第2話 また木に吊るすのだけはやめてくれー
くっそ。もしかして目覚ましが壊れてたのか?
それとも俺が単純に見間違えただけなのか?
どちらにせよ、遅刻は決定だ。
はー。今日はもう踏んだり蹴ったりだな……
すっかり心が病みそうだが、こうしてせっかく来たんだ。
途中からでも授業に参加しよう。幸い、校門は常に開放されているし、守衛もいない。
さっそく門を抜け、誰一人いない敷地内を歩き始める。
ふー、にわかに緊張してきたな。
出来る事なら、裏手にある出入り口に人がいなければいいが。
コソコソと身を隠すように進んでいると、やがて前方に校庭が姿を現す。
そこには無情にも、魔法演習を行う生徒達の姿があった。
げっ。軽く十名はいやがらるじゃないか。
しかも、全員がこっちを向いていやがる。
「では、マネキンに魔法を打ってみろ」
「はい」
こりゃ、下手に動くのは危険だぞ。
なにせ、オスフェリアは規則がやたらと厳しいんだからな。
この間なんてたかが三分遅刻しただけで……
うっ。途端に寒気がしてきた。
ひとまず思い出すのは止めておこう。
物陰に隠れながら様子を伺っているとまもなく彼等が向きを変え、ちょうど反対方向へ移動を始める。
よし。チャンスは今しかない。
おりゃー!ここぞとばかりに全力で走り、案外あっさり中へ入る事に成功する。
よっしゃ。見事にかいくぐれたぞ。
フッフッフッフッ。にしても内側も依然として綺麗だな。
普通、築千年を超えれば劣化が始まるだろうに。新築同然だ。
たぶん、いい状態を維持出来てるのは修正魔法のおかげだ。
ありゃ確か、古くなった物や素材を傷一つないレベルに戻すんだったよな。
さすがだ。と言っても、高位と付いてるだけあってすべての人がこの魔法を扱える訳ではないがな。
むろん、俺は使う事が出来ない。まあ、とにもかくにも第一関門突破だ。
あとは二階のクラスルームに行けばいいだけだ。頑張るぞ!
階段横にある教官室に気を配りながら移動を行い、幸い人と遭遇する事もなく、上へと到達する。
いいぞ。今の所は全て順調だ。引き続き誰もいない事を確認しながら第一、第二の突き当りを左に曲がるとようやく前方に一ーE教室が見えてくる。
おーし。周辺には邪魔者もいないみたいだな。
フフフフフフ。すぐさまドア窓から部屋を覗いてみた所、なぜかひとっこ一人いなかった為、堂々と中教卓の真ん前にある座席に腰かける。
くっくっくっ。なんて素晴らしいんだ。
途中入室でなければ、クラスの連中にも冷やかされずに済む。
間違いなく、気持ち的に楽だ。さて落書きでもしよっかな。
ペンを走らせようとした次の瞬間、突如脳天に強い衝撃が走る。
いってー……
一体、何が起きたというんだ?
てか、考えるまでもないか。痛みを感じた瞬間、頭部に固い何かが当たる感触があった。
つまり、俺は何者かにゲンコツを食らわされたんだ。
ちっくしょー。何も悪いことをしてないのになぜ?
もうあったま来た。
「おのれ、クソゴリラ! どこにいやがる!」
顔を上げ、前、横、斜めを見てみる。
しかし、周りには誰も見当たらない。
という事はうしろか!
勢いよく振り返ると、そこには恐ろしい表情で仁王立ちしている一-Eクラス担当教官、オスフェイル・イザベルの姿があった。
「ひー。ば、化け物ー」
「誰がだ!」
まるで電光石火の如く早さで本日二度目のゲンコツをお見舞いされる。
いってー……
まさか、身の毛もよだつ悪魔が近くにいたとは。
最悪過ぎるにも程がある。
そりゃ、コイツは超優秀さ。なんてたって飛び級に飛び級を重ね、十七となる今年から教官を務める事になったんだからな。加えて誰もが羨ましがるような端正でクールな顔立ち、そして艶々な黒髪ロングヘアー。おまけに高身長で胸もでかい。正に全てが完璧と言っていい女だろう。だが、そんな奴にも一つだけ大きな欠陥がある。それははてしなくストイックで人を痛めつける事を何とも思ってない所だ。
「貴様! 二学期が始まって何回目の遅刻だ! まだ十日程しか経ってないのにもう三度も同じ過ちをやらかしてるではないか!」
うわ。なんて迫力だ。
こりゃ、モンスターなんかより遥かに恐ろしいぞ。
もはや完全に押されてる状況だが、ここで何も言わなければ防戦一方だ。
よ、よし。
「確かに俺はへまばかりしているダメ生徒だ。潔く認めよう。ただ、今日に関しては目覚ましが原因であって決して寝坊ではない」
「フン。だから、何だ。遅れてきた事には変わりないだろう」
ダ、ダメだ……
全く状況が変わりそうにない。もう諦めよう。どうせ何をしても無駄だろうからな。
実に無念だ。それはそうと、どうしてイザベルはいつも黒いキャットスーツを着てるんだろう?
前々から不思議に思ってたが、一年中ずっと同じモノを着用しているのには何か訳があるんだろうか? ちょっと聞いてみるか。