立ち往生
「緊急放送、緊急放送! 乗客の皆様、衝撃に備えてください!」
急を告げる放送が車内に流れる。
そして疑問を感じる暇もなく、ノルンの体は、前方に投げ出された。
ノルンは、訳もわからず宙を舞った。横ではノルンと同様にリーフが投げ出されている。
キセノだけは、席にしっかり座ったまま目を薄く開いた。
するとキセノのマントが膨れ上がり、部屋いっぱいに広がった。
「うぷ!」
ノルンは、分厚いクッションと化したマントに包まれた。
窓が砕ける音が聞こえ、破片が飛び散る。だが、マントに包まれていたおかげで、ノルン達には当たらない。
風通しの良くなった窓から、他の部屋の客達の悲鳴が聞こえてきた。
「ぷはっ――おはようノルン。もう朝?」
マントをかき分けてリーフが顔を出す。
「分からない」
ノルンは、寝ぼけ眼をこすりながら、窓の外を確認する。
すっかり日は昇っており、おまけに列車も止まっていた。
「お客様に連絡いたします。本列車は、進路上に浮遊石が落下してきたため、緊急停止いたしました。現在乗組員が客室を回っておりますので、怪我のある方はお申し付け下さい」
「浮遊石?」
「その名の通り空中に浮かんだ石だ。術材として有名な鉱石さ」
ノルンの疑問に、欠伸をかみ殺してキセノが説明した。
「この地域じゃ、浮遊石の落下は珍しくない。線路に落下するのは稀だがな」
「じゃあ、線路に浮遊石が落ちたってことですか?」
ノルンは、興味津々な表情でリーフに目配せした。
「キセノさん。僕達ちょっと外の様子を見てきます」
「勝手にしろ。俺はまだ寝る」
興味ゼロのキセノが指を鳴らすと、マントは元の大きさに収縮して戻る。
マントから解放されたノルン達は、砕け去った窓から外に飛び出し、進行方向前方に向けて走り出した。
前の方では、黒い煙の筋が立ち上り、ノルン達のように外に出た乗客が集まっていた。
人だかりの中心、線路の真ん中には、ちょっとした丘ほどもある巨大な物体が横たわっていた。石というより巨岩だ。
真っ黒な表面の中に、所々緑色に光を反射する結晶質が飛び出している。
「でっか~! こんなのが浮いていたのかぁ」
「はいはい。危ないからこれ以上近づかないでください」
浮遊石を囲っていた制服の作業員が、一般の乗客を遠ざけた。
「復旧作業には、どれくらいかかるんです?」
「この規模の落石ですから――早くても一週間はかかるでしょう」
「そんな……」
「お客様には申し訳ありません。我々も最大限の努力を尽くしますので」
作業員は、野次馬の質問に丁寧に応対していた。
それを遠巻きに聞きながら、
「どうやってどけるんですか?」
ノルンは、手を挙げて質問した。
「掘削して岩を線路上から取り除きます。破片や粉塵が出ると思いますので、皆様は車内にお戻り下さい」
「一週間もあの狭い部屋に詰め込む気か!」
恰幅のよい男が、作業員に噛み付く。
「それでしたら、近隣にジスプロの街があります。そこでお休みになられる方が、快適かもしれません」
あちこちで上がる乗客の不満や質問に、添乗員も総出で対応している。
「ここに居てもつまらないし、私達もその街に行こうよノルン?」
リーフに声をかけられたが、ノルンは、腕組みをして浮遊石の山を観察し続けた。
「? 私その辺に散歩しているね」
リーフは、そう言い残してノルンから離れていく。
ノルンは、山のような浮遊石とそれに挑む作業員を見て唸った。どう見ても、人手不足だし、作業員は列車の乗務員で、掘削作業に慣れた感じはない。
「キセノさんなら、この山を早くどかす方法を知っているんじゃないかな。どう思うリーフ?」
リーフの返事は当然なかった。
「リーフ……あれ?」
今さっきまで横にい彼女の姿は、影も形もなかった。
ノルンは、周りをきょろきょろと見回す。
麦わら帽を被った少女が、浮遊石の岸壁に生えているのを見つけるのに、時間はかからなかった。
「お譲ちゃん危ないから降りてきなさい!」
作業員が下で必死に呼びかけている。
「リーフ!」
ノルンは、野次馬の間を縫って、リーフの元に向かった。
「ちょっと君! ここは危ないから出て行きなさい!」
「すみません。でも、あの女の子は僕達の友達なんです」
「そうなのか? じゃあ君達からも降りるように言ってくれないか?」
「はい。おーいリーフ、降りて来ーい!」
「もうちょっと」
「何がもうちょっとだよ。作業員の人が迷惑しているから、早く降りてよ」
リーフは、ノルンの言葉に頭を揺らすだけで、岸壁にしがみついたままだ。何か踏ん張って、引き抜こうとしているように見える。
「採れた!」
歓喜の声と共に、彼女の体が宙に舞う。
「うわ!」
ノルンは、慌ててリーフの落下点に先回りする。
そして、笑顔で落下してくる彼女を受け止め、踏ん張り切れずにひっくり返った。
「いたた……リーフ危ないよ!」
「見て見てノルン! 石もう見つけちゃったよ!」
リーフは、ノルンの注意を無視して、手に握っていたモノをノルンに渡した。
それは、浮遊石の所々に見えた緑色の結晶だ。親指ほどの大きさがある。
「これでノルンを弟子にしてくれるよね!」
リーフは、にっこりと微笑んだ。
「僕のために採ってきてくれたの?」
「うん!」
ノルンは、手の中できらきら光を散らす結晶をリーフの手に返した。
「ありがとうリーフ。でも、きっとコレはキセノさんが話していた石とは別の石だよ」
「え~~~! そっかぁ……」
リーフは、がっくりと項垂れる。が、すぐに笑顔で立ち上がる。
「まあいっか。綺麗な石だし宝物にしよ!」
リーフは、光る浮遊石をズボンのポケットに入れた。
「ほらほら君達! もう浮遊石に近づいたら駄目だよ!」
「あ、はい! すみませんでした!」
ノルン達は作業員に頭を下げて、野次馬の集団から抜けて客室に戻る。
部屋の窓は、既に修復されており、硬く閉ざされていた。
「キセノさん、開けてください」
ガンガンと窓を叩く。
「うるせえぞコラァ! 俺の安眠を妨害するとは、慰謝料とるぞ!」
キセノは、完全に悪役の雰囲気で、窓の外にぬっと顔を出した。
「なんだお前等か」
「凄く大きな浮遊石でしたよ! もう山くらいあって――」
「興味ない。小僧、まさかそんなくだらん報告のために、俺を起こしたわけじゃあるまいな?」
キセノの瞳が怪しく光る。
「大き過ぎて、復旧まで一週間かかるらしいです」
「あっそう。寝て待つか」
「キセノさん。今こそ創世術で乗客の人を助けてあげましょうよ!」
ノルンは、嬉々として言ったが、返ってきたのは全くやる気のない白けた顔だ。
「山みたいな岩をどかすなんて、できるわけがないだろうが」
「できないんですか?」
「これだから素人は困る。創世術を魔法か何かと勘違いしやがって。昨日も少し話したが、創世術は無から有を生み出すことは決してできない。そんな大岩を破壊するには、相当量のエレメントが必要だ。そのエレメントを召喚するために術材が必要になる。発火草や火薬岩がベストだが、そんなもんないだろうここには? まあ術材があっても、無償で働く気なんてさらさらないがな俺は。それに、なんで俺がお前等の願いを聞かないとならん? いや、聞く義務など皆無。むしろ安眠を妨害したお前等を、逆さ吊りにして、列車の外に干す義務があるんじゃないかと俺は思うね。うん。三度寝する前にお前等におしおきを――」
ぴしゃん!
ノルンは、話しの雲行きが怪しくなったため窓を閉じた。
「ノルン。キセノさんって悪者? やっつけた方がいいかな?」
「僕達を助けてくれたこともあるし、悪い人ではないよきっと。術材があればきっとやってくれると思うんだよね」
ノルンは、列車から移動する乗客の行列を見た。
「こうしていても仕方ないし、僕達もジスプロの街に行こう。キセノさん! 僕達ジスプロの街に行きますよ!」
ガラガラと窓が開く。
「うるさいぞ小僧。吊るされたいのか?」
ノルンは、冷たさを通り越して怒りに到達したキセノの視線で射抜かれた。
「い、行ってきます!」
ノルンは、逃げるようにジスプロの街に向かう、長い列に合流した。