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創世術師ノルン  作者: はせろう
第1章
9/14

創世術師アルマン

 ジスプロの街は、列車から一時間ほど歩いた山間にあった。ドラートほどの大都市ではないが、緑と石造りの建物が融合した整った街並みだ。

 噴水のある広場には、多くの店が軒を連ねており、街の中心地になっていた。宿もこの地区に集中しており、列車から一時避難を決めた乗客達が泊まる場所を探して集まっていた。

「私達も泊まる場所を探すの?」

 リーフは、道端の小石を拾っている。列車に乗っている間治まっていた収集癖が再燃したようだ。

「宿に泊まるお金もないし、野宿か寝るときだけ列車に戻るか」

「私野宿でいいよ。この街を探検したいし」

「そうだね。列車に戻ったらキセノさんに苛められそうだし」

 ノルンは、野宿することに決めて、キセノに言われた術材がないか、ひとまずこの街で探してみることにした。

「いらっしゃい。坊ちゃんこの街の者じゃないね? 観光かい?」

 彫刻や石の食器が並ぶ石材店の軒先を眺めていると、店主が声をかけてくる。

「観光じゃないんです。アルクレーセ行きの列車が、浮遊石の落下のせいで止まってしまって」

「そりゃ災難だ。今日は妙に人が多いと不思議に思っていたんだが、立ち往生の乗客さんか」

「それよりおじさん、ここっていろんな石があるね」

「おおそうさ。この街の周りで採れる石は粗方揃っているよ。原石もあるし、加工品もある」

「賢者の石って聞いたことある?」

「賢者の石? いやあ、聞いたことないねぇ。何かの俗称かなぁ?」

 石材店の店主が知らないとは、やはり珍しい石のようだ。

「そうですか。じゃあ、燃えたり爆発したりするような石ってありますか?」

「おいおいお客さん穏やかじゃないね。そんなもの探して何するつもりだい?」

「線路にある浮遊石を早く壊したくて。みんな困っているから」

 店主は「ああなるほど」と頷いた。

「すまないけど大岩を爆破するような、火薬はないな。代わりにはならないが、これなんてどうだ? ジスプロ名物“温か石”。いつでもぽかぽか温かい防寒用品だ。これから寒い季節だし一個どうだい?」

「ノルン、私これ欲しい!」

 リーフが目をきらきらさせて飛びついた。

「じゃあそれを二つください」

「毎度あり~」

 ノルンは、その後も色々な店を梯子して聞きまわった。が、賢者の石も浮遊石を壊す術材も見つからなかった。

 そうこうする間に、日は傾いて山にかかり、飲食店や民家から料理の湯気や煙が立ち上り始める。

 ノルン達も、街の一角にある土と緑に溢れた公園で、夕食をとることにした。

「火を起こすから、枯れ枝を拾ってきてくれる?」

「うんわかった!」

 リーフは、露店で購入した籠を片手に、茂みの中へ飛び込んで姿を消す。

 ノルンは、リュックから鍋を取り出し、石を拾って集めた即席の釜戸の上に乗せた。

「いっぱいいっぱい!」

 しばらくして戻ってきたリーフは、体中草だらけで現れる。

「ノルンー、いっぱい採れたよぅ!」

 籠にこんもりと盛られた雑草が、ノルンの目の前に音をたてて置かれた。

「美味しそうでしょ?」

「う、う~ん。とりあえず、煮てみようか?」

 籠の底にあった枯れ木を集めて火を起こし、ノルンは、雑草鍋を火にかける。

「こんな所で火を起こして、いいと思っているのか田舎者」

 唐突に、低く通る声が流れた。

 ノルンが振り向くと、明らかに柄の悪そうなストライプのスーツにサングラス――バーバスが立っていた。

 バーバスは、口元を片方吊り上げた。

「お前等も街に出てきてやがったか」

 バーバスは、きょろきょろと辺りを見回す。

「あの創世術師はどこだ? 一緒じゃないのか?」

「うん。列車に残っているよ」

「リーフ正直に答えちゃダメ!」

 リーフの口を覆っても、もう遅い。

 バーバスは、顔をぱっと明るくして、

「そうかそうか。あの野郎はいないのか」

 懐から拳銃を取り出した。

「暴力反対!」

 両手を挙げてノルンは、訴える。

「ははは、残念ながら《クロイツ》では、暴力が励行されているのだよ少年」

「バーバスのアニキィ!」

 残る二人のチンピラが現れ、バーバスの一味が集合した。

「あれ? こいつらは?」

「よく会うだろ。どうやら俺達に捕まりたくてしょうがないらしい」

「へへへ、そういうことですか。さすがアニキ」

「それよりドッカー、首尾はどうだ」

「ええとですねアニキ、それがその……この街の連中なかなかガードが堅くて」

「ちっ。つまり収穫なしか? モンバサ、お前は?」

「へい、失敗しました」

「何が失敗しましただ馬鹿! 《クロイツ》の一員ともあろう者が、財布の一つも盗めないでどうする!」

「いやぁ、俺もモンバサも体でかいし、スリにはむいてないみたいで」

 ドッカーとモンバサは、妙な照れ笑いを浮かべたりする。

「お前等なあ、どうやって今夜を過ごすつもりだ? あのクソ野郎に金を巻き上げられて、一銭もないのわかっているんだろうな、あぁん?」

「す、すんません。でも、金蔓のガキどもを捕まえたわけだし――」

「馬鹿! こいつらを金にするには、アルクレーセまで行かないと無理だろうが! 俺達は今、金が必要なんだよ今!」

「あれ~? バーバスのアニキ~」

「何だモンバサ?」

「あの子ども達、飯作ってる」

「……ほう」

 部下に言われて、バーバスは初めて湯気を上げた鍋の存在に気付く。

 サングラスをきらりと光らせ、口を斜めにした。

「いいじゃねえか。俺達のために用意してくれたとはな」

「え? いや――」

 バーバス一味は、ノルン達を押しのけて鍋を囲む。

「お前達は俺のものだ。つまりは、お前達の食料も俺のものということだ」

「あの、それは、やめた方が――」

「くくく。お前等は、そこで指でもくわえて腹を鳴らしていな。じゃ、いただきます」

『いただきます』

 チンピラ達は、行儀よく手を合わせてから、鍋の中身を頬張った。

「むぐむぐ、ごくん…………うっ!」

 美味しそうに喉を鳴らした途端、三人の顔色が真っ青に変わる。

 そして、ばたりと倒れて痙攣し出した。

「どうしたのかなこの人達?」

 リーフは、倒れているモンバサを跨いで鍋に近づくと、躊躇なく中身を口に入れてしまう。

「リーフ! それを食べたら!」

「もぐもぐごくん。うん、美味しいよこれ!」

 リーフは、けろっとして怪しげな草汁をがつがつ食べ出した。

「…………」

 今や鍋からは、強烈な刺激臭が立ち上り、鍋の周りに転がったバーバス達は、完全に意識を失っていた。

 ノルンは、一回頷き、この鍋を食すのを困難と判断した。

「この人達をこのままにはしておけないね。医者に連れて行こう」

「大丈夫だよ~。私も大丈夫だし!」

「でも草の中には、人の命を奪うくらい危険なものもあるんだよ」

「えぇ! じゃあ、早く運んであげないと!」

 リーフは、鍋を蹴倒す勢いで立ち上がった。

「さあ運ぼう」

 ノルンは、大人しくなってしまったバーバスを背負う。

「二回にわけないといけないか」

 ドッカーも長身のモンバサも、ノルン達には手に余るサイズだ。

「大丈夫だよ。ほら」

 しかしリーフは、女の子とは思えぬ腕力で、軽々とドッカーとモンバサを持ち上げてしまった。

「すごっ! 僕も鍛えないとなぁ」

 何となく敗北感を感じながら、ノルンは病人を運んで公園を後にした。

 夕闇に紛れた街でも公共施設や店の表には、松明に照らされた看板が置かれて目印になっている。

 看板を頼りに最初に見つけた病院は、外に人が列を作るほど盛況で、ノルン達は別をあたることにした。次に訪れた街の南の病院も、同様の人だかりで、とても診療してもらえる雰囲気ではなかった。そしてその次も同様で――。

 病院を巡って一時間程歩いただろうか。

 薬という文字の書かれた看板がかかった、建物を発見する。

 周囲の商店よりも一回り大きく、暗くても外壁がぴかぴかに磨かれていることがよくわかった。

「ここで薬が貰えないか聞いてみよう」

 ノルンは、真新しい白塗りの扉を開いて中へ入る。

 中は待合室になっており、等間隔に長椅子が並べられている。だが、他の病院のように人が溢れていることはなく数人程度だ。

 入口を抜けてすぐ右手にカウンターを見つけ、ノルンは、そこで受付をしている女性に声をかけた。

「すみません。食中毒で倒れた人を診てもらいたいんですけど」

「食中毒ですね。どんな症状ですか?」

「食べたら痙攣して倒れて、そのまま意識が戻らないんです」

 受付の女性は、メモを取りながらノルン達を見て眉をひそめた。

 そのまま、紙を持って奥の部屋に行ってしまう。

 すぐに戻ってきて、「患者さんを連れて奥へ進んでください」と言った。

 ノルン達は、言われるままに奥の部屋にバーバス達を運び込んだ。

 奥の部屋は、ベッドと机、壁一面の本棚と薬品棚が並ぶ診療室になっていた。

 ベッドの上には、前の患者がおり、医者と会話している。

「一日一錠毎晩服用してください。それで良くなりますよ」

「ごほ、ごほ。ありがとうございますアルマン先生」

 ノルンは、診療を終えた患者が横を通り過ぎる時に軽く会釈する。

「どうぞお大事に。すぐに良くなりますよ」

 アルマンと呼ばれた医者は、机に向かいながらも患者に愛想よく言葉をかけた。

「次は急患か……何を食べたんだい?」

 アルマンは、受付の女性が書いたメモに視線を注いだまま、ベッドを指差して、

「君、患者さんをベッドに寝かせてくれないかい?」

「あ、はい!」

 ノルンは、バーバス達をベッドに寝かせ、アルマンを観察した。髪は茶色で、眼鏡をかけた顔は血色がよい。中肉中背のローブ姿で、四十かそこらといった年齢だ。

「完全に意識を失っているな。食べた瞬間こうなったのかい? 何を食べたんだい?」

「はい。公園に生えた雑草を食べたら、急に痙攣して倒れました」

「これだけ即効性があると、雑草じゃなく毒草だな。この近隣だとあれかな? それとも――」

 アルマンは、ぶつぶつと独り呟き、バーバスのお腹に手を触れて目を閉じた。

 そして、「なるほど」と言って、得体の知れない草や虫や動物が飾られた薬品棚から、適当に材料を選び出す。

 それを机の上に広げた白い紙の上に載せ、両手をかざした。

 すると、鮮やかな緑の閃光が紙に置かれた材料から放たれ、部屋を照らす。光は数秒で収まり、紙の上にはさっきまで存在しなかった粒状の薬が転がっていた。

「創世術だ!」

 ノルンは感嘆を上げ、病室で声を上げてしまったと、慌てて口を塞ぐ。

「さ、これを飲ませれば治るよ」

 アルマンは、にっこりとして薬をノルンに手渡した。

 ノルンは、もらった薬を失神したバーバス達の口に少し強引に押し込み、飲み込ませた。

「毒を中和するように処方した。少しすれば意識が戻るよ」

「ありがとうございました」

 ノルンは、尊敬の眼差しを向けてアルマンに礼を言う。

 そして、思い出したように手を叩いた。

「そうだ。あの、アルマンさん。一つだけ質問してもいいですか?」

「ん? どこか他に調子でも悪いのかい?」

「いえ、僕達は元気です。そうじゃなくて、術材について聞きたいんです」

「解毒剤のかい? 悪いがそれは秘密の処方で――」

「あっ、違います。今の薬じゃなくて、僕達珍しい術材を探しているんです。創世術師なら知っているかなと思って」

「なるほどそういう質問か。どんなものだい?」

「はい。賢者の石とマンドラゴラの葉とクヴェルの羽って言うんですけど、持っていたりしませんか?」

 アルマンは、聞き終わるなり吹き出した。

「はっはっは、さすがにそれは私の店にもないな。それにもし見つけていたら、こんな所で街医者をやっていないだろうね」

「?」

 笑いだしたアルマンの意図が分からず、ノルンは、リーフと顔を見合わせる。

「まあ若い頃は、そういう無謀な冒険に私も憧れたからね。探究心は、創世術師に必要だ。うん」

「アルマンさん、僕達どういうことだかさっぱり」

「ああ、すまない。ただ、君達が言った術材は、どれも冒険家が一生を賭けて探すような伝説の品でね。まずクヴェルの羽は、その名の通りクヴェルという鳥の羽のことだ。この鳥が曲者で、透明で目に見えないうえに、音よりも速く飛行するため捕獲が非常に困難と言われている。次に賢者の石だが、これはさらにその上をいく貴重品だ。この世に七つしか存在しない伝説の術材のことだよ。無限のエレメントが秘められていて、その石があればこの世にあるもの全て生み出せると聞く。こうしている間も、創世術師や術材を集める専門家が世界中を飛び回って探しているんだよ」

 アルマンは、そこで一息いれて、机にあったティーカップに口をつける。

「最後にマンドラゴラの葉だが、これは前の二つに比べれば珍しくはない。マンドラゴラは、透明ではないし、貴重だが一般的な術材だからね。とは言っても、人が近寄らないような深い森で稀に見つかる程度だ。しかも葉がついているような新鮮なものを発見することは、難しい。だいたい枯れた根を回収するし、我々に流れてくるのも根がほとんどだ」

「…………」

 アルマンの話をここまで聞いて、キセノが笑顔でこの課題を与えたわけをノルンは、理解した。絶対クリアできない難題を出して、弟子をとらないつもりなのだ。

 だが、それだけ難しいと聞いたのに、ノルンは全く落ち込まなかった。むしろ、とてつもない宝の存在に、わくわくしていた。

「さて講義はここまで。次の患者が待っているからね。支払いは、受付でやっているから」

「あ!」

 支払いと聞いて、ノルンは、まだ意識を取り戻さないバーバスに目をやった。

「どうかしたのかい?」

「あの~治療費っていくらぐらいですか?」

「致死性の猛毒の解毒が三人分で、十五万グランだね」

「十五万!」

 ノルンが絶叫に近い声を発すると、アルマンは、朗らかに笑った。

「君が心配しなくても大丈夫さ。この患者さんが払うんだから」

「そ、そうですね」

「おかしいな。もう目が覚めてもよさそうなものだが――」

 アルマンが、バーバスに手をかけようとした瞬間。

「おらぁ!」

「うわ!」

 バーバスは、シーツを投げ広げてアルマンの視界を奪い、

「逃げるぞドッカー、モンバサ!」

「ま、待ちなさい! 金を――」

「悪の組織は、病院で金なんて払わねえのさ! あばよ!」

 診療室のドアを蹴破り、バーバス達は、待合室の患者の悲鳴に送られながらいなくなってしまった。

「ロザリー! 騎士団に通報しろ!」

「は、はい!」

「僕達も追おう!」

「やっぱり悪者だね! よーし捕まえるぞ~!」

「ちょっと待て!」

 アルマンが、ノルン達の進路を塞いだ。

「あんなゴロツキは騎士団に任せておけばいい。それよりも、まったく――面倒な客を運んできたもんだよ」

 アルマンは、風通しのよくなった待合室をちらりと見た。

「何なのだね今の患者は? まさか薬の副作用じゃないか!」

「決してそんなことはありません。彼等は街のチンピラでして――」

 待合室の客が不安げにざわつき、受付のロザリーが、それを宥めていた。

 アルマンが溜息を吐く。

「ごめんなさいアルマンさん」

 ノルンとリーフは、頭を下げた。

「はぁ、私も軽率だったよ。あんな連中を治療するなんて。よく見れば、明らかに金を持っていないそうだった」

 額に手を当てるアルマンに、ノルンは眉をひそめた。

「アルマンさん、創世術師は困った人を助けるんじゃないんですか?」

「ボランティアじゃないんだよ。治療には高価な材料も数多く使用するし、最高の技術には、最高の対価が支払われるべきなんだ」

 ノルンは、肩を落とした。アルマンもキセノと同じ金の話ばかりだからだ。

「ふぅ……この街にどれだけ滞在するか知らないが、もう二度とあんな客を連れてこないでくれよ。わかったね?」

「はい……わかりました。ごめんなさい」

 ノルンは、とぼとぼと診療室の出口に向かう。

 ノルンがドアノブに手をかけようとしたその時、ドアがひとりでに開き、白衣の男が入ってきた。


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