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ドワーフ街っていってもドワーフはそんなにいない。
あくまでも「職人」のイメージがどわーふだからドワーフ街って言われているだけだ。
職人であれば人でもエルフでも獣人でもトンテンカントンガリガリやっている。
もちろん身の入れようってのはひとそれぞれで、本当に何日も引きこもって栄養失調直前になるまでガンガンやるバカ鍛冶師もいれば九時五時みたいなものを自分で決めて家族サービスを怠らないガラス職人もいる。気に入った仕事だけやるとかいって結果生活困窮に陥るお間抜け銀細工屋さんもいるしコンスタントに稼いで実家に仕送りしてるっていう弓矢専門木工師も。ドワーフだけど金属アレルギーで大理石彫刻やってるおっさんもいる。ノミを研ぐときは完全防備で命がけだそうだ。どんだけー。
だがこの街にいる以上誰もが自分のつくるものにプライドを持っているのは共通点かな。そういう意味じゃ私も立派な職人の一人だ。たぶん。
さてそんな個性豊かなドワーフ街のすみっこで営業中のサチBAR、本日皮切りに入ってきたお客さんはといえばベテランの枠に納められてる家具職人のロッキン親方だ。
種族は人間で三十半ばの髭面筋肉おやじ。腕とか丸太だよ間違えて斬らないの?っていうこってりみっちり。顔色は悪くないが思ったよりもいい仕事ができなかったのだろうか。どこか沈んだ雰囲気だ。そ
ういう時こそ帰れよ、自宅でかわいい幼女、もとい娘っこに元気づけてもらえよとか思いつついらっしゃいませ。
うなぎのお寝床仕様の店内、客席すべてである7つのストールとそれをカバーする一枚板のカウンターは全て彼の手に寄るものだ。いやぁ磨けば磨くだけ艶がでるカウンターとか1ヶ月くらい磨いてる内に涎が出たもんだ。おっとご注文ですかい。
「あぁメイ、ちょっとすっきりしたいんだ。なにかいい一杯はないかい?」
「すっきりですか。んじゃちょっと待っててくださいな」
屋上で育ててるハーブのミントを漬けたジンがいい具合になってる筈だ。モヒートにしてやれ。ジュレップにするほどウィスキーはまだ仕込みが足りてない。こういう曖昧な注文は実のところ多い。だって酒に種類があるってこと自体飲み手からすれば晴天の霹靂なのだ。あ、これは悪い表現になるからちょっと違うか?寝耳に水?あってる?
とりあえずバーテンダーとしては常識的な仕事といっていいだろう。
お客様の希望に併せてお酒を出す。もちろん予算も配慮してね。
私の後ろに控えるのは本来ならば酒がずらりと並ぶカリースタンドだが、そもそもそんな酒類がないのでアンティークや本、そしてグラスが自分の趣味丸出しで窮屈にならない程度に並んでいる。まぁ殆どのお酒は足下の自作氷室の中で出番を待っている。そこから注文に見合ったものと思えるものを取り出した。
日常使いのガラスでは街一番の職人・ツーさんに作ってもらったタンブラーに氷魔法をかける。カランと透明な音が小さなカウンターだけの店内に響いた。
こういう細長いデザインの店も珍しいもんだから注文苦労したわー。
「あぁその音もいいな」
げっそりといった顔で褒められても複雑なところはある。っていうか前にきてくれたのって4日くらい前でその時はこんなじゃなかったと思うのだが。
「アニーナが彼氏連れてくるって」
「へ?だれですか」
「妹」
「いたんだ、ですね」
敬語の入ったツッコミは難しい。
っていうか三十代の親方の妹って結構適齢期過ぎちゃいなかろうか。
超絶お節介だけど、そもそも結婚なんてあわてるもんでもないしなぁ。
「いたんだよ。つれてくるって」
「しすこんか」
「しすこん?」
しまったこの世界にはないのか。単に職人だから知らないだけなのかもしれないけど。
「妹大好き嫁やらない主義の変態を示す言葉ですが」
「ちがう。ただまぁちょっと俺のお眼鏡にかなってない野郎ってことでな」
「あれ、もう逢ったんじゃないですか」
「あってないが?」
「うぉぃ」
そういうのシスコンいうんやで親方。
「ご両親は?」
「大歓迎みたいだな。俺はだまされねぇ」
「だめだなんとかしなきゃいけない人種だ」
そういったらにらまれたのでさっとドリンクを出す。
透明なグラス、透明な氷、透明な液体はパチパチとはじけて、ただひとつ色のあるミントの鮮やかな緑を包む。鮮烈な生のミントがあるから透明に見えるけど、実際はつけ込みしたミントとレモン、生のミントを潰したからかすかな色が付いてるが、まぁわからないよなぁ。
「薬草酒か。そんなに俺倒れそう?」
「薬草って。まぁミントは薬草っちゃぁそうだけど、気持ちと胸がすっとする程度の効能ですよ」
薬草酒なんて現実?には存在しない。
基本的なアルコール度数が低いのもあるしカクテルなんて概念もこの店の外にはほぼないといっていいだろう。シェイカー創ってもらうのも大変だった。
それでも苦いだなんだ文句を言う冒険者なんかが接種する際にエールにぶちこんで飲み干すなんていうことは昔からされている。味の調整もなにもしてないわけだからそんなものもちろん私はカクテルなぞと認めない。ミードでつくったことがあるけどそれだってせいぜいが気休めだしアロマテラピーの方的な傾向の方が強かった。評判よかったけどね。時間と手が合ればフレーバービールにしてももうちょい手をかけたいところだ。そもそもそんなんだったらウチのウォッカを消毒代わりにぶっかけた方がまだ効果ありそうだもの。もったいないからやらんけど。
あぁでもせっかくだから本格的に薬草漬け、やってみてもいいかもしんない。ビターズとかの代わりに。アンゴスチュラビターズなんて場合によっては腹痛薬扱いだった筈だ。問題は味もレシピも知らないからもどきになるんだけど。
ノリとしてはシャルトルーズ?候補に入れておこう。
がらがらと氷の音を立てながら、親方がそんなモヒートをグッ、と煽る。常連客の酒量キャパくらいは把握してます。このくらいなら平気だろう。
「あ、本当だ。すっきりしてていいな、これ」
「そうでしょうそうでしょう」
炭酸も水魔法の応用で開発したものだ。
ぬるいエールとは比べものにならないだろう。甘さも控えたしね。
ただ親方、氷はともかくミントまで飲んだのか。だから薬草じゃねぇってばさ。
「ただこの薬草は苦いな」
「葉っぱは食べなくていいですよ」
「そうなのか」
ここんトコはいわなかった私が悪いかな。
「そうそう。まぁその苦い気持ちを飲み込めれば妹さんのウェディング姿や甥っ子姪っ子のかわいさにメロメロになれるって」
「うぇ、おい、めい」
はきそうになったわけではない。
多分だけど現実的な未来を幻視してダメージをくらったのだ。おっさん・・・・・・
「自分は結婚してるくせにわがままですねー」
「嫁と妹は違うだろう」
「違うけど妹は嫁になるもんですよ。旦那になる人もいるし一生そうじゃない人もいるけど」
場合によっては弟にジョブチェンするかもしれないが。妹ってジョブか?
「そんなもんか?」
「そんなもんですねー」
私も妹なんでといえばそんなもんかともう一度ボヤく親方。実に面倒くさい。
「お節介は承知ですが、身内のことです。望むべくは幸せばかりでいてくださいな」
「あいつが幸せにできるんかよ」
「そこは知らんがな、です。幸せの定義を決めつける奴にろくな奴はいないんですから」
この世界にも「幸せの定義」はある。
お仕着せで気持ち悪い、ある種の完璧主義を匂わせる「理想の家庭」や「理想の貴族」のあるべき姿だ。このドワーフ街はそこから外れる人間が多いからこそ言葉が届くと信じることにする。
まぁこの親方は結構がっつりしっかり人生が定義の枠に入ってるクチだが。リア充ってやつですよ。
「メイ、もう一杯。ミント多めで」
「酒はおいしく飲んでいただきたいんだけどなー。あいあいさー」
失恋とはまた違うけど、まぁ苦いのを噛むのも兄ちゃんの仕事かもしんないねぇ。
とりあえず漬け物でも食いながら待っててください。
まぁこんな感じのゆるーい酒場話です
しばらく週1投稿予定