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第6話

宜しくお願いします

「ラベンダーさん」

「ん?なんだガーディ」


 (うら)らかな日差しのもと長閑な丘陵地帯をカッポカッポと進んでいる。

 流れる風は気持ちよく、草をなびかせ俺の耳を優しくすぐる。

 空が高い、どこまでもどこまでも。


「・・・お腹が、すきましたね」

「そうだな」

 

 お腹が鳴り響く、どこまでもどこまでも。

 俺とガーディは赤貧(せきひん)に喘いでいた。


「ごめんなガーディ、やっぱあんとき衛士に届けとけばよかった」

「いえ、バイゾーさんの気持ちを考えるとこれで良かったんです」


 俺達は一頭の馬に相乗りしている。馬車は無い、停留所に行ったら盗まれていたのだ。


「あのヤローも大した奴だよな、少しぐらい置いていってもいいだろうに」


 犯人はランツである。停留所の親父が言うには、ちょっとソコまでと言って馬車ごといなくなったらしい。

 ちょっとソコまでってなんだよ?それを信じる親父も親父だよな。

 俺達は馬車も御者も旅の道具もいっぺんに失ってしまった。

 俺はガーディと話し合い、もらった金を使って準備をすることにした。

 衛士に届けて捜査をしてもらう事も考えたが、時間がかかるだろうし、戻ってくる保証もない、なによりこの事がバイゾーの耳に入るかもしれないと考えるとできなかった。

 全財産処分して贖罪(しょくざい)の証にしたのに、信頼していた者に裏切られて失ってしまう。

 どんな気持ちになるのか想像もできない。


「そうですね、お金・・・ほとんど使っちゃいましたしね」


 俺を背もたれにして馬に跨っているガーディが(うつむ)く。


「ああ、俺が不甲斐ないばかりに」


 ごめんなと呟きながら、俺は腰に結んでいる皮袋をたゆんたゆんしてみるが、寂しい感触しか伝えてこない。 

 金は、金はあったのだ、大量に、唸るほどに、それが、それが。

 ・・・今思えば愚かだった。

 落ち着いて買い物をするだけで、この皮袋の中身は違っていただろう。

 焦って馬と旅道具を買い揃えようとし、盛大に足元を見られまくってしまった。

 相場が分からないのも災いした、俺が知っているのはアホみたいに高い串焼きと、マカライトの石、酒代など等、参考にならないものばかりだ。

 ガーディが分かるかとも思ったが、彼女は彼女で細々としたものしかわからなく戦力にならなかった、いや、干し肉の値段は参考になったけど。

 一番は符丁であるプレートを使えなかったことか、これを使っていればあそこまで阿漕(あこぎ)な真似はされなかっただろう。

 使えば良かったんだが、可哀想な商人が頭をチラつき、万が一で伝わってしまうかもしれない事を考えるとできなかった。


「っあ、けど良い買い物したって言ってもらえたじゃないですか」


 落ち込む俺に、ガーディが慌てて慰めてくれた。

 

「そうだな。確かに会う人会う人、褒めてくれるな」


 結果として、かなりの高級品が俺たちの旅道具となった。

 馬が一番凄かった、数年に一度の駿馬(しゅんめ)と呼ばれるほどの名馬を買わされた。

 他にも馬具に小天幕に飲料用皮袋、料理用の鍋等々、物の良し悪しが分からない事もあり、ここぞとばかりに高級品を押し付けられた。

 今になって分かった事は、馬は数年に一度の大食らいという事、馬具と旅道具は高級品でいらぬ(ねた)みを受けるという事。

 

「・・・ごめんな、ガーディ」


 俺はもう一度呟いた。

 大人として恥ずかしすぎる。・・・まだ出発したばかりの時は良かった。

 財布は軽くなったが、気前よく大金を使ったからか気持ちは上向き、見えもしない明るい未来へ向けて意気揚々としていた。

 その時はまだ明るかったんだ。

 正直、今までの人生でこんなに金に困ったことはなかったし、自分の職業の特権もあり、無利子、無催促、無期限の俺様銀行が使えたから。

 それに給料も良かった、技能手当が馬鹿みたいに付いていたので毎日が泡のようだった。

 だから思ってしまった、なんとかなるだろうと。

 金なら簡単に稼げると思ってしまった、バイゾーはくれるし、セリもくれようとしてたし、バビアナに至っては盗んだ金を分けてくれた。

 だから簡単に考えていた。


「俺が稼げない男で、甲斐性ないよな、はは」


 けど違った。

 現実は非常だった。

 気付いたのは、金持ちの極楽道中と間違えられたのに気を大きくして、残り少なくなった金をチップとしてばら撒いた後だった。


 あー気持ちよかった、なんか仕事でもするか。

 あ、あれ、あれ、仕事は、仕事はどこで受けるの?


 俺はアホだった。

 前の世界の時は勝手に仕事が舞い込んできてた、上司とか同僚とかプライベートで会うねえちゃんとか、俺の技能を頼りにした連中がわんさかいた。

 けど、そんな連中はここにはいない。

 その事に気付いた時には愕然とした、まさに世界がひっくり返った。

 俺は急いで仕事を探した。

 拘束時間が短く、かつ簡単で、うまくやったらガツンと儲けられる仕事、そんな仕事を探した!

 ・・・そんな仕事は無かった。

 荷運びや酒場の給仕、下水清掃など等、拘束時間も長ければ大変な仕事ばかりだ、しかも低賃金。

 途方に暮れている時に俺は閃いた。

 俺には最高の保険(セーフティネット)があることを!そう、プレートがあることを!

 駄目だった。

 仕事の紹介は目的が違うと断られた。お金をもらおうとしたら軽蔑の眼差しで見られた。せめてサービスを只で受けようとしたら叩きだされた、そして、パンと水を恵んでもらった。

 この時ガーディは宿に居た、俺がお大尽(だいじん)する前に借りた宿だ。

 俺は宿に戻り、正直にガーディに告げた。

 こんな俺をガーディは許してくれた、そしてガーディが隠していた僅かなお金を使って、一人前の夕食を仲良く分け合って食べた。

 寝る直前にガーディは俺を褒めた「セリさんからもらった信頼に手を出さなかったのは偉いですよ」と、それを聞いた時は、とてつもなく情けなさが込み上げてしまった。

 それから今に至る。

 

「そんなこと言わないで下さい、確かに、お腹はちょっぴり空きましたけど、私はラベンダーさんと一緒で嬉しいんですから、それに貧乏なのには慣れてます」


 ガーディはくるりと向き直り、俺に向かい合う形で座りなおすと少し怒った顔をしながら言った。


「・・・すまん」


 俺の口からは謝罪の言葉しか出てこなかった。

 今日でクローバーの街を出て五日、この五日間で実感したことは、やっぱりプレートの力が大きいということだ。

 保存食を買い込んだ事や、ガーディのお金もあって食い繋いでこれたのはあるが、一番はプレートだ。

 あの時のように、追い込まれた(いや)しい目をしていなければ、意外と力になってくれる。

 此奴のおかげで今日まで無事に来れた。

 ただ、今はプレートに頼り切った旅で、これがレイゾールに入ってしまえばプレートは使えなくなり、途端に旅は行き詰まってしまう。

 今のうちに何か考えておかないとな、レイゾールまでは後五日。

 後五日か・・・。


「ッラベンダーさん!落ち込まないで下さい、私も悲しくなります」


 ガーディが俺の胸を叩き、見上げてくる。

 

「・・・そうだな、元気出すか」


 またガーディを悲しませてしまった。

 

「あっ、ああ!!お肉!ラベンダーさんお肉です!」

「えっ肉!?」


 急に必死に俺の胸を叩きながら後ろに向かって指を差すガーディ。

 俺は素早く後ろを振り向くと、二兎の野兎が立ち上がって鼻をピコピコさせながらこちらを見ている。

 癒されそうになる心を奮い立たせ、俺はガーディに手綱を任せると素早く馬から飛び降り駆けた。

 

「ラベンダーさん頑張れ!」


 ガーディの声援を背に受けながら、一気に肉薄する。

 二兎の野兎は危険を察知してバラバラに走り出そうとしたが遅かった。 


「【ベリサルダ】」


 俺の手が振るわれる中、燐光が浮かぶと瞬時に白剣が現れ―――振るいきる。

 白い軌跡を描いたそれは、振り切れると燐光を伴い霧散(むさん)した。

 本日の昼ご飯を残して。

 ガーディは素早く馬首を返して目の前に来ると、馬から飛び降り野兎の確認をする。

 手を組み、巨人(ワンケ)の糧に感謝をと小さく呟くと、


「お昼御飯です!」


 と宣言した。

 それからガーディは素早くを血抜きを行い、内臓を処理して皮を剥ぎあっという間にお肉にしてしまった。

 俺とガーディは街道から少し離れた場所に陣取り、お昼ご飯にした。

 久しぶりのごちそうに笑顔になる俺とガーディ。

 ガーディはモクモクと美味しそうに口を動かし次々に食べていく、俺も負けじと勢いをつけて食べた。

 お腹がいっぱいになると気持ちにも余裕が生まれ、眠くなる。

 盛大な欠伸をかくと、ガーディに笑われた。

 

「少し休みましょう」


 よし来たとばかりに俺は自分の手を枕に仰向けになった。 

 それを見たガーディは軽く息を吐くと、遠くを見つめる。


「綺麗ですね」

「そうだな」


 ガーディアは今まで通ってきた道を見ていた、なだらかな丘陵地帯に穏やかな風が吹く、草が揺れ、草が舞い、その先へ、その先へ、その先を見ると石畳の道は下り、上り、丘になる、その先は空だ。


「不思議な気持ちになりますね」


 ガーディは頬を緩め静かに言った。


「どんな?」

「来たはずの道なのに、知っている道なのに、あの先に何があるのか分からなくて、ワクワクします」

「それは不思議だな」

「はい、見えないから、見ることができないから、どこまでもこの光景が続いている、そういう気もするんです」

「複雑だな」

「はい、なんだか幸せです」


 笑顔だった。


「じゃあもう少しだけゆっくりするか」

「はい」


 それからしばらくはゆっくりとした時間を楽しみ、満足したところで街道に戻った。

 ガーディが手綱を握りこのなだらかな石畳を進む、彼女は馬にちょくちょく指示を与え、馬もそれによく応えている。


「フフッ、ドズ、良い子良い子」


 馬―――ドズは(いなな)きながらご満悦だ。

 彼はドズと名付けられた牡馬(ぼば)だ。

 ドズは大食らいでプライドが高く、頑固者だ。

 彼とはまだ五日の付き合いだがその性格は良く知っている、というか知らされた。

 出会った時には飯を食っており、時間をかけて交渉した後に見てもまだ飯を食っていた。

 馬がよく食べるのは知っていたが、彼はそれより食った。

 そしてグルメだ。

 俺がチップをばら撒くという馬鹿な行いをしたのも、彼に一つの原因がある。

 というのも、食いしん坊のクセに厩舎(きゅうしゃ)で出される飼料を食べなかったのだ。

 出された飼葉(かいば)を一()みしただけで鼻で息を吐き、首を振ると、()んだ飼葉(かいば)を吐き出して糞を垂れた。

 俺は厩舎の小僧に呼ばれて、その光景を生で見せられた時には唖然とした。

 そしてドズは、俺が見に来たことに気付いてわざわざその行為繰り返したという。

 俺は酷く|憤慨≪ふんがい≫したが、その時小僧に「旦那の馬は賢くてすげえ馬ですね、ウチの高級飼料出しときますね」と褒めちぎられたのに気分を良くしてチップを払ったのが始まりだ。

 俺はチップを払う感覚に酔いしれてしまったのだ、だからドズが悪いと思う。

 

並足(なみあし)・・・速足(はやあし)・・・駈足(かけあし)・・・きゃっ・・・やっぱり速足(はやあし)


 ゆ、揺れる。

 俺が指示を出してもこんなに言う事を聞かないのに・・・。

 俺はそもそも馬には乗れた、仕事の都合上乗る事もあったし初めての馬だってうまく乗ってきた。

 それがドズは駄目だ、てんでいう事を聞いてくれない。

 俺は彼の御眼鏡に適わなかったんだろう。

 その点ガーディはなぜか合格点が出てる。 

 ガーディは素人だ、彼女は五日前に初めて馬に乗ったばかりなのにまるで手足のように操っている。

 というか、積極的にドズがガーディの意図を汲んでいる。

 ガーディはこのプライドの高いお馬さんをどのように攻略したというのか?

 初めて二人が会った時は、特に変な事はなかった。

 近くに牛の荷車が通ったぐらいだが、なにか感じるモノがあったのだろうか。

 

「・・・フフフッ、ドズ、襲歩(しゅうほ)ッ」


 ガーディは満足そうに笑うと、全速の指示を出した。

 いきなりの全速力だ、身体が残されそうになるのを何とか(こら)え、足に力を籠め、慌ててガーディに抱き付く。

 

「ガーディ、と、とまっ」


 ドズは気持ち良さそうに駈け、その手綱を握るガーディは楽しそうに笑っている。

 そのまま俺達は丘陵地帯を抜け、深い森に挟まれる道に出た。

 道はうねり見通しが悪く、時折、薄気味悪い鳥の鳴き声が聞こえる。

 ドズは不気味な雰囲気を感じたのか、歩調を緩め慎重に進みだす。

 ここはこの旅始まって以来の難所だ、というのもこの付近はまれに行方知らずになる旅人がいるらしい。

 正直眉唾ものだが、村の人間曰く死霊の騎士が現れて全てを飲み込んでしまうとか。

 そう、こんな感じに前触れもなく濃霧が現れると―――

 濃霧!?出た。


「ッラ、ラベンダーさん、ゆ、幽霊ですか」


 当然の濃霧に怯え始めるガーディ。

 ドズは危険を感じたのか立ち止まり、短く(いなな)きを上げて周囲を睥睨(へいげい)する。


「敵だ・・・」


 俺は濃霧に干渉する“力”を感じ取った。

 意識を集中しろ、耳を研ぎ澄ませ、神経を張りつめろ。

 

【ベリサルダ】


 濃霧の中から声も無く突っ込んで来た男を一刀のもとに斬り伏せる。

 胸元から息を飲む音が聞こえる。

 反対方向からの複数の足音。

 即座に手を(かざ)し力を解き放つ。


【マルテ】


 青白い閃光が奔り、濃霧ごと足音を飲み込んだ

 地面を穿つ音がすると辺りは再び静寂に包まれた、吹き飛ばした筈の濃霧は何事もなかったかのように辺りを覆っている。


「面倒くせえ。霧を散らす、ドズ、ガーディ動くなよ」

「は、はい」


 俺はドズから下りると、息を吐き、手を肩の高さまで持ち上げると、一気に振り下ろして、何かをすくい上げる様に振り上げる。


【ノトス】

 

 “力”ある言葉が(キー)となり上空から暴風が降り注ぐと、風は手の動きに追従しその力を振るう、“力”ある風に押し流された濃霧は霧散し、不気味な雰囲気の森に戻った。

 馬上のガーディは霧が消えた事で心に余裕が戻ったのか、落ち着いた声をかけてくる。


「もう大丈夫ですか?」

「いや、まだ油断しない方がいいかもな、本命がまだ出てこねぇ」


 森から僅かな音が聞こえ―――


【ベリサルダ】


 右方から空気を切り裂く音と共に飛来した矢を切り捨てる。

 

「来たぞ」


 左右の森から人族(ヒューマン)の男達が次々に姿を見せる。

 五、六、七、八・・・十一人ってところか。

 男達は皆一様に粗末な衣服を身に(まと)い、(いや)らしい笑みを口に浮かべ、俺達の事を(はや)し立てている。

 さてどいつが魔術師かな。


「金も荷物も命も置いてけっ、俺たちゃ死霊の騎士様よ!」


 男達の間で笑いが起きる。

 うるさいぐらいに左右から聞こえるので臨場感たっぷりだ。


「ラベンダーさん」


 呟いたガーディを見ると怯えておらず、険しい顔つきで眉を寄せている。


「盗賊ですね」

「そうだな」

「幽霊じゃないですよね」

「足はあるな」

「・・・それなら私は大丈夫です、気にせずにやって下さい」


 自分の身は自分で守ります、と言うと鞘を払い剣を構える、思った以上にガーディは様になっていた、足は僅かに振るえているが。

 結構使えそうなだな、さすがに俺を殺しかけて事はある。

 と、逞しくなったガーディに喜びウンウン頷いていると、賊達も盛り上がっていた。 


「女~、やる気か~?俺達もやる気だけどなっ」 

 

 下品なジョークが左右から飛んでくる、また笑いが起きた。

 そんなお茶目な賊達だが、冗談を飛ばしながらもじりじりと距離を詰めてきていた。


(さっぱり魔術師がわからん。いくらかぶっ飛ばしてみるか、運が良ければ生きてるだろ)


「泣いても、(わめ)いても俺たちゃやめねえ、それがお前達のう―――【マルテ】―――」


 轟音と共に右側面の数人の男達を飲み込んだ。


【マルテ】


「ちょっ、おま―――【マルテ】―――」


 連続された破壊の力は空気を切り裂き三条の光となって男達に襲い掛かる。

 男達を光の渦に巻き込み、燐光が消えさった後には、倒れた男達と抉れた地面だけが残った。

 これで弓使いはいない、俺は短く息を吐くと左側面に向き直る。


「「「えっ・・・」」」


 静寂がその場を支配していた。

 残った右側面の男達は何が起きたのか理解できないと言った顔をしている。

 ガーディも驚いた顔をしている。


「ッテメェは、人族(ヒューマン)じゃないのかよ!」


 気を取り戻した男が叫びだす。


「ああ、人賊(ヒューマン)だよ、それじゃあおやすみ―――【マルテ】」


 俺の(かざ)した手に燐光が燈ると、閃光が放たれる。

 叫んだを男と周囲を巻き込み地面に炸裂すると、大きく地を抉った。

 後二人、

 腰が引けている。

 見た感じ魔術師でもなんでもないな。

 途端に別方向から“力”感じる。


【エイジス】


 間髪いれずに俺達を覆う盾を張ると、衝撃が襲った。


「チッ」

「きゃっ」


 衝撃が盾を貫通することはなく、息を吐き盾を霧散させる。

 これが魔術か、・・・思ったより力はあるが俺の敵じゃねえ。


「ガーディ大丈夫か?」

「は、はい大丈夫です、ありがとうございます」

「いや気にすんな、魔術士が来たみたいだな」


 少し離れた森の陰から男が身を現す。

 男は目深いフードを被り、薄汚れた外套に身を包んでいる、陰気そうな男だ。

 男は気だるげに俺達を見ている。 


「よお魔術師、大人しく縄につかねえか?今なら衛士に引き渡すだけで勘弁してやるぜ」

「馬鹿な事言うんじゃねぇえヨ、テメーが命を置いていケ」

「そうか、残念だがさよならだ」

「テメーがナ」


 何事かを呟くと、男の周囲に陽炎が浮かびあがり、揺らめく空間から次々と炎の弾が射出される。

 男は自分の魔術に絶対の自信があるのか、俺を鼻で(わら)った後に、じゃあなと言った。

 飛来して来る炎をベリサルダで斬り飛ばし、俺は男に向かって駆けた。

 

 なるほど、形成維持の射出ができるのか、自信があるわけだ。

 だがな、


 次々に襲い掛かる炎を掻い潜り剣で散らす。


「こんなもんで俺をどうにかできると思ってんのか」

「どうなってやがルッ」


 俺は白剣を振り回し炎を切り捨てながら疾走する。

 残光を残しながら炎を散らしていく俺に段々焦燥感が顔に現れてくる男。


「ク、クソガァア―」


 男の周囲の陽炎はより大きさを増し、今までより大きな炎の塊を放つ。


「コレデオワリダァアアアア!」

 

 先ほどまでとは“力”の質が違う、大きさに比例した破壊の力を感じた。 

 目の前に迫る炎塊(えんかい)を前にして、俺はもう一度信頼できる剣の名を呼んだ。


【ベリサルダ】


 お互いの力がぶつかり合う、が、男の必死の一撃は粘る事もできず、俺の白剣にあっさり二つに切り裂かれた。

 “力”の芯を斬りとられた炎塊(えんかい)は破壊の力を発揮する事無く消失する。


「あ、ありえン・・・」

「お前の負けだ、とりあえず寝とけ」


 力場が消え驚愕している男に肉薄すると、突き出したままにしている腕を斬り飛ばし、剣を霧散させ殴り倒す。

 

「ッグ!ゥウグガッ」

「大人しくしてろ、止血はしてやる」


 男をもう一度殴り昏倒させる。


「ッグ・・・・・・」


 俺は男を見下ろして溜息を吐くと、腰に下げたポーチから紐を取り出した。

 男を止血し、猿轡(さるぐつわ)をかまして手頃な木に縛り付ける。

 ガーディを確認すると、残りの二人の賊とやりあっていた。

 ドズは離れた場所で待機し、嘶きを上げて応援をしているようだ。

 二人の賊は素人丸出しで腰が引けていることもあり、ガーディは二人を相手に危なげなく戦えている。 

 俺は男達に向けて駆けだした。


「おい嬢ちゃん降参しねえか、今なら可愛がってやるぜ」

「しませんっ」


 男が振るう一撃を弾き、油断なく構えるガーディ。  


「俺らの大将に人族(ヒューマン)じゃ敵わねえぜ」

「このおっ」


 大振りの横薙ぎの一撃が男達に振るわれた。

 男達が後ろに下がって躱し、へへっと(わら)った。

 そこに後ろから飛び掛かった俺が一人を殴り飛ばす。


「えっ」


 殴り飛ばした勢いのまま身体をひねり後ろ回し蹴りで最後の一人の側頭部に一撃。

 間抜けな声を上げた男はそのまま意識を刈り取られた。

 俺はガーディに向き直ると、彼女の身体を一通り確認して言った。


「大丈夫だったかガーディ」

「はいっラベンダーさんのおかげです」


 ガーディは胸を撫で下ろすと剣を仕舞い、辺りを見た。


「凄い事になりましたね・・・」


 辺りの地面は大きく抉れ、石畳もかなり損壊している。

 数人の男達は、呻き声を上げながら僅かに動いており、その様はまるで地獄の様相だ。

 ちょっとやりすぎちゃったかな。


「そうだな、とりあえず後処理をするか」


 亡くなった者は森の中に墓を作り、生きている者は一カ所に集め拘束した。その中で一番元気そうな者に水を与えた。


「ありがてぇ、だ、旦那、あっしらを助けてくだせえ」


 男は水を喜び、微かな希望を瞳に灯し命乞いを始めるが、


「お前達のアジトはどこだ?」


 俺の有無を言わさない言葉に男は怯えた様子を見せ、引き攣った笑みを浮かべなら喋る。


「い、言います。け、けどその後はあっしらをどうするおつもりで?」

「お前達のアジトはどこだ?」

「あ、あっしらは―――」

「アジトはどこだ?」


 男は観念したように喋りだす。


「・・・ここから森の中に一刻(いっこく)ほど入ったところにありやす、旦那、案内させていただきやす、っだから命ばかりは!」


 男の言葉を聞き考える。

 だいたい往復四時間か、行っちまうと次の街に日があるうちには着けないな。

 俺は離れた場所で休憩させているガーディを見た後、拘束した男達に視線を移した、男達は目が合うと小さく悲鳴を上げた。

 こいつらを衛士に渡せばいくらかの報奨金はもらえる。

 確か盗賊は一人銀貨二枚、魔術師は二十枚、合わせて二十八枚か。

 命の値段として高いのか安いのか・・・。

 まあいい、時間はかかるが先を考えるとやはり金は欲しい、いくら溜めているのかしらんが貰えるものは貰っておこう。

 

「よし案内しろ」


 俺はガーディとドズと共に、男を先導させ深い森の中に入って行った。

 入った当初は道らしい道もなく、茂る草木に閉口したが、ある程度進むと獣道らしきものがあった、どうやら男達が踏みしめた道らしい。

 ドズも生茂る草木を鬱陶しそうにしていたが、獣道に出たことで喜びの(いなな)きを上げた。

 そんなドズを引く形でガーディも俺の後ろをついてくる。

 そのまま獣道を歩き続けるかと思ったが、途中で道から外れまた道なき道に分け入っていく。


「おい、道を外れたぞ」


 先導していた男は、(いや)らしい笑みを浮かべると。


「あっちは殺し間でさぁ旦那ぁ、あっしは正直者です、あっしの案内で良かったでやんすね、ッウヘヘ」


 男は自分アピールを始めたが、俺は男を小突き先を促した。

 ドズは鼻を鳴らし項垂れ、ガーディに慰められながら歩いてくる。

 それから黙々と歩み続け、たかってくる虫にイライラし始めた頃にようやく着いた。

 目の前には切り立った小高い崖がある、その崖下の岩陰がアジトになるらしい。

 近づくと、岩陰には洞窟が隠れていた。


 こういう雰囲気いいね。


 俺とガーディは顔を見合わせワクワクしながら盗賊団のアジトに入った。


「クセェ、なんだよこれすげえ男くせぇ」

「くさいです」


 気持ちを(くじ)かれた。

 風の流れがないからだろうか、空気が淀んでおり、洞窟の中は男の匂いが充満していた。

 ガーディも顰め面をしており、俺達は顔を見合わせ項垂(うなだ)れた。


「・・・それじゃあ、宝探しを早く済ませちまうか」

「・・・はい」


 盛り下がった俺達はノロノロと家探しを始めた。

 気持ちが成果に反映したのか大したものが見つからなかった。

 錆びた剣に、使い古した鍋、薄汚れた服、酒に保存食等、およそ想像していた物には程遠い収穫物だった。 

 ガーディも、かびた干し肉を片手にしょんぼりしている。


「っおい、俺は遊びに来たんじゃねえんだぞ」

「ちょ、ちょっ、だ、旦那っ、」


 男の胸ぐらを掴み、余裕のない瞳で睨みつける。


「だ、旦那っ首、くび!」

「お前たちは盗賊だろ?だったら宝だろ、宝!?どこにあるんだよ、ええ?」

「だ、旦那の手に持っている物は・・・」


 俺が先ほど見つけたしなびた皮袋を男は必死に指さした。


「ッテメーふざけてんのか?銀貨五枚で何買えってんだよ!串焼き四十本買ったらお仕舞だぞ!!」

「そ、そんな・・・二百本は買える筈です」


 男は必死に頭を働かせながら俺をなだめるが、それはむしろ燃料を注ぐ行為だった。


「そんな話をしてるんじゃねええええ!!」

 

 俺は怒れた男になった。

 

「ほら見ろ!ガーディなんか余りの悲しさに、干し肉のカビをナイフで()いで食べれるようにしてるじゃねえか!!」


 見つけた保存食を板の上に並べ、食べられない部分をナイフで(けず)っているガーディ。


「っそ、そんな事を言われても・・・」


 男の様子に、俺は少し冷静になろうと大きく深呼吸をした。


「ッオエ」


 吐きそうになった。

 俺は外に出て深呼吸をした、ガーディに背中を撫でてもらいながら。

 気持ちを一新して、洞窟内に戻り男に質問をする。


「話は分かった。それじゃあお前たちの親分がなにかコソコソしていたことはないか?」


 俺が冷静に質問をすると、男も平静になり真剣に考えだした。


「親分が、コソコソと、夜中に・・・、コソコソと・・・」

「便所とか言ったらぶっ飛ばすからな」

「っいえいえ、そんな事言わないっすよ、・・・コソコソと・・・、コソ―――っあ!」

「っ何か気付いたことがあったか?」


 何か気付く事があったのか、縛られた手で器用に自分の手の平を叩いた。


「そういえば仕事がうまくいった晩は、アジトの奥でコソコソしてやした」

「それだ!ガーデ―――」


 俺は振り返りガーディに声を掛けようとしたが止めた。

 彼女が真剣になって作業に取り組んでいたからだ、彼女は鬼気迫る表情で肉をガン見し、僅かでも食える部分を削り取らないように、緻密な作業を繰り広げていた。

 俺はそっと向き直ると、男に案内を求めた。


「こっちでやんす」


 男は俺を案内した。

 奥の部屋には棚と椅子があるくらいで他には何もない。

 先ほど探した時にも、大したものは何もなかったのだ。


「たしか棚の辺りでコソコソしていたと思いやす」

「棚か、ちょっとどけ」


 男を棚の前からどかすと、棚を調べた。

 幅は肩幅より少し広く、高さは胸元ぐらいで、七段ほどあり、背中に板張りがしてある棚だ。

 板張りか。

 棚の上にごちゃごちゃと並べられている物を乱雑に下ろし、棚を軽くして動かしてみる。

 

「おっ、これは!」


 棚の後ろの土壁が一部掘られてあり、そこに小さな木箱があった。

 棚の背中を見ると、木箱のあるあたりが細工ドアになっており、普段はそこから木箱を動かしていたんだろうことが|窺≪うかが≫える。


「ほんとにあったんでやんすか」


 盗賊の男は、茫然としつつもどこか怒りを|滲≪にじ≫ませながら呟いた。

 親分が稼ぎの一部を盗んでいたかもしれない事に怒っているのだろうか。

 まあいい、それじゃあ御開帳といこうか。

 静穏な洞窟内に木箱の開く音が静かに響く。

 

「当たりだ」


 数えてみると大小様々な硬貨があった。

 銀貨が十五枚、大きい銀貨が二枚、銅貨が百十枚、あとは屑銭だ。

 銀貨換算で三十六枚と少しか、盗賊にしてはしけた財宝だが、なんか金なさそうな集団に見えたしこんなもんか。

 ありがたく頂戴するぜ。







 金目の物は全部回収してドズに積み込む。

 ドズは重くなった背中を嫌そうに振るうと、ちょうどいい塩梅に荷物がずれたのか、鼻息を吐くと満足そうに|嘶≪いなな≫いた。

 俺達は来た道を引き返した。

 男はぶつぶつと何かを呟きながら道を先導する。

 それを見ながら、なんとか|人心地≪ひとごごち≫ついた事を|巨人≪ワンケ≫に感謝する。

 俺達は行きと同様に黙々と深い森を進む、少しずつ木々の感覚が広くなってきた。

 僅かに覗くようになった空を見ると日も落ち始めていた、森が暗くなってきている、あと少し、そのまま歩き続ける。

 拘束している男達が見えてきた――――――

 

【エイジス】


 俺のかざした手を中心に燐光が煌めくと瞬く間に長大な盾となる。

 感じた力の射線からガーディを守る様に“力”を受け止める。

 衝撃が奔る、先ほど受け止めた時より重い、次々と着弾する炎弾。

 

「シネェエ!」


 どうやら先ほどの魔術士のようだ、おかしいな特に念入りに縛った筈なんだが。

 次々舞い込んでくる炎弾に辟易しながらも、盾を維持する。

 炎弾は激しい衝撃をもたらす。 


「グ、グ、ガアアアアアアアアア!」


 “力”がさらに増した、魔術師から放たれるのは大きな炎の塊だ。

 連弾となり襲い掛かる炎塊(えんかい)

 盾に着弾しては弾けて掻き消されていくが、狙いが逸れた炎塊(えんかい)は盾で掻き消しきれずに周囲に力の余波を振り撒く。


「ラ、ラベンダーさん森が・・・」

「これは不味いな」


 周囲の木々に火が付き始め燃えていく。

 生木の為まだ燃焼に勢いがないが、水分がなくなると一気に燃え広がる事が想像できるし、草花は既に激しく燃えていた。 

 

「アハハハッハハハ!」


 魔術師の力が途切れることなく着弾し続ける。

 

「くそっ、ふざけやがって、ガーディ、ドズ下がっていろ!」

「はい、気を付けて」


 連弾となって襲ってくる炎が盾に散らされ、それが激しい発光を伴い周囲を照らす。


【エイジス】


 下がるガーディ達に|炎塊≪えんかい≫の余波が届かないように、俺は災厄から守る盾に“力”を籠めなおす。

 淡い燐光が生まれると、盾はその守護範囲をさらに広げた。

 着弾範囲が広がり、より盾を襲う衝撃の数が増える。


(・・・これは、思ったよりキツイな)


 範囲を広げた分だけ力が薄くなり、着弾した瞬間に俺の“力”を揺らす。


(くそっどれだけ無尽蔵に力をもってやがる)


「イヒャ、ッヒャハハハッハハハア!!」


 ギアがまたさらに一段上がった。

 魔術師の|炎塊≪えんかい≫は人を丸呑みできるほどの大きさとなった。

 尽きる事のない炎の岩石が回転数を上げ降り注ぐ。


(まだか)


 さらに衝撃の増した炎が次々と盾にぶつかり続ける、盾の輪郭が揺らめいていく。

 弾ける衝撃が波となり、次の衝撃と合わさる事で波がうねりになり盾全体を揺らし始めた。

 周囲の木々も激しく燃え始め、気が付けば辺り一面火の海になっている。

 悪くなる状況に焦る思考と圧力を感じ続け苛立つ心に、弱気になるなと叱咤する。

 

(焦るな、意識を集めろ、気合いで乗り切れ!)


「なめんじゃねえぇええええ!!」


 戻った集中力が強烈な光を伴い盾の輪郭を取り戻す、全体の揺れはうねりとなり、うねりは波となり、波は消えた。

 揺らぐ事のない盾に対して炎の弾丸は、ただ光の残影を残し続けるだけだ。

 衝撃も和らいだ。

 余裕の戻った心で、ガーディ達を確認する。


(十分離れた、俺の番だッ)


 力を束ねる、

 薄く広がっていた盾は、幾重にも折り重なり、力が収束する。

 

「ヒャハハハッハハアアアアアアアアアア!」


 すぐ真横を炎が通り抜けた、髪を焦がし、皮膚を焼く。

 次々と至近を通り過ぎていく炎塊達に俺は笑う。

 

「・・・・・・またせたな、ぶっ飛べやッ!!」


【マルテ】


 集中していた“力”が放たれる、盾はそのまま極光の渦へと姿を変え、周囲を激しく照らす光となった。

 光の渦は数々の炎塊を飲み込み破壊の力を撒き散らしながら魔術師の至近を貫く。

 渦は周囲の燃えている炎をも衝撃で掻き消した。


「・・・っずれやがった」


 激光(げっこう)が止むと地面が一直線に抉れ続け、道が出来ていた。

 森から街道を経てさらに森へと、凄まじい破壊の痕跡だ。

 破壊の余波を受けた魔術師はボロボロになり倒れていた。

 俺は身体の力を抜き、魔術師に向かって歩き出した。

 周囲を見ると、先導していた男も拘束していた男達も、皆魔術師の炎に巻き込まれてしまったようだ。

 終わってみれば、想像以上に魔術師の力が強かった事に疑問を抱く、人族(ヒューマン)がこんだけできれば他種族に舐められないんじゃね?と。

 そんな疑問も魔術師を見下ろし合点がいった。


犬人族(クーシー)・・・」


 男は(うめ)いた。

 ボロボロになりながらも生きていたのである。


「すげぇ生命力だな」


 直撃しなかったとはいえ、莫大な“力”の余波を受けたのである、少々信じられない。

 これが巨人(ワンケ)の力なのか?


「・・・お、い人族(ヒューマン)


 意識を取り戻した男が喋った、しかし、身体がいう事を聞かないのか、身じろぎするだけでそれ以上動くことはない。

 さすがに限界か。


「なんだ」

「・・・テ、メーは、なにものダ」

「俺か?俺は理術師だ。“力”を操る事ができるな」


 男は目を見張ると呟く。


「・・・そう、かヨ、あの話は、本当だった、のカ」

「あの話?っなんの事だ、言え!」

「・・・地獄を、知る前に、死ねて良かったゼ・・・・・・」

「おい、おい!」

 

 最後に小さく呟くと、首が落ちた。

 男は口元を歪ませたまま二度と動くことはなかった。

 俺は深い溜息を吐いて空を仰いだ。

 星が見え始めていた。

ありがとうございました

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