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第5話

宜しくお願いします

「あれ?」


 窓から映る空は白み始めていた。

 俺は素っ裸になり、隣にはバビアナがいた、もちろん彼女も素っ裸だ。

 落ち着け、まずは現状把握だ、ここは何処だ?知らん、知らない部屋だ。

 じゃあ昨日だ、昨日はあれからどうしたんだ?

 確か、二人してベロンベロンになって、店中巻き込んでお祭り騒ぎになって、バビアナに絡む男共をぶっ飛ばして、店から追い出されて、二人して肩を貸しあって歩いて、四人組が復讐に来て、ぶっ飛ばして、バビアナがメロメロになって、えーと、それからなんだっけ?

 全然覚えていない、麗しい記憶になるであろう情交(じょうこう)が一切記憶にないとは、というかこのベットの感じじゃあ致してないな。

 まあ気分はすっきりしたし良しとするか。


「んぅ、ん?うぅアンタは?」

 

 起き上がったバビアナが目元を擦りながらこちらを見て呟いた。


「ようおはよ」

「・・・おはよう・・・ん、アンタ裸?、ア、ア、アタイも裸!?」


 キョドりはじめるバビアナ。

 麻掛けをたぐり寄せ、なんとか身を隠している。

 おほっ(こぼ)れそうだな。


「落ち着けよ」

「え、え、え、どういうこと、もしかして、もしかしてアタイ達・・・」

「何もやってないから安心しろよ」

「ややって?やって、やった、やっちゃたんだアタイ!?」


 口元に手を当て普段からは想像もつかない女の子らしい驚き方をする。


「いやだから落ち着けって」

「ィ、ッ来ないで!」


 鼻の下が伸びていた俺に、強烈な平手打ちがさく裂した。

 ひっくり返った俺を尻目(しりめ)に素早く衣服を身に着けると飛び出して行った。


「なんなんだよ・・・」


 服を着た俺は宿を出た。

 夜明けの道は人がまばらで歩きやすい。

 昨日の盛況ぶりが嘘のようだ、道に残る吐しゃ物だけが昨日の名残を感じさせる。

 宿に戻った俺はそっと部屋に入る。

 中には寝ていないガーディが。


「・・・え、ガーディもう起きていたのか?」

「っラベンダーさん」


 抱き付いてくるガーディ。 


「おいどうした」

「わ、私、捨てられたのかと思って」

「そんなことはしねえって」

「だって、夜中に目が覚めたらラベンダーさんいなくて、ずっと待っていてもいなくて、私昨日はしゃぎ過ぎていたから、それで、それで」

「夜中から待ってたのか・・・悪かったなガーディ」


 涙ぐむ声を上げるガーディを優しく抱きしめる。

 心の棚が軋む。


「私、また一人になっちゃったんじゃないかって」

「一人にはしない」

「っでも起きたら一人で」

「悪い」

「ずっと待ってても」

「ごめんな」

「っだから私のせいだって」


 強く抱きしめてくるガーディを撫でる。


「ガーディ、お前がいくらはしゃいだところで俺はお前を捨てたりはしない、あの程度のはしゃぎっぷりで俺を呆れさせようなんて百年早いぜ」


(心が痛いいいいいいいいいいいいいいい)


「ワルケリアまでは絶対に一緒だ、だから安心しろ。な?」


 俺も強くガーディを抱きしめる。


「・・・ワルケリア、その、先はどうなるんですか?」

「わからねえ、けど、一緒にいると思う」

「私、別れたくない!・・・今も不安でいっぱいです。一緒にいるのに、抱きしめてもらっているのに、不安でいっぱいなんです」

「・・・」

「今のラベンダーさんは一緒にいてくれます、けど明日のラベンダーさんを考えると分からないんです、明後日はもっと分からないんです、ワルケリアのラベンダーさんは全然です。私は、私はずっと一人なんです!!」


 少女の慟哭(どうこく)が胸の内をかきむしる。

 抱きしめている少女は壊れそうな程に小さかった、しかし少女の胸の内に抱えている感情は大きかった。

 言う気はなかった、変化を恐れていた、俺には自分の目的があった。

 けど・・・。


「俺はな、この世界の人じゃない」

「・・・えっ」

「こことは似ているけど、少し違う世界で暮らしてた」

「・・・」

「それが巨人の遺失物(アーティファクト)の“力”でこの世界に飛ばされたんだ。ガーディと会ったあの日にさ」

「・・・」

「最初は気付かなかった。けど、自分のいた世界との違いを見つける度に思ったよ、ああ俺は遠いところにきちまったなって。」

「・・・」

「俺もさ一人なんだよ、ガーディには偉そうに一緒にいてやるって言ったけど、一人なんだ」

「・・・」


 ガーディは身じろぎもせずに話を聞いている。


「・・・ワルケニアには帰る方法を探しに行くつもりだ。だけど正直言うとな、帰れるとは思ってない。」

「・・・」

「だから分からない。それからどうするのか分からない。」

「・・・」

(あて)もなければ、根拠もない旅にでるか」

「・・・」

「ガーディはどうしたらいいと思う?」


 抱きしめている少女を見下ろすと、少女もこちらを見上げていた。

 少女は身をよじり二人の間に隙間を作ると、腕を伸ばし俺の頬を撫でる。


「泣かないでラベンダー」

「え」


 俺が?

 

「私が一緒にいるよ、私はラベンダーとずっと一緒にいる。」

「・・・」

「だからもう泣かないで」

「・・・」


 俺は鼻を(すす)った。


「うん、良い子。だから帰る時は私も連れて行ってね」


 ガーディの微笑に俺は頷いた。

 小柄な体に籠る無限の包容力に包まれた俺は、童心に帰り(ガーディ)の愛に浸っている。

 なんか疲れがドットでてきたな、このまま安らいでいたい。


「それと、ラベンダーさんの身体から女の人の匂いがする理由を教えてほしいです」


 大人に戻った。

 現実とは非常である、慰めてくれた少女が、今度は責め立てるのだ。

 

「えっ!?ちょ、ちょっとな、大人になるとな、色々あるんだよ」

「色々ってなんですか?」

「だ、だから大人になると分かるんだ」

「そうですか」

「そうなんだよ」

「この首筋の赤い跡はなんですか?」

「え?」

「これです」


 ガーディは俺の首筋を指先で撫でると、その指先を目の前に突きつけた。


「えーーーー、どれ?」


 俺はとぼけた。


「こ・れ・です」

「入る入る!」


 目が抉られそうになった、恐ろしい子である。


「えー、(べに)だね」

「ということは?」

「人が多かったからな、途中何度かぶつかったしその時に付いたんだろ」

「わかりました、それではこれは?」


 まだあるのかよ!?


「っ俺は潔白だっ―――」


 ガーディが俺のジャケットをめくるとインナーを引っ張る。


「生地が裏返ってます」

「・・・」


 お、恐ろしい、なんなんだこの流れるようなコンボは。

 この子の親父は隠遁(いんとん)生活の中で浮気をしまくっていたんか?

 

「長い髪の毛があります、ラベンダーさんの身体からする匂いと同じですね」

「・・・」

「そして・・・」


 ガーディが俺の手をとり、口元に持っていくと匂いを嗅ぎ、指先をなめる。


「女の味がします」


 な・ん・な・ん・だ。

 俺は絶対浮気してないのに、多少ジャレたかもしれんがその程度だ、そんな直接的な事は絶対ない、否、断じてない、俺なら絶対にその事を覚えている筈だ。

 それに寝床にはそんな痕跡がなかったし、っていうかほんとに匂うの?味するの?嘘なんじゃねえ?

 けど、そんな事を言える空気じゃない、既に俺は追い詰められてしまった、反撃するのが遅すぎた、もっと亭主関白でいけば良かった。

 くそっ、可憐だった少女が成長してしまったというのか?ガーディの成長は嬉しいけど、こんな方向に成長して欲しくなかった。

 あああああ、どうしよどうしよどうしよ。

 ひたすらに悩み続けている俺にガーディが告げる。


「嘘です、いたずらです」


 テヘッって感じで笑うガーディ。

 なんだ、どういうことなんだ。なにが本当で何が嘘なんだ?

 

(疑惑のガーディ)


 まさにこのフレーズがぴったりだな。


「・・・気分はどうですか?」

「あ」

「ラベンダーさんと話せて良かった。けど私のせいで悲しませてしまったから」


 気分は良い、崩れ落ちそうだった気力が馬鹿話のおかげでまた湧いてきた。


「ありがとなガーディ」


 それから朝食までの束の間の時間を休んだ。







 目を覚ました俺はガーディに声を掛けるが、深く寝入っている。

 俺はそっと起きて身支度を整え食堂に行った。

 

「お前は!ッバビアナさんに何をした」


 入るや否やバビアナの連れの優男が殴りかかってきた。

 俺は優男を軽く撫で、部屋の隅に優しく寝かしつけた。

 集まった注目を周囲を睨みつけることで散らし、俺は席について用意された朝食を食べ始める。

 食べ終わった後、席でぼーっとしているとバイゾーと若い男がやって来た。

 バイゾーは昨日よりさらに疲れた表情をしている。


「お待たせしました。」

「おう」

「彼が御者とワルケリアまでの手配をするものです、名をランツと言います」

「旦那の紹介で御者をします、ランツです、よろしくお願いします」


 気持ちのいい挨拶をする男だ。

 精悍な身体つきをしており、眼差しに力がある。


「そうか、俺はラベンダーだ」

「はい!」


 返事も大変良し。


「彼は出身はクーシェルの国なんです」

「はい、道中の街は知っていますし、ワルケリアまでの道はお任せてください」

「そうか俺は知らないから任せたよ、よろしくな」

「宜しくお願いします」

「それじゃあランツ君、明日の準備をよろしく頼む」

「はい旦那」


 ランツは一礼すると足早に去って行った。

 それを見送るとバイゾーは席に着く。


「気持ちの良いやつじゃないか」

「ええ、彼とはもう長い付き合いになるんですが、仕事はきっちりこなしてくれます」

「そんな奴紹介してくれてありがとな」

「いえ、当然です。・・・そういえばガーディさんはどうされたんですか?」

「ちょっと昨日遅くまで起きててな、まだ寝てるよ・・・っと、そういえば昨日酒場で聞いたんだが、ウェアリルとレイゾールの国境で小競り合いが多いと聞いたが、本当なのか?」

「はい、有名な話ですね。それと数年に一度はウェアリルの属国、スイハーン王国を差し向け、レイゾール帝国との会戦もさせていますね」


 小競り合いどころか戦争じゃねえか。


「そりゃあ、・・・大丈夫なのか?」

「さすがに会戦の時期は危ないですが去年起きたばかりですし、それにまだ物流の流れに乱れはありません。それと普段の小競り合いなら街道を進めば問題ありません。クーシェル王国との貿易の関係もありますし、レイゾール帝国の一存で街道の封鎖なんてできませんしね」


 喧嘩を吹っかけてくる相手の荷物を素通しで通さなきゃならないのか。


「ってことはレイゾールは踏んだり蹴ったりだな」

人族(ヒューマン)の独立国ですからね、ウェアリルに目をつけられているんですよ。潰そうと思えば一瞬ですが、それはクーシェル王国に止められているので、属国の人族(ヒューマン)の国スイハーン王国を使って、人族(ヒューマン)同士で潰し合いをさせているわけです」

「スゲーな」

「この大陸における人族(ヒューマン)の立場がわかりますね」


 感慨(かんがい)なく語るバイゾー。

 

「そうか分かった」

「それと・・・」


 前置きしたバイゾーは身を乗り出し声を潜め。


「私の衛所(えいしょ)への届けについてなんですが、ガーディさんの事を正直に話そうと思っています。勿論、異端云々の話は抜いてですが」

「おいおいそんな事して大丈夫なのか?この国でガーディの事が知れちったら面倒になるんじゃねえか?」

「そうなんですが、・・・ラベンダーさんは、この国より西にあるソウガ湖をご存知ですか?」

「ソウガ湖?いや知らないな。」

「通称巨人(ワンケ)の瞳と呼ばれている大陸屈指の湖です」


巨人(ワンケ)の瞳かそれなら知ってる。あの馬鹿でかい湖が何なんだ)


「あれは昔、虎人族(ワータイガー)狼人族(ウェアウルフ)が争った時にできたものだと語られています」

「え」

「あの人族(ヒューマン)の国なら飲み込んでしまうほど大きな湖が、ただの争いの中で起きたのです。」

「・・・それで、それがガーディの話となんの関係が?」

人族(ヒューマン)は恐れています、力ある種族達の争いに巻き込まれることを。だから正直に言うのです。この街の衛所(えいしょ)に詰めている衛士達は人族(ヒューマン)です、その上役もさらにその上役も、狼人族(ウェアウルフ)はがいるのは頂きに近い役職だけ、だから正直に話してガーディさんとラベンダーさんが関わった事実を握りつぶしてもらいます。」


 なんか生臭い話だな。


「そんなことできるのか?」


 バイゾーは力強く頷き、


「できます。勿論お金は握らせますが、彼らもガーディさんと狼人族(ウェアウフル)の争いに巻き込まれたくないでしょうからね、それぐらい仲が悪いと思われているんですこの二つの種族は。」

「そうか、けどそれなら元々言わなきゃいいんじゃねえか?」


 黙っておくほうが楽そうだが。


「今回の私は衛士に捕らえられたわけではなく自首です。罪を確認する為にラベンダーさんやガーディさんが証人として召喚される可能性が非常に高いです。それに私のした罪は重罪です、裁判が開かれる事でしょう。裁判ともなると狼人族(ウェアウルフ)が必ずいます、その場にガーディさんが出た時にどうなるのか読めません、それに裁判が始まるまで時間もかかります、ラベンダーさんにも都合が悪い事になるでしょう」


 この分じゃあ、バイゾーに一人出頭させて俺達がトンズラしたら追手がかかりそうだな。

 

「分かった、任す」

「はい、お任せください。・・・それとこれは昨夜の話なんですが、昨日の深夜に歓楽街で何者かが暴れたそうです。なんでも石畳が大きくえぐり取られるほどの力が行使されたとか、衛士達はこの件で昨夜から夜通し捜査をしているらしいですが、下手人は今だ捕まっていないと聞きます。ガーディさんを連れて出かけるときはくれぐれもお気を付け下さい」


 眉を寄せ、ガーディの心配をするバイゾー。


「そんなことが、・・・分かった気を付けるよ」

「それでは私はこれで」

「おう、また明日な」


 バイゾーは一礼して足早に去って行った。


「はははは」


 下手人は俺です、酔っぱらってたから理術を使っちゃいました。

 まあ、ばれて無いならいいか、さっさとこの街から離れたいな。


「アンタ!?」


 何なんだよ、と振り向くとバビアナがいた。

 彼女は顔を真っ赤にさせこちらを指さしている。


「どうしたバビアナ」

「ひ、久しぶりだね、元気にしてたかい?」

「おい何言ってんだよ、今朝ぶりだろ?」

「け、今朝!あ、その、」


 茹でダコのような顔を俯かせながら、もじもじしている。


「ああ、まだ勘違いしてるのか?いいか、俺達は関係していない、お前の勘違いだよ安心しろ」

「・・・え?」

「俺達は清い関係のままだ」

「そうなの?」

「そうなの」


 お互いに沈黙が訪れる、そのうちに事情を飲み込んだ様子のバビアナ。


「・・・そうかい、アンタの気持ちがよく分かったよ、失礼するよ」


 表情が能面のように変わり、冷たく言い放つ。


「あ、おいっ・・・」


 極端から極端に行くな。

 ・・・もったいないけど明日にはワルケリアに行くし、ガーディも怖いしこれで良しとしよう。

 俺は溜息を一つ吐き部屋に戻った。

 部屋に戻ると、あどけない顔で麻掛けに包まりながら寝ているガーディが俺を迎えてくれた。

 時折、声にならない寝言がもれる。

 俺はそれを見ながらガーディが目を覚ますのを静かに待った。 







「ラベンダーさん(こぼ)しましたよ」


 フードを被ったガーディが俺の口元を拭いてくれた。

 柔らかい笑みを浮かべながらも眉を寄せ、しょうがいないなあ、と呟きながら世話をするガーディ。


「悪い、少しぼーっとしてた」

「いいですよ」


 少し恥ずかしい、そして既視感(きしかん)を感じる光景。

 そういえば初日にもやっていたっけな、・・・三日前を思い出す。

 思い出すとあの時と違う事がある、ガーディが自然体な事だ。

 相変わらず席は隣同士だが、互いの椅子の距離はきちんと離れている。

 短い時間でもガーディは成長していた、その事を嬉しく思うと同時に、三日前と同じ不作法をした自分に落ち込む。


「ラベンダーさん、また(こぼ)しちゃいますよ」


 俺を見上げ優しく注意してくるガーディ。


「っと、そうだな飯を食っちまうか」

「はい」


 朝食を食べ終わり、ガーディととりとめのない話をしているとバイゾーが来た。

 バイゾーは幽鬼のような足取りをし、げっそりとした顔をしている。


「っおいおい大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。今日まで大変お待たせ致しました。」


 バイゾーが深々と一礼する。


「申し訳ありませんが、本日は会談する場を別にご用意させて頂きましたのでそちらでよろしいでしょうか?」

「ん?ああ良いぜ」


 宿を引き払いバイゾーの後を着いて行く。

 雲一ない空を見て笑みが浮かぶ、良い出発日和になりそうだと。

 大通りに出て少し歩き、道を曲がると煉瓦造りの立派な建物があった。

 バイゾーは、この建物になりますと言うと中に入って行った。

 ドアを抜けると目の前には、部屋の大きさに不釣り合いな机と、椅子が三脚あった。

 他には何もない。


「お恥ずかしいところをお見せしますが、ここが私の城でした」


 恥ずかしそうに、しかし後悔を感じさせないバイゾー。


「・・・そうか」


 さすがに気まずい、なんか悪い事をした気になってしまう。


「お渡しする物をお持ちしますので、席について少々お待ちください。」


 そういうと、バイゾーは奥の部屋に行った。


「何もないです」


 ぽつりと呟くガーディ。

 

「そうだな」


 それからはお互いに喋る事はなく席に着き、何もない部屋を見る。


「お待たせしました、まずはこれをお納め下さい。」


 バイゾーは戻ってくるなり、前回もらった皮袋より一回り大きい皮袋を机に置く。

 大量の硬貨の擦れる音が室内に響く。

 

「ありがたくもらうよ」


 俺は皮袋を受け取る。


「道中に必要な金銭はランツに任せてあります、それはご自由にお使いください」


 するとバイゾーは折りたたまれた衣服を取り出した。


「それと、ガーディさんの衣服になります。その、失礼ですが今の服ですと衛士を威圧するのに些か不足するかと思い、ご用意させていただきました」


 確かに今の服だと微妙かもしれない。外套から覗く継ぎ接ぎだらけのワンピースを見る。

 恥ずかしそうに俯くガーディ。


「悪いな、気が利かなかった。着てこいよガーディ」


 俺は頭かくとバイゾーに礼を言い、ガーディを促す。


「はい、・・・その、ありがとうございます」


 ガーディは返事をすると、バイゾーの方を少し見たあと小さくお礼を言った。


「いえ、当然の事をさせて頂いたまでです、さっ奥の部屋をお使いになって下さい」


 疲れた顔に優しい笑みを浮かべるバイゾー。

 ガーディは服を受け取ると奥の部屋行った。


「悪いなほんと、何から何まで」

「いえ、私が得ようとしていた金銭に比べればとても釣り合わないですよ・・・。それと馬車は門の近くの停留所に預けてあります、ランツも待機させてあります」

「そうか」


 バイゾーは居住まいを正すと真剣な声で言った。


「ラベンダーさんお願いがあります。ガーディさんの戒封(かいふう)の儀を私にやらせてはもらえないでしょうか?」

「・・・なんだよ急に、とりあえず理由を教えてくれ」

「御存じの通り、戒封(かいふう)の儀は成人を認める儀式です。この儀式を終えていない人族(ヒューマン)以外の種族は皆、子供を自分たちの領域の外に出さないのです。これは“力”の制御ができない子供を野放しにしない為と聞いております。そして力ある種族たちは、戒封(かいふう)の儀を終えていない子を見分ける事ができるとも聞いております」

「そうか、・・・そういうことか」


 ナズナが突っかかってきたのは、セリだけじゃなくて、ガーディが子供だと分かっていたのか。

 

「何か?」


 不思議そうな顔をして俺を見る。


「いや、なんでもない。続けてくれ」


 気にしない素振りで話を続けるバイゾー。


「はい、本来ならまだガーディさんには早いですが、ワルケリアに向かう為そうも言っていられません。それに今なら、戒封の儀を行うのに一番適したタイミングでもあります」


 最後は強い口調で言い切った。


「・・・・・・分かった。やらなきゃまずそうだしな」

「儀式は二階の一室で行います。その準備も済ませてあります」

「そうか、俺達三人で出来るのか?それとも他にいるのか?」

「いえ、・・・私とガーディさんの二人で行います。ラベンダーさんにはスミマセンがここでお待ちいただけないでしょうか」


 躊躇いながらも淀みなく言うバイゾー。


「さすがにそれは、・・・お前の事を疑っているわけじゃないが、ガーディの事を考えると賛成できん」

「そこをなんとか」


 真剣な表情で頭を下げ俺の許しを乞うバイゾー。


「なんで俺がいたら駄目なんだ?俺の知っている戒封(かいふう)の儀は人数なんて関係なかったが」

「力ある種族の戒封(かいふう)の儀は人族(ヒューマン)の儀式とは違い、より儀礼を大切にします」

「儀式の内容は?」

「言えません」

「なんで言えないんだ?」

「余人が知ってはならない事だからです」

「なんでお前が知っている?」

「お金と時間を使いました」

「・・・」

「そうでなくても人族(ヒューマン)の私が儀式を司ります、これ以上の作法の乱れは儀式の失敗を招くかもしれません。だからお願いします、私にさせて下さい。」

「・・・・・・」 

「・・・・・・くどくどと理由を言い連ねましたが、本当は私が彼女にしてあげたかった、それだけなんです」

「・・・どれくらい時間はかかる?」

四半刻(しはんどき)もかかりません」


(三十分弱か・・・)


「わかった」


 理由もあればバイゾーの想いもある、反対の気持ちを飲み込んだ。


「受け入れてくれてありがとうございます。」

 

 バイゾーは深い息を吐き、強張っていた身体の力を抜いた。

 奥からガーディが戻ってくる。

 見違えた。

 黒い外套から覗く白で縁取りされた深緋(こきあけ)色の服がよく映える。

 心なしか縞模様の耳が嬉しそうに立っている。

 確かに今の方が説得力ありそうだな。


「格好よくなったぞ、ガーディ」

「・・・はい」


 服に慣れないのか恥ずかしそうにそわそわしている。


「それではラベンダーさん」

「ああ」


 バイゾーから声がかかり、戒封の儀を行いたいことをガーディに告げる。


「どうだガーディ、やってくれるか?」


 ガーディは少し黙った後に、割とあっさりと言った。


「やります」


 彼女の瞳に怯えはなく、強い意志が見える。


「それじゃあ行って来い」

「はい、行ってきます」


 バイゾーに案内され、二階に上がるガーディ。

 俺は手持無沙汰(てもちぶさた)になりながら待った。

 後は、衛所(えいしょ)に行ってバイゾーを引き渡しておしまいか。

 間違った判断じゃないと思うが、なんか後味悪くなっちまったな。

 まあしょうがねえか。

 待ち続けていると、そのうちにガーディとバイゾーが下りてきた。

 二人とも顔がスッキリしており、バイゾーは足取りが軽い、彼の後悔も少しは晴れたのだろうか。

 ガーディは俺の目の前に来ると微笑を浮かべ。


「ラベンダーさん終わりました」

「ああ、お疲れさん」


 バイゾーが近くにいるというのに、彼女からは張りつめたものを感じない。

 儀式は思ったより良い効果を発揮してくれたな。

 

「すっきりしました」

「ガーディを見ると伝わってくるぜ、良かったな」


 目の前に来た彼女の頭を撫でる、嬉しそうに抱き付いてくるガーディ。


「あれ、ガーディなんか腰につけてるか?」


 ガーディの腰部(ようぶ)辺りからごつい感触がする、先程までは無かったはずだ。


「父の剣です。バイゾーさんが修繕してくれてたんです」


 しんみりと柄に触れながら言った。


「剣といい儀式といい、バイゾーありがとな」


 罪があるとはいえ、これじゃあ頭があがらなくなっちまうな。


「いえ、私も救われました。それでは行きましょう」

「ガーディ行こう」


 フードを被ったガーディと俺とバイゾーが向かったのは街の南にある衛所(えいしょ)だ。

 この街には北と南、二カ所に衛所(えいしょ)があり、それぞれ衛士が詰めている。

 南の衛所(えいしょ)は権威的に劣っているため、滅多に狼人族(ウェアウルフ)が来ないらしい。

 石造りの威圧感のある建物に入る直前に衛士から声がかかる。

 バイゾーが事情を説明するとそのまま奥に案内された。

 室内は簡素な作りになっており、机と椅子と子棚が置いてあるくらいだ。

 椅子には苛立ちを隠さずに指で机を叩く人族(ヒューマン)の衛士が座っており、こちらを睨みつけている。


「貴様か、一昨日遺失物(わいろ)を届けたという者は」

「はい、さようでございます」

「理由もなく今日世話になるとだけ抜かしやがって、俺が話を止めてなければどうなっていたことか」


 机を叩きつける衛士。


「それは面目ございません」

「それにしても貴様は運がいいな、この俺が出向くことなんてそうないぞ」

「はい、マルビッツ様にお会いできて光栄でございます」

「ん?俺を知っているのか」

「はいよく存じております。半年ほど前の盗賊団摘発の折はマルビッツ様がご活躍されたとか」


 衛士―――マルビッツは鼻で(わら)った。


「ふん、耳ざとい商人だな」

「それが仕事でございますので」

「俺の事を知っているなら話は早い、俺が来たんだ分かっているんだろうな」


 マルビッツは嫌らしい笑みを浮かべると、身を乗り出しながら言った


「はい、些少にはなりますがこれを」


 バイゾーは机の上に皮袋を二つ置いた。

 室内に硬貨の音が響く。


「ほう・・・。俺だけじゃなく上役もご指名か、話の通し方は知っているようだな」


 やけに重いな、と呟きながら袋の重さを確かめている。


「はい、些か厄介な話になりまして」

「まあいい言ってみろ」


 ガーディを浚い、奴隷として販売するつもりが失敗し、衛所(えいしょ)に出頭することになった事を告げた。

 話を聞き終えたマルビッツは怪訝(けげん)そうな顔つきでバイゾーに聞いた。


「テメー自分から馬鹿正直に来たってのか?」

「はい」

「財産はどうした?」

「処分しました」


 呆気にとられたマルビッツだが、すぐに気を取り戻した。


「・・・っまあいい、で、俺に何を頼みに来たんだ?」

「実は私が浚おうとした子に問題がありまして」

「ん?後ろの小娘になんの問題があるんだ」


 マルビッツはガーディに視線を送り、訳が分からないといった顔した。


「ガーディ様、御手数ですがフードをとってもらえないでしょうか」


 バイゾーは振り向きガーディに丁寧に促す。

 俺は一応いつでも動ける姿勢になる。

 ガーディがフードを外すと室内の空気が凍った、マルビッツは必死に喋ろうとしているが声にならない。

 

「ご覧の通りなんです」

「ッワ、ワ、ワワ、虎人族(ワータイガー)、っだと!なんでこの国に!?」


 目を引き攣らせ、必死に喋る。


「私も事情は存じません」

「お、お前は!この国を湖にするつもりか!?」


 突然席を立ちあがりマルビッツがキレた。


「面目もございません」

「ふざけるな!これは冗談じゃ済まされんぞっ!!」


 バイゾーの胸ぐらをつかみ大きく揺さぶった。


「おっしゃる通りです」

「ッチ、クソが!あっ!ガ、ガーディ殿でございましたな、申し訳ございませんがフードを被って頂いてもよろしいでしょうか、御耳が刺激で悪いので、しょ、少々お待ちください、すぐに席を用意させていただきます」


 マルビッツは部屋から飛び出すと大声で指示を出した。

 ものの数十秒で椅子が用意され、品の良いカップに、紅茶、御茶うけまで並べられた。 

 ガーディは一人だけ座るのを迷いはしたものの、マルビッツの素敵な笑顔に促されしぶしぶ席に着き、今はお茶を楽しんでいる。

 マルビッツをガーディの様子を見ると少し落ち着きを取り戻し、


「・・・なるほど理解した。確かに俺の権限だけでは厳しいかもな。・・・ところでガーディ殿達はこれからどうされる予定なんだ?」


 マルビッツは渋い顔で納得した後、バイゾーに聞いた。


「ガーディ様達はこれからワルケリアに向かわれるとお聞きしました」

「なるほど」

 

 マルビッツは深い安堵の息を吐いた。


「それは良か―――っあ、いえ、良い旅をと思いまして。・・・そこの人族(ヒューマン)の兄ちゃんはガーディ殿の従者か?」


 俺に視線を振ってきた、値踏みするような目だ。


「ああ、そうだ」

「それなら頼みたいことがある」

「聞こう」


 マルビッツは息をのむとその瞳に力を込めて真摯に語る。


「ガーディ殿達が決して表沙汰にならぬにようにすること誓おう。だからお願いだ、この国でガーディ殿が“力”を振るうようなことは決して避けてほしい、頼む」


 俺は少しだけ悩む素振りをして答えた。


「振りかかる火の粉は払うけどな」


 納得したのか野卑た笑みを浮かべ軽い調子で返答するマルビッツ。


「勿論それは構わない、火遊びさえしなければそれでいい。後これを持っていけ」


 そういうと黒く染められた一枚のプレートを取り出した。


「・・・これは話の分かる奴(・・・・・・)なら通じる符丁だ。出来る限り便宜を図り国外へ送るためのな。勿論狼人族(ウェアウルフ)に見つかってくれるなよ、俺達ウェアリルの人族(ヒューマン)が身を守る為に絞った知恵だからな」


 俺はマルビッツの目を見ながら頷き、プレートを受け取る。


「ああ分かった」


 マルビッツは目をつむり軽く息を吐くと、


「渡す日が来るとは思わなかった・・・。後の事は任せろ、話はこれで終わりだ。お別れでもしとけ」


 マルビッツは、俺たちの奇妙な関係に最後まで質問する事無く、室外へ出て行った。

 賄賂は受け取るからこそか、話の分かる奴である。


「こいつまで読んでいたのか?」


 俺はバイゾーに向かい手に持ったプレートを(もてあそ)ぶ。


「いえ、最後の話は私も知りませんでした、恐らく馬車の停留所や衛所、宿屋等で通じる符丁じゃないでしょうか」

「まあ何にせよ助かるよ」


 俺はプレートしまい、ポンと身体を叩く。


「ラベンダーさん、ガーディさんこれで本当にお別れです。この度は本当に申し訳ありませんでした」


 襟を正し、深々と深々と頭を下げるバイゾー。


「元気でやれよとは言えないか、・・・だがあえて言おう、元気でな」

「私も言います、元気でいて下さい、バイゾーおじさん」


 バイゾーは顔を上げると、苦笑し、けれども笑いながら言った。


「お元気で」

ありがとうございました

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