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創世術師ノルン  作者: はせろう
第1章
3/14

旅立ち(2)

 成人の儀式は怪我人もなく無事に終わり、オルガノ村は夜を迎えていた。

 村のあちこちに松明が灯り、藁で作られた牛や馬などの動物が道端に並ぶ。中央広場では出店も建てられ、今も賑わいを見せていた。

 ノルンはと言うと、出店周りを早々に切り上げて、ベッドの横で本を開いている。

 本のタイトルは『世界奇病事典』だ。

「植物が生える病気、植物が生える病気――」

 ノルンは、同じ言葉を連呼しながら本を読み漁った。

 その横のベッドの中では、森で拾った少女が寝息をたてている。

 森で拾った少女は、驚くほど自然に受け入れられた。

 村で唯一の医者は、

「病気だとしても私では治せないな。他にはな~んにも異常はないようだし、問題ないだろう」

 と言い、ノルンの母のマリーは、

「可愛い娘が欲しかったのよ」

 などと能天気に喜んだ。

 だが、ノルンは他の村人のように呑気ではない。

 人から植物が生えるなど、明らかに異常だ。

「この本にもなし」

 世界奇病事典を放り出し、古めかしい黒い本『珍しい病』を手に取った。

「それにしてもよく寝るなあ。本当に大丈夫かな?」

 昏々と眠り続ける少女の顔を、ノルンは少し不安げに覗きこんだ。

 するといきなり少女の目が、ぱっちりと開く。

「あ!」

「あ……」

 目を覚ました少女は、目の前にあるノルンの顔をしげしげと見つめ、にっこりと笑った。

 そして、ノルンの顔面を目がけて勢い良く跳ね起きる。

「うわ!」

 ノルンは、体を仰け反らせて椅子から転げ落ちた。少し遅れていたら、間違いなく正面衝突していた。

 少女は、ベッドの上から飛び降りて、床に転がるノルンに襲いかかる。

「おはよー」

 半分ノルンを押し倒した状態で、少女は、元気に目覚めの挨拶をした。

 ノルンは、彼女の突飛な行動に面食らいながらも、何とか返事を返す。

「お、おはよう。調子は大丈夫?」

「うん。元気だよ!」

 彼女は、ノルンの襟首から手を放し、本当に元気よく飛び跳ねた。

「ね? 元気でしょ?」

「うん。すごくよく分かった」

 ノルンは、床から起き上がり椅子に座り直す。

「僕はノルン。君の名前は?」

「名前? ないよ」

「え?」

 ノルンは、想定外の答えに、次の言葉に詰まった。もう一度彼女の言葉を冷静に受けとめ、落ち着いてから口を開いた。

「ナイヨって珍しい名前だね」

「違う~! 名前が無いってことだよ」

「じゃ、じゃあどこに住んでいるの? 隣のモルテ村とか?」

「私はずっと森に居たよ?」

「やっぱりそうか……」

 ノルンは、頭を抱えたい気分になった。

 彼女は、記憶喪失だ。自分のことを一切忘れ、ノルンを見て無邪気に笑っている。

 ノルンは、「記憶喪失だね」とも言えず、若葉色の瞳を見つめ返した。

「ねえねえノルン。私も名前が欲しい!」

 悩みとは無縁の底抜けに明るい笑顔だ。

 その笑顔を見ていると、記憶喪失など大したことではないように思えてくる。

 そして、今すぐに必要なものが、彼女の呼び名であることも間違いなかった。

 ノルンは、とりあえず記憶喪失の件は棚上げすることにして、笑顔を返す。

「そうだなあ……リーフとか、どうかな?」

「リーフ、リーフ――」

「ダメ?」

「ううん! 気に入ったよ!」

「じゃあ今から君はリーフだ!」

「はい!」

 リーフは、手をぴんと挙げて返事をした。

「あ、そうだ。リーフお腹減っているんじゃない?」

「減っています!」

 リーフは、挙げたままの手をノルンの顔に近づけた。

「ちょっと待っていて。今何か持ってくるから」

 ノルンは、台所から出店で買った蒸しパンや骨付きの肉を適当に見繕って、部屋へ戻る。

「はい」

「わーい!」

 リーフは、嬉しそうに食べ物を受け取ると、勢い良く食べ始める。

 相当空腹だったのか、ノルンでもちょっと多いかなと思う量を、あっという間に間食してしまった。

「ごちそうさまー。美味しかったー」

「収穫祭の料理は特別美味いんだ」

 ノルンは自慢げに言いながら、リーフの頭上に視線を動かした。

「ねえリーフ、それって生えているんだよね?」

 彼女の頭に輝く新芽を指差す。

「うん。生えているよ」

「ちょっと引っ張ってもいい?」

「いいよー」

「じゃあちょっとだけ――」

 ノルンは、リーフの芽の茎を手で握り、ぐっと上に引っ張った。

 芽は少し伸びるだけで、全く抜ける素振りも見せない。

「ただくっついているだけじゃない。やっぱり生えているんだコレ」

「ううぅ……」

 ノルンは、不意にリーフの顔に視線を戻す。

 リーフは瞳を潤ませて、ノルンに目で何かを訴えていた。

「ごめん! 痛かったよね」

 ぱっと手を放して、ノルンはリーフに謝った。

 リーフは、頭をなでなでしながら、

「うん……痛かった」

 と辛そうに言った。

「ごめんね」

「うん。いいよ別に」

 リーフは、すぐ笑顔に戻る。

「だけど、それって多分病気だよ」

「病気!」

 リーフは、びくっと跳ねる。

「うん。もしくは呪いか――」

「呪い!」

 また跳ねる。

「どうしよう! これ取れないよ!」

 リーフは、自ら芽を引っ張って涙を浮かべた。

「無理にしない方がいいよ。もっと悪くなるかも」

「でもでも呪いなんだよね!」

 リーフは、あたふたと手を動かす。

 そんな彼女を傍で見ていたノルンは、

「大丈夫。僕が治してあげるから」

 落ち着かせるように言った。

「治せるの?」

「創世術ならきっと治せるよ」

「ソウセイジュツ?」

「そうさ。ちょっと見て」

 ノルンは、少しだけ得意気に両手を体の前で合わせて、静かに意識を集中する。

 通りに溢れる人の声が遠ざかり、部屋に存在するモノ達からの「音」がノルノの耳に木霊する。その音は徐々に強さを増す。その音の高鳴りに合わせて、ノルンの両手に熱が集まってくるような不思議な感覚が広がる。

 しばらくすると合わせた掌から青白い光が零れ、ノルンの顔をゆらゆらと照らしだした。

「おおおお! 何それ何それ?」

「これが創世術さ。どんな病気でも呪いでも治せる凄い術なんだ」

「じゃあ私のコレもノルンなら治せるんだ!」

 そう言って、リーフは頭を下げて新芽をノルンへ向けた。

「ええと、その……これはまだ未完成なんだ。光っているだけで、人を手当したりできないんだ」

「そっかぁ……」

 リーフは、頭をさらに下げてがっかりする。

「でも心配しないで。これから本当の創世術を覚えに行くから!」

 ノルンは、ベッドの上に飛び乗り腕を広げた。

「アルクレーセっていう大きな街に、創世術を教えてくれる学校があるんだ! 僕はそこで創世術師になる」

「創世術師?」

「そう。どんな病も治す凄い人なんだよ」

「ノルンがその凄い人になったら、私の呪い治してくれるの?」

「もちろんだよ。最初にリーフの病気を治してあげるよ」

「わーい!」

 リーフもベッドに飛び乗って両手を上げた。

「よーし、やる気が出てきたぞ! リーフ、アルクレーセに行くための荷造りをするから手伝って」

「はい!」

「ただいま」

 ノルノの呟きを遮るように、家族の声が下から響く。

 階段の軋む音が続き、ハイドがノルンの部屋に顔を出した。

「お! 目を覚ましたんだなその子」

 顔が赤いのは、酔っているせいだろう。

「お帰りなさい父さん」

「おかえりなさーい!」

「はいはいただいま」

 ハイドは、散らかり放題の部屋を見て目を細めて微笑んだ。

「明日の準備かい?」

「そうだよ。リーフ……それは入れないで」

 ノルンは、椅子を入れようとするリーフを止める。その椅子をハイドが受け取り、腰かけた。

「リーフちゃんって言うんだね。森の精霊様だったのかい?」

「よくわからないんだ。名前も知らなかったからさっき決めたし。それより父さん、母さんはまだ起きている?」

「母さんなら部屋でもう寝ているよ。収穫祭の衣装や料理、色んな準備で忙しかったからね」

「そっか。リーフに合う服がないか聞こうと思ったんだけど」

「彼女も連れて行くのかい?」

 滅多に驚かないハイドが、目を大きくした。

「うん。創世術じゃないと治せそうもないし、僕が創世術師になるまで村で放っておくこともできないしね」

「そうか……そうだな」

 ハイドは、楽しそうに荷物をまとめる二人を少し寂しそうに見つめる。

「ノルン」

「何、父さん? あ、これもいれなくていいから」

 ノルンは、花瓶をリュックから取り出す。

 ハイドは、少し黙った後、口を開いた。

「何か欲しいものはないか?」

 ノルンは、作業の手を止める。そして、少し迷ってから控えめに頼んでみた。

「父さんの時計が欲しいなあ、なんて」

 ノルンは、ハイドが若い頃に都会で手に入れたという時計に昔から憧れていた。正しくは、時折胸のポケットからその時計を取り出して、時間を確認する父の仕草に憧れていたのだ。

「はは、中々いいところを突くなあ。よし、成人の祝いもあるし、あげるとするか」

「本当! やった!」

 ハイドは、胸のポケットから銀色の懐中時計を引き出し、ノルンに手渡した。

「ありがとう父さん。大事にするよ」

「ああ……しかし、めちゃくちゃだなこれは」

 改めて荷造りの様子を見て、ハイドは、苦笑を浮かべた。

「リーフが余計なものを持ってくるから――」

「はいこれー」

 言っているそばから、リーフは、どこかの引出しを丸ごと放り込んできた。

「リーフ、椅子とか机とか家具はいらないから」

「父さんも手伝おう――部屋の片付けの方をね」

 ノルンとリーフの荷造りは、ハイドの言うとおり、部屋を散らかしただけだった。

「えへへ、じゃあ父さんお願い」

「はいはい」

 ノルンは、父に甘えて手伝ってもらい、夜遅くまで荷造りに奮闘した。

 そして次の日の朝――。

 ノルンは、パンパンになったリュックを背負い、家の前に立っていた。横には麦わら帽子を被り、やはり大きくなったリュックを背負ったリーフが並ぶ。

 家族だけじゃなく、近所の大人や村の友達が見送りに集まっていた。

「元気でなノルン」

「体には気をつけるのよ」

 ジドとマリーが、ノルンを抱きしめる。

「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも元気でね。もし病気になったら、すぐに言ってよ。僕が治してあげるから」

 見慣れた祖父母が、今日は少し小さく見えた。

「ノルン、これを持っていきなさい」

 マリーは、ノルンに青いマントを渡す。汚れ一つない新品のマントだ。

 手に取るとそのマントはすごく温かかった。

「ありがとう母さん。これいつ縫ったの?」

「儀式のローブと一緒につくっていたのよ。昨日までかかっちゃったけど、間に合ってよかったわ」

 そう言って、マリーはノルンを抱き寄せた。

「住む場所が決まったら連絡を頂戴ね。リーフちゃんの病気も治してあげるのよ」

「うん。わかったよ母さん」

「無理はしないでねノルン」

 マリーは、名残惜しむようにノルンの身体からゆっくりと腕を放した。

 ノルンは、ハイドに顔を向ける。

「行ってきなさい。あの人のような立派な創世術師になるんだよ」

 ハイドは、ノルンの肩をぽんと叩いた。

「必ず創世術師になって帰ってくるよ。行こうリーフ」

「うん」

 ノルンは、家族と見送りに来てくれた村の皆に手を振って、

「みんな元気でね!」

 自分の道を歩き始めた。

 村の景色を目に焼き付けるように、名残惜しむように、ノルンは生まれ育った村を後にした。


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