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第3話

宜しくお願いします

 ここは俺の知っている巨人(ワンケ)大陸じゃなかった。

 この大陸には6族と呼ばれる巨人の“力”をもつ龍人族(ドラゴニュート)吸血族(ダンピール)鬼人族(オニ)長耳族(ハイエルフ)狼人族(ウェアウルフ)虎人族(ワータイガー)の族人を筆頭にして、他種族達がそれぞれの国を作っている。

 勿論俺たち人族(ヒューマン)もそれぞれの地域で国を作っているが、そのほとんどが他種族の属国になっているらしい。

 はは、こりゃいよいよをもって地図(アーティファクト)卓上遊戯(ゲーム)開始時の状態だな。

 もしこの世界が卓上遊戯(ゲーム)通りに進むんだとしたら、そう遠くないうちに他種族の力が消えるな。

 その後に大陸中で戦争か・・・。

 自分でも俺はなんて事をしてしまったんだと思わなくもないが、今はどうしようもない。

 それに本当にそうなるか分からないし、まだ帰るのを諦めたわけじゃない。

 

「この大陸で学術都市のような場所はあるか?」

「学術都市ですか、・・・それでしたら大陸中央にある犬人族(クーシー)のクーシェル王国にあるワルケリアという都市が有名です」

「そうか」


 とりあえずそこを目指すか、と考える。 

 縄で縛った商人は、俺の質問に答えるうちに段々平静を取り戻してきている。

 俺は軽く仕切りなおすと、雰囲気を変えて言い放つ。


「それじゃあ本題だ、どういう理由でガーディを襲った?下手な事を言うなよ」


 俺は商人ににじり寄る様子を見せながら言った。

 平静になっていた商人は俺の急な変化に慌てだす。


「は、はい、言います、本当の事を話します、話しますから。・・・その、なんと言いましょうか。6族の虎人族(ワータイガー)は奴隷として人気がありまして、高く売れるんです。」


 俺は黙って続きを促す。


「そ、それでその、彼女は一人で暮らしていて身寄りもありません、誰も気にかける者はいないんです。最近になってふとその事が頭を過ったんです、これはチャンスなんじゃないかと。一度気になりだすともう駄目です、もう止まらないんです、気付いたらここにいました」

「あんなやつらを連れてか?」

「はい、彼らは専門の傭兵で伝手を使って雇いました」

「・・・・・・ガーディは6族だろ?人族(ヒューマン)のあんたらが襲える相手なのかよ」


 まあ実際は成功しかけたけどさ、と零しながら言った。


「それは、その、彼女のご両親が異端審問にかけられ、力を取り上げられてしまったと聞いたんです。生まれた子供にも力がなかったと」

「誰から聞いた?」

「彼女の両親からです」

「本当なのか?」

「はい、昔は良い関係だったんです、私は助けられた事もありましたし、助けた事もありました」

「・・・異端審問ってのは?」

「私もそれについてはわかりません・・・ただ、力を奪われたと聞きました」


 ガーディに“力”を感じなかったのはそういう事か。

 となると、ますます卓上遊戯(ゲーム)通りになりそうだな。


「そんな関係もありながらガーディを捕らえようとしたわけか」

「すみません、出来心なんです、自分がどうかしてたとしか」

「それで娘売るってどういうわけだよ」 

「すみません!なんとかなんとか命だけは」


 必死に助命を求める商人に鬱陶しい物を感じる。

 俺はガーディにどうするんだ、と問いかけるように視線を向ける。

 戒めを解かれた彼女はベットの縁に座り、商人を睨みながらも困惑した表情を作っている。


「・・・私は、わかりません」


 少女は視線を受けると、俯いて言った。


「どうしてだ、お前を奴隷にして売り飛ばそうとしてたんだぞ?」

「・・・・・・そうです、そうなんです」


 少女は微かに呟いた。


「わからないです、前は優しかったから、本当に優しかったから分からないんです!」


 少女の悲痛な声が室内を満たす。

 思えば、この子の悲しそうな顔ばかり見ている気がする。

 この子に決めさせるのは酷か。


「わかった、俺が決めよう」


 少女の告白を見た商人は、凍りついていた。

 やっと自分のしたことの罪の重さを感じたのだろうか。

 俺はバイソーの目の前まで歩き、腕を振り上げる。

 商人に弁明はなかった。


「【ベリサルダ】」


 振り下ろした手に燐光が発されると瞬く間に白剣が現れ、商人を縛っていた縄が切れる。

 

「アンタ名前は?」

「・・・バイソーです」


 少し呆気にとられた商人が答えた。


「バイソーあんたは殺さない、役人に預ける」

「はい」

「ガーディ、いいな?」


 ガーディは小さく頷いた。


「私は馬鹿だ・・・」


 商人は俯くと後悔する様に小さく呟いた。

 夜はもう明けていた。







 俺たちは役人のいる街、クローバルを目指している。

 近くにある村、ハジセは規模が小さく役人が常駐していないとか。

 その為、ガーディの家から徒歩で2日ほどかかるクローバルを目指している。

 幸いバイソーが荷馬車を所持していたので、少し早く着くそうだ。

 俺はガーディと荷台に座り、馬車にかかる幌のほつれを眺めていた。


「本当に良かったのか?」

「はい」

「風通しの良い家にしちゃったけど、バイソーが金をくれるって話だし前より楽になったかもしれねえぞ」

「いいんです」

「そうか」

「もう一人は嫌なんです」


 ガーディは俺のジャケットの裾を掴むと、まだ少し硬い表情をしながら言った。


「でもどうすんだ?俺はワルケリアを目指すけど、ガーディはどうする?」

「どうしたらいいと思いますか?」

「え、そうだな、同じ虎人族(ワータイガー)の国に行ったらいいんじゃねえか」

「私は罰のある虎人族(ワータイガー)なのに?」


 こちらを見つめる少女の瞳に気圧される。


「いや、そうだけどよ。他に良さそうと言えば・・・」

「ないです」


 少女は悲しそうに断言した。


「私は一人なんです。けど一人は嫌なんです」


 寂しい言葉が車内で満たされる。

 ・・・ここまで言わせて黙っていたら男じゃないか。


「分かった。とりあえずだ、とりあえずワルケリアまで一緒に行くか?」

「はい」


 少女は微かな笑みを浮かべた。

 とりあえずとしか言えない自分の立ち位置に苦い物を感じる。

 荷馬車を操りながらその様子を見ていたバイソーから声がかかる。


「ラベンダーさんちょっといいですか」

「ん、なんだ?」


 俺は一撫でして御者台に身を乗り出す。

 バイソーはガーディを一瞥してから声を潜め話始める。


「あなたの魔術についてなんですが」

「おう、それで」

「失礼な話ですが、あなたの使った魔術は異常です。私も詳しい事は知りませんが、魔術士は連続して魔術を使ったり、口を塞がれた状態では使えないと聞いております。あなたのソレは他種族の“力”に近い、だから気を付けて下さい。あの子と一緒にいればより目立ってしまう。あの子には幸せになってほしいんです。・・・私が言うのは説得力がありませんけどね」

「そうか、サンキューな」


 バイソーは小さく寂しい笑みを浮かべる。


「それと、ここから都市ワルケリアに向かうにはレイゾール王国という人族(ヒューマン)の国を通るか、迂回して犬人族(クーシー)」の国に直接入り、ワルケリアを目指すかの二つになります」

「どれくらいかかるんだ?」

「迂回しない道で順調に旅をして一か月ほどかかると聞きます、迂回するならその倍はかかるかと、時間はかかりますが私としては国境の少ない迂回路をお薦めします」

「二か月はキツイな、・・・できるだけ早く向かいたいから近い道にするわ」


 少しだけ悩むが、戦争までの猶予がわからないので早い道を選ぶ。


「そうですか、私としては迂回をして欲しいのですが。・・・気を付けて下さいレイゾール王国は人族(ヒューマン)の国ですが属国ではなく完全に独立しています、虎人族(ワーウルフ)の彼女が見つかれば良からぬ事があるかもしれません」

「任せとけ」


 それから俺はガーディの隣に座り、寄り添ってくる彼女の頭を撫でた。







 


 荷馬車は順調にクローバルへの行程を終え、バイソーが確保した宿に泊まることになった。

 彼の拠点はこの町にあるらしく、財産を処分してくると告げまた明日の再会を約束した。

 あの様子だと逃げたりはしないだろうな。

 人が変わったように誠実になったバイソー、彼の本当の顔は今の顔なのかもしれない。

 人の欲って本当に怖いな。


「ラベンダーさん(こぼ)しましたよ」


 フードを被ったガーディがハンカチで口元と服を拭いてくれた。

 恥ずかしい気持ちになりながら、考え毎しながら飯を食うもんじゃないな、と反省する。

 ガーディはバイソーとは硬いままだが、俺には表情もほぐれ、かなり笑顔を見せるようになった。

 というか、物理的に距離が近い。

 今も四人用のテーブルなのに、隣り合うように座り椅子も寄せている。

 可愛い子だから嬉しいけど、どうしたもんかな、でへへ。


「悪いな、それにしても狼人族(ウェアウルフ)の国なのに人族(ヒューマン)が多いな、俺はほとんど狼人族(ウェアウルフ)かと思ってたから驚きだよ」

「ハジセは人族(ヒューマン)だけの村でしたから、私はそうでもないんですけど。族人が多いのには驚きでした。いっぱいですね」


 道中を思いだしたのか少し興奮した様子で喋るガーディ。

 宿に入るまでの道中、会う種族はほとんど人族(ヒューマン)で、少し見かけるのが犬人族(クーシー)後はちらほら他種族がいたぐらいで、狼人族(ウェアウルフ)の国なのに肝心の狼を見かけない。

 噂の6族を一目見たかったのだが。


「え?ハジセって人族(ヒューマン)の村なのか?」

「はい」 


 これじゃあ他種族の“力”がなくなったらえらいことになるな

 俺は先を考えげっそりして、

 

「これじゃあ大陸中人族(ヒューマン)だらけだな。」


 俺は苦い顔をして言った。

 虎人族(ワータイガー)狼人族(ウェアウルフ)は仲が悪く、人族(ヒューマン)は他種族に複雑な感情を持っている。

 ガーディはこの国にはいない方がいいな、まるで敵だらけだ。

 どうしてガーディの両親はこんな袋小路の国に逃げ込んだのかと憤る。

 幸い目的地であるクーシェル王国を支配している犬人族(クーシー)は、虎人族(ワータイガー)と仲がいいらしいから助かる。


「おっとわるいね」


 突然寄りかかられ、何事かと振り返ると、そこには酩酊した女を支えている優男の姿があった。

 ハスッパな女は悪びれない表情でケタケタ笑いながら優男の頭を叩いている。

 女は雰囲気とは裏腹に、実に色気を放つ身体付きをしていた。

 細いその身体から、地味な肌着を押し破らんばかりの双丘が俺の男を刺激する。


「テメーがしっかり支えねぇから」


 立派な胸を揺らしながら呂律の回らない口調を披露する。


「この兄チャンにアタイの胸触られちゃったじゃねーか」

「バビアナさんしっかりして下さい、ほらしっかり立って」

「アタイが立つわけないだろ、兄チャンは起っちまったかしんねーけど」

「バ、バビアナさん」


 女は下品なジョークを飛ばしご満悦の様子。

 それを支える優男はこちらを見ると軽く頭を下げ歩いて行った。

 酒精に混じった女の香りを残して。

 

「タッテナイシ」

「大丈夫ですか?」

「お、おう大丈夫」

 

 心配そうなガーディに、腰を引き気味にしながら何でもないように返した。


「飯食っちまおうぜ」

「はい」


 部屋に戻り風呂に入ろうとしたが、贅沢なものらしく風呂はないと言われた。

 しょうがないので宿に水を用意してもらい、それで身体を拭くだけだった。

 身体を綺麗にして寝台(しんだい)に横になる。

 ガーディも一緒だ。

 一人になるのを嫌がった為、同じ部屋の同じ寝台(しんだい)だ。


「ほら入りな」


 縛られたガーディを助けた時は俺が触れただけで拒絶したのに随分な変わりようだ。

 懐かれ方が異常だなと心の中で溜息を吐き、ガーディを招く。

 平常に戻るには時間がかかるのかもしれないが、まあ可愛い子だから懐かれるのは嬉しいし頑張ろう。

 今は妹とでも思っておくか。


「おやすみ」

「はい」


 ぴったりとくっ付いてくるガーディ。

 少女とはいっても身体には淡いラインがあるし、柔らかくて、温かい。

 そして甘い匂いがする。


(ミ、ミルクの香りが)


 駄目だ、意識するな、バイゾーの二の舞だぞ。

 仰向けに寝ている俺の脚に、ガーディの細くしなやかな下肢が絡んでくる。


「んぅ」


 ガーディはまだ足りないとばかりに俺の腕を抱き寄せると、その淡い双丘で包み込む。

 俺が呼吸をするたびに身体を揺するガーディ。

 

「んッ、んぅ」


 俺の気力が根こそぎ奪われそうだ、このままじゃいかん。


「その、少し熱くないか」

「ッん、・・・寒いくらいです」


 濡れた瞳に、媚びた声。

 ガーディはより身体を寄せてくる。

 俺はガーディの身体から腕を抜き、横寝の状態にな向き直る。

 媚びた瞳のガーディと目を合わせる。


「ガーディ、・・・そういう事はしなくてもいい。そんな事しなくても俺はちゃんとお前と一緒にいる」


 ガーディは一瞬強張ると、少しの間を置いた後に頷き、身体の力を抜いた。

 

「一人は嫌です」


 小さく呟いた。

 

「ああ。もう寝ろ、おやすみガーディ」


 危なかった、俺にしてはよく耐えたよほんと。

 どっかで発散しないとこりゃ危ないな、明日探してみるか。

 それにしても・・・遠いところに来ちまったな。

 






 朝起きると、ガーディは既に起きて身支度を整えていた。

 俺はおはようと挨拶をし、手渡された桶で顔を洗いガーディと朝食を食べに行く。

 食堂はガランとしており起きるのが遅かったかなと思いつつ厨房に呼びかけ、飯を用意してもらう。

 時間がずれていたから追加料金が発生したが、バイソーが大目に払ってくれていたらしく対応してくれた。

 彼に感謝し二人でもそもそと飯を食べていると、バイソーが現れた。


「お待たせしました。」

「おう、どうだった?」

「はい、少し揉めてしまいましたがなんとかなりそうです。ただ、整理するのに時間がかかるものもありまして、明後日まで待って頂けないでしょうか?」


 バイソーは疲れた笑みを浮かべ申し訳なさそうに言った。


「俺はいいぞ、ガーディもいいな」


 視線を向けると、ガーディはコクンと頷いた。


「旅回りに必要なものと、ワルケイルまでの御者は私が用意させて頂きます。ラベンダーさん達が必要だと思った物はこちらをお使い下さい。」


 重そうな皮袋を机の上に置いた。ジャラリと頬のにやける音がする。

 

「それは手付金のような物ですので好きにお使いください。残りは後程きちんとお支払いたします。それとこれを」


 二枚の木片を差し出した。


「これは国内で通じる身分証のような物です。それではまた明日朝に顔を出します、その時に御者の紹介もさせて頂きますので」

「おう、悪いな」

「それでは、バタバタとして申し訳ありませんが、私はこれで」


 一礼して去っていくバイゾー。


「へへ、飯食ったら街を見に行こうぜ、軍資金もあるしな」

「はい」

 

 宿を出て大通りを目指して歩く、街の中央には大きな広場がありそこにお店が立ち並んでると聞いた。

 角を曲がり大通りに出ると後は一直線だ、この大通りは街を分断する様に通っていて、街を北と南に大きく分けている。

 北には領主館、官舎、教会等がる、南は主に住宅街で、その一部がくぎられ、職人街と歓楽街になっている。

 街は既に活気に溢れており、今も大通りを通る馬車の御者が声を上げて通行人を避けていた。

 石畳に煉瓦造りの家々、俺は大通りの先を見つめた。

 雰囲気は似ている、だけど確かに違う街並み、つい故郷の面影を探してしまう。

 こんな感傷的なところがあったなんてな、と自嘲気味に呟く。

 ガーディを見ると、昨日も見ただろうに興奮した面持ちでキョロキョロしている。

 今朝起きた時には昨夜のような媚びた様子はなく、今は年相応にはしゃいでいる。

 

「朝からこんなに人がいっぱい」


 とてもご機嫌な声だ。

 ガーディの楽しそうな声に俺の沈んだ気持ちもいつの間にかなくなっていた。


「ラベンダーさん見てください、お肉がいっぱい運ばれています!」


 ガーディの声に振り向くと、そこには愛らしい顔をした子豚達が馬車に乗せられ運ばれていた。

 子豚たちはブキブキと鳴いておりその愛嬌を振りまいていた。

 

「何日分あるんだろう」


 ガーディのズレた感想を聞いた俺は、やっぱ虎かと苦笑する。


 馬は馬だったのに、豚は肉とはこれいかに。


「あ、今度はおっきいいお肉さんが歩いています」


 キラキラした瞳をしながら語りかけるガーディの視線の先には、牛が荷車をゆっくり引っ張っている。 

 うわーおいしそうと聞こえたのは多分気のせいだろう。

 とりあえず今夜の夕食は肉料理で決まりだな。

 そのままぶらりと歩きつづけ、中央広場に出た。

 広場には露店と屋台がひしめき合っており、お互いを出し抜こうとする商売合戦の声でまるでお祭り騒ぎのようだ。

 人々が行き交い、楽しそうな声を上げている。


「よおっ兄ちゃん、俺の串焼き食っていかねーか、この街一番の串焼きだぜ!」


 食欲をさそう香ばしい匂いに、肉がジュウジュウと美味しそうにないている。

 先ほど食事をしたばかりなのに、オッサンの作る串焼きは眩しく映った。

 オッサンは手に串焼きを持つとこちらにかざし、ほらほらと誘惑してくる。

 ガーディは居ても立ってもいられないのか、俺の袖をクイクイと引っ張っている。

 俺は心を鬼にして、


「悪いが飯は食ったばかりだ、また後で来るよ」

「なんだそうなのか、じゃあ後で頼むよっ」

 

 ガーディは愕然した表情で、俺の後をトボトボついてくる。

 悪い事したかな。

 広場の喧騒を背後に、俺たちは広場をぐるりと囲むようにして立ち並んでいるお店に入った。

 店内は静穏に満ちており、まるで別世界だ。

 扉を抜けて正面に大きなカウンターがあり、壁面には棚が(しつら)えてある。

 並んでいるのは鞄やランプといった小物で、どうやらここは雑貨屋のようだ。

 一通り見たが、これといって欲しい物はなかった。

 ガーディは静かに小物を見て珍しそうに楽しんでいる。


「お店に入る初めてなんです」

「そうなんか」

「村に行った事があるくらいで、だから楽しいです」

「そうか、じゃあ今日は楽しもうな」

「はい」


 フードから覗くガーディが笑う。


「おや客さんかい、嬉しいねえ」

「邪魔してるよ」

「ゆっくり見ていってくんな」


 店の奥から中年の女が出てくる、店の店員のようだ。

 静かな店に不釣り合いな豪快なおばさんだ。


「そうさせてもらうよ。ところで広場のお祭り騒ぎ、あれは毎日ああなのか?」

「嫌だねえ、そんなわけないじゃないか。そんなことになったらウチの商売は上がったりだよ」

「そりゃそうか」


 確かに店内には閑古鳥がないている。

 露店でも雑貨ぐらいは売られるだろうから、客を取られてしまったのだろう。


「何でも御領主様にお祝いごとがあったらしくてね、振る舞い酒も出されるって話さ」

「へーなにか良い事でもあったのかな」

「噂だと御領主様の若様に良い御縁があったらしくね」

「そいつは羨ましいな」

「アンタ、旅人さんかい?」

「ああ、巡礼者だ。といっても敬虔(けいけん)な信者ってわけじゃないけどな。ワルケリアを目指してるんだ」

「そうかい、それじゃあ頑張っとくれよ」


 この大陸には一つの宗教がある。

 大陸を創ったとされる巨人(ワンケ)を尊く神聖なものとして信仰しているエイブリル教だ。

 エイブリル教は大陸全土に古くから広まっており、特に6族は強く信仰している。

 その6族とは逆に人族(ヒューマン)はあまり熱心ではない。

 大陸を作ったとされる巨人(ワンケ)に畏敬の念は覚えていても、あまりにも人族(ヒューマン)と他種族では扱いに差()があり過ぎた為、素直に信仰することができないのである。

 それでも、日々の糧を得る事ができれば巨人(ワンケ)の恵みに感謝をするし、奇跡が起きれば巨人(ワンケ)の施しに敬仰(けいぎょう)もする。

 つまりエイブリル教とは巨人(ワンケ)大陸において様々な種族達を繋ぐ(かすがい)なのである。

 信者はどこに居てもおかしくないし、どこに向かうにしても巡礼の一言で説得できる。

 そういった理由で、俺は巡礼者と語る事にした。

 まあ地図(アーティファクト)の“力を”調べる事もあるしあながち嘘でもないしな。


「そうそう、アンタ可愛い子を連れてるから気をつけなさいな。今日みたいな日は喧嘩も起こるだろうし、宿に早めに帰りさね」 

「何も買ってないのに話をありがとな」

「別にいいさ、若いもんが気にしなさんな」

「ガーディ行こう」


 扉を開けた途端、外の喧騒が耳に入る。

 相変わらずの活況で、騒がしく楽しそうだ。

 笑い声を耳にしながら、俺たちはそのまま順番に店を見て回っていったが欲しい物は見当たらなかった。

 少し気になったのは古書店だが、内容を軽くみたけど大した物は置いていなかった。

 俺の故郷(ワンケ)と、この巨人(ワンケ)大陸が、同じ文字なのは助かったけど。


「店は見たし露店を見てみるか、ついでに何か食おうぜ」

「ごめんなさいお腹空きました。私お肉が食べたいです」


 少し疲れた表情のガーディ。


「それじゃあ先に飯を買うか。さっきの串焼きでな」

「はい」


 元気を取り戻すガーディ。

 人ごみの中を縫うようにして串焼き屋に向かっていると。


「ネエちゃん!それは困るよ!」


 こっちも商売なんだからとか何とか、よく聞き取れない親父の声が耳に入ると、何やら先程の屋台の辺りが騒がしい。

 店の前には人だかりが出来ており、何なんだと思ったが、少し近づいて気付かされる(・・・・・・)

 その中心からは心が震えそうなほどの“力”が辺りに発されている事を。

 周囲の人間はその“力”に気付いておらず、その様子を楽しそうに眺めている。

 当然親父も気付いておらず、無遠慮な声をかけ続けている。 

 “力”は徐々に形になってきている。

 俺は逸る心を抑え、人をかき分け覗き見る。

 それはフードを被り、全身を外套で覆い隠しているが直ぐにわかった。

 6族。

 想像以上だった。

 犬人族(クーシー)等を見ても特に脅威に思わなかったが、・・・コレは別ものだ。

 生物として格が違うんではないかとさえ思わされる、正直甘く見ていた。

 心が震える。

 広場が軽く吹き飛ばされるほどの“力”が形成されているのに、親父は先ほどの調子で言い続けている。

 恐ろしい、俺は正面を向いたまま、そろりと少しずつ後退する。

 親父は相変わらず火口の中でブレイクダンスを踊り続けている、そろそろ感動してきた。

 あんたは最強の人族(ヒューマン)だぜ。

 ・・・逃げるのが遅すぎた。

 “力”が解ほ―――【ヘルメス】―――――――――


 時間が加速する。世界は灰色に染まり音もなく光もない空間で俺は動く。

 傍らにいたガーディを抱え込もうとするが、じれったいほどに身体がゆっくりにしか動かない。

 やっとの思いでたぐり寄せ、俺は“力”に向かって手をかざす。


【エイジス】


 灰色の世界で俺の理術だけに色がつく。

 かざした手の先の空間が揺らめき、僅かな燐光が生まれると瞬く間に広がり盾となる。

 ありとあらゆる災厄を退ける矛だ。

 頼むこの身を頼む守ってくれ。

 世界に色が戻る。


「・・・・・・そのような事を言われても、その困る」


 凛とした声が辺りに響く。

 ・・・気の抜けた一言に呆気にとられた俺は、形成された“力”が、オロオロしているのを幻視する。

 

「それじゃあこっちは商売上がったりだね!!あーあ明日からどうやって食っていきゃあいーんだ」


 親父は今の命より、明日の命が大事らしくさらに調子が上がってきている。

 どういうことなのこれ?

 とりあえず言えるのは、今俺は周囲からガン見されている。


「母ちゃんごめんよ、俺が文無し嬢ちゃんに話しかけたばっかりになんてっこたい、本当にもうなんてこったい」


 僅かな逡巡の後、盾を散らし親父に話かける。


「どうした親父、困りごとか?」

「あっ、さっきの兄ちゃん。聞いてくれよ実はさ、この嬢ちゃん金もないのに串焼き食いやがってさぁ、俺は驚いちまったよ」

「そうなのか、それなら俺が金を払って・・・」

「金もないのに次から次からパクパク食いやがってよ。そんでよ、当然のように次を要求してくるんだぜ?まったく世も末だぜ」


 人の話を聞いちゃいねぇ。


「親父、俺が払うよ!」


 ほらこれで、と言って皮袋から銀貨を取り出し親父に渡す。


「俺とこの子の分も頼む」


 いつの間にか隣にいるガーディの分も頼んだ。

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