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第7話

宜しくお願いします

感想や誤字脱字等ありましたらぜひ一言でもいいのでお願いします

 うららかな昼下がり、俺達はドズに跨り石畳の上を歩いていた。

 周囲は見通しのいい平原で、草花が風になびかれている。


「ドズ、ピアッフェ・・・パサージュ・・・キャッ・・・偉い偉い」


 手綱は相変わらずガーディが握り、楽しそうにドズに指示を出している。

 たまにその場で足踏みしたり飛び跳ねながら進んだりと、曲芸紛いな事も仕込んでいた。

 ドズはドズで、楽しんでいるというよりは、必死になりそれをこなしていた。

 彼とガーディの関係が少し気になる。

 彼らの関係はまた考えるとして、ガーディの馬術は著しい進歩をみせている。

 これなら金に余裕があればもう一頭の馬を買ってもいいかな、そうすればもっと早く移動できる。

 

「金かあ」

「ん?どうしましたラベンダーさん?」


 俺の呟きが聞こえたガーディが振り返る。

 彼女は手綱を緩め、今はドズ任せに歩いていた。


「いやな、もう一人前に馬に乗れるだろ?だからさ、金さえあればもう一頭欲しいなって」

「・・・」

「あの、ガーディさん」

「・・・ウチにはそんなお金はありません」

「ソウデスネ」


 ガーディはふくれっ面なってきっぱりと断った。

 そうなのだ、俺達にはそんなお金なんてないのだ。

 あの日、盗賊退治をした俺達はなんとかその日のうちに宿に着けた、疲労困憊(ひろうこんぱい)のドズという代償を払って。

 その日は疲労からさっと休み、次の日に盗賊達からかっぱらった品物を売り歩いた。

 まあ当然ながら買いたたかれたが、それでもそこそこ金にはなったのだ。

 俺達は久しぶりに膨れた皮袋を眺めて、頬を緩め共に笑いあった。

 その日は勿論御馳走だ、ガーディの大好きな肉料理をこれでもかと食いまくり俺達は最高にハイだった。

 お腹のいっぱいになったガーディを寝かしつけた俺は、酒場に繰り出した。

 久しぶりに泡のあるお酒が飲みたくなったからだ、でもそれだけじゃない。

 あの|犬人族≪クーシー≫の言った事が気になったのもある。


 『そう、かヨ、あの話は、本当だった、のカ』

 『地獄を、知る前に、死ねて良かったゼ』


 『あの話』に関しては調べなければいけないと思ったからだ。

 残念ながら収穫はなかった、誰も知らないのだ、話を聞くために無駄におごり続けて金だけがなくなった。

 それでも諦めきれず、気になった俺は連泊して探し続けた、三日かかった。

 いろんな酒場を渡り歩き、のみ、(おご)り、聞き、呑み、話し、飲み、語り続けた。

 そして俺はついに、その土地の地エールについては一角のものだと自負をもつようになった。

 そう俺は、マスタービアジャッジの称号を得たのだ。

 酒場の親父からその功績を(たたえ)えられ、親父自ら俺の胸に勲章をつけてくれた。

 酒場中が混然一体(こんぜんいったい)となり俺を称賛(しょうさん)した、俺は誇らしくなりレイゾールに行ってもこの称号を汚さないようにすると、皆の前で巨人(ワンケ)に宣誓した。

 それからはお祭りだ、近隣の酒場から人という人が集まり俺を祝ってくれる。

 楽しかった、俺は認められたんだと・・・。

 祭りが終わり、店の中で目覚めた俺の前にいたのは、笑顔の酒場の親父達だ。

 支払いは俺らしい。

 俺は皮袋を投げつけ支払った、キップの良い奴だと笑われた後、中身を見た親父達は微妙な顔をした、どうやら足りないらしい。

 しかし一転して笑顔になると、気持ちの良い夜だったから負けてやると、許してくれた。

 俺達は笑顔になって別れた。

 金は全部なくなった。

 俺は宿に戻り、正直にガーディに告げた。

 こんな俺をガーディは許してくれた。

 二回目だったが、今回はちゃんとした事情があった事も後押しとなり、なんとか許してくれた。

 その日はガーディが隠していた僅かなお金を使って、一人前の朝食を仲良く分け合って食べた。

 仲直りはしたが、少しだけ厳しくなったガーディ。

 そして今に至る。


「・・・それにドズもいるし、私は今のままで十分だと思います」


 首を高らかに上げ、同意する様に(いなな)くドズ。

 

「そうか、そうだな。ありとなガーディ、ドズ」


 俺はガーディを撫でて礼を言った。

 彼女はくすぐったそう身をよじると、手綱を使いドズに指示を出した。


「ドズ、駈足(かけあし)!」


 気持ちの良い風が俺達を撫でていき、石畳を軽快に駆けるドズの足音が響き渡る。

 見渡す限り乾いた大地だった光景が、緑豊かな草原へと徐々に変わっていった。

 景色は次々と入れ替わっていく、時折すれ違う旅人とは気持ちよく挨拶をかわし、追い越す時には驚かさないように気を使い走り続けた。

 走り続けたドズは疲れてしまったのか、歩調を緩めた。


「ドズ、お疲れ様」

「さんきゅなドズ、これなら夕方までには次の街に着けそうだ」


 彼は息を整えると、満足そうに鼻を鳴らした。


「次の街を出たら、もうレイゾールか」

「そうですね、なんかあっという間です。」

「そうだな、なんだかんで言っても楽しかったな」

「はい、初めてだらけで面白かったです」


 ガーディは俺に寄りかかりながら、振り向いて笑った。


「俺も初めてだらけだったよ・・・次の街に着いたら真面目に金の算段(さんだん)しなきゃな」

「はい、ラベンダーさんに頼り切りにならないように、私も頑張ります」


 金がないのはほとんど俺のせいなのに、良い子だなあ。 

 ほんと、勿体ない子だよ。

 レイゾールに着く前にこれからどうするか少しは考えないとな。

 

「ガーディ、前に人がいるな、避けよう」

「はい、ドズ」


 ガーディが手綱を揺らし、それを受けたドズが街道から逸れる。

 街道から少し距離を置いたところで、ガーディが指示を出し街道に並行して進み続ける。

 以前、後ろから追い越そうとして盗賊に間違えらた事があった。

 その時は幸いすぐに誤解を解くことができたが、次はそうとも限らないので、それ以来後ろから追い越すときは道を逸れる事にしている。


「綺麗ですね」

「おう、なんか凄いな」


 街道を歩いている旅人を横目に見てみると猫人族(ケットシー)の女だ。

 あざやかな若草色の髪と耳を揺らしながら、(あで)やかな衣装で歩いている。

 まだ顔を見たわけではないが、美人だと確信した。

 なんというか自然に歩いている姿をついつい視線で追ってしまうのだ、不思議な魅力を感じる、女の一人旅で大丈夫なのかと心配にもなってくる。

 まあとりあえず大丈夫か、人族(ヒューマン)には襲われないだろうし。

 それにしても随分軽装だな、ズタ袋一つか。

 旅に慣れればそんなものなのかな。

 あ、目があった。


「あ、眼が合っちゃいました」

「俺もだ」


 ガーディがペコリと挨拶し、俺もそれに追従し軽く会釈した。

 女は笑顔を作ると俺達の方にズンズン歩いてくる。


「っあれれ、なんだか来ちゃいましたね」

「お、おう」

「何かやっちゃたんでしょうか?」

「いや、やってないと思うけど・・・」

 

 そんな事を言っている間にも笑顔を浮かべた女は近づいてきており、俺は軽くキョドってしまう。

 なんだ、視線が(いや)らしかったというのか?そ、そんなに見てないぞ俺は。

 ああ、けど美人だな、笑顔も良い。猫と虎は生意気なのしかいないと思っていたけど、この世界はなんて素晴らしいんだ。


「やあっ」


 片手を颯爽(さっそう)とあげ、気持ちの良い挨拶だ。

 華やかな笑顔が最高だな。 


「はい、こんにちは」

「君たちと丁度目も合ったことだし、少し休憩しようと思ってね、どうだい?」

「あ、あの、えーと」


 理由がよく分からなかったが、猫人族(ケットシー)の彼女にとっては丁度良いらしい。

 返答に困ったガーディが俺に振り返り、どうしますかと目で問いかけてくる。

 正直、この国にいる間はガーディの事もあるし他種族と関わりたくはないんだが、


「この近くには水場があるのを知ってるんだ、君達の馬君は喉が乾いているようだよ?」


 視線をドズに移すと、彼は(あえ)いでいた。

 確かに乾いていそうだ、今も女の言葉を受け過剰に首を振っている。


「うーん」


 俺は悩んでみる、するとドズは俺に必死にアピールを始めた。

 ちっ調子の良い事を、いつもなら俺の事を(たか)るハエ以下の扱いなのに。

 さらに俺は腕を組み、悩む振りを続けた。


「うーーーーんどうっしよっか―――ッグフゥ」

「っそういうのは駄目です」


 ガーディから虎パンチを腹にもらった。

 彼女はこういう意地悪を許さないのだ、俺の雰囲気がアホになった段階で主導権は彼女が握った。 

 

「はい、ご一緒させて下さい」


 ドズは嬉しそうに(いなな)くと俺を見て鼻で(わら)った。

 くそっ、月のない夜は気を付けろよ。


「ッフフフ、面白いね組み合わせだね。よしっ案内しよう」


 一頻(ひとしき)り楽しそうに笑った彼女は、颯爽(さっそう)と歩き出した。

 風が彼女の髪を撫で、俺の鼻腔(びこう)を刺激する、甘い匂いだ、と鼻呼吸をしまくっていたらガーディに変な顔で見られた。

 






 小川があった。

 俺の肩幅ぐらいの川幅しかないが、喉を潤すには十分すぎる川だ。

 ドズは川の水を凄い勢いで飲み始めた、本当に喉が渇いていたのか。


「うわっ綺麗な水ですね」 

「だろう、僕のお(すす)めの場所だからね」

「こりゃ旨い茶が飲めそうだな」


 俺達は敷物を敷き、トライポッドを設置しケトルを吊るして水を沸かす。


「ラベンダーさん私が作りますね」

「ああ頼む」

「あ、あの、えとその、」


 ガーディは女の名前が分からずに茶缶片手にキョドり始めた。


「っああ、僕はフリージア。ジプシーのフリージアさ」


 女は手頃な石を見つけると腰かけ、よろしくと言った。


「私はガーディです、よろしくお願いします」

「俺は巡礼者のラベンダーだ、」


 ガーディは頭を下げ、俺は片手を上げて答えた。

 するとドズが(いなな)いた、どうやら自分の事を紹介しろと言っているらしい。


「アイツはドズ、大食らいでプライドばかり高い奴さ」

「いや、良い馬だと思うよ、かなり走るんじゃないかな」

「分かるのか?」

「それほど詳しいわけじゃないけどね、それでも他の馬と違うことくらいは分かるさ」

「良かったね、ドズ」


 得意げに(いなな)くと足早にその場を離れ、さっそく草を()みはじめる。 

 彼は外にいる時は金が掛からない、こうして休憩中などに必死こいて自分の餌を確保しているからだ。

 今も飲み終わった途端に寸暇(すんか)を惜しみ草を()んでいる。

 俺も見習わないとな。

 出来上がった紅茶をガーディがいれてくれた、フリージアはマイカップ(スープ用の器)だ。 


「美味いな」

「うん、おいしいよ」

「お粗末様です」


 俺達はガーディに礼を言うと、彼女は嬉しそうにして紅茶を口にした。


「御馳走になっておいてこういう事を言うのも不躾だけど、君達は貴族の子息かい?」

「そんな上等なもんじゃねえよ」

「そうかい、馬具は立派な鞍に泥障(あおり)までついてる」


 フリージアはドズの方を見て言った。

 

「まあ高い物を買った事は否定しないけどな、たまたまだ、たまたま、少し皆より良いモノを使っているだけだよ。なあガーディ」

「はいラベンダーさん」


 俺達は顔を見合わせ苦笑いしながら頷きあった。

 確かに高級品を使っているが、道具自体は常識の範囲内だし、実際は貧乏だ。

 貴族に間違われるのは少し困っちゃうな。


「そうかい?それじゃあその絨毯に、鍋かけ、お茶、果ては茶道具。僕は長く放浪しているけど、屋外で抽出用ポッドを使っている旅人を見たのは初めてだよ」


(そ、そうだったのか!?)


 隣を見るとガーディもショックを受けていた。


「それに、・・・ほら見てごらん」


 彼女はケトルを手に取ると、蓋を外してひっくり返す。

 そこにはさり気なく緻密(ちみつ)な文様で狼が削り描かれていた、どうみても技巧を凝らした逸品です。

 表面は男らしく無駄を省いてあるというのに、・・・これが美というのか。


「き、気付かなかった。此奴は実用性一点張りの無骨な奴だとばかり思っていたのに」

「わ、私も使っていて気付きませんでした」


 俺達は驚愕した、もはやこれ以上驚く事はできないだろう。


「もしかしなくても、こいつ高級品か・・・」

「高級品なんて言い方はナンセンスだね、やめてくれよ。これは芸術品さ。ほら・・・もっとよく見てくれ、この狼の牙を。この部分だけ別の金属を溶かし込んだんだろうね、少し色が違うだろ?これだけの意匠を(ほどこ)してあるんだ、本来ならお湯を沸かす事さえためらう珠玉(しゅぎょく)の逸品だよ」

「げいじゅつひん、しゅぎょく、ですか・・・」

 

 身振り手振りの熱の入った講釈に、ガーディは消え入りそうに呟いた。

 俺にはその気持ちがよく分かる。


 ガーディはそこらへんに生えている雑草を入れては薬湯(やくとう)といって直接煮立ててたし、俺は空焚きをしたことがある。

 フリージアは気付いていないが、よく見ると牙だけでなく、ケトルの底の辺りの色がちょっぴり変わっているのだ。


「それに、・・・これを見たまえ」

「・・・あの、わが家の敷物がなにか?」


 彼女は身を乗り出して俺達の敷物に手を添えた。


「これはね、大陸でも僕達猫人族(ケットシー)しか知らない特殊な技法で編まれているんだ」


 フリージアは懐かしさを滲ませながら、優しい口調で語りかける。懐かしいなと小さく呟く。


「そして、僕達の国でも持っているのは貴族や大商人だけ、僕のようなジプシーには手が届かないものさ」


 彼女はまるで愛おしい物をさわるかのように優しく敷物をなでる。


「この子の名前はペルジャ絨毯、敷物なんて言い方は、・・・止めてほしいかな」


 彼女はペルジャ絨毯(じゅうたん)を撫でながら、穏やかな瞳で俺を見つめ、優しくたしなめる。


「・・・はい、わかりました、・・・わかったな、ガーディ」

「・・・はい」


 俺達は全ての負の感情を煮詰めたような気持ちになった。

 とりあえず二人とも顔の血の気は引いている。

 この、なんと言えばいいのか分からない気持ち、一つずつ整理していくか・・・。

 まず、っなんであんな片田舎の街にそんなすげえ物がごろごろしているんだよ!

 そして、ボったくられたと思っていたけど、実はスゲー安く買った商品もあるんだラッキー!

 最後に・・・・・・本当に申し訳ございませんでした。

 彼女は気付いていないが、このペルジャ絨毯(じゅうたん)は本来の三分の一の大きさになっております。

 あれは、天気の悪いよく曇った日の事でした。

 俺達は朝早く出発したことに疲れてしまい、昼前に休憩をとる事にした。

 ペルジャ絨毯(じゅうたん)を地面に敷いて、横になっていたら心地が良くて寝てしまい起きた時にはもうお昼を過ぎていた。

 俺達はそのままお昼ご飯を食べる事にした、そしてスープを絨毯(じゅうたん)の上に盛大に(こぼ)してしまった。

 焦った俺達は絨毯(じゅうたん)を持ち上げた。

 そして気付いた、俺達は動物の糞尿の上で寝ていたという事に。

 さらに焦った俺にガーディが言った、洗いましょうと。

 俺達は川を探し絨毯(じゅうたん)を洗った、そしたらすっかり綺麗になった、後は乾かすだけだ。

 もう何も問題はない、解決した。解決したんだ。

 ただ天気が悪かった。

 ・・・しょうがないので焚き火で乾かしたら燃えた。

 特殊な技法だからかよく燃えた。

 そして本来なら全てが綺麗に空気に還っていたところだったが、俺の瞬発力が三分の一を救った。

 いきなり激しく燃えだした絨毯を、俺とベリサルダが救出したんだ。

 さすがは俺の信頼できる剣は、最高の切れ味を見せてくれた、そして俺の腕も良かった、切った場所の具合がいいのだ。

 パッと見、模様の欠け具合が分からんし、断面は綺麗で自然だ、だから今でも敷物として重宝(ちょうほう)している。

 断面が陰になっている事と、文様の自然さのおかげで彼女はまだ気づいていない。

 本当にすみませんでした。


「ありがとう、理解してくれて僕もうれしいよ、初対面なのにすまないね、つい僕はズケズケものを言ってしまうんだ」


 彼女は照れ臭そうに、頭をかきながら言った。

 俺とガーディは表情が崩れそうになるのを必死に抑え、笑顔を作る。


「いや、気にするな。・・・この絨毯(じゅうたん)はだめだけど、何か気に入った物があるなら譲ろうか?良い話を聞かせてもらったしな、なあガーディ」

「っはい、そうですね。もしフリージアさんさえ良ければ何か持って行ってください」

「君たちは何を言っているんだい?まだ会ったばかりだと言うのに、理由は良くわからないけど、君たちはお人好(ひとよ)しなんだね」


 後ろめたい気持ちを解消したくて、つい言ってしまったが、ガーディの反応を見る限り俺は正しいんだと思う。

 彼女は不思議そうな顔をした後に、困ったように笑った。

 やはり何か一つ譲ろう。

 供養の気持ちを込めて、芸術の理解できる奴に渡せば俺達は救われるはずだ、それに丁度良いモノがある。

 旅の癒しになるからと商人に進められて買った、香炉(こうろ)だ。

 香炉(こうろ)、こいつは高かった、色彩豊かな表面に複雑な線が描かれていて今にも崩れそうな芸術品だ。

 お香はおまけで付いてきた。

 買った後さっそく俺達は使ってみたが匂いが合わなかった、特にガーディが駄目だった。

 初日に使ったら、涙目で止めて下さいと言われ、お蔵入りだ。

 売ろうかとも思ったが、買い叩かれるのがオチだと思い、今まで手放さずにきた。

 まさに今日この日の為だと言わんばかりのお導きだな。

 

「こいつをやるよ、いや、芸術のわかる君に譲らせてくれ、・・・俺達には勿体ない品だと思う」


 俺は荷物の中から香炉(こうろ)と古びた木箱に納められたお香を取り出し、香炉(こうろ)を彼女に差し出した。


「・・・これは」

「なかなかだろう、これは高かったんだ」


 彼女は俺の差し出した香炉を見ると、眼を見張り口ごもった。

 こいつが王族の遺品だとしても俺は驚かん。

 口ごもった彼女は、ゆっくりと口を開くと、


「・・・なんて、なんて酷い作品なんだ」

「え・・・またまたー、(かつ)ごうとしてんな、そんな事言わなくても気持ちよく渡すからさっ」

「そ、そうですよ」

「いや、すまないが本気さ」


 え?


「下品なほどに重ねられた染料。それになんだいこの穴の大きさは、これは香立てといって、香をこの穴に差して見た目と匂いを楽しむものさ。それがこの穴の大きさじゃあ、普通の香にはブカブカだろうね、使えはするだろうけど酷く不格好だよ。そしてなにより酷いのが割ったのを誤魔化している事、線を描いて分かりづらくしているけど、よく見ると接着した後があるだろう。これは酷いよ、確かにそういう技法はあるけど、これは邪道だな。気持ちは嬉しいけど僕は好きじゃないかな」


 フリージアは一気に言いきった。

 俺達は少なくないショックを受け、そうかと言い香炉とお香を荷物にしまおうとすると、フリージアの鋭い声が掛かった。


「っ待って」


 彼女の一言に驚いた俺は振り返ると、


「その手に持っている物をよく見せてくれ。っああ、その香立てじゃないよ」


 焦ったフリージア声に、俺は黙ってお香を差し出した。


「・・・まさかこんな所で御目に掛かれるなんて・・・・・・」


 彼女は(うやうや)しく古びた木箱に包まれたお香を受け取ると、丁寧に箱を開けた。

 そして息を飲んだ。


「・・・本物だ」


 彼女は震える手つきで中に入っていたお香を一つ取り出すと、優しく撫で匂いを確かめた。

 あまりにもそれまでと違う彼女の様子に、俺とガーディは何も言えず黙って見つめる。


「この手触り、この匂い・・・・・・私だった頃の」


 彼女はゆっくり(かお)りと感触を確かめると、小さく何かを呟いた。

 そして俺達に見つめられている事に気付くと、ハッと我にかえり話し出した。


「・・・このお香、正確には沈水香木(じんすいこうぼく)と言うのだけど、雅名(がめい)をアーダンベラスと言うんだ。アーダンベラスは昔、この大陸に漂着したらしくてね。その時は巨木(きょぼく)と言っても差し支えない大きさだったらしい。そしてその巨木(きょぼく)の香りに気付いた人がいたんだ、それからは大変さ、皆が争うようにして巨木(きょぼく)を求め、切り取り、削り、どんどん巨木(きょぼく)は小さくなっていったんだ」


 俺とガーディは意識せずに喉を鳴らす。

 話からすると凄く貴重な事は伝わってきた、そして茶々を入れる事のできない雰囲気も伝わってくる。

 俺達は静かに聞き続けた。


「このアーダンベラスはね、もう現存していない言われているんだ。だから大陸でもあるのは、多分これだけ・・・」

 

 フリージアは切なく話を締めると、香木を箱に戻し蓋をしめ差し出した。

 俺はなんとか両手で受け取る。


「そ、そうなのか、・・・へへ」


 なんだか話がデカくなってしまったな、大陸でもこれだけっすか、変な笑いもでちまった。

 ちょっと理解が追いつかない。

 しょうがないのでガーディをみると、ガーディは固まっていた。

 そりゃそうだよな、狭い世界を生きていたガーディにすれば、ペルジャ絨毯(じゅうたん)のくだりで既に一杯一杯だよな。

 というか俺も限界だ、売っぱらって金にしようぐらいしか思いつかん。

 

「言葉では言い尽くせないぐらい貴重な品さ、大切に、大切に扱ってほしい」


 フリージアの真摯な瞳が俺を貫く。 

 重い、重すぎる想いだ。

 俺からすれば不要な品なので、早く売り払って軽くなりたいという思考が俺を占める。

 

「・・・そうか、わかった大切にす―――」

「フリージアさん受け取ってください」

「ガーディ?」


 突然切り出すガーディに俺は振り向き呟いた。

 ガーディは酷く真剣な顔でフリージアに告げる。


「私は、話しが大きくてどれくらい凄いのかよく分かっていません、高いんだなとか、とっても高いんだなとか、それぐらいです。けど、さっきフリージアさんが大事そうにしているのを見て思ったんです。何か、大切な思い出があるんじゃないかって。私も、私も分かるんです大切な思い出があるから」

「ガーディ、君は」

「私はこのお香に大切な思い出はありません!っだから、その、あの、っ持っていて欲しいんです!フリージアさんに!・・・私達じゃあ・・・」


 売っちゃうかもしれません、と消え入るように呟くガーディ。

 俺は売っちゃうじゃなくて売る気でした。

 

「君は・・・」

「いいんじゃねーかそれで。それに、正直言うとホッとしてる。話しが重すぎて持て余しちまうよ、売る気も満々だったしな」

「それはまた、君も凄いね」


 身体の力が抜け気を抜いた俺に、苦笑いをしながら告げるフリージア。


「偉いぞガーディ、よく言ってくれた。お前は、大切な事がわかる子だな」

「はい」


 ガーディの頭を乱暴に撫でまわした。

 売る気満々だったの言葉にビクッとしたガーディだが、撫でられてホッとしたのか笑顔を浮かべる。


「これはお前のもんだ、ついでに香炉も受け取ってくれや」


 俺は受け取った木箱をまた差し出した。


「けど、本当にいいのかい?これは大陸に一つしかない物だよ、それこそ君が言うとおり売ってしまえば、お城さえ建ってしまうよ」

「ああ、かまわねえ。俺の皮袋にはでかすぎらぁ。なあガーディ」

「はい、それにラベンダーさんはまた全部使っちゃいます」

「言うようになったなガーディ」


 お城の辺りでガーディはまたビクッとしていたが、俺の言葉を受けると表情を和らげ冗談を言った。

 顔見合わせ笑いあう俺達に、フリージアは一息吐くと、


「ありがとう、君達には返しきれない恩をもらってしまった。今の僕には返せるものがない、・・・せめて何か、少しでも返せるものがあればいいんだけど」

「それじゃあ話を聞かせてくれよ。色んなところを旅したんだろ?」

「あっ、それは聞きたいです」

「そんな事でいいのかい?・・・それじゃあ、少し披露させてもらおうかな」


 ガーディがまたお茶の準備をする。

 穏やかな日の光を浴びながら、俺達の話は盛り上がった。







 日が傾き始めてきた。

 小川には花びらが流れ、赤くなった日の光に照らされた水面(みなも)によく()えている。

 

「さてと、そろそろいい時間になりそうだね」

「お、そうだな。ドズが稼いでくれた時間を全部使っちまったな」


 そう言いながらドズを見ると、彼はまだせっせとお食事中だ。

 この分ならプレートの恩恵で提供される少ない飼料でも足りるかな。

  

「フリージアさん、お話しとっても面白かったです、それに凄くためになりました」

「そう言ってもらえると嬉しいよ、僕の経験も少しは役に立ったのかな」

「いや、少しどころじゃなく助かったぜ。荷物を減らすのも旅の技術か、俺達はこれでもかと準備したからな」

「まあ僕には馬がいないからね、そういう違いもあるさ」

 

 俺達からするとフリージアから聞いた話はまさに金言(きんげん)だった。

 言われてみると、少し考えればわかる事ばかりだが俺達には旅の基本がなかった。

 見当違いの事ばかり考え、ただただ無駄な思考を重ねるだけだった。

 しかしフリージアの話を聞き、俺達は生まれ変わった。

 まだ十日ばかり経験だが、その経験とフリージアの話を混ぜた結果、俺達の基本が生まれた。

 これを指針にしていけばいいんだ。

 大いなる自信が生まれた、ガーディを見ると彼女も頬を紅潮させ鼻息が荒い。

 同じことを考えているのだろう。


「これからが楽しみになりました」

「そうだな、俺達の旅はこれからだな」


 フリージアは旅には大切なモノが三つあるとも言った。

 金と紹介状と気合いだそうだ。

 金は当然の事ながら、あれば大抵何とかなる。

 紹介状は、コレさえあれば金がなくてもなんとかなるらしい、プレートに頼りきりの俺達には実感できる言葉だ。

 最後に気合いだ、本当の気合いがあるなら、金も紹介状もいらないと言われた。

 飯がないなら虫を食い、水がないなら穴を掘り続け、金が欲しいなら襲えと言われた。

 極端な事を言われたが、ようするに覚悟をしろということか。

 それなら大丈夫だ、俺の覚悟(マルテ)は既にできている。

 あの日、地下室にマルテを放った時に俺は命を置いてきた。

 上司にばれれば殺されるだろうと。

 

「君たちの旅の成功を祈らせてもらうよ、それとラベンダー、これを受け取ってくれ」


 フリージアは皮袋を取り出すと俺に投げて渡した。


「ん?これは金か?」


 受け取った皮袋を上下に揺すり確認する。

 重みもあれば音も良い、なかなかの金額になりそうだ。


「そうだよ。少ないけどそれが今の僕の全財産だから、今の僕の精いっぱいな気持ちさ」

「え!?っそんな、フリージアさんはどうする気ですか?」


 申し訳なさそうなフリージアに、驚いて疑問の声を投げかけるガーディ。


「大丈夫さ、僕はこんなの慣れっこだしね。ジプシーらしく芸で稼ぐよ。それに君たちは無一文なんだろう?」


 さっきからお腹の音も聞こえているよ、とフリージアが言うと恥ずかしそうに俯くガーディ。

 恥ずかしい事に、初日に買ったお茶等のぜいたく品は余っているが、食糧には事欠(ことか)く有様だ。


「っでも、それでも受け取れ―――」

「俺の皮袋にぴったり収まったな」


 俺は自分の皮袋にフリージアの硬貨を全て(・・)移すと、空になった皮袋を投げて返した。

 俺を見て唖然とするガーディ。


「全部頂いたぜ、ありがとよ」

「君は本当に気持ちの良い人だね、・・・ありがとうラベンダー」


 フリージアはクスクスと笑うと、照れ臭そうにお礼を言った。


「えっ、えっ?」


 ガーディは訳が分からないといった様子で、俺とフリージアに視線が彷徨(さまよ)っている。


「あのなガーディ、きつくても辛くても死ぬかも知れなくても貫く見栄ってもんがあるんだぜ、当然それに付き合う見栄もな。それにな、貰えるものは貰うべきだろ?」

「えっ、でも、セリさんの時は・・・」

「あの時はあの時、今は今はだ。状況は違えば関係も違う、だからこれでいいんだ」


 納得できないといった顔のガーディ。

 俺も説明しきれないからな、正直なんとなくだし。

 ガーディの顔がだんだんとふくれっ面になってきた、これは不味い。


「ガーディ、ガーディの気持ちは嬉しいよ。けど、ラベンダーの言う事は間違ってないんだ。私は受け取ってくれて助かったと思った、気持ちは軽くなったしね。」

「そうなんですか?」


 優しく諭すフリージアに、ガーディが疑問の声を上げる。 


「うん、そうだよ。正確にはまだまだ重い気持ちはあるけど、それでも胸は張れるかな」

「胸ですか?」

「そう、胸を張れるんだ。・・・正直に話すとお金を失うのは辛い、さっきは簡単にどうにかなると言ったけど、どうにかならないかもしれない。・・・けどね、自分に苦境(くきょう)を招いてでも私は恩を返した、そう思えるんだ。」

「・・・」

「貰った物からすると、とても釣り合わない額しか返していない。けど、私は自分の精一杯をしたんだって胸を張れるんだ。だからその気持ちを汲んでくれたラベンダーには感謝してる。旅の過酷さを話した直後に、相手のお金を全部貰うってのは余程の見栄か馬鹿じゃないとできないからね」

「見栄か馬鹿・・・」

「最初は諦めていたんだ、君達はお人好(ひとよ)しだし恩を返させてくれないんだって。けど話してみるとラベンダーは違った、失礼な話だけど、視線は変な場所を彷徨(さまよ)いだしたし、執着はなさそうだけどお金は大好きなんだと分かった」

「・・・それは、悪い事なんじゃあ?」


 俺の欠点を嬉しそうに語るフリージアに、よく分からないといった表情のガーディ。


「うーん、場合によりけりかな。けど今回は嬉しかったよ。色では断られたけど、お金は受け入れてくれたからね」

 

 話している時に身振り手振りで色々揺らすもんだから、ついチラチラ見たんだよね。

 そしたらガーディの気付かないところで、俺を挑発するような仕草を見せるようになったから、さすがに不味いと思って目を逸らしたんだけど、っ俺は、俺はなんということをしてしまったんだ!

 こんな金なんて別に要らなかった、俺は微笑みの方が欲しかったのに。

 しかし吐いた唾は飲めないか、・・・しょうがない諦めよう、泡姫ぇ。


「・・・だからラベンダーは間違っていないよ、彼は僕の誇りを守ってくれたのさ」

「そう、ですか、わかりました・・・・・・色」


 満足そうにフリージアは言った、ガーディは頷いた後に何かを呟いた。

 

「分かってくれたら嬉しいよ。けどガーディの気持ちも間違ってないからね、君は君で正しい。君は君だけの答えを探せばいい」

「っはい」


 二人は見つめ合い優しく笑いあった。

 俺は置いてけぼりをくったが、ガーディが納得してくれたから良しとしよう。


「それじゃあ今度こそ行くよ」


 フリージアは立ち上がると、土埃を払い落す。


「ああ、って言っても同じ道だろ?」

「いや、僕はこの川を越えて国境の門を通らずにレイゾールに入るよ」

「大丈夫なのか?」

「蛇の道は蛇さ、それに国境の門を超えるお金はもうないからね」


 手につまんだ皮袋をヒラヒラと動かす。


「そうか分かった、気を付けて行けよ」

「ああ、君たちも頑張ってね」

「・・・フリージアさんも頑張って」

「大丈夫さ」


 そう言うと、助走をつけて小川をひょいと飛び越えると、こちらに振り向き。


「君達への恩は絶対に忘れない、私はフリージア、猫人族(ケットシー)のフリージア!」


 俺達が見続ける中、彼女はそう言うと、もう振り返る事はなく歩き続けた。


「ガーディ偉いぞ」


 俺は彼女を抱き寄せ頭を優しく撫でた。


「国境の門のお金を返しますって言うのは、フリージアさんの誇りを汚すことになるんですよね?」

「ああ、そうだ」

「・・・私は、分かるけど分かりません」

「今はそれでいい」


 俺達はフリージアが見えなくなるまで見送り続けた。

ありがとうございました

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