serve19
パン。
それは「発酵」という人類に都合のよい歴史において酒と対をなす存在である、と思う。種類について語り出すと酒場の領域を簡単に飛び越えるので控えることにするが割と切っても切り離せないことはご存じの方はご存じだろう。
知らない人はまぁこの機会にちょっと小耳にでも挟んでおけばビールを飲むときにちょっとオリエンタルな気分を思うこともあるかも知れない。
かのメソポタミア文明においてパンをくさ、もとい発酵させることがビールの原型となった。蜂蜜酒、ワインに次ぐ第三の酒である。そういう意味では第三のビールって割と感慨深いな。なんの話。乱暴にいえば穀物果実(もっといえば糖分)にイーストをぶち込んで放っておけば酒はつくれる。そう、小麦にイースト。酒だ。パンは酒だった。なにいってんだ私。とりあえず文献の元かつて何度か再現されたというアルコール度数が1~3パーセント前後だっけ?なその飲料はやっぱパンぽいと聞いた。度数低すぎて栄養剤として孤児院とかでも飲まれていたという話だから試してみたいなぁとは思うのだが現実においてそこまですると娯楽である。こちとら過去を追いかけるより味の追求に現在のところ手一杯だ。
さてなんでそんな話になったか。
「どうしたいいと思う?」
「いや私に聞かないでつかぁさい」
本日のお客さんは斡旋所のローゥエン事務長。
先日出したソースがお気に召したらしくちょこちょこと夜食を食べにくる。ブラックというよりも単純にシステム上、緊急用の夜勤があるのだ。基本的には退屈な夜の下準備といったところなので軽くエールとたこ焼き。中に入ってるのは豚肉的なミンチとキャベツだけどそいつをつけた串で摘みながら楽しんでる。好みが分かれるかと添えたマヨネーズの減り具合がいろんな意味で不安だ。なんていうの、その。あれだ。奴は危険物だからね。
とまぁそんなどうでもいいことを思いつつ、入った本題に私は途方に暮れる他ない。
いや「おまえ考案者だろ」と言われたらそれまでなのですが。
パスタの話である。パスタおいしいよね、運ぶのに楽だし、日持ちするし。
オーライ、同意しよう。そういえば国立のパスタ工場で働く人の間では折れてしまったり長さを揃える為にカットしたりしたかけらが日々の争奪戦対象になっているという。
スープに入れれば腹で膨れ、満足感を得ることができるからだ。
だがそのパスタも弱点がある。水だ。水がいる。
使う2時間前くらいからおおよそ2日程もつ、茹で時間1分で済む裏技的水パスタはメーカーによっては使えないと聞いた。手作りのこの国製では残念ながら期待できないだろう。
そもそも結局重くなる、なるほど本末転倒だ。要領のいい人なら調理時間短縮に上手く活用できるかもしれないが。
ついでにゆでるために加熱する火種も。まぁこっちはいい。焚火は野営の必須アイテムだから。
問題は冒険者だった。
隊列を組み、担当を分け、割と休める騎士団とは異なり魔力の消耗を極力抑えたいのが冒険者。敵はモンスターばかりではない。時に天候時に仲間、時に時間。
闘うものは多種多様で身軽でいたいと水は最低限の保持が限界とのこと。つまりパスタがゆでられない。
香川、という県がある。そう讃岐うどんで有名なあれだ。2日で3食うどんをかき込むかの大地。山から海までなだらからな曲線をずぅっと引く地形ゆえに常々日頃水不足。でもうどんをざぶざぶ洗って腰を出すのになんのためらいもないそんなお国柄。
だがそれは平和であるからこそのお話で洗う手間もないんだからその分惜しむな心おきなく魔力を消費して水を得ろ、などとはいうまい。腹一杯になったところを詰め物ローストチキン扱いされる可能性だってあるのだ。
どうも話がそれる。
水あんま使わなくてうまい主食になりそうなものない?
間違いなく一介のバーテンダーにする相談ではない。たこやき食べながら。
「みんな肉たべるでしょ肉」
「食べ物ってバランスよくたべなきゃだめだとおまえが騒いだんだろう」
金さん銀さんとかその娘さんとかめっちゃ肉ばっかの食生活だったらしいけどね。
「っていうかパスタもまだまだ割高くてな」
「なんだって斡旋所にそんな訴えが。各自創意工夫が基本でしょうに」
「パンがさばるっていうし。日持ちしないしするのは固いし」
「知りませんよ」
問題点を放置していたのはそっちでしょうが。
ミックス粉だろうがカロリーバーだろうがやりようはあるだろうに。
あぁでもこの世界、密閉技術がない。ホットケーキミックスの古い奴で起こるアナフィラキシーは文字通りの死亡フラグになりかねないかぁ。
それにしてもなんだこれは。飛び火もいいところだ。誰かの恩恵をみてうらやましがる人間てどこにもいるんだなぁ。
ちなみに日持ちするかったいパンはアレだみっしり系ライ麦パンだ。
栄養価高いからいいじゃないか。びたみんたっぷりだから脚気防止にだってなる。
スープに入れたやつ食べるのおいしいぞ。
個人的にはアレをトマトをオリーブオイルと塩でじっくり炒めて出てきた水分をすわせたのが一等好きである。貴族には別の意味で食べられない一品だが。
「小麦と水と塩を練って二度焼きしたのを使えば食べやすいでしょうに」
それこそ具を挟んだりとか。
「は?」
「ん?」
いわゆるチャパティだ。日本だとナンが王道だがあれはベーキングパウダーを有している、どちらかというとクイックブレッド(ソーダブレット)近い。
その点チャパティは本当に小麦粉と塩と水だけ。
練って丸くのばし、一度焼いたものをさまして再度加熱することでボールのようにふくらむ。中の水分が膨張するのだ。ちなみにフランスではこれをジャガイモの薄切りでやる。市販のポテトチップスの中に気泡が確認できるものを思い出していただけるとわかりやすいだろう。アレだ。あのちょっと薄くなって繊細なサクサク度が増した奴を意図的に全体的に作り上げる。余談であるが、一度薄焼きしたものを油に投じて膨らませた場合はプーリー、生の生地をバター(ギィ)を塗りながら折り畳み焼き上げる薄焼きパイのようなものをパラタという。こちらには具を挟み込む場合もあるそうだが野営では少々面倒がすぎるだろう。っていうか油持ち歩くくらいなら水もてよ、である。
「つくれる?」
おっさんの上目遣いかわいくねー。
*
今日のお通しはくしくもチョコとオレンジのスコーンだった。
さすがにあわないなと手早く具になりそうなものとヨーグルトと牛乳を混ぜ、塩で風味付けをしただけのライタを添えることにする。本当は具をいれるんだけどね。インド料理つながりだ。シナモンかけてもいいかもしれない。本来はクミンだがあっちは貴重なカレー用スパイスである。そうだよカレーだよむしろカレーつくれよ私、と自分にツッコミをいれるが食べられなかった、と日本欠食元リーマンにグチられても困るので自重したことをあとから思い出した。無意識とは恐ろしいものである。最近頓に甘えてきている気がするよあの人。対価はもらってるけどさ。
袋状になったチャパティでちまちまとヨーグルトスープをまとわせては食べ、単独で食べ、なぜかたこ焼きもどきを挟んで食べといろいろ試すローゥエンさん。
「これ平たく焼いた状態でどれくらいもつかな?」
「あぁなるほど。水分で膨らむから乾燥を避ければそれなりに?」
さすがに試したことがないのでわからない。
「試してみるか」
日頃料理をしない人間でもそう難しいレシピではない。
どのみち野営であれば火はおこす。
小麦粉を練るという行為自体は割とストレス解消にもなるだろう多分。
「いや、宿屋とかに置いてあったらありがたそうだなと」
「なるほど」
きけばお弁当サービスをしている宿もあったりするそうなのだが、やはり手間が大きいらしい。これならサンドイッチの変わりとしても千切りやさいと千切り肉だけをぎゅうぎゅうに摘めても楽なやり方にはなるだろうとのこと。なんならセルフにして具だけ並べてもってけーでもいいかもしれませんねというと「なるほど」とローゥエンさん。
サイズが決まっているので、アホのように摘める人間はおるまい。多分。
後日これをみつけたアザミさんが「カレー!これでカレー食べたい!」と焼きたてチャパティを片手につっこんでくることは予想できるので、彼がきたらドヤ顏でナンを焼いてあげることにしよう。重曹でも多分まぁなんとかなるだろう。たぶん。
職人さんの出番が少ない。ぬぅ。




