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SR-Sekai

作者: 憑火

  Substitutional Reality



 精密機器指定での宅配便でOculus Rift DK2とマイク付きの強そうなヘッドホンとJetson TK1と3Dプリンタで出力したであろうフレームとケーブルが送られてきた。OculusにはOvrvisionがついていたしJetsonにはWi-Fiモジュールが挿さっていた。送り主は知らない女性の名前だったが誰が送ってきたか検討付いていた。(家近いんだから直接届ければいいのに) 昨今割と有名だと想うOculusはまだしも、Ovrvisionはもう少し知名度が低いと思う。更にはJetsonはどこの界隈の人間が知っているのだろうか、と思う。


 僕がそれらを知っているのは、まあ見たことがあったからに他ならず。


 Oculusは目を覆うように装着するヘッドマウントディスプレイ。目のすぐ前に設置されたディスプレイと魚眼レンズで仮想空間に没入したような感じになる。頭の動きを追従することができるから右を向けば仮想空間で右を見ることができる。


 OvrvisionはそのOculusに設置するステレオカメラ。視線の情報をコンピュータに伝えることができる。現実世界に情報を重ねるARも可能になる。


 Jetsonはコンピュータだと思えばいいだろう。Wi-Fiモジュールを挿している辺りネットワーク経由で何かするのだろうしどうせWi-Fiの設定も僕の部屋のものに合わせてある。Jetsonの特徴はNVIDIAのGPUが搭載されているということでグラフィクス性能が必要か何かGPUを利用した高速計算が必要かだろう。


 さておき、見たことある字で書かれた説明の通りにフレームにマシンを設置しケーブルを接続する。フコンセントの延長コードも入っていた辺り電源の妥協を感じた。


 電源を入れてOculus とヘッドホンを被る。少しの間真っ暗だったが英語の警告と共に視界が開けた。


 自分の部屋、自分の手。本来直接目で見るはずのものをコンピュータを通して見ている。が、特に変なところはない。フルHDとは言え相変わらず目が痛くなりそうだった。しかし鼻の位置に鼻のようなものが見える辺り酔わないための気遣いは感じた。


 Jetsonにはマウスもキーボードも接続していない。しかし何か仕掛けがあるはずだ。そしてそれはもう始まっていなければならない。


 部屋を見渡して何か異変がないかを探る。説明がないのはいつものことで宝探しという可能性もある。部屋の中では何も気づかず扉を開けて廊下も見た。特に異変はない。どうしたものかと部屋に戻るとその異変はそこにあった。


 ベッドの上で膝を抱えて僕を見つめながら座る少女。


 知らない少女だ。


 誘拐した覚えはない。


 コンピュータが見せる幻覚だとすぐにわかったが。


 少女は微笑んで立ち上がる。ベッドが揺れることはない。しかし無機質な影が落とされていた。黒い髪は蛍光灯に照らされ艷やかに光る。ラグは目立たずとても自然に見えた。


 少女が3Dモデルということはわかっていた。(あの凝り性が) 影や光が計算によるものだともわかっていた。計算のためにこの部屋を予め計測していたのかもしれない。(あの変態が) 高品質な3Dモデルに加え、コンピュータグラフィクスの世界ではそこにそれが確かにあると錯覚させるフォトリアリスティックな映像を作るために光と影というのは重要だ。ものを見るためにはそれが光るか光に照らされていなければならない。光があるということは影がある。光と影によって写実性は増すが、その分計算は大変だしパラメータの調整も難しい。


 何にせよ、突如目の前に、自分の部屋に少女が現れるとドキドキしてしまうのが男の性。


「こんにちは」


 少女は喋った。ヘッドホンから聞こえる声だが。


「こんにちは」


 とりあえず返す。僕にチューリングテストをやれとでも言うのか。少女は目を細め首を傾げながら微笑みベッドから降りる。


「よかった。無言だったらどうしようかと思った。私はユウキ。よろしくね」


 送り主の名前だった。


「よろしく」


「あなた、名前は?」


「知ってるだろ」


 ユウキは目を大きくして肩を竦めて見せた。肯定も否定もせず、悪戯が発覚して恥ずかしいともさもありなんとも言ってくれなきゃつまらないとも取れる。占いと同じだ。わざと曖昧にして相手の想像で決定させる。


「じゃあ好きなものは何?」


「好きなもの? 紅茶で」


「嫌いなものは?」


「じゃあコーラで」


 こちらも質問を投げよう。


「ユウキはどうなんだ?」


「私?」


 ユウキはそう反応した。少し上を見て考える人。


「私が好きなものはココア。嫌いなものはコーヒー」


 予想以上に良い答えが返ってきた。好みが可愛いという意味ではない。(思ったが) 僕は好きなもの嫌いなものという幅のある領域に対して飲み物という制約を入れて返した。そして問い返した。How about you ?だ。好きなもの、嫌いなものを聞いてきたということは自身が同じことを問われることは予想できる。だからそれに対する回答を準備することは可能だ。本が好きとかチョコが好きとか。それはそれで違和感はないし普通だ。しかしユウキは僕が作った制約に従う形で回答した。脈略があるのだ。


 或いは僕の回答は予測済みという線もあるが。


「甘いものが好きなのかな。可愛いね」


 言葉にすると恥ずかしさ10倍だな。ユウキはにこりと笑った。とりあえず笑うという人間もいたなと思った。


 さて、仕掛け人が何を目的としてこんな開発が面倒臭いシステムを作ったのかを考えなければならない。そうしないと思わぬ不意打ちを食らって驚かされるはめになる。


 考えることとしてはユウキが何者か、ということが1つ。外見は3Dモデルだがその中の人は何なのかということだ。2通り、コンピュータか人間か。


 ネットワークに接続していることを根拠に人間が遠隔喋っているとすることはできない。レスポンスも速く発音も綺麗だから中の人がコンピュータだとしてもネットワークの先のハイパワーマシンで運用しているはずだからだ。しかしその結論は次に僕が言う台詞に対する反応でわかるだろう。


「ところで髪に芋けんぴついてるよ」


「それはちょっと反則だな」


 ごめんなさい。予測されてたか。


 他には何かがフラグで進行が進むだろうか、ということが1つ。しかしそれを考える前にユウキが動き出した。


 くるりと回って上品にお辞儀。僕を見ながらゆっくりと右に歩く。そんなに広くない僕の部屋、すぐに壁だ。ぶつかるかだまし絵みたくなると思ったらユウキは壁の中に消えた。すると左から「こっち」と声が。振り向く反対側の壁から出てきてみせたかのように手を振るユウキ。コンピュータ上の存在だからできる技だ。どこからともなくシルクハットを出し中に何もないことを見せる。頭に被って1、2、3。シルクハットを取ると同時に鳩が飛び出した。どこからともなくシルクハットを出すという魔法よりはよくある手品だと思ったが一応拍手を送った。手品師っぽくお辞儀をしたと思ったらユウキは後ろに倒れる。そしてまた消えた。


 現実にあるかのような存在はコンピュータ上の存在で、だからこそ魔法が使える。面白い演出だ。


 次はどこから現れるのだろうかと思った瞬間に左の耳に息が吹きかけられた。いや、そういう音がしたのだ。振り向くとキスができそうな距離にユウキの顔が。何だか良い匂いを感じたような気がした。ちょっと咽るとユウキはからかうよう笑って離れる。そして開けっ放しだったドアから出て行く。何やってるんだかと首を振るとすぐ右にユウキが座って僕を見ていることに気づいた。ユウキはニヤニヤしながら僕の顔に手を伸ばす。しかしその手が僕の顔に触れることはない。少なくとも僕はそれを知覚できない。残念がる表情を見せたユウキに僕はほっとした。


 あいつはそうやって僕をからかいたかっただけなのかもしれない。時々そういう無駄な情熱も燃やすのだ。


 ユウキはもう一度消え僕の左に現れると手を振った。


「バイバイ」


 ユウキは言う。これで終わりのようだ。面白くはあった。僕もバイバイ、と返した。


 ユウキがそのまま消えるという演出はなかった。ユウキは僕を見ながら手を振り続ける。ユウキはその世界に存在していて僕がそこから立ち去るという演出なのかもしれない。だから僕はヘッドホンを外しOculusを脱いだ。


 そして盛大に咽た。


 Oculusを脱いでもそこにユウキがいたからだ。


「ちょっと待った、え、は?」


 ユウキは心底面白そうに笑う。


 目を擦る。


 だけどユウキはそこにいる。


 何となく状況が飲み込めてきた。システムがわかってきた。


 やられた。

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