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創世術師ノルン  作者: はせろう
第1章
4/14

旅立ち(3)

「あっ見たことない花」

 リーフは、道端に落ちているものを拾って、嬉しそうにリュックに詰め込む。

 ここ三日の間に、元々大きかったリュックは、雑多な収集物でさらに膨らんでいた。

「リーフ見て! あれがトラードの街だ」

「ほわぁ、大きいね」

 ノルンの指差す先に石の壁に囲われた街が見えてきた。

 ドラードは、大陸交通の要である鉄道の通る街だ。

 創世術の都市アルクレーセまでは、オルガノ村から馬でも二月かかるほど離れているが、ここから鉄道を使えば、一週間で到着できる。

 ノルン達と同じく鉄道を求める旅客や行商人が、大きな石造りの入り口に吸い込まれていく。

「いっぱい人がいるよ」

「そりゃそうさ。何と言っても鉄道が通る街だからね」

 入口の門をくぐると大きな道の両脇に、店がずらりと並んでいる。赤や黄の果物が並ぶ店、肉を燻す煙が立ち上る店、生活必需品から特産品まであらゆるものが売られていた。

「まずは食べ物を買っていこう。一週間くらい鉄道に乗りっぱなしだから」

「よーし! いっぱい買っておかないとね!」

「いっぱいって……ああ、行っちゃったよ。お金も持ってないのに」

 リーフは、一瞬で人ごみに紛れていなくなってしまった。

「……泥棒してこないといいけど、大丈夫かなあ?」

 街道付近の農場から牛を強奪しようとしたリーフを叱ったことは、まだ記憶に新しい。

 ノルンは、嫌なものを感じて、彼女を追うことにした。

 だが、ノルンの心配は、ただの杞憂に終わる。飛ぶように走って消えたリーフが、戻ってきたのだ。

「あ、戻ってきた」

「ねえねえノルン、これ貰っちゃった」

 リーフは満面の笑顔で、それを持ち上げて見せた。

 彼女の手には、綺麗な石の首飾りが握られている。鎖の部分も金に輝いた、とてつもなく高そうなしろものだ。

「貰った? 誰から?」

「あの人達だよ」

 リーフが指差す先からは、黒いスーツの二人組みが近づいてきていた。一人は顎にヒゲを生やした大男、もう一人は禿げ上がった頭の小男だ。

 二人は、通行人を全く避けようとせず、肩をぶつけては周りを睨みつけている。明らかに普通の商人には見えなかった。

「リーフ……それは返さなきゃだめだ」

 明らかにこちらへ向かってきている厳つい二人組みに、ノルンは頬を引きつらせた。

「えー綺麗なのに」

「綺麗でもダメ!」

「どうもどうも、アンタがその娘さんの連れですね」

 禿げた男の方が、ノルンに話しかけてくる。

「ごめんなさい! コレ返します!」

 すぐさまノルンは、リーフから首飾りを回収して、禿げた男に差し出した。

「いやいやいや、それはもう娘さんに売ったものだ。返品には応じられねえよ」

 男は、まったく似合わない笑顔を浮かべて、首飾りをノルンへ押し返し、

「五百万グラン払ってもらおうか」

 脅すように声を低くして代金を請求してくる。

 やっぱり見た目どおりそういう人だった。

「すみません。僕達そんな大金持っていないんです。リーフが無理に買おうとしたなら、本当にごめんなさい」

 ノルンは、素直に頭を下げて謝る。

「何で謝っているの? この人『くれる』って言っていたよ」

「いいからリーフも謝ってよ! ほら!」

「よくわからないけど……ごめんなさい」

 状況をまるで理解できていない素の表情で、リーフも頭を下げた。

 ノルンの肩に、ごつごつとした手がぽんと置かれる。

「兄ちゃんよ~、謝れば何でも許してもらえるほど、都会は甘くねえぜ。金がねえなら、盗みでも何でもやって払ってもらう。それがルールだ」

 禿げた男の顔に笑顔はもうない。眉間に皺を寄せつつ、器用に片方の眉を吊り上げていた。

 明らかに笑顔の時よりその顔の方が似合っていた。

「すみません、すみません!」

 ノルンは、内心泣きそうになりながら頭を下げた。

 すると、地面に向けたノルンの視界に、見覚えのある白い服の一部が映る。

 ノルンが、恐る恐る顔を上げると、目の前にリーフが立ち塞がっていた。

「人のモノを盗むのは、よくないことだよ」

 リーフは、ぴんと立てた人差し指を、禿げた男の眼前に突き出した。

「は? 何だって?」

 禿げた男は、睨みを効かせたまま聞き返す。

「人のモノを盗むのは、よくないことだよ!」

 リーフは、繰り返して言った。

「んなこたあわかってるんだよ! いいか譲ちゃん、俺達は泣く子も黙る闇組織クロイツの一員だ。言うことを聞かないと、かなりまずいことになるぜえ」

 禿げた男は、横で黙っていたヒゲ面の大男に目配せする。

 大男は、これ見よがしに指をパキポキと鳴らし、リーフを見下ろした。

「うわああ! ごめんなさい! この子、ちょっと世間に疎いんです!」

「うるせえ! ガキに舐められたとあっちゃあ、《クロイツ》の名折れだ。痛い目見てもらうぜ」

「止めろ」

 今にも襲いかかりそうな暴漢を止めたのは、落ち着き払った声だった。

 声の主は、白地に青い縦縞の走ったスーツを着こなした、黒眼鏡の男だった。

「アニキ! 丁度いいところに来てくれました。今から組織に歯向かう馬鹿を痛めつけてやろうと思ってたんすよ」

「ドッカーよう……お前は何年この仕事をやっているんだ? こんなガキに商品つかませて、どうやって搾り取ろうってんだ?」

 嬉々として報告する禿げた頭のドッカーに対して、アニキと呼ばれたサングラスの男は冷ややかだった。

「いや、それはその、こいつの親を強請るとか……」

「こんな貧乏そうなガキの親から金が出るわけないだろう。それに痛めつけるだ? こんな往来でそんなことしたら、一発で騎士に逮捕されるだろうが。また俺に手間をかけさせるつもりか?」

「す、すんませんアニキ」

「ったく、図体ばかり育ちやがって」

 舌打ちしながら、アニキと呼ばれる男は、ノルンの手から首飾りを奪い取った。

「運が良かったな坊主。とっとと失せな」

「は、はい! どうもすみませんでした! リーフ行くよ」

 解放されたノルンは、リーフの手をとって人ごみの中に急いで退散した。

「ノルン、盗むのは悪いことなんでしょ? そうでしょ?」

「そうだよ。人のものを盗ることは悪いこと、犯罪だ」

 ノルンは、ドキドキしながら後ろを振り返る。もう、闇組織の男達の姿はそこになかった。

「じゃああの人達悪い人なんだ! 盗めなんて言っていたし――あ……」

 リーフは、思い出したように、

「ノルン、私……盗んでないよ。あの人がくれるって言ったの」

 もじもじとした。

「別にリーフがまた盗んだと思っていないよ。ただ、街には嘘をついて騙そうとする人もいるから、今度から気をつけないとね」

 ノルンは、リーフに向けて指を一本上げて説明した。

「はい!」

 リーフは、空いている手をぴんと挙げた。

 ノルン達は、ドラート街をぐるりと巡り、食べ物と少しだけ無駄なものを買い込み、駅へと向かった。

 大陸横断鉄道――通称《鉄道》は、大都市を繋ぐ交通の要だ。大量の物資と人が集まる鉄道の駅は、周りのどんな建物よりも巨大で頑丈に造られている。

 横にも縦にも大きな駅を仰ぎ見て、ノルンとリーフは、口をぽっかりと開けていた。

「おっきいねー。ノルンは、何度も見ているんでしょ?」

「三回目だけど、やっぱりすごいよ。これを見ると、大きな街に来たって感じがするよね」

「うんうん。オルガノ村には、何もなかったもんね」

「オルガノは田舎だからね」

 ノルンは、少しだけ故郷を思い出しつつ、駅の中に入る。

「さあ切符を買って列車に乗ろう!」

「切符って何?」

「切符は切符さ。列車に乗るために必要な券なんだ」

 案内板に従って切符売り場に向かい、ノルンは、切符を注文する。

「えっと、アルクレーセまで二人」

「三万四千グランになります」

「はい」

「ありがとうございます。これが乗車券になります。車内で確認しますので、失くさないでくださいね」

「ありがとうございます。さあ行こうリーフ」

 ノルンはうきうきしながら、先頭車両から列車の中に乗り込んだ。リーフはもちろん、ノルンにとっても生まれて初めての列車だ。

 車内は、窓際に伸びた細い通路と、その逆側に客室が並ぶ作りになっていた。客室の扉には、通路側に丸い覗き窓があり中の様子が確認できるようになっている。

 中を覗くと、大人四人が悠々と入れる広さが確認できた。

 ノルンは、空いている部屋を探しながら、先頭車両から後方へ移動していく。

 途中で食堂車両を通り抜け、ようやく空き部屋を発見した。

 部屋に入ると、ノルンは荷物を座席に放り出し、窓を開けて顔を出す。リーフも荷物と麦わら帽子を置き、ノルンの横に顔を出した。

 列車は機関部から蒸気を上げ、ノルン達を乗せて動き始める。

「次に帰ってくる時は、創世術師だ」

 徐々に小さくなるドラートの街を見つめながら、ノルンは、期待に胸を膨らませた。


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