セーブ能力者
現代では、一日に何人もの人間が、動物が死んでいる。
殆どの人はそれをニュースで知り、不幸だねーと会話のネタにしている。
だが、その死の対象に、自分が選ばれないという保証は無いのだ。
“彼”もまた、死の対象に選ばれてしまった不幸な少年だった。
“彼”は、平凡な学生だった。特別な都合で親が居なかったり、世話焼きの幼なじみが居たりはしない。そんな、物語の脇役が“彼”だ。
「ああ、なんて可哀想な子でしょう……」
偶々偶然、コンビニに車が突っ込んできて死んだ“彼”は、偶々偶然、位の高い神の目に止まった。
「このまま輪廻の渦に返すのはあまりにも不憫……そうだ! 決まりにより元の世界とは言いませんが、どこか別の世界に転生させて差し上げましょう!」
彼はこのようなお約束を知っていた。故に、特に反応を示すことはなかった。
しかし、それを神は斜め上の方向に受け取ってしまった。
「ああ、そうですよね、貴女のような年齢の子はこれから輝ける青春を送るよう予定でしたよね……。なのに、それを送る事もなく死んでしまった。ああ! なんと不憫な!! 心が死んでしまったのですね!?」
特に少年の心は傷ついていなかったが、目の前で大量の涙を流している神にそれを告げる勇気はなかった。
「貴方には特別に、『セーブ』という能力を授けます。これは貴方が死ぬと、“セーブ”した時間に巻き戻るという能力です」
その能力にも、特に少年の心は動かされなかった。
ただ、異世界に転生し、魔法を使ってみたいとは思った。
「ああ! なら、全属性魔法の適性に、無詠唱も授けましょう!」
ここにきて、少年は心踊った。
「あらあら! なら、魔力も沢山あげちゃいますね! これで良い人生を送ってきてください!」
少年は、目の前の恐らく笑顔を浮かべている白い物体に礼を告げた。
「ああ、そうだ。そっちの世界にも、貴方と同じセーブ能力者が居るのです。出来れば仲良くしてあげてください」
白い物体がそういうと、少年の意識は落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇
少年が転生した世界には、ダンジョンというがあった。
ダンジョンには魔物が溢れ、ダンジョンから出てきた魔物が脅威となっているようだ。
何の変哲もない農家の息子に生まれた少年は、こまめにセーブするように心掛けていた。
いつ何時、あの時に死ぬかわからないのだから。
少年には神から与えられた無尽蔵の魔力と全属性魔法の適性があったが、元々魔法という物に縁が無かった少年は、魔法を使うという感覚に慣れなかった。
そんな少年が魔法をやっと使えるようになったのは、この異世界で成人として扱われる16歳になった時だった。
一度感覚を掴めばそこからは簡単だった。少年は、ただの農夫の息子から、全属性を操る勇者として扱われた。
少年は勇者になって、ダンジョンに潜るようになった。勿論、こまめにセーブするのはやめていない。生まれてからずっと繰り返している内に、癖になってしまったようだ。
数々のダンジョンを制覇していく内に、少年な何度も死んだ。
ある時は、床が抜けて無数の槍に貫かれた。
ある時は、何の変哲もない部屋だと思っていたらモンスターの巣窟で、反撃の余地無く即死した。
ある時は、動向者に嵌められて寝床を襲われた。
しかし少年は、そのどれもを“セーブ”能力でやり過ごした。
罠の無い道を通り、十分な装備を整え万全を期して立ち向い、裏切り者を殺した。
いつしか勇者は孤立していた。
人類最強と謳われ、未開のダンジョンを迷い無く進み、降りかかる危険を最初から知っていたかのように対応する。
その顔からはいつしか表情は消え去り、何事にも関心を示さなくなった。
しかし、ダンジョン攻略だけは、惰性のように続けていた。
そんな有名の元に、世界屈指の大国から、あるダンジョンの攻略依頼が届いた。
報酬は一般人1000を貴族にする事も出来る程の物だったが、特に勇者の心を揺さぶる事はなかった。
しかし、勇者はその依頼を受けた。
数々のダンジョンを攻略した勇者の次の攻略対象が、丁度そのダンジョンだったからだ。
通称『魔王城』
この世界で一番危険と言われ、最奥には最強の魔物『魔王』が居ると言われた最悪のダンジョンだ。
◇ ◇ ◇ ◇
雑魚を倒しながら魔王城に着いた勇者は、退屈凌ぎに一つの“縛り”を設けてみた。
それは、フロアに到達した時点でそこでセーブするという物だ。
勇者は基本的にダンジョンを攻略するときは、ダンジョンに入る前にセーブを行う。
ダンジョンに入る前なら、如何なる仕掛けや凶悪な魔物に襲われてもセーブで戻ってこれるからだ。
故にこの縛りは、命を落とす危険を孕んでいた。
それでもいいな、と勇者は思う。
幾千のセーブを繰り返した勇者は、生に飽きていた。
それを紛らわそうと戦いを求めてダンジョンに潜っていたが、強くなりすぎた勇者は、戦いにも飽きてしまった。
ここで死んだらそれでいい。
それが、勇者の考えであった。
まず勇者は、バカでかい城門の前でセーブを行った。そして城門をくぐり、辺りを見渡したのち「セーブ」と口にした。
それが、勇者がセーブを行う方法だった。
城門を抜けて魔王城入り口に向けて進んでいると、三つ首の魔物が現れた。
体長3メートルもあろう魔物はその首に黒い首輪を付けていた。
向かってくる魔物はその牙で勇者を喰らおうとしていたが、勇者から2メートル程の距離まで近づくとピタリと停止した。
その横を勇者は通り抜ける。
そして困惑の声を漏らす魔物は、勇者が横を通ると、その体を膨らませ爆発四散した。
◇ ◇ ◇ ◇
魔王城の大きな扉を開けると、青い炎を灯している魔導具と黒い甲冑、そして絵画がそこかしこに設置してあった。
勇者は「セーブ」と唱えると、赤黒い絨毯を進んでいった。
暫く進んでいくと、明かりを灯す魔導具が、黒い甲冑が、飾られている絵画が、勇者目がけて殺到してきた。
勇者はそれに同様することもなく、歩みを止めない。
瞬間、勇者の周りに炎の壁が立ち上がった。
敵はそれに耐えられず、燃え尽きた。
◇ ◇ ◇ ◇
魔王城は途方も無く大きかった。
もうここに入ってから何日経過しているかわからない。
進んでいく内に悪魔やサキュバス、吸血鬼までもが引っ切りなしに襲ってきた。
しかしそれを持ってしても勇者は倒せなかった。神に与えられた無尽蔵の魔力は、生まれてこの方尽きたことがない
そして勇者は、一際大きく、禍々しい魔力が溢れる扉の前に着いた。
ここが魔王の居るフロアだろうかと、勇者は少し早足で向かっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
勇者が魔力で扉を開けると、そこはまるで、王宮にある謁見室のような広い場所だった。
絨毯は最奥にある玉座まで一直線に伸びており、遮蔽物やこの扉以外の出入り口は存在しない。
そして、玉座には今まで見たことの無い程の魔力を宿した人型の魔物が鎮座していた。
恐らくあれが魔王なのだろう、勇者は「セーブ」と口にし、魔王に向かって先制攻撃を仕掛けた。
死んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
勇者は原因の分からぬ死に恐怖と興奮を抱き、「セーブ」と口にする。いつの間にか、扉は閉まっていた。
どうやって殺されたか分からぬので今度は魔法結界を張り、魔王に向けて炎を凝縮させた弾を100程撃ち込んでみる。
死んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
勇者は死なぬ内に「セーブ」と唱えた。
そして自分にありったけの解呪と解毒魔法を掛ける。
すると、死ななくなった。
どうやら自分はこの部屋に入った時点で呪いか毒に犯されていたようだ。
二回の死亡の原因を突き止めた勇者は、ここを絶対零度の氷の牢獄に変えた。
魔王が立ち上がる。
魔王の周りには蒼い炎がゆらゆらと揺らいでいて、そこだけが氷を溶かしていた。
勇者は右腕を左手で押さえて、魔王に向ける。
勇者の右腕がバチバチと雷を纏い、──瞬間、一筋の雷光が奔る。
魔王の周りでは訳のわからない爆発が起き、その姿は煙により見えない。
勇者は次いで腕を振るうと、自信の足元、後ろの虚空、魔王の頭上に、勇者が集めた武器を顕現した。魔王の姿は見えぬが、勇者の魔力探知によりあそこから動いてない事が分かる。
武器たちは魔王の元へと殺到し、薄ら見えた影を串刺しにする。
「グォォォォ……」と、この世の物ではないかのような唸り声が響いて、勇者が仕掛けた攻撃全てが無くなっていた。
魔王の周りには、異形の怪物が佇んでいた。
勇者は自信の使い魔を召喚し、異形の悪魔に向かわせてみた。
しかし、あっさりと捕まり、無惨にも捕食されてしまった。
勇者は魔王の真後ろにテレポートすると、魔剣でその首を刎ねようとする。
「グガァァァ!」
その攻撃は、いつの間にか居た別の異形3体により阻止された。
『百鬼夜行』
そんな言葉が脳裏をよぎり、勇者は死んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
セーブし、解呪魔法を唱える。
何回目か分からぬ行動を繰り返し、魔王に攻撃を仕掛ける。
魔王に近づく度、百鬼夜行に殺された。
百鬼夜行を殺し尽くしたら、虚空より現れた腕に握り潰された。
魔神としか言いようのない化け物をやっとの思いで殺すと、天使の軍勢に殺された。
天使の羽を毟り取ると、百鬼夜行が復活していた。
何千何百と、勇者はセーブを繰り返した。
今では魔王が呼び出してくる軍勢も底を尽きたのか、魔王自ら戦うようになっていた。
魔王に何万回殺されただろうか。
正直、普通なら絶対勝てないと勇者は考えていた。
だが、勇者には神から授かったセーブ能力と無尽蔵と魔力がある。
死んでいく度にに、魔王や軍勢たちの動きを覚える。
「セーブ」
死んでいく度に、異形たちに脅威を感じなくなる。
「セーブ」
死んでいく度に、魔王に近づいている。
「セーブ」
死に、死に、死に、そして──
勇者は、魔王を殺した。
魔王は最期、笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ?」
勇者は、扉を背にして立っていた。
魔王の高笑いが聞こえる。
「「セーブ」」
読んでいただきありがとうございます。
勢いで書いたのでおかしな所もあったと思います。