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第4話 やべ。教官に火を付けたのがバレたらドS女にしばかれる

「ぎゃー」

 不安が立ち込める最中、ロウ教官が大声を上げながら猛スピードで飛び出してくる。

 なんだ。至って元気じゃないか。

 心配させるなよな。


「あっちー。誰か何とかしてくれー」

 え?何を言ってるんだ?どっからどう見ても調子は普通みたいじゃないか。

 少なくとも問題など……


 あー。ロウ教官の尻に火が付いている。

 そ、そうか。だから、走るのを止めなかったのか。

 うんうん。っておい。うなずいている場合じゃないぞ。

 火の勢いがどんどん増している。何か策を打たなければ。

 と言いたい所だが、消火可能な魔法が思いつかない。

 確か、授業で習ったと思うんだが。

 あー。もうお手上げだ。

 

「おーい。どうした?」

 うん?誰だ?

 うしろから男の声が聞こえてくるぞ。

 振り向いてみると、こっちへ向かってくる若教官の姿が目に入る。


 おっ。まじか。よかったー。きっと彼は、困ってるのを見て駆けつけてくれたに違いない。

 正しくラッキーだ。


「すいません。体が燃えてしまって大変なんです。助けて下さい」

「何? ホ、ホントだ。なぜこのような事に?」

 やっぱそう思うわな。

 だが、のんきに説明を行っている場合ではない。

 

「俺は今、来たばかりなのでよく分かりません。ただ状況が状況なので一刻も早い対処を願います」

「分かった」

 精神を集中させる為か、男性が静かに目を閉じる。

 

 いよいよ何かやるみたいだな。

 おそらくは魔法を繰り出すつもりなんだろう。

 間違いない。ただならぬ緊張感が漂う中、ついに彼が目を開け、ロウ教官の方を振り向く。


 

「たける炎を鎮めよ。フリーコールド」

 そして次の瞬間、ロウ教官の腰付近に白く丸い物体が姿を現す。


 なんだ、あの拳三個分くらいの球体は。

 引っ付くようにあとをつけてるぞ。

 やがて謎の球体が燃え盛る尻にくっ付き、横へとスライドを開始する。

 すると、不思議な事に球体が通過した部分だけ火が消え始める。


 えー。これは一体。

 まさか、あいつが消化してるというのか?

 瞬く間に地獄の業火は収まり、まるで一仕事終えたと言わんばかりにそっと球体は姿を消した。


 やれやれ。やはり白い球がピンチを救ってくれたという訳か。

 ホント、助かった。だが、さすがに傷の回復までは出来なかったようだ。

 ロウ教官は力なく倒れたままだ。


「大丈夫ですかー?」

 声をかけながら、若教官がロウ教官の元へ駆け寄る。


「あ、ああ……」

 こら、まずいな。

 かろうじて反応を返してはいるが、全く顔すら上げないし、さらには衣服が燃えた影響からか尻丸出し状態だ。


 確実に精神的ショックも大きいハズだぞ。

 何だかだんだん気の毒になってきた。どうにもいたたまれない気分だ。

 ただ、幸い校庭にいるのは俺と彼だけだ。

 ほんの少しは恵まれた状況と言えるだろう。


「おい。教官が尻を出して倒れてるぞ」

 へ?後方から男子の声が聞こえてくる。

 気のせいか?


「ウソ。どこ?」

「ほら。あそこ」


 うー。空耳じゃなかったー。

 なんてこった。しかも会話が成立しているという事は……


 もはや完全に想定外だが、考え方によってはまだ四人しか目撃者がいないとも取れる。

 ポジティブに捉えるべきだろう。


「ねえ、あれ。ロウ教官じゃない?」

 なぬ。今度は女子か。

 


「きゃー。不潔」

「ありゃ、尻が焦げてるぞ」

「なんて可哀想なの」

 

 おーい!一体、何人いやがるんだ?

 まさか、いつの間に大変な状況になってるんじゃ。

 恐る恐る振り返ってみると、溢れんばかりの人だかりが目に入る。

 もうなんでこんな事になったんだー。


「おい、ロウ。何があった?」

 

 ちっ。今度は前からか。

 しかも軽々しく呼び捨てにしたという事は、かなり位の高い人間に違いない。

 こら、参った。既に発狂寸前だが、おそらく雷が当たった瞬間など誰も見ていないハズだ。

 逃げるなら今がチャンスだ。

 

 

「石野すざく、ちょっと待て。これはどういう事だ?」

 ぎくっ。この女子にしては低い声……

 間違いない。イザベルだ。

 くっそー。よりにもよって退散しようとした所で引き留められるなんて。

 タイミング悪すぎだろ。

 

「何をしている? 私は状況説明しろと言っているのだぞ。貴様は言葉すら分からないのか?」

 うっせー!相変わらず高圧的で憎たらしい奴だ。

 黙ってうしろを向くと、見るからに機嫌悪そうなイザベルが視界に飛び込んでくる。

 

 な……

 普段よりもさらに険しい顔をしてやがる。

 まるで犯罪者でも睨み付けてるみたいだ。

 原因は何なんだ?まさか……


 一連の出来事をどこかで見てたんじゃ。

 いや。校庭の周りにはひとっこ一人いなかった。

 まずありえないだろう。

 

「やっとコッチを向いたな。では改めて問う。なぜ彼は倒れている? 分かるよう説明しろ」

「さ、さあ。実は俺も何も知らないんだ。悪いな」

「ほー。あくまでもしらをきる訳だな。残念だ。私は貴様にチャンスを与えたというのに」

 え?言葉の意味がサッパリ分からない。

 とうとう怒りで我でも忘れたか。


 

「お前は何を言ってるんだ? 俺はつい何分か前に到着したばかりでほぼちんぷんかんぷんな状態だ。どうか、他を当たってくれ。そうだな。あそこにいる教官にでも……」


 あれ?いつの間にか全ての人間がいなくなっている。

 全然気付かなかった。というか、ロウ教官はどうなったんだ?

 まあいい。今は目の前の事に集中しよう。


「悪い。どうやら、彼等はいずこへと行ってしまったらしい。ただ、校内にはいるハズだ。追いかけてみたらどうだ?」

「その必要はない」

 

 おいおい。明らかに話が矛盾してるじゃないか。

 もうよく分からんぞ。

 

「なぜだ?」

「言葉の通りだ。理解出来るか?」

「いいや」

「フフ」

 うわっ。イザベルが笑った。

 なんかとてつもなく嫌な予感がする。

 

「ならば、理由を教えてやろう。私は貴様達のやり取りをずっと見ていた」


 まさか、いきなりハッタリをかますとはな。

 俺を撹乱する狙いか?笑止千万だ。

 校庭には誰一人とていなかったんだぞ。



「お前も落ちたもんだな。そんなでたらめは通用しない」

「何を言う? 校舎の屋上からしっかり観察させて貰ったというのに」


 なにー!だったら、姿がなかったとしても不思議じゃない。

 やられた。見事に一杯食わされた気分だ。

 ただ、口から出まかせを言っている可能性は十分にある。

 落ち着いて対処しよう。


「であれば、どうして教官は負傷したんだ?」

「雷が尻に当たったからだ」


 う……

 完全に的中している。

 このままだとまずい。

 もっと難問を出さなければ。


「なら事故が起きる前、何の話をしていた?」

 

 フフ。上空から地上まではかなり距離がある。

 たとえ、どんなに耳がよかったとしても会話が聞こえる訳ない。


「確か、魔法と勉強に関する事が主だったな。ちょくちょく私の名前も出ていたが」

 

 凄え。さすがイザベルだ。うんうん。

 って感心してる場合か!この状況を打開出来なければ、おしおきまっしぐらだぞ。

 

「さてハッタリでない事は証明されたハズだ。異存ないな?」

「あ、ああ……」

 くっ。何も反論出来ない。

 

「では、ふざけた大ばか者に愛のムチを。覚悟はいいか?」

 やっぱこういう展開になってしまったか。

 正しく最悪の状況だ。ただ、諦めるのはまだ早い。

  

「ちょっと待ってくれ。今回の事故は不可抗力だったんだ。お前も異常な雷雲の動きに気付いただろ?」

「ああ」


 よし。一定の理解を示したか。

 いける!

 

 

「だが、それがどうした?」

「へ?」

「ケガをさせた事実は決して変わらないし、どさくさに紛れて逃走を図ろうとしていた行為も決して許される事ではない」

 げっ。見事に痛い所を突かれたな。


「ち、違うんだ。ちょっとばかし訂正させてくれ。俺は――」

「黙れ! もはや、話し合いをする余地はない」

 あーん!よくもまあ、生意気な言葉を吐けるな。

 ろくすっぽ取り合ってもないくせに。

 もうコイツになんてかまってられない。

 逃げるが勝ちだ。とは言え、相手は運動神経抜群の化け物だ。

 まともな方法では簡単に捕まってしまうだろう。

 ならば。

 


「あ、うしろにロウ教官が!」

「何?」

 よし。嘘だと気付かず、うしろを振り向いたな。

 大チャンスだ。ここぞと体を回転させながら走りだそうとするも顔に柔らかい何かが当たり、思わず足が止まる。


 うん?何がどうなっている?

 まるでプリンのような弾力性を感じるぞ。

 加えてこの柔らかい物体は左右両方にあるみたいだ。

 しかし残念ながら現状、目が塞がっていて正体がさっぱり掴めない。

 おまけに頭を抑えられている気もする。

 うーん。まあいい。とっととずらかろう。

 再び走行を開始しようとするも、結局一歩も進めぬままただ時間だけが過ぎていく。



 おいおい。確実にまずいぞ。

 何とかしなければ。とっさに手を伸ばし、プルプルに触れる。

 

「あ……」

 な、なんだ、今のは。

 もしかして近くに女の子でもいるのか?

 ちょっと試しにもんでみるか。えい。

 

「あ、あん……」

 まただ。しかも、今度はやけに色っぽかったぞ。

 フフフフフフ。何だかこっちまで興奮してきたぞ。

 

「あ、あ、あん……」

 ああ。たまらん。

 正に言う事なしの状況だが、なんかおかしくないか。

 なぜ事あるごとに声がしてくる?

 もしや目の前のコイツは女子なんじゃ。

 いや。そんな訳が。そもそも校庭には人なんていなかった。

 たった一人イザベルを除いてな。だが、数メートルも後方にいた状況でいきなり正面に現れるなどありえない。


 であれば奴は今、何を?

 さっきから声すら聞こえてこないぞ。

 不思議に思いながらも手を動かし続けていると次第に圧力も弱まり、割と簡単に密着状態から離れる事に成功する。


 よし。このままダッシュだ。向きを変え、全力で前方へ走る。

 どうもイザベルはいないみたいだな。

 それに女子らしき人物もどこにもない。

 とするとおそらくプルプルは、豊満な胸を持ちながら人の声も操れる特殊系モンスターなんだろう。

 一体、どんな容姿をしてるんだ?

 十数メートル離れた所で足を止め、振り返ってみる。

 そこにはなんと、怒り狂ったイザベルの姿があった。

 

 お、おい。まじか……

 俺が走り出した時、あいつは間違いなく後方にいたハズだ。

 なのになぜ?

 


 そ、そういえばすっかり忘れてたが、イザベルは超人だったんだよな。

 という事は、抜群の身体能力を活かして超高速で移動出来たとしても不思議ではない。

 やってしまった。これこそ正しく石野すざく最大の危機だ。

 こうなってしまった以上、俺に出来る事はただ一つ……

 逃げろー!


 全力で逃走を試みるもイザベルにあっけなく追いつかれ、何ともあっさり馬乗り状態に追い込まれる。

  

「さあ、尻叩きの時間だ。決して容赦はせぬぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ心の準備が」

「知るか!」

「ぎゃー」

 無慈悲な悪魔から放たれた一撃が、いよいよ尻に投下される。


「なかなかいい声を上げるじゃないか。よし。残り九発も手早くやってしまおう」

「な……一発だけじゃなかったのかー」

 この後誰もいない校庭には、尻を叩く音と貧相な叫びだけがただただ鳴り響いたのであった。


「今回はこれくらいにしておいてやる。くれぐれもロウ教官にケガをさせたとは自白するなよ。いろいろと騒ぎになるからな」

「ああ……」

「よろしい。では、また明日」

 僅かに満足げな表情を浮かべた黒い悪魔がようやく校庭から去り、長かった地獄のお仕置きタイムも終わりを迎えた。






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