第4話
宜しくお願いします
「先程は助かった、感謝する」
鋭利な目つきをした女だった。
先ほどまでの困惑した表情は消し飛び、一部の隙も無い顔で礼を言った。
“力”はもう感じない。
「一体何があったんだ?」
「・・・・・・世話になったし言おう。私は街を散策をしておったのだ。連れと一緒だったのだが連れが迷子になってな。懸命に遊ん―――っさ、探したんだがついに見つからなくてな、そんな折にあの者が私に焼き物を差し出してきおった。ちょうど小腹も空いておったし気が利く奴だなと食すと、また次を差し出してきおった。幾つかの焼き物を食した辺りでアヤツが聞いてきたのだ、そろそろ一旦清算しろと。私は差し出してきたから食しただけなんだが、・・・と困っておったのだ」
「そ、そうなのか」
悪びれる様子もまったくないし、こりゃかなり良いとこの御嬢さんか?
と、ガーディに袖口を引っ張られる。
「あの、お肉・・・」
遠慮気味にガーディから声がした、そういえば腹が減っていたんだった。
大量に串焼きが入った包みをそのまま渡すと、ガーディは嬉しそうに受け取り堰をきったように食べ始めた。
親父は釣りを払わずに、渡した銀貨の分だけ律儀に串焼きを包んでくれた。
こんな量どうすりゃいいんだよ、
クゥ
大通りから外れた静かな路地裏に、可愛らしいお腹の音が響き渡る。
女を見ると頬に朱が差している。
「良かったら食わないか?買いすぎちまったみたいだからな」
「頂こう」
「ガーディ分けてやってくれ、俺ももらう」
リスのように頬袋をいっぱいにして幸せそうに食べているガーディは、包みの口をコチラに向け、幸せの御すそわせ分けをしてくれた。
美味い、肉汁が噛むたびに溢れだし、香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。
親父の実力はたいしたものでアッという間に一本食べ終わってしまった。
俺はもう一本ガーディからもらい幸せを噛み締める、美味い美味いと食っていると、食べ終わった女がジッと俺の串焼きを見ている。
俺が最後の一口を食べた時は、口から吐息をもらしていた。
自分から言うのは憚りがあるのか、女は何も言わないが凄くもの欲しそうな視線だ。
「・・・どうぞ」
ガーディが女に包みを差し出した。
「す、すまない」
女は遠慮気味に受け取ると、嬉しそうに食べ始めた。
それから二人は息のあった連携プレーを見せ、みるみるうちに串焼き減っていき見事に食べきった。
女は満足そうしてその凛々しい顔を正すと、
「そなた達に感謝を」
女は改めて礼を言った。
口元には肉汁がついている。
「おいおい肉汁がついてるぞ」
俺はぶはっと吹き出し、女に指摘する。
女は顔を隠そうとしたのか、口元を拭こうとしたのか、逃げようとしたのか、テンパった頭で慌てて動き、隣にいたガーディを巻き込み転倒する。
「「きゃ」」
美女と少女の絡み合いと言えば構図としては映えるが、二人とも目深いフードに全身を覆う外套だ。
色気も減ったくれもないなと思っていると、身体を起こした二人のフードが脱げた。
「・・・痛かったです・・・」
「すまない、大丈夫か・・・」
虎人族の少女は、艶やかな金髪の隙間から縞模様が入る金色の耳を生やしている。
狼人族の女は、流れるようなの銀髪から、尖がった銀色の耳を生やしている。
互いの空気が止まった。
「あっ」
すぐに少女は怯えだした。
俺は慌ててと割って入ろうとするも、
「怯えるでない、私はそなたに何もせん。」
女は落ち着いた口調で言った。
「先程は助けられたし馳走にもなった。なにより焼き物を分け合って仲ではないか。そのような顔をされると、その困る」
何を言われたのか理解したガーディは、キョトンとして震えていた身体がとまる。
「はい、ごめんなさい」
「謝るでない、私はシロネグサ族のセリだ」
「私はガーディです」
「ガーディか良い名だ」
「はい」
ガーディとセリは微笑ましく言葉を交わしている。
「セリさんよ、良ければ一緒に露店を見て回らないか?お連れさんもいずれ広場に来るかもいれないし、どうかな?」
「いいだろう、そのようにするか。それと呼び捨てで結構だ」
「そうか、俺はラベンダー、セリよろしくな」
「宜しく頼むラベンダー」
それから三人で広場に戻り露店を見て周った。
お祭り騒ぎはますます盛り上げり、ところどころで飲み始めている者もいる。
布地や置物、料理道具等といったものまで並んでおり行き交う人々が楽しそうに買い物をしている。
二人もその雰囲気に押されるように次々と露店を見て周り喜んでいる。
ガーディはセリに慣れ、今では姉妹のような睦まじさを見せている。
セリは日常で触れるようなものを珍しそうに手にとっては珍妙な事を言い、ガーディはそれをおかしそうに笑う。
心穏やかになる光景がそこにはあった。
「堪能したぞ、市井の者達はズルいな、こんなにも心躍る毎日なのか」
「私もこんなに楽しかったのなんて初めてです。ラベンダーさんやセリさんと会えて良かった」
「そうだなガーディよ。そなた達と回遊できた事、私も嬉しく思うぞ」
「ああ俺もだ、楽しかったよ。っそれに笑わせてもらったしな」
俺はセリの珍妙発言を思い出しつい吹き出してしまう。
「こらラベンダー、笑うでない」
「でも面白かったです」
「ガーディまで」
笑う俺とガーディに連れられたのか、セリまで可笑しそうに笑いだし三人でしばらく笑った。
「そうだな、記念に何か買っていかないか?」
「記念ですか?」
「そうだ三人が楽しんだ記念だ」
「わあ、それ欲しいです」
嬉しそうにはしゃぐガーディ。
「それは別に構わんが、私は金子を持ち合わせておらんぞ」
「気にすんな」
お嬢様も市場の仕組みを理解したらしい。
俺はアクセサリー等の小物を扱っている露店の主に声をかける。
「なるほど、今日の記念になるような物ですか」
「ああ、連れの一人とは今日別れちまうし。なんか良いモノないかな?」
「そうですね、それならこれはどうでしょう」
ちょっとお高いですけど、と言って大事そうに差し出したのは、綺麗に磨かれた長方形の石だ。
緑色を基調とし丸い模様が入っている。
「マカライト、それがこの石の名前です」
ガーディは石に見惚れる。
「綺麗ですね・・・」
「そうだな」
「再会、繁栄、身代わり」
セリが静かに諳んじると店員が驚き。
「よく御存じですね」
「知る機会があっただけだ」
「そういう意味があるのか。再会か、悪くない。じゃあ決まりだな」
「はい」
お金の支払いの時には一悶着があった、マカライトがガーディの想像を超えるお値段だったらしく高すぎるからいらないと断ったのだ。
どうせあぶく銭だし第二弾も控えてる事だから気にするなと俺は内心で思いつつもそんな事は言えず、記念だからとガーディを説得して銀貨をじゃらじゃら支払った。
買い終わった後になって露店の主にコソッと銀貨の価値を聞いたときは驚いた。
街中だと家族が銀貨20枚で一月食えるらしい、マカライトのお値段は三つ合わせて12枚だ。
まあこれは良いんだ、露店とはいえなんか秘蔵ぽかったし。
俺が串焼きの屋台で渡した銀貨の数、4枚。
セリが事前に食べた数と、買った串焼きの数は、合わせても精々30本ぐらいだろう。
(串焼きの値段じゃねーよ)
そりゃ旨い筈だわ、とあの時のガーディを思い出す。
彼女は串焼きの時には渋らなかった、むしろ嬉しそうにしていた。
彼女の中で肉と石の価値は相当な隔たりがあるんだろうな。
そして驚いたのがこの銀貨の入った皮袋、重さがほとんど変化していない。
慰謝料ってこんなにもらえるの?とか思ってしまう。
元の世界に戻らず当たり屋にでもなろうかな、ストレスはないし可愛い子は懐いてくれるし、なんかいい場所かも。
広場の隅に移動し、石と、おまけで貰った紐をガーディとセリに渡す。
マカライトには紐を通す穴がついており、ガーディはさっそく紐を通している。
場所が場所だけにフードを脱げないので、残念そうにポケットにしまっていた。
セリは紐を通さずに、手に持って眺めている。
俺はそんな二人を見てどうやって歓楽街に行こうかと考えていた。
「セリ様!?」
突然でかい声が遠くからかかる。
なんだと思って振り向くと侍女服を来た若い狼人族の女性が息を切らし走り込んできた。
「セリ様!」
「ナズナ」
バツの悪い表情になるセリ。
ナズナと呼ばれた女性はセリの前に立つと怒りだした。
「一体何を考えていらっしゃるのですか、ご自身の御立場をよくお考えください。セリ様は既に戒封の儀を終えられた一人の淑女、淑女としての立ち振る舞いをなさってください!」
(戒封の儀か、似たような習慣があるんだな)
戒封の儀は、大人と認められる為に必要な儀式で、自分を戒め、欲を封じ、利己的な己にならぬように心に誓う儀式だ。
戒封の儀が終われば一人前の大人として扱ってもらえるようになる。
まあ俺の世界では形骸化していて、ただの酒を飲むための方便になりつつあるが。
「ナ、ナズナ話を聞いてくれ」
「聞きません。今日という今日はセリ様にしっかりお伝えさせ----」
「ナズナさんとやら」
俺は話を遮り侍女服の女性に話しかける。
「なんだ貴様は?」
おっかない視線が俺を射抜く。
「この者は私の世話をしてくれた者だ。」
「えっ、あ、それは失礼致しました」
「それは良いんだけどさ、他所に移らないか?」
周りを見ながら言った。
こちらを見ながらヒソヒソと囁きあっている通行人の姿があった。
重厚でいて品のある作りの食卓と椅子、黒光りしている木製の床。
壁には風景画が飾られており、部屋の四隅にあるカンテラが室内を煌々と照らしている。
俺とガーディはセリと向かい合うように椅子に座り、 侍女服の女性はセリの後ろで控えている。
「それじゃあ改めて、俺はラベンダーだ」
「あの、わ、私はガーディです」
ガーディはナズナと店の雰囲気に気圧されたのか、かなり緊張している。
「この者は私の従者をしているナズナだ、幼き頃より共におるものだ」
フードを外しているセリが誇らしげに言った。
「ナズナと申します、ラベンダー様、ガーディ様、主がお世話になりました。」
ナズナと名乗る女性は品のある一礼をした。
セリに言い含まれたのか、先程と違い侍女然とした振る舞いだ。
「いや、行きがかり上の事だから気にしないでくれ」
「わ、私は何もしてないです」
「そのようなことを言うでない。今日は本当に心満ちる日であった、世話になった件もある。本来であればこのような場所ではなく我が屋敷にでも招くべきなのだが、出先であるが故それもできん。不作法ではあるが、この旗亭で大いに食べ大いに飲んでほしい」
店構えから室内に至るまで高そうな店だけに俄然食い気が増してくる。
「こんな高そうな店で食えるんなら十分だよ、気にすんな。それに俺たちの仲だろ」
「そ、そんな、わ、私にはもったいないくらいです」
「そのように言ってくれるのか。・・・嬉しく思うぞ。っガーディよ、そなたも被っている物をぬぐがよい、ここには私達しかおらんし、店の者には言い聞かせてある、そなたの可愛い顔をもっと見せてくれ」
セリは途中小さく呟くと、ガーディに優しく話しかける。
「え、でも、あの、ナズナさんが」
ガーディはセリの後ろのナズナをチラチラと窺っている。
「ナズナにはもう言ってある、さあ」
ガーディが俺を見るので頷き返す。
「はい」
フードを脱ぎその眩しい金髪と縞模様の耳を晒すと、ホンの僅かにナズナが反応した。
「それでいい」
満足そうに頷くセリ。
ガーディはナズナがまだ気になるのか、様子を窺っている
「ガーディ様、私は主人セリより話を伺いました。ガーディ様に含む事は何もありません、私の事は気安くナズナとお呼び下さい」
ナズナは微笑を作りガーディに話しかける。
「は、はい・・・」
「どうか私の事は気になさらず主人との歓談をお楽しみください」
「あ、ありがとうございますナズナさん」
少し緊張のとけるガーディ。
「そろそろ料理もこよう、ナズナに聞いたがこの店の煮込みは逸品らしい、ぜひ堪能してくれ」
間もなく部屋の扉が開き人族の女中たちが料理を食卓に並べていく、見事に肉料理が多い。
注文をしたのはナズナだ、さすが狼人族肉大好きだな。
隣を見るとガーディも目を輝かせている。
料理が並ぶとワインを注がれる。
料理もワインも美味しく、皆笑顔になりながら食を進めている。
ガーディは酔ってしまったのかお茶目になり、セリも表情を緩め今日あった事を楽しく話している。
そんな中、俺はふと尿意を催したので席を中座することにした。
「ちょっと失礼するよ」
スッキリした俺が部屋に戻る廊下を歩いていると、向かいからナズナが歩いてきた。
「ん、ナズナじゃないか、この先に用事か?」
「貴様に馴れ馴れしい態度を許した覚えはない」
警戒感を剥き出しにするナズナ。
「なんだいきなり」
「貴様、何を考えて虎人族の少女を連れてセリ様に近づいた?」
ナズナが僅かに腰をおとす。
「それは成り行きだっての」
「信じられん、それにこのウェアリルで人族が虎人族を連れ歩くとは、貴様正気か?」
目を細め俺を睨みつけてくる。
「それも成り行きなんだよ」
「・・・・・・」
ナズナはジッとこちらを見ている。
まだ“力”を感じる事はない、だが気を抜くべきじゃない。
「ガーディの両親は亡くなったらしい。俺は詳しい事情を知らないが、この国で隠れるように暮らしていたとガーディは言った。彼女は身寄りもなければ、庇護してくれる相手もいない、両親が亡くなってからは怯えながらの生活だ。そこに俺が現れ、一人は嫌だと言って俺に付いてきた。セリとは偶然会った。ただ彼女は狼人族でありながら虎人族のガーディを見ても優しく受け入れた、ガーディもそんな彼女を見て喜んだ。だから俺はセリに一緒にいる事を頼んだ」
「・・・・・・そうか」
ナズナはまだ俺を睨みつけ納得しきっていない様子だ。
「俺は端くれではあるが巡礼者だ、今の話に嘘がない事を巨人に懸けて誓おう」
俺の誓いを聞いた時、ナズナはほう、と息を吐いた。
巨人の誓いは、俺のいた世界でなら大陸の全種族に通じる古くからの約束だ。
この誓いを破ったなら、自分の誇りは失われ誰からも軽蔑され一切の信用を失うという、重く全てを懸けて遵守しなければならない誓約だ。
「巨人に誓うか・・・ならば少しは信じてやろう。・・・だが、もしセリ様に仇を為したなら巨人の牙に懸けて誓おう、貴様を殺してやると」
ナズナは一指し指で俺の心臓を突きながら脅しの言葉を口にした。
言葉に連動して剥き出しの“力”が俺に圧力を加える。
セリに比べると一段落ちるが、それでも震えそうになる足を抑える。
「ああ、そうしてくれ」
巨人の牙か、たしか6族はそれぞれ信奉している対象が違うって聞いたっけ。
龍人族は巨人の爪、鬼人族は巨人の拳、吸血族は巨人の血、長耳族は巨人の頭脳、狼人族は巨人の牙、虎人族は巨人の牙。
6族はその絶大な力を強く示すために、自分こそ巨人の力を受け継いできたと、巨人の部位を僭称している。
その中で狼人族と虎は同じ牙を称号として語っている。
その為、お互いが詐称していると争っているのである、私こそ真の巨人の牙なんだと。
狼人族の牙への想いは並はずれたモノがある。
その牙への誓いという事は、セリへの危害があればどのような手段を賭しても、必ず、絶対に俺を血祭りにするんだろう。
俺はゴクリと喉のなる音が聞こえる。
これって、巨人の力が無くなって人族の国に蹂躙されたらどうなるんだ。
これはセーフだよな、だよね?関係ないし、言わなきゃばれないよね・・・。
俺は将来を考えて震えそうな足を抑えつつ、表面上を取り繕う。
「ふん、狼人族に脅されて怯えん人族か気に入らんな」
指で俺を押し飛ばす、言動とは裏腹に見直した表情をするナズナ。
「ナズナが綺麗だからな、その顔で脅されても怖くはないよ」
俺は一歩後退しただけで押し留まり、軽い空気を作りナズナに言った。
ナズナは心底嫌そうな顔を作り、
「ふん、不本意であるが貴様にセリ様が世話になったのは事実、そして狼人族は恩に必ず報いる。気は進まんが貴様は好きなように食い散らかせばいい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
するとナズナは姿勢を正して言った。
「ラベンダー様、お時間を失礼致しました。これからメインディッシュもあります、お楽しみください」
と言いながら、店の奥にナズナは歩いて行った。
・・・また肉が来るのか?
また肉がきた。メインディッシュの名に相応しいデカい肉が食卓の上に鎮座している。
肉の王に相応しいそいつをナズナが切り分けそれぞれに配る。
酔っぱらった虎と狼は狂喜乱舞し、肉に噛り付いていた。
そんな虎を狼人族のナズナが優しい目で見ている、主人を見る目はきつくなっていたが。
ボルテージは上がり続け肉の宴が何処までも続くかと思われたが、セリが帰らなければならないらしく、食事を終える事となった。
料金はナズナが支払い店を出る。
「ラベンダー、ガーディ、これを受け取ってくれ」
頬に朱が差したセリが、ナズナから皮袋を受け取り俺に差し出した。
金か?俺は断る事にした。
ガーディとセリとの思い出を汚すような気がして進まないからだ。
「それはもらえねぇよ、この食事で十分礼は受けた。なあガーディ」
「はい、凄く美味しかったし、すっごく楽しかったです」
笑顔いっぱいでセリに話しかけるガーディ。
「そうか、・・・それに無粋であったか金銭で済ませようなどと。だが、私の気が済まぬ狼人族は受けた恩に報いる、私はまだそなた達に返しきれていない」
「俺たちはもう友人だろ?また会った時にでも返してくれればいい。だからさ今はその気持ち、抑えちゃくれねえか」
俺は内心の気持ちを押し隠しながら快活に言い切った。
正直、この世界がどうなるかまだ読めない。
「っしかし、また会えると決まったわけではない」
納得できないとセリは言う。
「マカライト」
「えっ」
「繁栄、身代わり、・・・そして再会。また会うんだろ?お前スゲー嬉しそうにしてたじゃねーか、だからさ俺達はまた会うんだ」
「セリさん、なんとなくですが、私達また会えると思うんです。だから」
ガーディは真っ赤な顔で優しく微笑みながら言った。
「・・・そなた達に感謝を」
セリは透き通る声で呟いた。
そして、胸元から牙の形をしたアクセサリーを外し俺に渡す。
「もし困ることがあったなら、ソレとシロネグサの私の名を使え、我が国であればいくらかの助けにはなろう・・・そなたの力があれば要らぬ物かもしれぬが」
「・・・俺の魔術に気付いていたのか」
驚いた、知覚されていたとは。
「私はシロネグサのセリだぞ。ガーディを助けようとしたそなたの動きと魔術、とても人族の域ではない」
セリは俺を静かに見据えながら言った。
「そうか、俺は随分怪しい奴だったろうに」
「そんなことはない。それに、私たちは友なのだろう?」
「そうだな、さんきゅ」
名残惜しそうにではあるがセリが言った。
「またの再会を楽しみしている」
「おうまたな」
「また会いましょうセリさん、ナズナさん」
巨人の導きあれ、と呟くとセリは去って行った。
ナズナは一礼すると主人の後を追いかける。
「今日は楽しかったです」
ガーディは力が抜けたかの様に俺の背中に寄りかかる。
「そうだな、眠くなってきたか?」
「はい、お腹いっぱいです。」
俺は笑うとガーディをおんぶした。
「ラベンダーさん?」
「寝とけ、俺が宿まで運んでやるよ」
「はい」
俺はガーディをおぶったまま騒がしい街を歩き宿に向かった。
とりとめない会話をしながら歩いていたが、いつの間にかガーディは寝ていた。
俺は部屋に戻ると、ガーディを寝台に下ろした。
「ふっ、すっかり寝ちまって」
俺は優しい気持ちになりながらガーディを見つめ、
(こっからは大人の時間じゃああ)
俺は歓楽街に向かった、早めの晩飯となった為まだ遅すぎる時間にはなっていない。
街は今や最高潮のボルテージに達しており、あちこちで楽しげな声や奇声や諍いの声がする。
俺は酔っ払い避け、嘔吐を飛び越え、雑踏を駆け抜け歓楽街に向かう。
苦難の果てに踏んだ地は華やかだった、色彩豊かに着飾った女達が男に媚びた声を掛けており、男達は嫌らしい笑みを浮かべ応えている。
俺の桃源郷がここにあった。
なんというか、セリから金を受け取るより今日の思い出を汚しているような気がしないでもないが、大人の心には棚が幾つもあるんだ。
俺は大事な思い出をそっと棚にしまった。
「いやっほーーーい」
俺は奇声を上げながら、街を練り歩く。
金ならある、金ならあるんだ俺は!
「「お兄さーーん」」
扇情的な衣装の女達が俺に媚びた声を掛ける、俺は素早く品定めをすると、
「すまない、俺には先約があってね」
優しい笑みをしながら、爽やかに断る。
幾つもの誘いを断りながら牙を砥いでいると、騒がしい声がする。
「喧嘩だ喧嘩だ、女の傭兵が絡まれてやがる」
なんだ喧嘩かどうでもいいな。
女の傭兵ねえ、ここには男娼もあるのか?
「おい!剣を抜きやがった」
おいおい穏やかじゃねえな、少し離れるか。
「それにしてもあの女、胸がでかいな」
俺は風になった。
争っているのは女と四人組、互いに剣を抜き相手を威圧している。
男の一人は顔にデカい痣ができており、可哀想な面構えになっている。
「テメー!優しくしてりぁあ調子に乗りやがって」
「「ぶっ殺すぞ」」
「アタイの胸は安くないよっ」
互いにジリジリ距離を詰め、緊張の糸が切れようとしていた。
観衆たちは距離をとりながらも、この祭りの見世物を逃すまいと人垣を作っている。
一陣の風は人垣をすり抜け、男達に殺到した。
「女は大切にしやがれ!」
突然の横合いからの一撃に、一人沈む。その場にいた全員が呆気にとられた。
風は止まらず唸りを上げ次々に襲い掛かる。
気を取り戻した男が距離を取った時には一人になっていた。
「テメー何者だ!」
青ざめた様子の男は、呑まれまいと必死の虚勢を上げている。
「俺か?俺の事を聞くのか、そうか分かった、応えてやろう。・・・俺だ!」
「えっ――――――」
「とっとと沈みやがれ」
風が突風になった、男は遮二無二剣を振り始める。
男の剣閃をくぐり抜け、
「俺に金属を触らせるんじゃねえっ」
剣の腹に拳をぶつけ弾き飛ばす、驚愕している男の頭に強烈なハイキックをお見舞いした。
男は低い呻き声を上げ崩れ落ちる。
(そうだよな、俺は弱くないよな)
この世界に来てから、自分の実力に不審を抱くようになってしまっていた。
少女に切り殺される寸前だわ、誘拐犯に不覚をとるわ、狼人族に死を覚悟させられるわ、侍女にビビらされるわ。
彼等には秀でている部分があったのだろう。
その事が再確認できてよかった、このままだと自分らしくない守勢の男になってしまう、俺は攻める男だ、この気持ちを大事にしよう。
「アンタ・・・」
どうやら考え過ぎていたようだ、女が話しかけてきた。
(あれ?昨日宿で俺にぶつかった奴じゃねーか、たしかバビアナか)
女―――バビアナは相変わらず胸が大きかった。
勝気そうな瞳に、癖のある藤色の髪、真紅の唇、ハスッパな雰囲気の女だ。
「危なかったな、けどもう大丈夫だ」
俺は爽やかな笑顔で話しかけた。
「余計なお世話だよ、あんな奴らアタイ一人でなんとかなったんだから」
バビアナには通じなかった。
「オイオイそう言うこと言うなよな」
「なんだい、もしかしてアタイに恩を着せようってのかい?」
手を腰に当て上体を倒し俺を睨みつけるバビアナ。
「別にそんなつもりじゃねえよ」
「フン、男なんて皆同じだよ、みせもんじゃないよさあ散った散った」
顔を逸らして言い捨て、バビアナは観衆に声を掛ける、観ていた者達は興味を失ったように去っていった。
(頑なな態度に礼すら言わねえ、なんて嫌な女なんだ)
まだ人目があるというのにバビアナは倒れた男達の懐を漁って財布を盗っている。
「なにしてんだよ」
「みりゃわかんだろ、なんだアンタ欲しいのかい?半分はやるよそれぐらいは認めてやるさ」
「いや、それは不味くないか?」
俺は周りを気にするようにして言った。
しかし、それに反してバビアナが漁り終わった男には既に別の者たちが漁り始めている。
それらは子供のようだ、粗末な服を身にまといながら一生懸命バビアナの残りかす漁っている。
「皆考える事は一緒さ、さあ行くよ」
漁り終わったバビアナから声がかかる、どこへ行こうというのか。
黙ってついて行くと一軒の酒場に入って行った、俺もそれに続く。
野卑た匂いのする酒場だ、店内は酷い喧騒で、客は皆ギラギラした目つきで酒を飲んでおり、お尻を触られた女中が客をうまく窘めながら注文をとっている。
そんな中を歩くバビアナは注目の的だ、歩くたび揺れる胸に男達の視線が集中する。
バビアナは嫌らしい視線を歯牙にもかけず店の奥に歩いていき、一番奥のカウンターに陣取った。
テーブル席と離れたそこは、騒がしい店内の中ではわりと静かだった。
バビアナは女中に慣れたように注文をする。
「さあ飲みな」
すぐに運ばれてきた木杯の中にはなみなみのエールが注がれている。
「おう」
沁みる、ワインも悪くないがやっぱ男はエールに限るな、この独特の苦みがたまりません。
料理も次々運ばれてきた。
バビアナは巨人の糧に感謝をと呟くと料理を摘まみはじめた。
「なんで俺を誘った?」
「借りは作りたくないからね。勘違いするなよ、アタイでもやれたんだ」
「そうか、まっ楽しく飲もうぜ」
こちらを睨むようにしてにじり寄ってくる、胸元が凄いことになっている。
「勘違いしてるんじゃないだろうね」
「そんなこと無いってーー」
「アンタ、アタイを馬鹿にしてんのかい」
凄い、一滴の汗が滝壺にのまれた。
もっと熱気よ籠れ、籠れ、籠れ――――――
「ッアンタ、どこ見てんだい!」
気付いたバビアナから右フックをもらうが、それを掌で受け止める。
「悪い悪い、まあ気にすんな。俺も溜まっててな」
「チッ、これだから男は」
と、言いながら大して気にせずにぐいぐい杯を開けるバビアナ。
(あれ、なんか付き合いやすいな)
それからはセクハラをしつつ殴られながら飲んだ。
バビアナは孤児であった。
生まれはウェアリル王国東部の街らしい、そこは生きるのに精いっぱいで仲間同士でも油断はできなかった場所だとバビアナは語った。
そんな生活をしていたバビアナに幸運があった、傭兵団の雑用にもぐりこむ事ができたのだ。
しかも女のいる傭兵団だったのが幸いした、慰み者にならず剣を覚える事ができたのである。
剣を覚えたバビアナは戦力として数えられ、雑用から脱却した。
そのまま月日が過ぎた、一人前と言われるほどに成長したバビアナは、ある日団員達に襲われてしまうのである。
幸い、守るものは守れたが襲ってきた者の一人を殺めてしまう、非はバビアナには無いため平然としていたが、団長から追放処分を受けてしまう。
バビアナは剣だけでなく身体もしっかり成長し、その男好きする肢体は身体は二人前と陰で囁かれており、その身体を誰がモノにするかで賭けが行われているほどであった。
団長は統制の乱れを恐れ、原因となったバビアナを追放することにした。
その事情を聞かされたバビアナはすっかり男性不信に陥り、以来個人で小領主同士の小競り合いに傭兵として参加し糊口を凌いできたのだ。
一緒にいた男は、元々東部の商家で丁稚をしていたがそれが嫌になり傭兵になった。
剣の腕がなく小競り合いに参加したため、捨て駒扱いになってしまい、それをバビアナが助けたところ懐かれてしまったらしい。
「それからズルズル西に移動してきたわけさ」
バビアナは顔を赤らめ、呻くように語ると一気にエールを呷った。
女中は空になった木杯を回収し、すぐになみなみの木杯を持ってくる。
「男は駄目なんじゃないのか?」
「あんな奴は男じゃないよ、もっと強くないとね」
「強い男は大丈夫なのか?」
「男なんてクソだよ!」
またエールを呷る。
「男なんて、男なんて」
「まあまあ落ち着けって、聞きたい事があるんだがいいか?」
俺は新しい木杯をバビアナに渡しながら聞いた。
「何さ改まって、・・・いいよ」
「俺はワルケリアに行くんだが、なんか知ってないか?」
「ワルケリア、・・・クーシェル王国の事は知らないよ。けどそうだね、道中のレイゾール帝国とウェアリルの国境付近は小競り合いが多いってこと、これは知っているよ。」
「なんでだ?」
「この国の人族の小領主たちは狭い土地に押し込められているからね、レイゾール相手だけじゃない、国中で川やら森やら平地やら争う理由に事欠かないのさ、まっお蔭で私達傭兵が食べていける訳なんだけどさ」
「国境にも小領主がいるのか、そんなんでこの国を守れるのか?」
「アンタはここが誰の国だと思ってるんだい?ここは6族の狼人族の国なんだよ、人族の小領主共がレイゾール相手にチョッカイかけたって向こうは泣き寝入りさ」
「そうだったな、狼人族の領主はどこにいるんだ?」
「ここの領主様もそうだけど、ここより大きな街や都市、豊かで住みやすい土地さ」
「にしては、ココには人族ばかりだな」
「アンタ、ほんとに物を知らない上に質問ばかりだね」
頬を朱に染めながら、訝しげな視線を飛ばしてくるバビアナ。
「わりいわりい、とんでもない田舎から出たもんだからよ、頼むよ教えてくれ」
沈黙したバビアナは一気にエールを呷ると、
「・・・いいさ、アタイの話に付き合ってくれたからね」
「さんきゅ、お前結構いい奴だな」
「な、何を言うのさ」
また呷る。
「街が仕切ってあるのさ、狼人族と人族でね。狼人族は好きに行き来できるけど、あたしら人族は駄目さ。まあ困る事はないけどね」
「そういえば街の北部で行くなって言われた場所があったな」
「そういうことさ、だから狼人族の国だけど、あたしら人族もいっぱいいるのさ」
「・・・バビアナ、アンタは狼人族の事をどう思ってる?」
「ハッ、アンタ変な事を聞くね。・・・・・・そうだね、一度だけ見た事があるよ“力”を振るっているところを、アイツラはその力を精霊と言っているらしいけどそんな生易しいもんじゃないよ、あれは単純な“力”だ。人族の使う魔術なんて目じゃないよ、奴等は溜めもなければ詠唱もしていなかった、ただ振るったたんだ。・・・私はそれを見て理解したよ、手の届かない存在なんだって。虫けらが考える事はないだろ?そういうことさ」
バビアナは鼻で笑った後に、声を潜めながら言った。
聞けば聞くほど凄いな。
とりあえずの状況はわかった、後は・・・・・・飲むか。
「そうか、嫌な事を言わせちまったな、すまないバビアナ」
俺は神妙な表情をしバビアナに謝る。
バビアナは少し考えた後に、笑顔になり俺の背中を大きく叩く。
「いいってことさ、アンタ強い男なんだからそんな顔はよしな」
「そうか、俺は強い男か?」
ちょっと嬉しかった、こんな席でも認められるのは良いもんだな。
「ああ、拳で剣を弾いた時には驚いたよ、あんな事をできる奴がいるなんてさ」
「いや嬉しい事言ってくれるな、ありがとなバビアナ」
「いいさ、それに私も嬉しかったんだ」
男に守られたのは初めてだから、と嬉しそうに呟かれた一言に、俺が呆気にとられていると、
「勘違いするんじゃないよ」
赤ら顔のバビアナが杯を空ける、俺も釣られるように杯を空ける。
「じゃあ今日は大いに飲もうぜ」
「そうだね飲もう」
女中の持ってきた新しい木杯を、二人して一気に呷る。
「「おかわり」」
それから二人して痛飲した、もう浴びるほど飲んだ。
二人して泥酔状態になるまで飲み続けた。
ありがとうございました