欲しかった言葉
それから、フィーアとノインは、いくつかの場所で魔物退治を行った。
退治の方法は全て変わらず、フィーアが自らを囮にして、襲ってくる魔物を殲滅した。百匹とまでは言わないが、五十匹はくだらない魔物を退治していた。
「そろそろ、帰ります」
血だまりの中心でぼんやりしていたフィーアは、一息つくとその血だまりから、ひょい、と飛び出した。
ノインはちょっとした疑問を口にする。
「いつもこんなに?」
「…多いですか?」
「多いですね。普通は、二、三十人程度集めて、慎重に行うので、よくできて二十匹ではないでしょうか? 一人で、こんな短時間に、と考えると、非常に多いですね」
「はあ…、そうですか…」
フィーアは、少しだけ視線を落とす。
「…契約、らしいので」
「契約?」
「はい、あの場所に住んでもいい代わりに、森の魔物退治をするように、と」
ノインは、フィーアの家を思い返す。その家自体は住みやすそうであったが、辺鄙な場所に立っていると言わざるおえない。町からも相当に離れている。許可が必要な場所とも思えなかった。
「それにしては」
「やっぱり、そう思いますよね。そう思うのは、その、おかしく、ないですよね」
フィーアは、大木の根に座りこむ。
「父と母が生きていたころ、よく『感謝しなさい』と言われました。でも二人とも、感謝のかけらもない顔でいうんです」
自嘲めいた調子で、感情を乗せずに、フィーアは続ける。
「その頃の私は、そんな事気づきもしないで、信じてました。でも二人とも亡くなって、私が町の人と話しをするようになって、ようやく気づきはじめました。何かおかしいって。あの人たちは、私のこと、同じ人間として見てなんかいないって」
フィーアは顔を伏せる。長い黒髪がサラリと、顔を隠した。
「酷い事を言われても、あそこに住む為には続けるしかないんです。でも、自分がまるで便利な道具にでもなったようで…」
ハッと、フィーアは顔を上げ、ノインを見た。
「すみません、変なことを…」
目を伏せて、そう言うフィーアの前に、ノイン座り込んだ。
そして、柔らかく笑い、優しく言った。
「辛かったんですね」
一呼吸、その言葉の意味を、フィーアは理解できなかった。誰が、何に、それが繋がらなかった。
けれど、わかった。ノインの言葉が、その労りが誰に向けられているか。
「…、そんな、こと…、あ、あ、あああ…」
フィーアの目から、涙が溢れる。
町の人から酷い扱いを受け、それでも一人でこの森で魔物退治を続けて、誰からも褒められる事なく、誰からも労られる事のなかった日々が、辛かった事にようやく気がつけた。
ノインの言葉が心に染み込み、フィーアは涙を止めることができなかった。
フィーアは両手で目を覆い隠す。
「ごめ、ごめん、なさい。あの、止まら、なくて」
ノインは、フィーアが泣き止むのを、静かに見守った。