酒を好む、というより強いのはこれをもって自衛手段とする為だが、基本的にその熱を以て汗をかき、脈拍を早くする上に利尿効果もある酒は「しっかり」寝るための友としては向いていない。ナイトキャップは幻想だ。寝れないならホットミルクか白湯。そこにめんつゆたらしたものが正直おすすめである。しょうがチューブなぞあればもあべたー。
ちなみに比較的熱い地域は発汗を促すことで体温を下げる真逆の目的があるとかないとか。そういうトコは湿度自体は低いからね。
とりあえず処女の足で踏まれたブドウでつくることを至上と考える話を信じ、ネット検索すると割とガチで絶望する写真が大量にひっかかると噂されるワインであるが、まぁそこんところはどうでもいい。今大概は機械つかってるだろうし。うちも適当な機械でやってる。そんでもって今回はわりとさらっとシンプルな話である。
「本当にピンク色だ」
「えぇ。これが<ロゼ>といいます。味わいも赤と白の中間ですから食事の友としては相性がいいかと」
薔薇か。そうと軽い感動を以て薄口のワイングラスの中でたゆたう液体を眺めているのは彫刻師のシュゼットさん。
ラミア種特有の長い下半身をくるぅりとストールに巻き付けチューブトッップブラで放漫な柔らかさを支え、柔らかな麻のジャケットで肩を冷やさないようにしている彼女は、興味深い顔でうっとりと琥珀の瞳を青い肌の中心できらめかせている。
さて。覚えのある方もいるかと思うが、我がサチBARにあってワインだけは出さないことを基本スタイルにしていた。なぜか。繰り返す話になって恐縮であるが、ワインは貴族の飲み物だからだ。
ではなんで出してるか。うん、だってウチの実家の依頼が彼女に「ロゼワイン用のグラスつくってくんろ」だったから。実際にはワイングラスに彫刻を施してほしい、と。
実のところワイングラスなんてのはここ一〇〇年くらいで定着したかしないかくらいの代物である。向こうの世界の話だが。こっちの世界に至っては出始めてここ一〇年ばかりの話だ。そうですね私のせいですね。
ほら銀のゴブレットとか味がよくなるからという話で(それ自体は嘘じゃないんだが)鉛の器つかって鉛中毒になった話とか聴いたことはないだろうか。事件として甘いが有害物質が混ざった不凍液がぶちこまれた輸入品の話もあったけどそれはいいや。そういうのはなかったのだけども、やっぱり色がみたいなとそこがあったのだ。あったからつい、つくってwとお願いしちゃったのは若気の至りであるが実績なのも違いない。おかげでうちの店にしかない形のガラス製品は大量だ。万歳。最近じゃガラスのお猪口と銚子のセットも。ソーダガラスがまた味わい深いんだ。
ともかく出回っていない、新しい色の酒という話になれば、彼女とてイメージがなければ見合ったものはつくれない。ある意味正論、角度によっては高慢。そんな切り返しに対しじゃぁそうか飲ませてやってくれとは兄様からの要望だった。まぁ実際つくってるのは私だけだから兄様の依頼もなんらおかしいことではない。
わざわざ一般に出回っている赤と白ではなく、ロゼを想定した依頼なのは外交である。魔物という驚異から人々を「守る」という形でほぼ大陸全土を支配する我らがコレンデモカァ帝国であるが、かといってそこだけで完結しているわけではない。
元よりの小国は自治領として扱いそれぞれの特産品や文化を尊重しているし、この世界における大陸はこの地だけではない。交易もある。
あるからこそ、時々技術見せて牽制とかしなきゃならいのだ。
貴族のパーティーは戦場だ。
美食は技術と知識、そしてなにより土地の豊さをアピールするし、大きな会場はその建築技術と警備力=兵力を物語る。娘たちの着飾る様は流行の敏感さとそれを支えるだけの貴族と市民の間にある信頼関係、なにより技術の繊細さと美貌の維持からその財力をみせつけるに至る。見栄と切って捨てることもできるし、おうおうにして目的によっては質素倹約堅実安定を演出の軸とする場合もあるが象徴的な存在が派手派手しくなるのも致し方がないのである。中世ヨーロッパ時代の女性の髪型の暴走っぷりが時々話題に出た記憶はないだろうか。
これが的外れな方向や手段をとれば非難の対象以外のなにものでもないが。貴族は政治屋であると同時に国の、人の前線に立つべき立場である。恥ずべき行いをすれば民からの信頼を失い、基本的に王宮にチクられ本気でおとりつぶしもありうる。実際直接一市民がチクれるくらいに王宮がフランクなのは若干どうかと思うが。個人的には初代のこととをおもうとアメンオサとか王の目王の耳とか必殺仕事人みたいなのもちゃんと設備してる気がしている。にんじゃとか。にんじゃとかにんじゃとか。
話がずれてしまった。あぁロゼの話だ。
代々宰相やってるウチが新しい酒を王家に献上し、その「新しい酒」を王家が惜しみなく外交の場でお披露目する。
この構図のための「特別な」グラスである。
ちなみにワインの色についてみなさんご存じだろうか。
赤と白くらいはきいたことがあるだろう。
黒ブドウの種も皮もたっぷりそのまま使い、ポリフェノールごっさり、タンニンじんわりの渋さと芳醇さをたたえた赤ワイン。
白ブドウ、もしくは皮や種を取り除いた黒ブドウを圧搾して絞ったジュースを熟成させた白ワイン。
ではロゼのやり方は。実はごく一部の地域でのみ許された混ぜるといった単純なものから、圧搾の際にゆるーく絞って色をちょっとつけてみたり、途中までほぼ赤ワインの行程をたどるが色がいい感じになったら皮を取り除くという面倒そうな手段もある。ちなみに自分がつくったのは浅く絞ったタイプだ。残った分ではグラッパを作っている。あまり日本ではなじみがないがワインの絞りかすでつくる「焼酎」のことだ。
ほかにもお特定のカビが覆ったブドウでつくる貴腐ワインや近いものをもとめ水分をとばすことを目的として一度凍らせたブドウをつかうアイスワイン(ヴァン・ド・グラーズ)、干しぶどうからつくるものもある。スパークリングは製造過程でちょっとタイミングをコントロールすることでつくれるがこれに関しては最近日本酒などでも応用されている。
そういやブルーワインとかあったけどアレはどういう代物だったんだろう?酒精強化だのなんだのにだって手が回ってるとは言い難い。
ほかの品種ではリンゴや桃やらパイナップルやらとあの手この手まで広げるとやっぱり話があっちこっちいってしまう。そういえば「フルーツワイン」の定義になると梅酒とかハーブ入りなんかも分類されるとか。ややこしいがおそらくは「ワイン」に対する信仰めいたあこがれもあるのかもしれない。東洋のベニスとか浪速のエラリークイーンとかそういうのだ。そういやアメリカでタンポポワインていうのもあるって聴いたなぁ。今度試したみたい。熟成?今回関係ないのでパス!
「名前の通り薔薇の彫り物がいいかしら。階級で分けてみるのもおもしろいかもしれないわ」
「なんですか、それ」
「たとえば王家の方々には大輪を、身分が下がる分小さくシンプルでいいかなぁ。騎士たちは大輪をまもる意図で茨を走らせるのはどうかしら。そうなると問題は外国の方々ね。あくまでもくるのは外交官だから根付くものよりも花束のようなデザインにしようかしら」
くっそ面倒なレベルで考えるあたりが実にプロですシュゼットさん。
その繊細な指先がとんとん、とカウンターを踊る。とっさに紙とペンを渡すと、さらさらと図案がかかれる。その種族故の文字通りのうわばみさは3杯程度で手元が狂うように酔うことはないだろう。
「それにしても口当たりがやわらかいわねこのお酒」
「まぁそれも売りですね」
中途半端というでなく、いいとこどりと主張したい。
正直初心者向けだと思ってるんだよねぇ。おっと、おつまみ忘れてた。
「あぁシュゼットさん。ちょっと胃に入れてくださいね」
「これなぁに?葉っぱ?」
「ブドウの葉でつくったドルマです」
日本ではなじみがないが、トルコやフランスでは珍しいものではない。ブドウの葉っぱとて食材だ。ドルマというのは包み焼き全般をいうらしく、たとえばピーマンの肉詰めとかも分類される。
ごはん巻いたりトマトソース巻いたり。今回はチーズとトマト味に仕上げた挽き肉を巻き込み、スティック状にして蒸し焼きにした。慣れない葉っぱがあまり気にならないよう、濃いめの味付けをしている。
「食べやすいわね」
「あ、そうですか」
よかった。うわばみタイプはむしろこういうおつまみをあまり楽しんでくれない人もいるから。
「今回は薔薇だけど、ブドウデザインもおもしろそうね。蔓の曲線葉っぱのライン。どれも生えそう」
かり、かりと指先がデザインを紡いでいく。
「仕事中とかでもいいわねーこれー」
今まさに仕事をしている人が、そんな風にいうのが少しおかしかった。
らみあ=へび=うわばみ。




