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ドワーフ街のバーテンさん。  作者: ほうとう。
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度数はともかく酒が一般的な清涼飲料水レベルで扱われているこの世界においての例外は僧侶である。

彼らの大半はアルコールに対して非常に耐性が弱い種族である蟲人が多く就いている。正しくは耐性が弱いものが僧侶の素質と扱われる形となる。なぜか。出荷側にはそちらの方が理想的だからである。公共事業でも良いはずの上水道にも近いアルコール醸造の一般流通はそんなわけで寺院の担当とされている。捉えようによっては麻薬みたいな話だ。

人々ののどを安全に潤すために神が与えた技術を広め、支える。使命と考える宗教とか新しすぎるが逆を言えば命を握っているわけだ。そりゃあ幅も利かせる。水の流れは政治の流れである。文明の礎は常に川の流れが不可欠だったと授業でやった。勿論信者じゃなければ提供しないという考えはない。むしろちょっと調べたところは非常にドライでシンプルな企業方針であるようだ。むしだからか。深く考えないんか。しらんけど。

その分商品開発向上心もないようで、だからその、なんだ。あんまり一般的じゃぁないし貴族での販売も兄様が中心にやってるからだいじょうぶかなー、とか思ってたわけですよ。でもまぁ所詮、おっと。なんだかんだと宗教。自分たちの地位を脅かすものに過剰なまでに過敏であるのかもしれない、と現在戦々恐々なぅ。


「メイちゃん、あれいーの?」

「向上心は大事ですよ」

聞きようによってはとんでもなく上から目線の意見で私は矢細工師のラインバッハさんに笑った。笑うしかなかったともいう。

ラインバッハさんがさっきから心配そうにみているのはど真ん中の席でラガーがぬるくなるのを観察しているような僧侶姿の青年だ。珍しく蟲人ではなく人の種であるようでみてくれに限って言えば三十代は半ばか。

僧侶なのにビールを注文するとは珍しいなぁと思っていたのもあるが、中ジョッキ一杯にそろそろ1時間、中身は三分の一も減っていない。ある意味立派な営業妨害である。

ただまぁ一口飲む度に恐ろしい勢いで持参したノートになにか書き込んだりなにやら持ち込んだ本と比較しているようだから放っておいている。幸いにしてこの店のイスすべてが埋まることは往々にしてない。

ぬるいビールなど言語道断だとは思うが僧侶の格好をしていれば弱いのかな、との配慮をするのも自然である、多分。

彼が真剣なのは私がラインバッハさんとこんな会話をしていても反応すら見せない辺りで明白だ。完全に没頭している。お通しをゆでた鶏ささみとわかめとキュウリと貝割れ大根の酢の物にしてよかった。さめないし乾かない。こっちも冷えてるほうがおいしいんだけどな。かき氷でも降らすか。

「そんなもんかねー。あ、シャンティーガフと長芋のソテー!」

「承りました」

あまりお酒が得意ではない側の人ラインバッハさんの注文に応える。

ビールとジンジャーエールのカクテルは本来のレシピは黒ビールでつくるときいた。まぁカクテルなんて本当にレシピ本によって材料も分量も違うもんだからオリジナルなんてしらないけど。同じ名前のカクテルでも日本と他の国で違ったりとかも聞く。有名なのはエンゼルキッス。日本だとクレームドカカオの上に生クリーム、それにちょっと遊び心のあるカクテルであるが海外ではいわゆるプースカフェ(リキュールの比重の違いを利用した層になってる技術がモノを言うカクテル)だったり、カクテルの女王マンハッタンの仕上げにレモンピールを絞るのも日本式だと聞いたなぁ。一回も飲んだことないけど。ベルモット作る余裕なんてないです。流石にあそこまでいくとレシピがわかんない。とりあえずうちのシャンティガフはふつうにラガー&ジンジャーエールですよ。黒ビールはまだ試したことがない。

フライパンには焦げないように澄ましバター、ニンニク、鷹の爪、アンチョビを入れて弱火でじっくり香りをだし、皮をむいて一口サイズにカットした長芋を入れてころころ転がしながら炒め焼き。この辺生でも食べられるので焦がす以外に神経質になる必要もないしアンチョビあるから味付けはいらない。胡椒いれたら値段跳ね上げなきゃならないしね。

「はいどうぞ」

「ありがとう」

当然彼はお通し分を先の注文のジンバックと一緒にたべきってしまっている。

さふさふとした音は彼自慢のしっぽが動いているのだろう。狐獣人である彼は曰く遺伝で3本もあるものだから手入れが大変だといつも笑う。

油揚げを作ってあげられないのが申し訳ない。ウェルカム大豆。

さていつものお気に入りパターンならラインバッハさんが次に頼むのはナッツバターの黒パンオープンサンドだ。この場合刻んだナッツ各種を混ぜたバターを塗るだけのシンプルな一品である。そういえばドイツではバター塗っただけでサンドイッチ扱いなんだそうだ。ちらりとみたことのあるレシピにはわざわざ上質なバターと書かれていて呆気にとられたのを覚えている。えげれすに至っては焼いたパンを挟んだサンドイッチだったりフライドポテトを挟んだサンドイッチだったりがあったがーーまぁそれはいいだろう。先に準備しておこうと考えたところでガタン、というでかい音がすぐそこからする。私も、耳のいい獣人であるラインバッハさんも揃ってすくみ上がったがみれば例の僧侶さんがカウンターにうっつぶす形でぶっ倒れていた。顔は真っ赤だ。ビールの減りは半分くらい。

「まじか」

「ど、どうする?衛兵さん呼んでくる?」

「えーっと。寺院とかってアレあんのかな、門限とかそういうの」

「しらないなぁ。寺院に奉納用の鏑矢届けにいったりはするけどあんまり普段いかないし」

そんなんあるのか。別にビール工場てだけじゃないんだね。

一応呼吸や脈拍をカウンター越しに確認する。急性アルコール中毒の心配はなさそうだが、うーん。

「しかたない。おいとくか」

「いやだめでしょ。メイちゃん一人暮らしじゃないか」

「まぁそうなんですけど。いちおーぼーさんですしねぇこの人」

戒律を詳しくはしらないが、そういうとこはうるさそうだ。

昔の女性は酒蔵が御法度だった。男尊女卑だとか酒の神様が女神様で嫉妬が云々という屁理屈が一般的だがその謂われにだって理由はある。女性は水場で別の菌を使うからだ。漬け物など。逆に殺菌に関係する行動も多い。酒造において乳酸菌や納豆菌は基本御法度である(ものによっては必要な場合もあるけど)。

ならば近づいてこないんじゃないかなー?なんて思うわけだ。どうだろう。

「うん。すっごく一応な」

どうと汲んでか一応と強調された。まぁここまで露骨にわかりやすくてなおかつ間抜けな「スパイ」はそうはお目にかかれまい。

「まぁまだ宵の口だし、放っておきますよ今のところ」

「そうかい?」

飲んだ量もしれている。大丈夫だろうと笑った。



「んが」

「お、起きたみたいだぞメイ」

「あぁ本当?じゃぁスープでも出すんでちょっと待っててくださいね。ついでにゲイルさんはブルショットをつくってあげよう」

「ブルショットって?」

「お酒入りのスープ」

「そりゃいい」

起きているといってもぼんやりした感じの僧侶さんは放っておいて、酔い醒ましくらいのつもりでシンプルなブイヨンスープを温め直す。ビールスープも考えたのだがあれだけ弱いとなれば避けた方がいいと考え直した結果だ。

フィンランドにある禁酒日に対してレストランなどが出すというブルショットはいうなればウォッカのブイヨン割。こちらはザルの酒好きである冒険者・ゲイルさんにはたまらないだろう。ストレートの方が好きかもしんないけど。

んぼーっとしている僧侶さんの前にスープカップを置く。

今度はブルショットをゲイルさんに。にへらと表情を崩してのんびりしてるっぽいが、彼が最大限の警戒をしているのはよくわかった。ラインバッハさんとの入れ替わりに来店した時に警戒を伝言されていたからだ。

一応、このドワーフ街は国の最先端技術の研究区域であるのは確かだ。

「探る」という行為をする相手に対して誰もが警戒傾向なのは実は自然なことだったりする。まぁうちは飲食店な上に特殊技術てんこもりでそんな気にするこっちゃないとは思っているのだがーー

「目を覚まされましたか?お客様」

「あ」

「いらっしゃってから3時間ほど経過しておりますがお時間は大丈夫でしょうか?」

「えーと」

「だめだメイ。これはだめだ」

だよねぇ?ゲイルさんの言葉に思わずうなづく。

かんっぺき記憶トんでるよこの人。

おろおろと周囲を見渡す様子に思わず苦笑いをこぼす。

「うん、やっぱトラ箱に放り込んでくるわ。流石にこの状況を店においとけん」

非力とはいわない。身分はあるが男尊女卑がある世界ではない。馬鹿も犯罪者も確かにいるが、表立ったものは少なくとも許されていない。

この世界は根本にある性差を越えてどうとでも対応できるだけの魔法という切り札がある。神の恩恵がある。例えば水魔法はその気になればほんのコップ一杯、いやお猪口一杯でも操れれば相手を窒息死させられるだけの力を持っている。マッチ程度の火だって点ける場所一つで相手を火だるまにできる。植物もその範疇にはいる土魔法を操る人が無力だと言ったときに、腹ん中で芽を出せばいいのよとアドバイスしたらドン引かれたことはある―ーまぁそれはいいとしてそれでも人は「心配」をしてくれる。それがちょっとだけくすぐったい。

「まぁまぁゲイルさん。お客様あったかいものでもどうぞ。酔い醒ましにでも」

「すーぷ」

のろのろとまるで操られたみたいにして手を伸ばす御仁にもうちょい温くした方がよかっただろうかと内心ハラハラする。ずず、とゆっくり啜るのには思わずほっとしてしまったくらいだ。

ずず、ずず。と行儀悪く干されていくスープを確認して2杯目の分にはジャガイモとタマネギ、人参入りのものを少な目に足した。そういえば大昔のカクテル本で迎え酒の効果について血糖値を一時的に上げるからキクと確信的に書かれていたのをみたことがあるけれど今はどういう扱いなのだろう。そんなことを想いながら柔らかくほぼ離乳食レベルまでにとろかした野菜もまた客人の口に消えていく。

ちなみにその間にゲイルさんからはもう一杯のブルショットとウォッカのストレートが注文され、そして飲み干されている。本人はほろ酔い一歩手前程度だ。彼はこの店で初めて「酒って酔えるんだな」と感動したという人間で今まさにここに対極の人間が並んで座っているのだからおもしろい。

腹が温かさで満たされれば人間はそれなりに落ち着くし意識が戻る。

徐々に背骨がまっすぐになっていく様に進化の過程をみるようだと想いながらもういちどにっこり笑う。客商売は笑顔である。

「どうですか?」

「たすかりました」

そこまでいうか。まさかの言葉にぶふぉぉっとゲイルさんが吹く。きったねぇな、ほいおしぼり。

「それはよかったです。それより僧侶の方とお見受けしましたがお時間は大丈夫ですか?」

「時間、えぇ。どうせぶっ倒れるのはわかっていたので外出許可を取っていますから」

ひっ、とのどが引いた音が聞こえる。その直後には爆発。ゲイルさんは今度こそ大爆笑しはじめたができるなら私も笑いたい。なんだその理屈。なんだその開き直り。

「あの、うちの店宿泊場ではないのですが」

「店の中でオチてしまうつもりはなかったのです申し訳ありません。酔いが回る前に辞するつもりだったので」

つまり路上生活宣言!

「送ってくよ」

笑いをこらえきれてないのに、それに乗せられたあきれているゲイルさんの声。流石にこの覚悟は笑えなかったらしい。たぶん別の意味で。

「いえ。スープのおかげで大丈夫そうです」

「それはいいがなんだってそんな覚悟までしてビール飲んだんだおまえさん」

「びーる?」

「エール、か。この店じゃビールっていうんだよ」

えーる、ビール、とぶつぶつつぶやく坊さん。

注文の時エールっていったけどうちではほぼ同意語だしなぁ。ただ寺院印じゃないってだけで。一部にはそういえば「ラガービールっていうんですよ」って教えた結果ラガーと呼ばなきゃいけないと勘違いしてるヒトもいる。他のバリエーションもつくりたい。

「何人かの方が、この店で取り扱っているエールがないかと問い合わせこられたのです」

そんな風に思ってたら突然とんでもない話が振ってわいた。

一瞬頭の中身が白抜きになる。

「あぁそうか。メイは販売してねぇもんな」

「はい。そういう契約で某貴族と取引しているので」

主には販売調整で。何度か行きずりの客を断ったそれがなんか思わぬところに迷惑をかけていたのか。

「ではどこかの寺院で手に入るわけではないのですか?」

「はいらないですねぇ」

そもそも製法が違う。こだわりが違う。知識が違う。

現状維持以上の能力がない寺院で作れるわけがないくらいの自負はある。

ない胸張って主張すると悲しいくらいあからさまなしょぼんぬがそこにいた。申し訳ないとは思わない。あちらの世界で過去の人々が開発した技術とはいえそれを再現するためにいかほどの心血を注いだと。

アレンジが比較的楽で地域差のある食べ物レシピは容易に手放せるが酒に対しては劣化商品などつくられたらたまったものではない、という考えもある。自分でも面倒だとは思うがこの辺恩恵の弊害なのかもしれない。別に神様が嫌いってわけでもないしむしろ感謝しているけど。

そんなことを思っていたら坊さんはなんか絶望的な様子でこんな告白をしてきた。

「われわれが楽を求めた結果が今ここにあるのですね」

「どういうことです?」

「あなたのエール、いえビールは普段酒など近づきたくない私でもおいしかった。それこそ初代帝王様の神話が時分に語られるものそのものなのでしょう」

神話?初代?なんかいやな予感がするし、ある意味目の前に今し方の自分が考えたことの説明を受けているような気がするのだが明確ではないので先を促す。

「私の知る文献通り、すでに失われてしまった製法でまだ作っている人がいることに感謝を」

「おいおい。昔のエールはもっと美味かったってことか?」

それがどういう意味であるのか理解してるのかいないのか、こくりとうなづく坊さん。

なおかつ種類も豊富だったという。ランピックとかスパイス入りでもやってたんかね?

日本の酒税法だとそういうの纏めて全部発泡酒になるけど世界的にはフレイバービールもまたビールだという地域もある。ベルギーとか。

「人口が増えるに連れ量産が間に合わずやむなしに簡易的な醸造方法が編み出され、結果それが一般化したと」

それしか飲むことができなかったのであれば確かに不平不満がでても理由もはっきりしている。皆あきらめたのだろう。たぶん、めいびー。ちょっとまて。

いや別にエールが不味いっていってるんじゃないし考えによってはさっぱりあっさりな上にアルコール度数が低いエールの方が「誰もが飲む」ためには重要だっただろう。

冷やせないのは技術の問題だ。ここばかりには押しつけられない。

そもそもで伝統手法が忘れられる大きな要員の一つは品質の安定だと聞く。自然に任せることが多い手法は当然その年の気候に影響されてしまうのだ。ワインなんかはそれがヴィンテージとして扱われるけども安定を求めればブレンデットウィスキーのように複数の原酒を混ぜることで味に均一性を持たせることをこだわりとする。

基本好みではない人間がつくるのだ、手を抜くのもわからないでもない。

うん、そうだね。それはいい。

問題はそんな話今まで一度も聞いたことがないっていうことだ。

正直信心深い方ではない。元日本人だ。初代のことを思えば興味がないわけでもないが死ねば幽霊になってさまようかもしれないし地獄天国に振り分けられて生活保障がされるかもしれないし、存在としてなにもなくなっちゃうことはないと今実体験してるけど転生するかもしんないし最後の審判まで放置かもしれないと立派にアバウトなんでもありうると思っている人種には神様という定義がいかに難しいかって話だ。そもそもいわゆる日本人のいう神様というのは一神教における聖人や天使が担っているパターンが多い。旅の守護とか料理の守護とかそういうの。

だのでいまいち神様は「いる」とわかっててもそれに対して献身という定義がいまいち理解できないのだ。そういう意味では都合のいいかみ扱いでしかない。

創造神というより今この世界で認識されている「神様」は調和神のそれに近い。

人ではどうにもならないことを祈ることで、もしくは恩恵という形で手伝ってくれるという穏やかなものだ。

その神の使徒を自負する人の言葉に多分他意はない。ないがみればゲイルさんもその表情はどこかひきつっている。この人も事のヤバさを察したようだ。

私たちはうなずき合った。よし、きかなかったことにしよう、と。

そう、これは酔っぱらいの戯れ言であると。

「よし、美味いもん飲めてよかったな。帰るか兄ちゃん」

「え?え」

「うん。ありがとうゲイルさん、今日はこっちが持つよ」

「馬鹿、ここがツブれたら泣くのは俺なの。ちゃんと支払うよ」

この世界、いくら神様の恩恵が身近にあるにしても天災としての化け物がいるもんだから生存率は比較的低い。その分金の周りはいい方だ。まぁ年金システムもないしね、長生きをいいものだとも思っていない人間が大半だ。好く生きる。その信念が大きく結果モラトリアムは好まれない。

酒の熟成が発展しないのもまぁそういうことだろう。セミクラウスだっけか、10年くらい熟成させるのが飲み頃なビールがあったなんてこの世界の人間はきっと想像しない。

狼しっぽをふっさかふっさかしながら僧侶の兄ちゃんを俵担ぎして帰っていくゲイルさんを見送りながら、頼むから聖女扱いはありませんようにと困った時なので神頼みなどひとつしてみた。

でも外にビール出しとくとなめくじさん達が朝にはたっぷり溺れてるって言うよね(


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