魔物退治
「大剣の上手な使い方」の前半に、フィーアの描写を追記しました。
ざっ、ざっ、じゃら、じゃり、とフィーアとノインが森を進んでいく。
その森は昼間というのに、暗い。
それは、茂りに茂った葉が日光を遮っているためだが、生き物の気配がまるでなく、どことなく不気味に感じる。とても好きこのんで入り込むような場所ではない。
フィーアは【魔物退治】のため、と言った。
この世界には、人と動物と魔物が存在している。
魔物と動物の違いは簡単だ。危険なものが魔物、危険でないものが動物だ。
人を襲うもの、毒を持ったもの、人は魔物を恐れ、退治し、自らを守ってきた。だから、魔物退治は人が生きていく上で必要なことである。
フィーアは、それを一人で行っているようだった。
「いつもお一人で、魔物退治を?」
ノインの言葉に、フィーアは歩みは止めずに、少し振り返り、答える。
「はい、…えっと、変、ですか?」
「そうですね、普通はそれなりに人数を集めて、行うものかと」
「はあ、そうですか」
ざっ、とフィーアの足が止まり、光を遮る木々の葉を見上げる。
「そう、ですか…」
カサ…、カサ…と葉が擦れる音が聞こえる。だが、風は感じない。
森の中の空気は、暗く、澱んでいる。そして、どことなく空気が重い。
フィーアは何か物思いに耽るように、少しそう立ち止まっていたが、息を吸い、深くため息をついて、
「行きますか」
そう一言いうと、また歩き始めた。
そうしてまた、しばらく歩いた。ノインの肌が汗ばんできた。
森の様子は変わらない。同じような景色、同じような空気、ノインの方向感覚は失われている。だが、フィーアは迷っている様子はない。
「目的地までは、まだしばらくあるのですか?」
「え? いえ、適当に歩いているだけです」
ノインは首をかしげる。
「先ほど、森の奥の魔物退治、と…」
「ああ、いえ、目的地があるわけではないです。適当に歩いて、襲われるのを待ってるんです」
フィーアは、自分を囮にしていると、そう言った。
「危険では…?」
「ずっと、こうしてきたので」
どこか、自分に言い聞かせるように、フィーアは言う。
ガサ、ガサリ。
と、自分たちでない、あきらかな生き物の音がした。
フィーアがその音の方を向き、ノインもそれに続く。
木々の陰に何かいる。
そのままじっと見ていると、それらは現れた。
それは、人型の魔物だった。
緑色の肌、次に鋭い目と尖った耳、体躯は小さく、小柄。体には何も身につけてはいない。
口からのぞく牙と長い爪は、獲物を捕食する生き物であるように見える。
それが、目に見えるだけで12体、いた。
それらは、威嚇しつつ、甲高い叫び声を上げる。そして次第に、広がりながら、距離を詰めてくる。
だが、フィーアは気にすることなく、そのうちの一匹に近づく。
瞬間、その魔物の、首が飛んだ。
見えるのは首が飛んだ魔物と、右手で持った大剣を横に振り切ったフィーアの姿だ。
首から、血が噴き出す。
魔物たちは、何が起こったか理解できない。だが、仲間が死んだことに気づくと、左右からフィーアに遅いかかった。だが、その長い爪はフィーアに届くことはなかった。フィーアが回転しながら、左右の魔物をほぼ同時に切り裂いたからだ。血しぶきが、大剣の斬りすじに走る。
魔物たちは、がむしゃらにフィーアを襲いはじめる。
それをフィーアは、縦に切り裂き、斜め上に切り上げ、その勢いのまま背中側の魔物を斬り、大剣が生きているような様子で、周りの魔物を次々に斬り伏せていく。フィーアの周りを、花びらでも舞うように、血しぶきが舞う。
「綺麗だ…」
ノインは、身震いするほどの感動し、そう呟いた。。
宙を舞う大剣か、それを使いこなすフィーアか、もしくはそのどちらもか、その視線はどちらも追っているように見えた。
そうしてほんの数秒で、12体の魔物全てが斬り伏せられた。
辺り一面には、魔物の血が染められている。けれど、フィーアとノインの立つ場所、そしてその体にも、その血しぶきは一滴たりともかかってはいなかった。
フィーアは、大剣を振り下ろして、その刀身についた血を落とすと、
「じゃ、次、行きましょうか」
事もなげな様子で、そう言った。